Neetel Inside 文芸新都
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12.歴史は繰り返す <1.17>

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  12

「サナ、よく無事で――」
「来ないで」
 歩み寄ろうとしたロイは、サナの言葉に足を止めた。
「……サナ?」
 ロイは、俯いたままのサナを見つめた。ロイの少し後ろでは、レイリが不安そうに二人を見つめている。
 サナの後ろにいる兵士達は、直立したまま微動だにしない。
 ロイの後ろにいる民衆達は事の成り行きが理解できず、中央にいるロイ達の会話に耳を澄ませた。辺りは静寂に包まれる。
「どうして……この国を出なかったの」
「……門の近くまでは行ったんだ。だけど、駄目だった。レイリと二人で話し合ったんだ。やっぱり、皆を見捨てて二人だけで逃げるわけにはいかないって」
「……そう」
 俯いたまま、感情の篭らない声でサナは相槌をうった。
「どうしたんだ、サナ? うまくいったんじゃ――」
「石の力」
 サナはロイの言葉を遮った。
「……手に入れたんだね」
 ロイは一旦口をつぐみ、頷く。
「言ったでしょ、二分の一の確立で死ぬんだよ。もし成功しなかったら、どうするつもりだったの」
「……ごめん」
 謝るロイの横に、レイリが歩み出た。
「ごめんね、サナ……私、どうしてもあのまま逃げる事が出来なくて。私のわがままで――」
「レイリは……僕に言ったんだ。もし僕がそれで死んでしまったら、自分もその場で命を絶つって。彼女は本気だった。だから――」
「どうして?」
「え?」
「彼らはあなた達を見捨てた。見殺しにしようとしたんだよ。どうしてそんな人達の為に命を賭けるような事をしたの」
「それは……」
 ロイは口をつぐんだ。
 サナは溜息をつき、顔を上げた。見覚えのある眩しい笑顔は、そこにはなかった。生気のない表情でロイを見つめている。
「石……返してもらえるかな」
「あっ……ああ」
 石は再び布に包み、レイリに渡してあった。
 ロイはレイリに視線を送ったが、レイリは胸の前に両手を組んだまま、首を横に振る。
「レイリ、どうした? 石を……」
 ロイは手を差し出した。レイリは震えるように首を横に振り、涙を浮かべてサナを見つめ、一歩後ずさった。
「サナ、どうしたの……一体何があったの?」
「えっ?」
 ロイがレイリを見る。レイリは怯えの混じった表情でサナを見つめている。
 サナの拳が震えだし、歯が鳴る音が微かに聞こえた。
「……ごめん」
 突然、ロイの体が後ろに飛び、数メートル先の地面に叩きつけられた。ロイは腹の辺りに手を当て、咳き込みながら素早く起き上がり、膝をついたままサナを見上げる。
「サナ……なんで……?」
 後ろの民衆にどよめきが起こる。何が起こったのか、彼らにはほとんど理解できなかったが、無敵の筈のロイが地面に背中をついたことが、彼らの心に不安をもたらした。
 ロイを蹴り飛ばした張本人のサナは、無言で目に涙を浮かべ、ロイを睨みつけていた。
「何で僕を……どういうことなんだ? カルツ様を助け出したんじゃないのか?」
 カルツの名に、再び後ろの人々がざわめいた。
 サナが唇を震わせながら答える。
「カルツは、無事だったよ。でも、あなた達がこのまま進めば、彼はきっと殺される……それだけの事を、彼はしてきたから」
「何を……一体どういう事だよ!」
 ロイが叫ぶ。レイリが青い顔をして口に手を当てた。
「まさか……カルツ様は……」
 サナがロイに向かって足を踏み出した。
「あたしは今までずっと、彼を救い出す為だけに生きてきたの」
「だから! もう助け出したんだろう!」
 足を止めず、サナはゆっくりとロイににじり寄る。
「これからも同じ。あたしは彼の為だけに生きる。その為なら誰を敵に回すことも厭わない。あたしはもう戻れない」
「いい加減にしてくれ……僕らが君の敵だって言うのか!」
「サナ、やめて!」
 ロイの前にレイリが飛び出した。
 サナが手を横に振るう。
 次の瞬間、レイリは地面に叩きつけられた。
 頭を打ち意識を失ったレイリを見て、ロイの目の色が変わる。
「な……」
 膝をついたまま愕然とするロイを、サナは冷たい表情で見下ろした。
「あなた達をこれ以上、先に進ませるわけにはいかない。それが彼の望みだから」
「いい加減に――」
 ロイが言い終わるより早く、サナは蹴りを繰り出した。反応の遅れたロイは顎に蹴りを受け、宙に浮いて後ろ向きに回転し、背中から地面に落ちた。
 ロイが顎を押さえて体を起こす。口からは血が流れていた。サナは間髪入れずにロイに突進し、次の攻撃を繰り出す。ロイは横に飛び退いて攻撃を避け、頭の整理がつかぬままに戦闘態勢に入った。

