Neetel Inside ニートノベル
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「ちょっとはるか、それ本気でいってんの?」
 給食後昼休み、歓談する女子ばかりの教室で、みく美はなんとも納得いかなそうに聞いてきた。
「おねがいっ。一緒にきてよー。一人じゃこう、心細くて」
 みく美は嫌味のつもりなのか、これ見よがしにため息をつく。
「あんな子ども相手になに緊張することあるのよ」
「……いや、そういうことじゃなくてさー。てゆうかあんたも子どもでしょ」
「それにイヤ。一緒に遊ぶなんて。古九谷君でしょ? わたしあの子キライだもん」
 そういってぷいっと拗ねたように、結った髪を揺らしてそっぽを向く。そういう仕草は可愛いのに、言ってることがちょっとよろしくない。相変わらずはっきりと言う子だ、みく美は。
「なんで嫌いなの……? ユウジくん、ちっちゃくてかわいいじゃん」
「そりゃあんたの趣味でしょ。それにあの子変わり者じゃない? ゲロユキとなんか一緒にいるし、ちょっと気持ち悪いわ」
 みく美を始め、クラスのみんなはヒロユキをゲロユキという。ゲロを吐いたのは事実だが、そのあだ名はどうなんだろう。
「そうかなぁ……。少しおとなしいなー、とは思うけど」
「少しじゃないわよ。もう転校して三ヶ月になろうかっていうのに、全然クラスのやつらに関わろうとしないじゃない。あんだけ話しかけてるはるかにさえ近づこうともしないしさ」
「……む」
 それはあたしも思うことがある。
 彼は、ユウジくんは、なぜかクラスに溶け込もうとしない。最初はただ奥手なんだなと思っていたが、一週間経っても二週間経っても、ヒロユキとしか話さないのでちょっと心配したこともある。ま、今もなのだが。
「それは……たぶん、恥ずかしがり屋なのよ」
「あのねぇ……、あれは恥ずかしがってるレベルじゃないって。拒絶よ拒絶。話しかけられる度にすんごくあたふたして。異常よ」
 それも判る。この前なんかいきなり後ろから話しかけただけで、『な、なに高篠さん!?』なんて心底驚いた顔で返されたし。……まぁでも、その反応もまたかわいいというか、こう、ギュッとしたいっていうか……。
「まぁいいじゃない。とにかくおねがいよー。一緒にいてくれるだけでいいから」
「それこそわたしは全然楽しくないじゃないっ。……まったく、あんたも物好きよね、はるか」
 そしてまた大げさに息を吐き出す。みく美よ、そこまでドン引きか。
「むむ……。いーじゃない別にぃ。だってユウジくんかわいいんだもん」
「……ばか。あのね、オトコがかわいいのは今のうちだけよ? そのうち声はガラガラになって、顔や手足なんかは毛むくじゃらになって、もうスネ毛なんて見てられなくなって、そいで仕舞いには息も身体もくっさいくっさいオッサンになっちゃったりするのよ」
「そ、そんなのまだ先のことでしょっ」
「そーでもないよぉ? なるときはあっという間なんだから。男の性徴期なんて早いもんだし」
 何歳だおまえは。てかどこでそんなこと知った。
 と、みく美は今度は舐めるようにあたしを見てきた。なんだか目つきがいやらしい。
「な、なによ」
「あんたはもう二次性徴終わってるかしら」
 言われてボッと熱が上がった。まるで頭ん中の血液が沸騰したみたいだ。
「――そ、そそそそんなわけないでしょっ! あ、あたしはバスケしてるから身体が大きいだけなのっ!」
「ふふ、どうだか。そんな小学生にあるまじきイヤラシイ体しちゃって。知ってる? 最近のあんたに対する男子どもの視線、あれ絶対ムネ見てるわよ」
「バ、バカなこと言わないでよこのバカっ。このっ、バカみく美っ」
 恥ずかし過ぎて顔から首まで真っ赤っ赤になる。ああもう、絶対からかわれてる。
 みく美はさも妹をあやすように、ハイハイといって手の平を振った。
「ごめんごめん、あんたからかうとおもしろいのよ。――お詫びってことで、今日は付き合ってあげるから。ね?」
「むー。なんか納得いかないなー」
「じゃやめよか」
「ごめんなさいおねがいします」
 礼儀正しくお辞儀するあたしの頭の上で、勝ち誇ったかのように微笑むみく美嬢。なにか言い含められた気がするが、目標は達成できたので良しとしよう。
 それにしても、さっきの話は本当だろうか。確かにまた少しおっきくなったが、み、み、見られてたらホントにやだな……。マジで。
「それでさ、代わりといっちゃなんだけど――はるか?」
「――えっ、あ、ああいや、なに?」
「? どうしたの?」
「な、なんでもないっ。それで、なに?」
 あんたが余計なこと言うからだよ。もう。
 ――と、そこで一息入れたところで、みく美がいきなり姿勢を正した。わざとらしく周囲を見て、私の耳元に手を当て、なぜか赤くなった顔を近づけてくる。
「――そこでね、代わりにってゆうか、今度もセリヤくん出るバスケの試合、連れってってっ」
「――――」
 ほほう、なるほどね。そういうことか。だが、そんなことなら話は早い。
「そんなの全然いいよ」
「さぁんきゅっ。さっすがはるかっ。ありがとね」
