Neetel Inside ニートノベル
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「あのさ、今日ね……クラブ休みなんだけど、ヒマだったら、今からどっかあそびに行かない?」
 六時間目の授業の後、先生からの連絡事項が終了し、放課後となった。時刻は三時四十分。日が長い夏の教室はまだまだ夕焼けには程遠く、白い日光を歓迎するように素通りさせている。
児童たちの行動が最も著しくなる放課後は、下校する生徒、まだ学校で遊ぶ生徒、放課後の係がある生徒など様々だ。そんな中、下校組の高篠さんはまた瀬籐さんと一緒にボクのところに来襲した。
「え……っと、あの……」
 返答に困る。確かに今から暇といえば暇だ。自分はクラブなんて入ってないし、飼育係みたいな放課後専用の係でもない。だけどできれば避けたい人から遊びに誘われても、そこはどうなのだろうか。やはり困る。
 それに、それとなく後ろの瀬籐さんがすんごく不機嫌な顔をしているし。
「……ダ、ダメかな? もしかして用事とかあったりする?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど……」
 そして高篠さんは目に見えて嬉しそうになる。なにを言ってるんだ。適当にごまかしゃよかったのに。毎度ながらこの自分の不器用さが大嫌いだ。
(ああもうその気っぽい。だれか助けて)
「じゃあ今からでいい? どこ行こっか――」
「だめだぞー」
 助けられた。けれど訳が分からないので、高篠さんと二人して声の素を辿る。
 そこに、後ろの席に座るヒロユキがいた。
「ゆーじはきょうはおれとタンケンするのだ」
「――え」
 またも二人してハモる。ヒロユキは神妙な面持ちをして、ボクと高篠さんを交互に見た。
「ヒ、ヒロユキ!?」
「ちょ、ちょっと、いきなし何いってんのよっ」
 二つ分の一驚が生まれたが、ヒロユキに意に介す様子は見られない。
 てゆうかボク、そんな約束したっけ。
「ことば」
「そーいうことじゃなくてっ。……さっきの話、ホント? あんたまた適当なこと言ってんじゃないでしょうね」
「てきとー? ううん、てきとーじゃないよ。イマ、イマきまりました」
「それが適当っていうのよっ!」
「…………」
 やっぱりそうか。しかし如何なものだろう。こういうことになったら――
「……もう、いいわ。じゃあ別に前から約束してなかったって事よね? それならあたしが誘ったっていーでしょ」
「ん? よくないよ?」
「なんでよ」
「なんでも」
「それじゃ理由になんないでしょ」
「ならないの?」
「なりません」
「でも、タンケンだぞ?」
「関係ないでしょ」
「ないの?」
「探検と約束と何の関係があるのよ」
「わかんねぇ」
「……あんた、ひょっとしておちょくってる?」
「おちょ……、なに?」
「おちょくってるのかって」
「おちょ? おちょ……。おちょ。あっはっはっ! おちょ、おちょちょちょちょ! はーかおもしれーな――」
「ああもうまだるっこしいっ! あんたに訊いたあたしがバカだったわっ。それにはーかじゃない、『はるか』、はーるーかっ、『る』つけなさいっていってるでしょう『る』をっ。……もういいもん、こうなったらユウジくん勝手に連れていっちゃうからねっ」
「あっはっ――あ? えぇ……、それはこまる」
「あんたがちゃんと会話しないからいけないのよ」
「してるよ?」
「してないわよ」
「してないの?」
「もうそのパターンはいいって……。とにかく、ユウジくんはあたし、あたしと遊ぶんだからねっ。いい?」
「いくない」
「いいのっ」
「だめなのっ」
「――――――――ぃぃぃぃぃ」
 こういうことになってしまう。とにかく危険だ。止めねば。
「あ、あの、ふたりとも――」
「ゆーじどーする? はーかもいきたいって」
「そんなの一言もいってないでしょーがっ!」
「……いきたくないの?」
「……なんでそこでものすごく不思議そうな顔になるのよ」
 フルスイングで無視される。ますますまずい。ほっといたら明日の朝まで続きそうだ。でも、こんなのどうやって止めたらいいのだろう……
「じゃあ、ゆーじがきめればいい」
 !
「へぇ、あんたにしては、てゆーかやっとまともなこと言ったじゃない。じゃそうしましょ」
「え?」
「ゆーじ」「ユウジくん」
「「どっちいく?」」
「――――」
ああ。なるほど。そうきたか。
 ボクにどうしろっていうんだろう。この人たちは。
「あ、あの――」
「ゆーじはきっとおれだぞ。タンケンをする」
「ばかね、そんなわけないじゃない。ユウジくんみたいなかわいい男の子は、そんな泥臭いことしないの。もっとおしゃれして着飾るのよ」
「そんなことないぞー。ゆーじはボウケンずきなんだ」
「男の子なんだから当たり前でしょそんなの。でもそれよりも、おしゃれをする方が好きなのっ」
 二人で勝手にボクの嗜好性が構築されていく。もうやめてほしい。お願いだから。
「――じゃ、じゃあわかったよ、三人で行こ? そ、それならケンカしなくてもいいでしょ?」
 ね、とどっかの探偵さんみたいに指などを立てて言ってみる。どうだ。
「えっ――」
「おおなるほど。ゆーじはかしこいなぁ。そーだ、みんなでいこう。はーかにもひみつきち、みせてやるぞ――」

