Neetel Inside ニートノベル
表紙

ちょっとお邪魔してもよろしいでしょうか?
第一話

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ちょっとお邪魔しても宜しいでしょうか?


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ぴんぽ~ん

家の安い扉のチャイムが突然響いた。
誰だろう? やっぱセールスマンか? だったら2秒で追い返す。
寝ていたソファーから起き上がり、僕は玄関へと向かった。

ガチャッ

誰もいない。 ピンポンダッシュか…。 逃げ足の速い事だ。
再びソファーに寝転がろうとし、扉を閉めた。
その瞬間

ぴんぽ~ん

またかよ…。 どうせまた誰も居ないんだろう…。
…え?
さっき、扉の付近には誰も居なかったはず。
なのに閉めた瞬間またチャイムがなった。

つまり、誰かが居たってことだ。

ガチャッ バンッ!

すぐに扉を開ける。 勢い余って開けたため、壁にぶつけてしまった。
やはり誰も居ない。
扉を開けたまま、周りを調べてみる。
洗濯機の奥(週に2、3回しか使わない)から、通路先の階段のあたりまで。

とりあえず、気にしないことにした。
プロのピンポンダッシャーがやってきたってことにしておこう。
ものすごい空しいプロだけど。 年収いくらなんだろう。

バタン

扉を閉め、再度ソファーに飛び乗ろうとした。 が、朝飯もまだの午前10時半。
…何か作ろう。

とりあえず、トースト二枚とコーヒー。 砂糖はたっぷり。 ミルクは入れない。
特に意味はないのだけれど、こだわりだ。

ソファーと比べて明らかに質素なテーブルにそれらを置き、ソファーに座り込んだ。


「きゃっ!」
「うぇぁ?」


なんだか良くわからない声が出た。 その前に、女の小さな悲鳴が聞こえた。
「疲れてるな…。久しぶりに大学もバイトも無いし…。これ食って寝よ。」
「あ、あの…。」
…やっぱり何か居るーっ!


「……誰だ?つかドコに居る?」
「あ…。やっぱり見えていませんか…。目の前に居るのですが…。」
「目の前…?」
目の前といえば、窒素80%と酸素20%とその他の気体が極僅かしか無いはず。


「うりゃ。」
その問題の目の前に、拳を突き出してみる。
「きゃっ…何するんですか!?」
「…避けた?」
「当たりました。」
手ごたえは一切無かった。 この時点で透明人間の可能性は0に。


「えっと…。何?誰?なんでココに居るの?」
「あ、すいません。私がインターホンを押した後、あなたが扉開け放しで出て行かれたものですから、寒いので勝手に入らせていただきました。」
「…問い1と問い2の答えは?」
「何って言われたら…。その…。幽霊ですかね…。名前は倉崎 忍と申します。」


幽霊。 やはりそう来たか。 透明人間以外で見えない物つったらそれくらいしかない。
でも、今までオバケの類が見えたり聞こえたりしたことは一切無かったんだが。
「あの、つかぬ事をお伺いしますが…。」
「…え? あ、何?」
「お名前…あの漢字は何と読めば良いのでしょうか…?アンバラ…さん?」
「ああ、そうだ。よく考えたら読者の皆様にも言ってない。」
「誰ですか?読者って。」
「気にするな…。イオハラ ショウ。庵原 翔だ。」
傍目から見たら、コイツ独りで何自己紹介の練習してんだ? とか思われるだろうな…。
誰も居なくて良かった。


「あ、念のために言っとくけど、ハラショーって呼ぶなよ。それ以外なら何とでも。」
何か良く知らんがしょっちゅう呼ばれる。 外国の言葉だ。 意味は知らない。
「言っちゃったら余計に呼びたくなるんですけど…。では、翔さんで。」
「ああ。頼むよ。」


それにしても誰も居ないところから声が聞こえるのは少し気味が悪い。
何とかならないものか。

ぐぅ~

何だか聞きなれた音がする。 でも僕から出た音では無い。
となると…。
「す、すいません…。半年くらい何も食べてなくて…。」
半年!? 信じられ…る。 何たって幽霊だ。 
食わなくてもこれ以上死にやしない。 だが、だ。


「幽霊って腹減るのか?」
「食べなくても大丈夫なんですけど、一応食べれば元気は出ます…。」
なるほど。さっきからややローテンションなのは半年絶食してたからか。
あのキリストでも40日くらいだったはず。 こいつは凄い。


「どうやって食うんだ? すり抜けないのか?」
「口の中に入りさえすれば…。 手には持てないので…。」
じゃあさっきどうやってチャイム押したんだろう。
「軽い圧力なら掛けられるんです。」
「僕何も言ってないんだけど。」
「いや、顔が言っていました。」
そうか。よく言われる。


