ずっと捕まれっぱなしだった手を振り解き、秋定食を奪い取るようにしてテーブルへと運んだ。
食べ物が突然消えるのを見えないようにするため、なるべく端の席へ行こうとしたが、足止めを喰らったせいで席を選ぶ余裕が無い。
仕方なく、適当に席についた。
(やっと落ち着ける…。)
「ご飯!ご飯!」
(落ち着けない…。)
「ご飯?」
(はぁ…。)
「ご飯?どうしたんですか?ご飯ってばぁ!」
「僕は『ご飯』じゃない…。」
「ごは…あ、そっか。翔さんか。」
「もう良いよ。食べるぞ。」
美味しい。さすがは秋定食(二百四十円)だ。
忍にも食べさせながら、箸を進める僕。
もしもこの場に居る人達に忍の姿が見えていたなら、大層仲の良い男女に見えただろう。
…もしくは、僕がこき使われているか、だが。
「美味しいサンマですねぇ。あ、翔さん、お味噌汁一口下さい。」
「こぼすなよ。」
この間しくじって思いっきりこぼしてしまったのだ。
汁物を飲ませる時は特に注意しなければならない。
「良いダシ出てますねぇ。」
「今日バイトあるんだからもうちょっと俺の分残してくれよ。」
「むー。しょうがないですね。私の食事もかかってますしね。」
忍の了解も得る事が出来たので、残りの定食を全てたいらげる。
もちろん、間近で忍の熱い視線を受けつつだ。落ち着けない。
食べ終えた食器を持って、返却口へ持っていく。
返却は受け取る時と違って、普通に棚に置くだけのシンプルなタイプだ。
「さて…。行くか。」
そして僕は次の講義を受けるため教室へと向かった。
「…あ、あれ何だよ…。」
食い物が…宙で消えた…。
見間違いじゃない。
ヤツのサンマは口から十センチは離れた所で忽然と消えた。
それに、中身の入った味噌汁のお椀を傾けても何も零れ落ちなかった!
…な、なんで?
(と、とりあえずヤツの後をつけてみよう…。)
ヤツの謎は俺が必ず暴いてみせる…!
ミス研(ミステリー研究会)部長、
「金田 一」の名にかけて!
ブルッ…
(うぅっ…何だ…?悪寒が…。)
「大丈夫ですか?」
突然嫌な寒気がした。
風邪でもひいたのだろうか。
栄養が足りていないのかもしれない。
忍に食べさせすぎたか。
「大切な体なんだから気をつけてくださいよ?」
「誰のせいでこうなってると思っているんだ?」
「私のせいですか?」
「多分な。」
「そんなぁ!」
別段熱は無いようだし、最近寒くなってきたせいだろう。
季節の変わり目は風邪をひきやすいというし…。
「そうそう。気をつけてくださいね?」
「だったらもうちょっと食べさせてくれ。」
「それはム…。考えておきます。」
どうやら無理そうだ…。
そして五分ほど歩き、僕らは教室に辿り着き、僕は講義を受ける準備を、忍は聞いていてもさっぱり話がわからないので、眠る準備を始めた。
「…。独り言多し、と…。」
この五分間。
独り言の内容はほとんど聞き取れなかった物の、常に喋りっぱなしだった。
たまに途切れる時は、何となく隣に目をやっていたような感じもする。
(さて、この俺の推理力が冴え渡る時がきたようだな!)
ミス研を四年やってきて、まだ一つもミス研の仲間から出されたのをまともに解いた事が無いのは気のせいだ。
心の奥底から自信が沸いて出てきた。根拠は無い。
ヤツの真後ろの席を取ることにも成功した。
新たなる情報も得やすいだろう。
この講義が終わるまで一時間半。
これだけあれば…。
忍はぐっすり眠っている。幸せだ。
たっぷり食った後、コイツは眠るか騒ぐかの二択だが、講義のある時は大抵前者だ。
懐には優しくないが、まぁ良しとしよう。
これで一時間半、講義にのみ集中できる…。
僕はカバンを横に起き、シャーペンを取り出してノートを取り始めた…。