四年前の出来事が、走馬灯のようにロイの脳裏を駆け抜けた。自分の大切な人が、目の前で理不尽な暴力に犯される。
 ロイは立ち上がり、腕をだらりと垂らした。四年前に自分を押さえつけていた兵士は、今はいない。
 兵士に衣服を剥ぎ取られていくレイリの顔が見えた。抵抗すら出来ず、ただ涙を流している。レイリとロイの目が合った。ロイの頭の中で、何かが弾けた。
 ロイは、レイリに手をかけていた兵士に向かって突進し、そのまま兵士を突き飛ばした。意表をつかれた兵士は顔面から地面に倒れ込む。ロイは、仰向けになっているレイリを守るように覆いかぶさり、強く抱き締めた。
「ロイ……」
 レイリが涙声で彼の名を呟き、その背中に両手を回した。
 数秒の静寂があった。ロイに突き飛ばされた兵士は、少し離れた場所でうずくまり、ぶつけた顔面を押さえている。
 傍らに立ち一部始終を見ていた兵士は、唖然とした表情でロイを見つめていた。目の前で起こった事が信じられないのだ。彼らはウルが王位について以来、自分達に逆らった者を見たことがなかった。
 同僚達も俯いていた顔を上げ、床で抱き合っている二人を唖然とした表情で見つめている。
 突き飛ばされた兵士が立ち上がり、肩を震わせながら鬼の形相で二人を振り返った。
「貴様……今自分が何をしたか、わかっているのか……」
 異常な興奮状態にあって思考を失っていたロイは、兵士の言葉ではっと我に返った。自分のしたこと、これから自分が辿るであろう運命が一気に脳裏を巡り、気が狂いそうな恐怖に襲われる。
 しかし、彼の顔のすぐ側には、愛しい人の顔があった。体全体で彼女の温もりを感じていた。ロイは震えながらもう一度、レイリを強く抱き締めた。彼女もロイの背中に回した手に力を込める。ロイはレイリの耳元で囁いた。
「愛してる」
「私も……」
 ロイは顔を上げ、レイリの唇に口づけた。
「……!」
 目の前で口づけを交わす二人に逆上した兵士が駆け寄り、ロイの腹を思い切り蹴り上げた。ロイは激痛に顔を歪めるが、レイリを抱き締める腕は離さない。レイリも涙を流しながら、ロイを抱き締める腕に力を込めた。
 抱き合ったまま離れない二人を、兵士は幾度も蹴った。同僚達は顔をしかめて俯いている。

 十数分が経った。レイリを庇い、より多く蹴られたロイの意識は既に朦朧としている。しかし、それでも二人は離れない。蹴っている方の兵士の息は既に切れ始めている。横で見ていた兵士が口を開いた。
「おい、もういいだろ。こんな馬鹿共はさっさと殺して、帰ろうぜ」
 息を切らした兵士はチッと口をならした。
「……そうだな」
 兵士は改めて銃を取り出し、銃口をロイの背中に向けた。
「感謝しろよ。仲良く一緒に殺してやる」
 ロイとレイリはぎゅっと目を瞑り、お互いを強く抱き締めた。
 二人が死を覚悟し、住民達が目を瞑った瞬間、銃声とは違う鈍い音が部屋に響いた。
「……よくここまでやれるよ、無抵抗の人を相手に」
 レイリは聞き覚えのある声に、目を開けた。ロイも振り向こうとしたが、身体が言うことをきかない。
「サ……ナ……?」
 擦れた声で呟くレイリの視線の先に、サナが立っていた。
 ロイ達に向けて銃を構えていたはずの兵士は、部屋の壁際に倒れており、口から泡を吹いて気を失っている。
 横に立っていた兵士がサナから飛び退き、慌てて銃を抜いた。
「お、おまえ、いったい何を……!」
 兵士はサナに銃口を向けた。サナは兵士を睨みつけ、向けられた銃を意にも介さない様子で、ゆっくりと兵士に詰め寄った。
「王が変わって後ろ盾を得ただけで、あなた達はどうしてここまで冷酷になれるの?」
「来るな! それ以上近づくと撃つぞ!」
 兵士は後ずさりながら叫んだ。
「撃てば?」
 サナは足を止めず、兵士との距離を更に詰める。
 兵士はサナの胸に狙いをつけ、銃の引き金を引いた。乾いた音が部屋に響く。
 その瞬間、目の前にいたはずのサナが、兵士の視界から消えた。
「なっ……」
 目を丸くした兵士に、後ろから声がかかる。
「あなた達はどうして、」
 全身で危機を感じ、反射的にその場から飛び退きながら身を翻して振り返った兵士に、サナは一歩で間合いを詰め、踊る様に蹴りを放った。
 吹っ飛んだ兵士の体は勢いよく壁に叩きつけられ、既に倒れていた兵士の上に、覆いかぶさるように倒れ込んだ。
 兵士二人は完全に気を失い、ぴくりとも動かない。
 サナは一つ溜息をつき、ロイとレイリに駆け寄った。なんとか体を起こしたロイを、すぐ横でレイリが支えている。
 二人の前に、サナは膝をついた。
「大丈夫? ごめんね、遅れて。遠くまで出ていたから」
 レイリは目に涙を浮かべてサナを見つめた。頭は目の前の出来事についていけなかったが、サナが自分達を守ってくれた事だけは理解できた。
「ありがとう、サナ……ありがとう……」
 サナは微笑んだ。
「二人とも、頑張ったね……ロイ、かっこ良かったよ」
 ロイは顔を上げ、焦点の定まらない目でサナを見つめた。
「サナ……君はいったい――」
「何てことをしてくれたんだ」
 ロイの言葉は遮られた。ロイとレイリは顔を上げ、サナは膝をついたまま後ろを振り返った。
 同僚の一人が、前に出てサナを見下ろしていた。