「じゃあとりあえずそれ食べなよ。」
「良いんですか?」
「食いたそうな顔してるよ。」
「私の顔、見えてないのでしょう?」
ノリ悪いなコイツ!!
「すいません…ちょっと持ち上げてもらえないでしょうか…。」


その後、かなりのハイペースで忍はトースト二枚を食べきってしまった。
目の前でどんどんトーストが歯型を残して消えていくのは、見ていて変な気分だった。
しかも最後はコーヒーも飲みほした。 もちろん僕が飲ませたのだが。


「なんか…甘いですね…。このコーヒー。」
文句言うなよ。


「んで、結局アンタはここに何しに来たんだ?」
「…えっと…。 やっぱり覚えてませんか?」
何のことだろう。 あ、顔に出た。
「一週間くらい前、私、翔さんにぶつかったんですよ。」
謝れとか? 見えないんだからしょうがないじゃん。
「で、私がその時さっきみたいに悲鳴をあげたんですけど、翔さんその時、
『悪い。ごめんなぁ~っ!』
って言ってくれて。」
「…記憶に無いなぁ。」
「その時、酔っ払ってらっしゃいましたから。」
「ああ。先輩達に無理やり飲まされた日か…。」
「それで私、翔さんに会いに来たんです。」

話が飛躍しすぎだと思う。

「…だから、なんで?」
「だって、謝ってくれたってことは、私の声が聞こえていたって事でしょう?」
「うん。だからなんで僕?」
「私の声が聞こえたの、翔さんが初めてなんです。」
「へぇ~…。霊媒師とかは?」「インチキでした。私の存在を感じてもいません。」
即答されてしまった。 ううむ。


「…で、僕は一体何をすれば良いと?」「それなんですけど!!」
さっきから即答が多い。 トースト食べてホントに元気がでたらしい。
幽霊にも栄養って必要なのか…。


「私を殺した犯人を捕まえて頂けませんか?」
無理。 絶対無理。 顔に出ても構わない。 無理無理無理無理無理。




     

「顔に出るのがわかってるならせめて隠そうとしてください。」
何か顔に出てない部分も読まれた気がする。
「気のせいです。」
「いや、もうそれ気のせいじゃないだろ。」


そんなことはお構いなしに、忍はどんどん話を進める。
ちょっと待ってもらいたい。
「私、S県T市に住んでいたんですけど、ある日、彼氏に山歩きに誘われたんです。」
「……!?ちょっと待ってくれ。」
「何ですか?」
「S県…?S県からここまで来たのか?このT都まで!?歩きで!!??」
「半年掛かりましたけど…。私方向音痴で。」


3~400Kmを徒歩で半年か…。
道に迷ってゆっくりならそれくらいか…? しかも飲まず食わず。
生きてたら死んでるな。 死んでるから死なずに済んだんだが…。

あれ? なんか変だな。

「続けても?」
「あ、ああ。どうぞ。」
勝手に始めた話を途中で止められるのも後味が悪い。
好奇心だけで聞いてしまってはマズいとは思っているのだが…。


「…そう。それで山を歩いて頂上まで登りきったんですよ。すごい綺麗な景色でした。そこで、私が作ったお弁当を食べて、下山したんです。」
「そして、下山途中その男にやられた…と。」
「何言ってるんですか?」
「え?」
「下山して、家に帰って、ああ疲れたって言ってすぐに寝ました。」
「…なぁ。お前何の話してたんだ?」
「え?山の話ですけど?」
天然かよ… |||i _| ̄|○ i|||i


「殺された時の話じゃないのかよ!」
「しても良いんですか?」
「…はぁ。わかった。しろよ。」
「ふふっ。」
今、ニヤってしたよな?
ニヤってしたよな?
作戦だったのか…? この天然の策略にはまったのか?
ハッ! まさか天然に見せるのも作戦かっ!?


「で、その登山の数日後なんですけど…。」
「……。」
「何か言いたそうですね。」
今度こそ死んだ時の話なんだろーな。
「ええもちろん。」
「また顔に出てた?」
「いいえ全然。」
即答かよ。 しかもつまりそれって考えを読まれてるってことじゃねーか!


