Neetel Inside 文芸新都
表紙


6.神秘の女 <11.5> <11.8>

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  6

「反逆は連帯責任だ。この部屋の者は皆、殺される……もう俺達は終わりだ。あんたのせいだぞ」
 男は口を震わせながら、サナを睨んだ。後ろにいる同僚達が顔を見合わせ、ざわめき始めた。サナが立ち上がり、男を睨み返す。
「二人を……見殺しにするべきだったって言いたいの?」
 ざわめきが一瞬、消えた。サナの後ろで座っているレイリが俯く。
「どうかしてるよ、あなた達も」
 サナは腰に手を当てて溜息をついた。
「ど、どうかしてるのは、そっちだ」
 皆が声に振り向いた。端の方に立っていた気の弱そうな男が、震えながら恨めしそうにサナを睨んでいる。
「お、おまえのせいで僕達は……殺されるんだぞ! おまえのせいなんだ、どうしてくれるんだ!」
 サナは顔をしかめた。言い返そうと口を開いた瞬間、他の声がそれを遮る。
「そうだよ……どうしてくれるんだ」
「ずっと我慢してきたのに……!」
 非難の声は徐々に広がり、同僚達は口々にサナをなじり始めた。
 サナは反論を諦めた。彼らを無視して振り返り、再び膝をついてロイとレイリに声をかける。
「二人に話したいことがあるんだ。立てる?」
 ロイとレイリは真剣な表情で頷き、痛む体を起こして立ち上がった。レイリがロイの体を支える。
 サナは頷き、二人を連れて部屋の外に歩き出した。
「待てよ、逃げるのかよ!」
「責任取れよ!」
 サナは扉の前で立ち止まり、振り返った。サナが無言で睨みつけると彼らは怯み、罵声は止んだ。