「冗談やめてよっ!」

 そして、思いもよらぬところから、それは叫ばれた。高篠さんではない。もっと、女子らしい、金切り声という呼び名に相応しい声。
 緩んでいた教室の空気が一変する。
「み、みく美……」
「はるか、わたしは古九(こく)谷(たに)くんだけなら付き合うって言ったのよ!? ゲロユキが一緒なんて絶対嫌だわっ」
「…………」
 ゲロユキ。ヒロユキを嫌うやつらが、決まってヒロユキに使う呼称。なんでも一年ほど前、風邪を引いていたにも拘らず学校に来ていたヒロユキは、体調を崩して誤って嘔吐し、クラスの一人の女子にそれらの一部をかけてしまったらしい。そのときの名残から、ついたあだ名がゲロユキなのだという。
 そんな、不可抗力としかいえないことで、こんなひどい醜名をつけるなんて。
「はるかもはるかよ! なんでそんな汚いやつと平気でしゃべれるの!? おかしいわよ!」
「……み、みく美、落ち着いて」
 心配なのでヒロユキに目を配った。もう、彼はなんともつらそうにしている。表情がないヒロユキなんて、ボクは初めて見た気がした。
 言いようのない怒りが、血管を通って全身に駆け巡る感覚を覚える。
「……とにかく、そいつが行くならわたしはパスよ。ぜっっったい耐えらんないから」
「みく美……」
「うん、判った、それじゃ仕方ないよね。ボクはヒロユキと遊ぶよ」
 言ってやった。と同時に、高篠さんと瀬籐さんの驚いた顔が見えた。
 もう遠慮する必要なんてない。
「ユ、ユウジくんっ」
「ごめん、高篠さん。でも瀬籐さんがああ言うんじゃ仕方ないよ。……誘ってくれて、どうもありがとう」
「ちょっと待ってよ」
 瀬籐さんは、今度はボクを睨んできた。
「わたしのせいだって言うの? 違うわよっ。わたしははるかがあなた一人だって言うからつきあったのよ。それがあんなゲロユキなんかが気安く話しかけてきて、あまつさえノコノコとついてこようとしたからじゃない。だからよ。全部コイツが悪いのよっ」
「……なんでそうなるの。ヒロユキはただボクたちを遊びに誘っただけだよ。高篠さんがボクにしてくれたことと同じだよ」
「ちょ……みく美? ユウジくん、二人ともやめてよっ」
「一緒にしないでよっ、そんな汚らわしいヤツと。なによ。病気だかなんだか知らないけど、いつまでも馬鹿面しちゃってさ。そんなんならね、いっそソレ用の病院にでも施設にでも行きゃあいいのよ。それならまだバカで汚いもの同士、仲間はずれも起こらず仲良くできるってもんじゃない。ふふ、そうよっ、そうすればいいのよ。そうすれば」

「――もう止めろ」

 息が詰まり、憤激で意識が飛びそうになって、怒りに身を委ねようとしたその矢先、
「……っ、――セ、セリヤ、くん……!?」
 勢いよく振り返った瀬籐さんの喫驚と同時に、
「いいから、もう止めとけって、瀬籐」
 クラスの学級委員である、西条セリヤ君が、忽然とやって来た。

       

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