「あ、一応私大学生だったんですけど、私と彼は学部が同じなんです。」
まぁ。 そりゃ。 そうだ。
「それで、もう一人同じ学部に女の子がいるんですけど…。あ、その学部私と彼とその子の三人だけなんです。」
ど、どんな学部だ…?
「言いたい事はわかりますけど、後にしてくださいね。」
「あ、ああ…。」


「その子にある日、夜中の一時に山のふもとにある工場の4番倉庫まで来いって呼び出されて。」
「怪しすぎるだろ…。って行ったのか…。」

「はい。それで、行こうとしたら間違えて3番倉庫に行ってしまって。」
よくボケをかましてくれるな。

「そしたらなんかヤーさんが凄い沢山いらっしゃっていまして。」
「逃げろよ。」

「いえその…。最初ヤーさんだとわからなかったものですから、ついついフレンドリーに行ってしまいまして。」
「フレンドリー…。」

「そしたら話に華が咲いて、気付いたら夜中の3時で。」
「…なんか嫌な予感がする。」

「で、それに気付いてすぐに4番倉庫に行ったんです。そしたらまだあの子が居てて。」
今から半年前か…。秋始めくらいか…。朝方はちょっと寒いよなぁ…。

「そうなんですよ。その子案の定震えてまして。」
…また読まれた。


「それで、その子私を見るやいなや、開口一番に…。」
「恨みつらみ吐かれたか。」
「『寒い!死ぬ!コーヒー頂戴!』ですって。」
そいつも天然なのか。 |||I _| ̄|○ I|||I


「で、私が近くの自販機でコーヒー買ってきてあげて。」
「わざわざ。ご苦労様。」
「いえいえ。どういたしまして。」
皮肉が通じないッ!


「で、そのコーヒー飲み終わったら突然包丁で心臓を一突き。」
「い、いきなりそんな。痛い痛い。」
「で、今に至ります。」
殺されるまでが長いよ。


ようやく終わった。
ここまでほとんどすっ飛ばしてきた人たちのために、簡単に説明。
忍は、同じ学部の女に殺された。 以上。


「なぁ。今までの話まとめたら1行で終わったんだが。」
「気のせいですよ。」
「いや、事実事実。」


結局、殺された理由とか呼び出された理由とか、その他諸々の大事な部分がわかってないままだ。
進展してねぇ。
姿が見えないから、もしかしたらこれは夢とか僕の果てしない妄想なのではないだろうか。
それだったら、結構良い笑い話になるなぁ。
「笑い話にしないでください。人一人死んでるのに。」
「いや、お前が話したことそのまま客観的に面白いと思うぞ。」
「じゃあ、お笑いやりますか? コンビ名は、『片方の声は聞こえません』!」
「長いし、それじゃあお客さんわかんねぇだろ…。見た目ピン芸人だし…。」


結局、忍は僕に一体何を期待しているんだろう。
犯人捕まえろって、S県だぞ。 一日で捕まえられるモンじゃないだろ。
大学&バイト休めってか? 言っとくけど、それってつまり=死だぞ。
忍と同じ状態になれってか。


「うん。やっぱ無理だわ。」
「そ、そんな!!そこを何とか!!この通り!!」
「この通りとか言われても、見えない。」
「ああっ!ちょっと待って!説明すると今私土下座してるんです!」
「ほぅ。ではお前今ソファーの上で土下座してるのか?」
声は、僕の座っているすぐ隣から聞こえてくる。明らかに向かい合ってはいない。

「……。 こ、この通り!」

前に移動したらしい。 やっぱさっきはしてなかったんだ。

「いじわる。捕まえてくれないんなら、一生翔さんに取り憑いてやるんだから。」
それは困る。 一日中僕の傍で騒がれては、僕だけ集中できない。
なぁ、作者さん。 2行で犯人捕獲終わらせてくれない?
無理ですか、そうですか。


「それではS県に向けてしゅっぱーつ!」
結局、僕が折れた。 明日の夜までに帰ってこられればとは思っているが、多分無理だろう。 謝礼は出すって、幽霊が一体どうやって?
「それは――。 まぁ気にせずどんどん行きましょう!!」
コイツ…。



新幹線に乗って5時間。
既に夕方の五時。
よく考えたら昼飯を食ってない。
忍にトースト取られたから、実際のところ今日何も食ってない。
「駅弁食べたかったなぁ。」
「お前な。」


「とりあえず、私の家に行きましょう。」
「行って、どうする?」
「事情を説明してあげてください!私の声は聞こえないみたいなんで。」
「信じると思ってるのか?」
「そりゃもう!私の家族ですから!あ、行ったら驚くと思いますよ。」
「はぁ…?まぁめんどくさい事に変わりはないが…。」


最寄の駅からバスで30分。 そこから歩いて10分行ったところに、忍の家はあった。
文字で書くと、忍者の家みたいだな。 イテッ。
「この家の何処が忍者屋敷なんですか!?」
「まぁまぁ…。あれ?なんで触れないはずなのに痛みが「さぁ早く家に!」
スルーされた。