 三人は小屋から少し歩き、人気のない空き地で立ち止まった。
「ごめんなさい……私のせいで」
「君のせいじゃない」
「そうだよ、レイリ」
「うん……」
 うな垂れるレイリの背中を軽くさすりながら、ロイはサナを見た。
「色々と聞きたいことはある……けど、先に君の話を聞くよ」
「うん、そうしてくれると助かる」
 サナはそう言って突然、自分の服の中に手を入れた。豊かな胸の谷間がロイの視界に入り、ロイは反射的に目を逸らす。
「これ」
 声に反応し、ロイは再びサナを見た。サナは手を差し出しており、折りたたまれた小さな紙切れを指に挟んでいる。
 ぽかんとしているロイに代わり、レイリがその紙を受け取った。
 紙を開いていくと、ある道筋を記した簡単な地図が描かれていた。横のロイも地図を覗き込む。
 少しして、レイリは顔を上げた。
「これって……」
 ロイも同じく顔を上げる。サナは頷いた。
「夜の見張りがいないルートと時間。割と隙だらけなんだよね」
「いつも夜いないと思ったら、こんなことを……」
「あ、気付いてた? ロイって割と鋭いとこあるよね」
 サナは茶化すようにロイを見た。無言でサナを見つめ返すロイ。サナはすぐに真剣な表情に切り替えて、二人を交互に見た。
「二人で夜明けまでにこの国を出て。それから日の昇る方角に半日歩けば、村があるの。止まらないでその村を目指して」
「えっ?」
「な……」
「大丈夫。その地図の通りに歩けば安全だから」
「一体何を……君はどうするんだよ?」
「あたしは、ここでやる事があるから」
 ロイは一瞬、言葉を失った。
「え、やる事って……?」
 そう聞いたレイリに答えようと、サナは彼女の方を向いた。そこにロイが割り込む。
「サナ、ちゃんと話してくれ。君の目的っていうのは何なんだ? どうして僕達を逃がそうとしてる? さっきの兵士を倒した力は何だ? 君は一体、何者なんだ」
 幾つもの質問を一斉に投げかけてくるロイの視線を、サナは正面から受け止めた。微かに頷き、口を開く。
「……いくつか、嘘をついてた。ごめんね、騙すつもりじゃなかったんだけど」
 ロイとレイリは無言で続きを待った。
「本当はあたし……五年前まで、この国で暮らしてたんだ。ウルが王位に就いた時、この国が封鎖される直前にネティオを出たの」
 二人は唖然とした表情でサナの告白を聞いている。
「あたしがこの国に戻ってきたのは、カルツを助け出すため。様子を見るためにわざと捕まったんだけど……甘かったね。直接城に向かうべきだった。こんなに酷いとは思わなかったんだ」
「カルツって……もしかしてカルツ様? ウル国王のお兄さんの?」
「彼は殺されたんじゃないのか?」
 サナは首を横に振った。
「それはただの噂だよ。彼は生きてる。城に幽閉されてるんだ」
「何でそんなこと、君にわかるんだ?」
「ばあやに聞いたの」
「ばあや?」
「うん、カルツの……乳母っていうのかな? 彼を子供の頃から育ててきた人」
「そんな人とサナが知り合いなのか?」
「うん」
「なんで……君は一体何者なんだ」
 サナはくすっと笑った。
「何者ってことはないんだけどね。あたし、カルツと付き合ってたんだ」
 ロイとレイリは目を丸くして言葉を失った。サナが面白そうに笑う。
「びっくりした?」
「そりゃあ……だってそんな話、噂にも……」
「本当……なの?」
「うん。だからあたしは、彼を助けに行く。その為にこの国に戻ってきたんだからね」
「でも、一体どうやって?」
「城に忍び込んで、ウルと兵士達を全部倒す」
 サナは握った拳を顔の前に上げて笑った。ロイが顔をしかめる。
「無茶だ」
「それが無茶じゃないんだよね。さっきあたしが兵士を伸すところ、見たでしょ」
 ロイはレイリを見た。彼は意識が朦朧としていた為、サナの戦いをはっきりとは見ていなかった。レイリは黙ってロイに頷き、サナを見た。
「確かに、信じられない強さだった。けど……」
「心配しないで、大丈夫だから」
 サナは不安そうに見つめてくるレイリに微笑みかけ、先程と同じ様に胸元に手を入れた。
「一つ、お願いがあるの」
 言いながらサナが取り出したのは、布切れに固く包まれた、小さな塊だった。

     


「さっき言った、日の昇る方角にある村……スントーって言うんだけどね。その村のイネルっていうお爺さんに、この石を渡して欲しいんだ」
 ロイは渡された塊を手に取った。
「これは……もしかして、君の力と何か関係があるのか?」
「正解。絶対にその布を外さないでね。石に直接触れるだけで効力があるから」
「触れるだけで? 効力?」
「そう。触れた者に力を与える、奇跡の石。その人の持つ潜在的な力を引き出してくれるの。仕組みはよくわからないけど」
「じゃあ、僕もこれに触れれば――」
「それは駄目。触れた者の半分は、無条件に死ぬから」
「えっ……」
 ロイは口を開いたまま、固まった。レイリは口に手を当てて青ざめる。
「それじゃ、君は命懸けで……」
「あたしには、どうしてもこの力が必要だったからね」
 ロイは俯いてしばらく沈黙し、少ししてゆっくり顔を上げた。
「……それなら、僕も命を賭ける。サナが助けてくれなければ、僕はどうせあのまま殺されてたんだ。いくら君が強いといったって、女性をたった一人で行かせるなんて――」
「ロイ」
 サナはロイの言葉を遮り、真剣な表情で彼を見据えた。ロイは口をつぐむ。
「あなたがここで死んだら、誰がレイリを守るの」
 ロイははっと顔色を変え、レイリを見た。レイリは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、唇を噛んで口を開いた。
「わ……私も――」
「駄目だよ、レイリも変な事を考えないで。二人で触れば、まずどちらかが死ぬんだよ。あたしは一人で大丈夫。二人はここから逃げ出す事だけを考えて」
「でも……」
「お願い」
 サナの真剣な瞳に見つめられ、二人はたじろいだ。少しの沈黙の後、レイリが口を開く。
「でも、やっぱり私達二人だけで逃げ出すなんて……部屋の人達も見捨てることになるし……」
 サナは微かに笑って溜息をついた。
「レイリは優しいね……。あの人達は、襲われてるあなたを見殺しにしようとしたんだよ」
「でも……」
「よく聞いて、レイリ。あの部屋の人が皆で逃げるのは無理なんだよ。人数が多すぎる。目立ち過ぎる」
 黙っていたロイがレイリの手を取った。レイリはロイを見る。
「サナの……言う通りにしよう。わざわざ僕達の為に、抜け道まで調べてくれたんだ。無駄になんて、できない」
 サナも言葉を加える。
「うまく行けば今夜中に全て終わる。さっき伸した兵士も朝までは目を覚まさないから、あの部屋の人達も皆助かるよ。でもあたしはまず、あなた達二人の安全を確保したいの。お願い、レイリ」
 レイリはしばらく躊躇った後、頷いた。

