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ピヨピヨ
2.放課後

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2.放課後



 高篠はるかというクラスメイトは、ボクは嫌いじゃない。
 背が高くて、それに違わず人柄も大きくて、気さくで明るくて。地元で運営しているバスケットクラブのキャプテンだということで、それは成程と納得できるほど、気前がよく面倒見がいい。実際自分も、転校当初は随分と構ってもらったりして、いろいろ助けてもらったし、クラスの厄介ごとも進んで引き受けるような、うん、物の見事な姉御的存在だ。
それに意外と、高篠さんは子どもっぽい一面も持ち合わせている。しっかりしているのかしていないのか、勉強の成績や忘れ物はちょっとひどく、人のことは気にするのに自分は疎かという印象だし、事実かどうかはわからないが、あんな総身をしてぬいぐるみのような『かわいいモノ』がものすごく好きなそうで、その外見と性格のギャップに驚かされる。
自然そんな性格だから、クラスのみんなにほっとかれるわけはなく、運動ができるしちょっと抜けているところもあるから、余計に女子には友達として人気者らしい。
 なにより高篠さんは、ヒロユキをたぶん毛嫌いしていない。とゆうか、もとからそういう感情が無いのか、物言いはきついが、それはあくまでクラスメイトとして遠慮していない表れであり、嫌っていないことの証明であるからだ。
 そもそもヒロユキは、自分を嫌っていると思う相手には話しかけたりしない。何の基準でそれを感じ取っているのか知らないが、何か判るらしい。ボクとか高篠さんとか、あと学級委員の西条(さいじょう)くん意外は決して自分からは話さないし遊ばない。そんなヒロユキが認めているんだから、おそらく高篠さんは信頼できるだろう。
 そんなこんなで、ボクは高篠さんはいい人だと思う。その人柄も素直に好きだ。……だがしかし、ただ問題が一つある。
 彼女が、やたらとボクに構うことだ。
なぜだっていうぐらい構う。
それは普通は喜ばしいことだ。奥手な自分にとって、こう進んで関わってくれるような相手は友達としての相性もいいと思う。それでも大手を振って喜べないのは、偏にボクの性格に原因がある。
一つは彼女に気後れすること。なにしろ身体がもう大人の女性張りに大きい。……その、だから出るところはもう出てたりもするから、あんまり近づいてこられると恥ずかしいのだ。それに悔しくもある。ボクだって男なのに、同い年の女の子と一緒にいて、子供と大人みたいな感じに見えるんだから、それはそれは面白くない。卑屈になるのだ。
 そして。
これが決定的なのだが、はっきりいって、自分はクラスで嫌われている。
 朝、高篠さんと一緒にいた瀬籐さんがその典型で、あの人はボクをかなりよく思ってない。思ってないと思う。たぶんそれは、自分たちがいじめているヒロユキと、ボクが仲良くしているためだろう。腐ったりんごに虫、みたいな感じ。
 それが答えだ。
 ボクなんかに関わっていたら、彼女まで嫌われる。
 そんなのはダメだ。せっかくの人気者だというのに、自分に構ったばかりにのけ者になんてされたら、それこそボクが一番責任を感じてしまう。
 自己保身的だが、それがたまらなく嫌だ。
 だから高篠さんには極力近づかないようにしている。気にしてくれる彼女には悪いけど、それも高篠さんの学校生活とボクの安寧のためだから。
 だっていうのに。
「ね、ねぇ、ユウジくんっ」
 また自分からやって来たりする。

     

「あのさ、今日ね……クラブ休みなんだけど、ヒマだったら、今からどっかあそびに行かない?」
 六時間目の授業の後、先生からの連絡事項が終了し、放課後となった。時刻は三時四十分。日が長い夏の教室はまだまだ夕焼けには程遠く、白い日光を歓迎するように素通りさせている。
児童たちの行動が最も著しくなる放課後は、下校する生徒、まだ学校で遊ぶ生徒、放課後の係がある生徒など様々だ。そんな中、下校組の高篠さんはまた瀬籐さんと一緒にボクのところに来襲した。
「え……っと、あの……」
 返答に困る。確かに今から暇といえば暇だ。自分はクラブなんて入ってないし、飼育係みたいな放課後専用の係でもない。だけどできれば避けたい人から遊びに誘われても、そこはどうなのだろうか。やはり困る。
 それに、それとなく後ろの瀬籐さんがすんごく不機嫌な顔をしているし。
「……ダ、ダメかな? もしかして用事とかあったりする?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど……」
 そして高篠さんは目に見えて嬉しそうになる。なにを言ってるんだ。適当にごまかしゃよかったのに。毎度ながらこの自分の不器用さが大嫌いだ。
(ああもうその気っぽい。だれか助けて)
「じゃあ今からでいい? どこ行こっか――」
「だめだぞー」
 助けられた。けれど訳が分からないので、高篠さんと二人して声の素を辿る。
 そこに、後ろの席に座るヒロユキがいた。
「ゆーじはきょうはおれとタンケンするのだ」
「――え」
 またも二人してハモる。ヒロユキは神妙な面持ちをして、ボクと高篠さんを交互に見た。
「ヒ、ヒロユキ!?」
「ちょ、ちょっと、いきなし何いってんのよっ」
 二つ分の一驚が生まれたが、ヒロユキに意に介す様子は見られない。
 てゆうかボク、そんな約束したっけ。
「ことば」
「そーいうことじゃなくてっ。……さっきの話、ホント? あんたまた適当なこと言ってんじゃないでしょうね」
「てきとー? ううん、てきとーじゃないよ。イマ、イマきまりました」
「それが適当っていうのよっ!」
「…………」
 やっぱりそうか。しかし如何なものだろう。こういうことになったら――
「……もう、いいわ。じゃあ別に前から約束してなかったって事よね? それならあたしが誘ったっていーでしょ」
「ん? よくないよ?」
「なんでよ」
「なんでも」
「それじゃ理由になんないでしょ」
「ならないの?」
「なりません」
「でも、タンケンだぞ?」
「関係ないでしょ」
「ないの?」
「探検と約束と何の関係があるのよ」
「わかんねぇ」
「……あんた、ひょっとしておちょくってる?」
「おちょ……、なに?」
「おちょくってるのかって」
「おちょ? おちょ……。おちょ。あっはっはっ! おちょ、おちょちょちょちょ! はーかおもしれーな――」
「ああもうまだるっこしいっ! あんたに訊いたあたしがバカだったわっ。それにはーかじゃない、『はるか』、はーるーかっ、『る』つけなさいっていってるでしょう『る』をっ。……もういいもん、こうなったらユウジくん勝手に連れていっちゃうからねっ」
「あっはっ――あ? えぇ……、それはこまる」
「あんたがちゃんと会話しないからいけないのよ」
「してるよ?」
「してないわよ」
「してないの?」
「もうそのパターンはいいって……。とにかく、ユウジくんはあたし、あたしと遊ぶんだからねっ。いい?」
「いくない」
「いいのっ」
「だめなのっ」
「――――――――ぃぃぃぃぃ」
 こういうことになってしまう。とにかく危険だ。止めねば。
「あ、あの、ふたりとも――」
「ゆーじどーする? はーかもいきたいって」
「そんなの一言もいってないでしょーがっ!」
「……いきたくないの?」
「……なんでそこでものすごく不思議そうな顔になるのよ」
 フルスイングで無視される。ますますまずい。ほっといたら明日の朝まで続きそうだ。でも、こんなのどうやって止めたらいいのだろう……
「じゃあ、ゆーじがきめればいい」
 !
「へぇ、あんたにしては、てゆーかやっとまともなこと言ったじゃない。じゃそうしましょ」
「え?」
「ゆーじ」「ユウジくん」
「「どっちいく?」」
「――――」
ああ。なるほど。そうきたか。
 ボクにどうしろっていうんだろう。この人たちは。
「あ、あの――」
「ゆーじはきっとおれだぞ。タンケンをする」
「ばかね、そんなわけないじゃない。ユウジくんみたいなかわいい男の子は、そんな泥臭いことしないの。もっとおしゃれして着飾るのよ」
「そんなことないぞー。ゆーじはボウケンずきなんだ」
「男の子なんだから当たり前でしょそんなの。でもそれよりも、おしゃれをする方が好きなのっ」
 二人で勝手にボクの嗜好性が構築されていく。もうやめてほしい。お願いだから。
「――じゃ、じゃあわかったよ、三人で行こ? そ、それならケンカしなくてもいいでしょ?」
 ね、とどっかの探偵さんみたいに指などを立てて言ってみる。どうだ。
「えっ――」
「おおなるほど。ゆーじはかしこいなぁ。そーだ、みんなでいこう。はーかにもひみつきち、みせてやるぞ――」