忍の家を訪れると、40歳くらいのおばさんが出迎えた。
「お母さんだよ。」
予想はしていたが、忍から説明が入る。
つかここからどうすれば良いんだろう。 とりあえず、忍の家&忍のことなんだから…。
「えっと…。すいません。忍さんの事でちょっと大事な用があるんですが…。」


あっという間に家の中に引きずり込まれた。
おばさんは僕の胸倉をつかんだままずんずん進む。
案内、もとい連れて来られた所は、どうやら居間らしい。
「お父さんと、弟だよ。」
45歳くらいの、ちょっと中年太りしかかってるおっさんと、高校1年生くらいの少年が居た。
居間に入るや否や、おばさんが開口一番こう言った。

「アンタ達!プロジェクトS発動だよ!」
なんなんだこいつら――!!

     

「さぁ早く話しなさい忍の事をさもないとどうなるかわかってるんでしょうねとっとと話せって言ってんだろタコが殴るぞテメー。」
おばさんの口調がだんだん変わってきている。怖い。
僕が呆気に取られていると、少年が助け舟を…。


「おいこらにーちゃん。こっちはもうプロジェクトS発動してんだよ。おとなしく喋っちまった方が身の為だぜ。」
ここの家族でまともなのは…頼むぜおっさん!
「誰がおっさんだ!」
忍のテレパシー能力はおっさんの遺伝かーっ!!!


危ない。 此処に居たら何されるかわからない。
とっとと喋って帰ろう。
「かくかくしかじか。」
「なるほどなるほど。」
…ごめん。 省略ね。


「で、納得してくれましたか?」
「プロジェクトSには如何なる状況にも対応できるようになっているんだよ君!」
おっさんが言った。 だからプロジェクトSって何なんですか? と、思ってみる。
「それはだねぇ…。プロジェクトSHINOBU の略さ!忍の死の真相を暴くためには国家権力にも屈しないと心に誓った我らが家族の結束の証!」
大層な事だ。


「だ、そうだぞ。忍。」
「まぁ1度帰ってきましたから、プロジェクトの内容は知ってましたよ。」
知ってるなら言えよ!


しばらく僕と忍が言い合いをしていると、じっと僕を見つめる視線が三つ。
忍の声が僕にしか聞こえない事をすっかり忘れていた。


「忍…そこに居るんですか?」
今までとは打って変わって落ち着いたおばさんの声。
後の二人も黙って僕を見ている。


「え、ええ…。」
「忍…何か言ってますか?」
「えーっと…忍、何か一言どうぞ。」


「そうですね。えっと、私は元気ですよ。死んでるけど。あまり私が死んじゃった事、気に病まないでね。その代わり、私を殺した犯人、ちゃんと捕まえてね。」


僕はできるだけ忍の言葉をそのまま伝えた。
しかし、最初の方こそ目が潤んでいたのだが、最後の言葉を聞くや否や、目がギラギラと輝いていた。
まるで血に飢えた猛獣だ。 恐ろしい。


「ところで忍さぁ。」
僕は家族に聞こえないように忍に尋ねてみた。
「ハイ、なんですか?」
「お前なんで殺されたんだと思う?」
「動機ですか…?うーん。」

やっぱり、付き合ってたって言う男絡みだろうか。 怖い怖い。

「もしかしたら、買ってきたコーヒーが『つめた~い』だったからかも。」
それだ…。 |||I _| ̄|○ I|||I


そんなやり取りから10分後。
いつのまにか消えていたおばさんが何かを抱えて戻ってきた。
「割れたよ!ホシの居場所!」
何ぃっ!? 何て早いんだ!!
たった10分だと…? 連邦のM・S(マザー シノブ)はバケモノか!?


2分後。
家から引きずり出され、犯人捕獲隊特攻長として任命された。
『つめた~い』コーヒーで人殺すヤツに特攻?
僕に死ねと?
しかも僕はそもそも忍と喋れるだけで後は何の関係もないのだが…。
「君。そんな弱気な事を思っていてはヤツには到底勝てんぞ!」
オッサン、心読まないで。


そして、おばさんが突き止めた犯人の女の自宅に到着した。
息子がインターホンを押す。
「倉崎 忍の家族の者なんですが…。」
そう言った瞬間、インターホンの奥で物音がし、切れた。
僕がボーっとしていると、オッサンとおばさんに小脇を抱えられ、家の戸の前に。
そして突然後ろから息子のドロップキックが飛んでくる。
脆くも破壊され崩れ落ちる扉。 目の前にさえぎる物はなく、玄関が見える。