 二人は広場の中央で目まぐるしく戦い、民衆にはどよめきが起こっている。集団の前にいた男が、砂埃を上げて戦う二人の方に震えながら指を差した。
「あの女……あいつも強いんだ。あいつも兵士を一瞬で倒して……ちくしょう、偉そうなこと言って善人ぶって……あの女は国の味方だったんだ!」
 ロイの部屋にいた男だった。周りにいた人々が彼を振り向く。
「強いって、あんな女の子が……」
「でもさっき確かに、ロイさんは吹っ飛ばされて……」
「まさか、ロイさんが負けるなんてことはないよな……?」
「そんな……」
 男を中心に、民衆に不安が広がっていく。
 その時、外側に立っていた数人に、サナに蹴り飛ばされたロイが激突した。数人を巻き込んでロイが地面に倒れる。
 ロイの息は上がり、体のいたるところが腫れ上がり、無数の傷を負っていた。
 サナがゆっくりとロイに歩み寄る。彼女もロイと同様に息が上がり、体にはかなりの傷を負っている。
「う……うわ……」
「わあああああああ!」
 広場の中央に集まっていた数百の民衆は、ロイの劣勢を理解するや否や悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように走り出した。
 しかし広場はいつの間にか、白旗を掲げ両手を上げていたはずの兵士達によって取り囲まれていた。持っていなかった筈の武器を突きつけられた民衆は逃げ場を失い、パニックに陥った。
 兵士の数は倍増している。白旗を揚げた兵士達に注意を向かせ、武器を持った兵士は別の道筋から広場に向かっていたのだった。
 人々の悲鳴が飛び交う中、ロイはふらつく足で立ち上がり、サナを睨んだ。側に倒れていたレイリが意識を取り戻し、眩暈のする頭を押さえながら上体を起こした。
 人々は行き場を失い、狂ったように広場の中を逃げ回っている。
 サナは悲しみと憐れみの混ざったような顔で、ロイを見つめた。
「結局、本当に戦っていたのはロイとレイリだけなんだね」
 ロイは歯を噛み締める。
「僕は、彼らに……一緒に戦う事を求めたわけじゃない。彼らは僕の力を見て、僕の力を信じて……必ず勝つと信じて、自由になれると信じて、ついてきてくれた。それで十分なんだ」
「おかしいよ、そんなの」
「……誰だって、自分の命を危険に晒したくないんだ。僕だってそうだった。彼らと同じだったんだ。君が……君が現れるまでは……!」
 サナは静かに、首を横に振った。
「ロイはあの人達とは違うよ。あたしが来なくても……あたしが何も言わなくても、自分の身を投げ出してレイリを守ったと思う」
「例えそうだとしても、僕が今までに何人もの人を見殺しにしてきたことは事実だ。……なんで君には分からないんだよ。僕は弱いんだ。人は……弱いんだ……!」
 沈黙が流れた。二人の荒れた息は徐々に静まり、周りの喧騒が耳から消えていく。
「君に何があったのか、僕にはわからない。だけど僕は負けるわけにはいかない。ここで止まるわけにはいかない。僕はレイリと彼らを守る。暴力に怯える必要のない、本来のネティオを取り戻す」
 サナは拳を握り締めた。肩を震わせ、悲しげな顔でロイを見る。
「あたしも、もう止まる事はできない。ここで止まれば、あたしは自分の全てを否定してしまう。彼を守るために、彼の望みを叶えるために……その為だけにあなたをここで止める。他の全ての事は、もうあたしには関係ない」
 二人は真剣な表情で見つめ合い、お互いに拳を構えた。
 同時に地を蹴り、二人は広場の中央で再び拳を交えた。
 レイリは膝をついたまま、両手を胸の前に組み、神に祈った。
 勝負はそれから一分とかからずに決した。
 額の傷から流れる血が目に入り、一瞬視界がぼやけたロイの後ろにサナは一瞬で回りこみ、彼の首筋に手刀を振り下ろした。彼女の最後の一撃は対象の意識を剥ぎ取り、ロイは支えを失った人形のように地面に倒れ込んだ。

 走り回っていた民衆が、倒れたロイに気付いた。
 横たわったまま微動だにしない勇者を見て、ある者は絶望に顔を手で覆い、ある者は蒼白な顔で地面に膝を着く。広場を包んでいた悲鳴は徐々に消えていった。
 激しい戦闘を終え、朦朧とした意識の中で、サナはレイリに歩み寄った。レイリは涙を流しながら、地面に膝をつけたままサナを見上げた。
「石……返してもらうね」
 サナは腰を落とし、レイリの服をまさぐった。レイリは抵抗できず、まもなくサナは石を見つける。
 サナはふらつく足で立ち上がり、石を覆っている布を剥がしながら、レイリから少し離れた。剥がした布を地面に落とし、レイリを振り返る。
 サナの手の平の上には、彼女とロイに力を与えた小さな石が、月明かりに照らされて青く輝いていた。
「この石は、ここで砕くよ。もうこれ以上、彼に悪事を重ねさせたくないから」
 サナの悲哀に満ちた表情に、レイリは胸が痛くなった。
 サナはそのままレイリに背中を向け、側にあったレンガの上に石を置いた。
 その瞬間、サナの耳に数発の銃声が聞こえた。発達した感覚で、銃の発射された位置と銃弾の飛んでいく方角を察知する。彼女は銃弾が到達するであろう位置に視線を向けた。
 そこには意識を失ったロイが倒れていた。
 サナは地を蹴った。通常ならばその銃弾を叩き落す事は彼女にとって造作もないことだったが、満身創痍の為に反応が遅れ、間に合わない。サナはただ力を振り絞り、ロイの前に身体を投げ出した。
 サナは無防備の背中に数発の銃弾を受け、そのままロイに覆いかぶさるように倒れ込んだ。彼女の背中からは血が吹き出し、サナの衣服を、そしてロイと地面とを赤く染めていった。

       

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Neetsha