「冗談やめてよっ!」

 そして、思いもよらぬところから、それは叫ばれた。高篠さんではない。もっと、女子らしい、金切り声という呼び名に相応しい声。
 緩んでいた教室の空気が一変する。
「み、みく美……」
「はるか、わたしは古九(こく)谷(たに)くんだけなら付き合うって言ったのよ!? ゲロユキが一緒なんて絶対嫌だわっ」
「…………」
 ゲロユキ。ヒロユキを嫌うやつらが、決まってヒロユキに使う呼称。なんでも一年ほど前、風邪を引いていたにも拘らず学校に来ていたヒロユキは、体調を崩して誤って嘔吐し、クラスの一人の女子にそれらの一部をかけてしまったらしい。そのときの名残から、ついたあだ名がゲロユキなのだという。
 そんな、不可抗力としかいえないことで、こんなひどい醜名をつけるなんて。
「はるかもはるかよ! なんでそんな汚いやつと平気でしゃべれるの!? おかしいわよ!」
「……み、みく美、落ち着いて」
 心配なのでヒロユキに目を配った。もう、彼はなんともつらそうにしている。表情がないヒロユキなんて、ボクは初めて見た気がした。
 言いようのない怒りが、血管を通って全身に駆け巡る感覚を覚える。
「……とにかく、そいつが行くならわたしはパスよ。ぜっっったい耐えらんないから」
「みく美……」
「うん、判った、それじゃ仕方ないよね。ボクはヒロユキと遊ぶよ」
 言ってやった。と同時に、高篠さんと瀬籐さんの驚いた顔が見えた。
 もう遠慮する必要なんてない。
「ユ、ユウジくんっ」
「ごめん、高篠さん。でも瀬籐さんがああ言うんじゃ仕方ないよ。……誘ってくれて、どうもありがとう」
「ちょっと待ってよ」
 瀬籐さんは、今度はボクを睨んできた。
「わたしのせいだって言うの? 違うわよっ。わたしははるかがあなた一人だって言うからつきあったのよ。それがあんなゲロユキなんかが気安く話しかけてきて、あまつさえノコノコとついてこようとしたからじゃない。だからよ。全部コイツが悪いのよっ」
「……なんでそうなるの。ヒロユキはただボクたちを遊びに誘っただけだよ。高篠さんがボクにしてくれたことと同じだよ」
「ちょ……みく美? ユウジくん、二人ともやめてよっ」
「一緒にしないでよっ、そんな汚らわしいヤツと。なによ。病気だかなんだか知らないけど、いつまでも馬鹿面しちゃってさ。そんなんならね、いっそソレ用の病院にでも施設にでも行きゃあいいのよ。それならまだバカで汚いもの同士、仲間はずれも起こらず仲良くできるってもんじゃない。ふふ、そうよっ、そうすればいいのよ。そうすれば」

「――もう止めろ」

 息が詰まり、憤激で意識が飛びそうになって、怒りに身を委ねようとしたその矢先、
「……っ、――セ、セリヤ、くん……!?」
 勢いよく振り返った瀬籐さんの喫驚と同時に、
「いいから、もう止めとけって、瀬籐」
 クラスの学級委員である、西条セリヤ君が、忽然とやって来た。

     