「さー行って見よー!」
言うが早いか、オッサンおばさんに思いっきり突き飛ばされる。
前につんのめりながら進み、4歩ほど進んだ時、僕の横にある扉が勢い良く開いた。
引き戸で良かった、と一瞬思ったが、それと同時に若い女が飛び出してきて、ぶつかった。

ガラッ ダッ ドカグサッ ドンガラガッシャーン。

何か嫌な音がした気がする。 やべぇマジ特攻気分。
A  ah~ なんか やべぇ感じ 花畑 goes to heaven♪(注:ロコローション@サビ)
唄ってる場合ではない。
空きっ腹に冷たい感触が走る。
目の前が暗くなった気がした。



気が付くとそこは…あの世? 真っ白な世界だ。
いや死にたくない死にたくない。
…死んでるからあの世にいるのか。 はぁ。
体に力は入らない。 目の前には白ばかり。
と、視界の隅に点滴の袋が見えた。 病院か…?


起き上がろうとすると、腹に痛みが走った。 どうやら手術をした後のようだ。
やはり刺されたらしい。
あの女、常に刃物を持ち歩いていたのか? 危なすぎだろ。
さっきまでは麻酔がかかっていたらしく、徐々に体が動くようになってきた。
首が動かせるようになったので、横を見てみる。 やはり病院だ。
と、そこに全く見たことの無い綺麗な女性が居た。 ここだけの話、僕の好みに限りなく近い。


肩ほどまで伸びた黒髪。 小さ目の顔。
明るい感じのブラウスを着ていた。
ベッドに隠れてあとは見えない。
誰の見舞いかと思ったが、どうやら此処は個室。
となると目当ては、僕。


「あ、気が付かれました?」
「え?あ、はい。なんとか。」
「良かった。いつもなら後30分もするとお医者さんが来てくれますよ。ちなみにナースコールのボタンは頭の上にありますよ。」
「教えてくれるなら、押してくれればいいのに。」
「何言ってるんですか。押せないから言ってるんじゃないですか。」
「…押せない?」


そういえば、どこかで聞いた事のある声だ。
つか、僕にずっと付きまとってた声だ。
「迷惑でしたか? やっぱり。」
「やっぱり、忍なのか?」
「何言ってるんですか。私以外に誰か居るのが見えてるんですか?」

冗談めかしたようににっこりと笑う忍。

「いや…お前だけ見える。」
「そうですか。それは良かった良かった…。…私が見える?」
「ああ。」


ゆっくりと近づいてくる忍。 何をする気なのだろう。
まさかトドメ?
「トドメだなんて…。 えへ。」
何その笑い。
手をのばしてくる忍。 首? 首絞めるの?
しかし、忍の手は僕の顔の方に伸びる。 触った。
その手は、暖かいとも冷たいとも形容しがたい感触だった。


「さわれた…。」
「何か変な感じが…。」
「嬉しい!!」
抱きついてくる忍。
こちらは避けようが無い。 ああなんか変な感触がする。
やっぱ幽霊なんだな、と実感した。 うぇぇ。
説明するのは難しいが、忍の体に薄い水の膜が張ってあるような感じがする。
感触があるのかないのかハッキリとしない。


「でも、なんで見えるようになったんだろ…。」
「そうですねぇ…。 同じ人に刺された仲間ということで。」
「そんなんで良いのか…?」
「良いじゃないですか。理由なんてどうだって。」


あの後、あの女は家族に取り押さえられ、あの女は忍の家族共々警察に連れて行かれた。
警察は、犯人の女より、家族の方に手を焼いたらしい。
まぁあんなトンでも家族、滅多にいないからな。



数ヵ月後。



「なぁ。お前なんでまだ居るんだよ?」
「何の事ですか?」
忍はまだ僕の家にいる。
やはり声が聞こえるのも姿が見えるのも僕だけらしい。


「いや、犯人はとっ捕まえたんだからとっとと成仏しろよ。」
「そんなこと言われても成仏の仕方なんてわかりません。」
「なっ…。」
「それに、今成仏したら、翔さんのことが未練に残っちゃいますから!残念!」
「ホントに残念!!だ…。痛い痛いヤメテヤメテ。」
「ばかぁっ。」


もう二度とあんなことはごめんだ。
まぁ、今はそれなりに楽しくやらせてもらってる。
忍、綺麗だし。
「どうも~♪」
ま、そうそう悪くもならないだろう。



…コイツの食費が異常にかかるのだけは別だが…。

第一話 終わり

       

表紙

良@所長 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha