Neetel Inside 文芸新都
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 目が覚めた天井は高かった。
 見たこともないような天井。
 布か。なんだろう。動物の皮か。わからない。わからないものが天井に張り付いている。まだら模様で、綺麗な天井だ。
「――――――」
 白いシーツ。羽織っているのは、羽毛か。大きなベッドだ。自分の温もりが通っているシーツは、とても心地よい。手のつま先で、軽くこすってみた。指の中でさする感触が、気持ちよかった。
 目を、天井から左右へ。広い。部屋中に絢爛な装飾がなされている。アンティーク、絵画、ピアノ、シャンデリア、鹿――
「――――!!」
 思わず起き上がる。なんで鹿――と、思ったのは、どうやら剥製のようだった。頭から、首の部分までしかない。それが、壁に張り付いている。傍には、盾のようなエンブレムも立て掛けてあった。床には赤い、スウェット生地のような絨毯が敷かれてある。
 なんだ、剥製か。吐息し、改めて周りを見渡すと、
「……アオ様」
「?」
 見ず知らずの老人が、傍に座っていた。タキシードを着た、かなり身なりのいい、執事風の老人。信じられないものを見たかのように、とても驚いた顔をしている。
 誰だ。
「おお……、アオ様……。アオ様が……」
 目尻に涙を溜めている。なぜこんなにこの老人は感無量なのだろう。それよりも、誰だ。どうして僕は、こんなところにいるんだ。ここは、
「どこ――」
「アオ様がお目覚めになられた!」
「え?」
 老人は叫び、座っていた椅子から飛び上がった。そして一目散に部屋の扉を跳ね開け、外へ。部屋の扉も、豪奢なドアだった。
「…………」
 取り残されて、僕は自分の状態を確認する。今僕は、見たこともない柔らかな大きなベッドにいる。
 白いゆったりした服を着て、映画に出てくるような西洋建築風の、これまた広い部屋にいる。
 そして、違和感が。意味のわからないことが。
「…………」
 自分の胸に微量な膨らみがある。腰周りがスースーする。
 それに、髪。胸を見たときに視界に入ってくるほどの毛が、僕の頭から伸びている。しかも茶色い。黒くない。
 見下ろす腕は、とんでもなく肌白く、細かった。
「な、なんだ、これ……」
 体つきが、いつもの自分と明らかに違う。僕はしばらく、自分の体を瞠目してしまった。
 と、大きな足音が数人分。だんだん近づいてくる。
「――アオ!」
 激しくドアが開かれる。続々と人が入ってきて、ドアがひっきりなしに揺さぶられる。立派なドアが、少し可哀相になるくらいの勢いだ。
「アオ!」
 ズイと、まっしぐらに駆け寄ってきたのは、スーツを着た中年の男。よく肥えている。額や頬が汗だくだ。気持ち悪い。
『アオ様! アオ様! アオ様!』
 立て続けに自分の名前を様付けで呼ばれる。奇妙でムズがゆい気分だった。
「アオ……、アオ、おお、神よ……」
 ただ一人自分を呼び捨てにする、肥えた中年の男。その男が、僕の頬へ手を寄せる。熱の入った手の平が、頬にねっとりと触れた。
「…………」
 執事風の老人と同様に、中年の男は泣きそうになりながら、笑うのを堪えている。いや、笑えないのか。笑いたいが涙が出てくるので笑えない苦しさ。要するに、最高に嬉しい表情。
 しかし、どうして自分が目覚めたことに対して、これほど喜ばれるのか。そもそも、どうして体が女になっているのか。ここはどこなのか。僕は確か、さっきまで葉桐さんと――
「……あ」
 男の手を顔で払い、勢いよくベッドから飛び降りる。着ている服は、ワンピースだった。初めて着るその長い服は、寒くて走り難かった。
「ここは……」
 僕は、崖から飛び降りた。葉桐さんの言葉にカッとなって、もうどうでもいいと思って、文字通り死ぬほど助走をつけて飛んだ。落ちる感触があって、胸が締め付けられるように痺れた。そこから先は覚えていない。
「ここは、どこだ……」
 自分の背より二周りも大きい窓へ近づく。そして窓の外を見る。
 僕は驚愕した。
「……そんな――」
 絶景と呼べる。
 ここは何階か。おそらく五階以上はある。そこから見下ろす視界は、町全体を見渡せた。ちょうど、学校の屋上くらいの高さからの視点だ。
 しかし、その俯瞰風景は、学校の屋上のものと明らかに違っていた。
「ど、どうしたんだ、アオ……」
 中年の男が、落ち着けと、肩に手を置く。だがそんなもの、何の効果もない。落ち着けるわけがない。
 なぜなら、
「…………」
 高い高層ビルが、町全体を敷き詰めている。しかし所々に、レンガ造りと思われるレトロな建築物もたくさんあった。遠くには山が見え、町全体を覆っているように見える。都会なのか田舎なのか、よく分からないアンバランスな町並みだった。
 僕の住んでいた町には、どこにもなかった風景だ。
 言葉を失う。これは夢か? それとも、死んだ後の世界か? 僕はあの後、崖から飛び降りた後、どうなったのだ?
「見違えた風景に、動転しているのか? 無理もない。何しろ三年だ。しかし、目覚めてよかった。私は嬉しいぞ、アオ……。人生で一番、最高の日だ」
 意味不明な男の言葉を尻目に、僕は真新しい風景をしばらく見ていた。

       

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