「ちょっとはるか、それ本気でいってんの?」
 給食後昼休み、歓談する女子ばかりの教室で、みく美はなんとも納得いかなそうに聞いてきた。
「おねがいっ。一緒にきてよー。一人じゃこう、心細くて」
 みく美は嫌味のつもりなのか、これ見よがしにため息をつく。
「あんな子ども相手になに緊張することあるのよ」
「……いや、そういうことじゃなくてさー。てゆうかあんたも子どもでしょ」
「それにイヤ。一緒に遊ぶなんて。古九谷君でしょ? わたしあの子キライだもん」
 そういってぷいっと拗ねたように、結った髪を揺らしてそっぽを向く。そういう仕草は可愛いのに、言ってることがちょっとよろしくない。相変わらずはっきりと言う子だ、みく美は。
「なんで嫌いなの……? ユウジくん、ちっちゃくてかわいいじゃん」
「そりゃあんたの趣味でしょ。それにあの子変わり者じゃない? ゲロユキとなんか一緒にいるし、ちょっと気持ち悪いわ」
 みく美を始め、クラスのみんなはヒロユキをゲロユキという。ゲロを吐いたのは事実だが、そのあだ名はどうなんだろう。
「そうかなぁ……。少しおとなしいなー、とは思うけど」
「少しじゃないわよ。もう転校して三ヶ月になろうかっていうのに、全然クラスのやつらに関わろうとしないじゃない。あんだけ話しかけてるはるかにさえ近づこうともしないしさ」
「……む」
 それはあたしも思うことがある。
 彼は、ユウジくんは、なぜかクラスに溶け込もうとしない。最初はただ奥手なんだなと思っていたが、一週間経っても二週間経っても、ヒロユキとしか話さないのでちょっと心配したこともある。ま、今もなのだが。
「それは……たぶん、恥ずかしがり屋なのよ」
「あのねぇ……、あれは恥ずかしがってるレベルじゃないって。拒絶よ拒絶。話しかけられる度にすんごくあたふたして。異常よ」
 それも判る。この前なんかいきなり後ろから話しかけただけで、『な、なに高篠さん!?』なんて心底驚いた顔で返されたし。……まぁでも、その反応もまたかわいいというか、こう、ギュッとしたいっていうか……。
「まぁいいじゃない。とにかくおねがいよー。一緒にいてくれるだけでいいから」
「それこそわたしは全然楽しくないじゃないっ。……まったく、あんたも物好きよね、はるか」
 そしてまた大げさに息を吐き出す。みく美よ、そこまでドン引きか。
「むむ……。いーじゃない別にぃ。だってユウジくんかわいいんだもん」
「……ばか。あのね、オトコがかわいいのは今のうちだけよ? そのうち声はガラガラになって、顔や手足なんかは毛むくじゃらになって、もうスネ毛なんて見てられなくなって、そいで仕舞いには息も身体もくっさいくっさいオッサンになっちゃったりするのよ」
「そ、そんなのまだ先のことでしょっ」
「そーでもないよぉ? なるときはあっという間なんだから。男の性徴期なんて早いもんだし」
 何歳だおまえは。てかどこでそんなこと知った。
 と、みく美は今度は舐めるようにあたしを見てきた。なんだか目つきがいやらしい。
「な、なによ」
「あんたはもう二次性徴終わってるかしら」
 言われてボッと熱が上がった。まるで頭ん中の血液が沸騰したみたいだ。
「――そ、そそそそんなわけないでしょっ! あ、あたしはバスケしてるから身体が大きいだけなのっ!」
「ふふ、どうだか。そんな小学生にあるまじきイヤラシイ体しちゃって。知ってる? 最近のあんたに対する男子どもの視線、あれ絶対ムネ見てるわよ」
「バ、バカなこと言わないでよこのバカっ。このっ、バカみく美っ」
 恥ずかし過ぎて顔から首まで真っ赤っ赤になる。ああもう、絶対からかわれてる。
 みく美はさも妹をあやすように、ハイハイといって手の平を振った。
「ごめんごめん、あんたからかうとおもしろいのよ。――お詫びってことで、今日は付き合ってあげるから。ね?」
「むー。なんか納得いかないなー」
「じゃやめよか」
「ごめんなさいおねがいします」
 礼儀正しくお辞儀するあたしの頭の上で、勝ち誇ったかのように微笑むみく美嬢。なにか言い含められた気がするが、目標は達成できたので良しとしよう。
 それにしても、さっきの話は本当だろうか。確かにまた少しおっきくなったが、み、み、見られてたらホントにやだな……。マジで。
「それでさ、代わりといっちゃなんだけど――はるか?」
「――えっ、あ、ああいや、なに?」
「? どうしたの?」
「な、なんでもないっ。それで、なに?」
 あんたが余計なこと言うからだよ。もう。
 ――と、そこで一息入れたところで、みく美がいきなり姿勢を正した。わざとらしく周囲を見て、私の耳元に手を当て、なぜか赤くなった顔を近づけてくる。
「――そこでね、代わりにってゆうか、今度もセリヤくん出るバスケの試合、連れってってっ」
「――――」
 ほほう、なるほどね。そういうことか。だが、そんなことなら話は早い。
「そんなの全然いいよ」
「さぁんきゅっ。さっすがはるかっ。ありがとね」
 こちらの背中をバチンと叩き、気持ちいいぐらいの笑顔を見せてくる。このときのみく美は、本当に可愛い。恋ってすごいなぁ。