「じゃあ、その石のこと、よろしくね。全部終わったら、すぐに村まで知らせに行くから……一緒に行けなくて、ごめんね」
「わかった。でも、本当にいいのか? こんな大事なもの、僕に預けて」
「うん……本当は、最後にその石の力を授かった者が肌身離さずに持つ決まりなんだけどね。流石にこの状況じゃあね……もしも悪意を持った人に奪われたら、大変なことになるから。今はロイとレイリにしか、頼める人いないの」
「ごめんなさい……本当は一旦村に帰って、預けてくるつもりだったんでしょう? 私が問題を起こしたせいで、こんな急な事に……」
「あたしがあの部屋に入った時点で、もう村に戻るのは無理だったよ。レイリのせいじゃない。駄目だよ、変な風に考えちゃ」
「うん……」
 二人の傍らで、ロイは手に持った石をぼんやり見つめている。
「ロイ、どうかした?」
「いや、よく今まで見つからなかったなと思って。普段はともかく、捕まった時は荷物とか調べられただろ?」
「掟に従って、肌身離さず隠し持ってたからね。さすがにそんな所まで調べられなかったし」
「そんな所?」
「あ、大丈夫、汚くないよ。水で洗ったし、最近は胸に挟んでたし」
「汚い?」
 ロイは持っていた石を目の前に持ち上げ、鼻に近づけた。レイリが慌ててその手から石を奪い取った。
 ぽかんと口を開けて、ロイはレイリを見た。レイリは頬を少し赤らめて、顔を逸らした。サナは二人の様子を見て笑った。
「ロイ、興味津々?」
「……あ」
 意味を理解したロイは、今更ながらに顔を赤らめた。

「じゃあ、そろそろ行こっか。ここで一旦お別れだね」
「本当に、大丈夫なの……?」
「うん、あたしは大丈夫だよ。二人の方が心配なくらい」
「終わったら……ちゃんと、知らせに来てくれよ」
「もちろん、真っ先に会いに行くよ。レイリをよろしくね、ロイ」
「わかった」
 サナは二人に手を振り、背を向けて歩き出した。
 何かを思い出したように、二人を振り返る。
「一つ、言うの忘れてた」
「何を?」
「あたし、レイリと同い年って言うのも嘘なんだ。本当はもっとお姉さんだよ。童顔だけどね」
 サナは無邪気に笑った。ロイからもレイリからも、とても年上には見えない笑顔だった。
「微かな大人の魅力とか、感じたでしょ?」
「あんまり」
「失礼な」
「……じゃあ本当は何歳なんだ?」
 現国王ウルの兄カルツは、生きているとすれば今二十五歳。サナが彼の恋人ならば、同じくらいの年齢でもおかしくはない。
「内緒」
「なんだ、結局言わないのか」
「女には秘密が多いって言うでしょ。隠す所も多いしね」
 サナは面白そうに笑って二人に背を向け、走り出した。
 彼女はそのまま、暗闇の先に姿を消した。

       

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Neetsha