 こちらの背中をバチンと叩き、気持ちいいぐらいの笑顔を見せてくる。このときのみく美は、本当に可愛い。恋ってすごいなぁ。
 けどちょっと待ってくれ。
「でも、そういうみく美だっておかしいじゃん。西条なんか好きなくせに――」
 言った瞬間、すごい速度で口を塞がれた。手が歯に当たって痛い。
「むぐぅ……」
「い、いきなり何いってんのばかっ! セ、セリヤくんに聞かれたらどうすんのよっ」
 みく美は声を潜めて首をぶんぶん振り回している。顔も赤い。かわいいなぁ。
 でも苦しいので、とりあえずその手をどけた。
「大丈夫だって。さっき給食食べ終えるなり、他の男子と運動場にダッシュしてったから」
 そう言うと、みく美は安心したように吐息し、
「……もう、やめてよね、あんまり言いふらすのは」
 とてもしおらしく、声を漏らす。さっきと立場が逆転してしまった。やっぱりこの子は、西条の話をすると別人になるようだ。
 西条セリヤ。
 このクラスの学級委員長で、勉強は並だけど、運動神経がソコ抜けにいいっていうバリバリのスポーツマン。なんとスポーツクラブを、あたしが通っているバスケを含め野球、サッカー、剣道、空手、柔道、スイミングと七つを梯子し、およそ人間が行うこの代表的競技群を全て上級者並みに実践することのできる、とんでもないバケモノだ。それに運動以外でも、ディベート的な会議ものや人まとめなどを、色々とそつなく器用にこなす。さらに顔立ちまでも端正でやがるから、男女問わず、特に女子に絶大と人気が高い。とどめに父親が学校の校長だっていうもんだから、もうなんか、すごいやつってのを通り越して殴ってやりたい。
 だからわたしはあんまり西条が好きじゃない。まぁ人間的には運動好きな気のいいやつなんだけど、性格がいやに大人びてて小学生らしくないし、カッコつけてるし、わたしと同じくらいの丈なのに背をからかってくるし、何よりあたしの庭であるバスケットでさえ、一回も勝てないという嫌味っぷりがなんとも気に食わない。ま、嫌いっていうより苦手なタイプってことになるのか。
 だが、目の前のお嬢さん始めほとんどの女が骨抜きって話らしい。納得いかないが所詮男はスポーツマンと顔がいい人が勝ちってことなのか。ああ、世の中って不条理。
 まあそれはともかく。みく美はその西条が大好きらしい。いつから好きかは、『もう一目会った瞬間っ』だという。つまりは顔だ。カッコイイから好きになってしまったらしい。
「ごめんごめん、これでおあいこ」
「……いいけど。――ってよくないわよ。なんでセリヤくん好きなわたしがオカシイのよっ」
「だってあたしは西条タイプじゃないんだもん、こっちから見たらみく美と同じ立場だもん」
 みく美は今日何度目かのため息を、もはや遠慮もなしに撒き散らした。
「……はぁ。あんな男の鏡みたいなセリヤくんより奥手なチビがいいなんて、やっぱ変わってるわ、あんた。将来がそこはかとなく心配になるよ」
「そこっ、省きすぎっ。せめてチビの前に『かわいい』を入れなさい『かわいい』を」
「はいはい、はるかはチビが好きな逆ロリコンってことね」
「だ、だれがロリコンよっ! きっちりきっかり同い年よっ」
「だがしかし、彼女の身体はもう性徴を超えた、立派な大人なのだった。しかしてその実態は――」
「みく美ぃぃぃーっ!」
 芝居がかった朗読のあと、アハハとまたも可愛い笑顔を零しながら、軽快に走り去って行くみく美。
 その姿は、しつこいが本当に綺麗だ。今はあたしより頭半分も小さいが、やがて大人になって背が高くなれば、絶対美人になると思う。西条のせいなんかじゃない、やっぱりみく美は最初から綺麗なのだ。
 だからこそ、ふと思ってしまう。
 ヒロユキのこと。
 みく美は好きなものには真っ直ぐなだけに、嫌いなものは徹底的に嫌う。それは純粋という二文字に集約され、そして純粋なものを人は綺麗だと位置づける。ちなみにこれテレビドキュメントの受け売り。うん。
 ともかく、彼女はそういうもので、ヒロユキには本当に態度がキツイのだ。確かにみんな嫌ってる。あいつは頭がおかしい。行動がおかしい。みんなはそれを嫌い、笑う。
 みんなが好きな西条が苦手なあたしは、ヒロユキを嫌わず、別に笑ったりしない。
 みんなが好きな西条が好きなみく美は、やっぱりみんなと同じで、ヒロユキを嫌い、そして笑う。
 だからなのか。彼女が汚れてしまうときは、綺麗なだけに早く染まっていく。
 だから驚く。あの子のドス黒い暗闇に。
 ヒロユキを前にしたみく美は、みく美でなくなってしまう。
 だから、西条。
 どうかみく美を嫌わないで欲しい。
 それは、あの子が、本当に綺麗なんだということの、そういうことの、現れであるのだから。
 あんたは悪くない。ヒロユキも悪くない。ユウジくんだって悪くない。あたしもだ。
 みく美だって、悪くない。
 西条、ヒロユキ、ユウジくん。
 みく美を嫌わないで。
 ――みく美は、とってもカワイイ、女の子なんだよ?

       

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