 けどちょっと待ってくれ。
「でも、そういうみく美だっておかしいじゃん。西条なんか好きなくせに――」
 言った瞬間、すごい速度で口を塞がれた。手が歯に当たって痛い。
「むぐぅ……」
「い、いきなり何いってんのばかっ! セ、セリヤくんに聞かれたらどうすんのよっ」
 みく美は声を潜めて首をぶんぶん振り回している。顔も赤い。かわいいなぁ。
 でも苦しいので、とりあえずその手をどけた。
「大丈夫だって。さっき給食食べ終えるなり、他の男子と運動場にダッシュしてったから」
 そう言うと、みく美は安心したように吐息し、
「……もう、やめてよね、あんまり言いふらすのは」
 とてもしおらしく、声を漏らす。さっきと立場が逆転してしまった。やっぱりこの子は、西条の話をすると別人になるようだ。
 西条セリヤ。
 このクラスの学級委員長で、勉強は並だけど、運動神経がソコ抜けにいいっていうバリバリのスポーツマン。なんとスポーツクラブを、あたしが通っているバスケを含め野球、サッカー、剣道、空手、柔道、スイミングと七つを梯子し、およそ人間が行うこの代表的競技群を全て上級者並みに実践することのできる、とんでもないバケモノだ。それに運動以外でも、ディベート的な会議ものや人まとめなどを、色々とそつなく器用にこなす。さらに顔立ちまでも端正でやがるから、男女問わず、特に女子に絶大と人気が高い。とどめに父親が学校の校長だっていうもんだから、もうなんか、すごいやつってのを通り越して殴ってやりたい。
 だからわたしはあんまり西条が好きじゃない。まぁ人間的には運動好きな気のいいやつなんだけど、性格がいやに大人びてて小学生らしくないし、カッコつけてるし、わたしと同じくらいの丈なのに背をからかってくるし、何よりあたしの庭であるバスケットでさえ、一回も勝てないという嫌味っぷりがなんとも気に食わない。ま、嫌いっていうより苦手なタイプってことになるのか。
 だが、目の前のお嬢さん始めほとんどの女が骨抜きって話らしい。納得いかないが所詮男はスポーツマンと顔がいい人が勝ちってことなのか。ああ、世の中って不条理。
 まあそれはともかく。みく美はその西条が大好きらしい。いつから好きかは、『もう一目会った瞬間っ』だという。つまりは顔だ。カッコイイから好きになってしまったらしい。
「ごめんごめん、これでおあいこ」
「……いいけど。――ってよくないわよ。なんでセリヤくん好きなわたしがオカシイのよっ」
「だってあたしは西条タイプじゃないんだもん、こっちから見たらみく美と同じ立場だもん」
 みく美は今日何度目かのため息を、もはや遠慮もなしに撒き散らした。
「……はぁ。あんな男の鏡みたいなセリヤくんより奥手なチビがいいなんて、やっぱ変わってるわ、あんた。将来がそこはかとなく心配になるよ」
「そこっ、省きすぎっ。せめてチビの前に『かわいい』を入れなさい『かわいい』を」
「はいはい、はるかはチビが好きな逆ロリコンってことね」
「だ、だれがロリコンよっ! きっちりきっかり同い年よっ」
「だがしかし、彼女の身体はもう性徴を超えた、立派な大人なのだった。しかしてその実態は――」
「みく美ぃぃぃーっ!」
 芝居がかった朗読のあと、アハハとまたも可愛い笑顔を零しながら、軽快に走り去って行くみく美。
 その姿は、しつこいが本当に綺麗だ。今はあたしより頭半分も小さいが、やがて大人になって背が高くなれば、絶対美人になると思う。西条のせいなんかじゃない、やっぱりみく美は最初から綺麗なのだ。
 だからこそ、ふと思ってしまう。
 ヒロユキのこと。
 みく美は好きなものには真っ直ぐなだけに、嫌いなものは徹底的に嫌う。それは純粋という二文字に集約され、そして純粋なものを人は綺麗だと位置づける。ちなみにこれテレビドキュメントの受け売り。うん。
 ともかく、彼女はそういうもので、ヒロユキには本当に態度がキツイのだ。確かにみんな嫌ってる。あいつは頭がおかしい。行動がおかしい。みんなはそれを嫌い、笑う。
 みんなが好きな西条が苦手なあたしは、ヒロユキを嫌わず、別に笑ったりしない。
 みんなが好きな西条が好きなみく美は、やっぱりみんなと同じで、ヒロユキを嫌い、そして笑う。
 だからなのか。彼女が汚れてしまうときは、綺麗なだけに早く染まっていく。
 だから驚く。あの子のドス黒い暗闇に。
 ヒロユキを前にしたみく美は、みく美でなくなってしまう。
 だから、西条。
 どうかみく美を嫌わないで欲しい。
 それは、あの子が、本当に綺麗なんだということの、そういうことの、現れであるのだから。
 あんたは悪くない。ヒロユキも悪くない。ユウジくんだって悪くない。あたしもだ。
 みく美だって、悪くない。
 西条、ヒロユキ、ユウジくん。
 みく美を嫌わないで。
 ――みく美は、とってもカワイイ、女の子なんだよ?

       

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Neetsha