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真冬サクラの童貞卒業日記
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 さて。
 初めてお目にかかる、俺の名前は真冬サクラ。女っぽい名前だが、歴とした男だ。
 いや……正確にはまだ男ではない。
 彼女いない歴生きてきた年数、17年。
 純潔たる俺は、右手とおさらば出来る日を日々夢見ている。
 『童貞オークション☆童貞を一円でも高く売れちゃう!?』なんてエロ広告をついついクリックして、ワンクリック詐欺にあったこと数知れず。
 年頃なら分かるだろう、この甘酸っぱいどころか酸っぱいだけの想いが。酸っぱいのは臭いだろ、なんて言うな。
 そんな俺に、なんと、とんでもない好機が飛び込んできたのだ。


 時刻は草木も眠る丑三つ時。良い子はとっくに夢の中にいる時間だ。
 良い子じゃないらしい俺は、いつものようにベットに転がり、ポテトチップでも食べながらなんとなくテレビを見ていた。
 丁度、ポテトチップが最後の一枚になり、それを手にとった、その時だ。

『超最先端技術で作られた夢のスプレーがここに誕生!』

 突如流れたシーエムが静寂を破った。
 見たこともないシーエムと聞いたこともない商品名。俺は思わず上半身を起こした。
 まあ、上半身を起こした理由はシーエムの女の子が可愛かったからだが。
「……ハイクオリティーガールズスプレー?」
 なんだ、その胡散臭い商品名は。
 胡散臭いというレベルではない。明らかにおかしいだろう。
 それでもリモコンのある場所まで動いて、わざわざチャンネルを変えようなどという面倒なことは考えなかった。
 まあ、動かなかった理由はシーエムの女の子の胸に釘付けだったからだが。  
 俺は予め手元に置いておいたペットボトルをとって、水分補給しながら、うすらぼんやりとシーエムの続きを見る。

『なんと! 身の回りにあるものなら何でも擬人化可能! あっという間に美少女へ大変身!』

「ぶっっっ!」
 補給するはずの水は、勢いよく口から発射した。
「……擬人化だと!?」
 擬人化――人間でないものを人間になぞらえて表現すること。
 つまり、そのスプレーを噴きかければ『何でも人間の姿に出来る』という、22世紀のネコ型ロボットに劣らない品物らしい。しかも美少女になるというのだから驚き桃の木山椒の木だ。
 俺はさっきと打って変わって、かぶりつくようにテレビを見た。
 そんなことが可能なのか? いや、そんな馬鹿な。しかし、もし可能だったらどうする?
 俺は妙な汗をかきながら、思わず、部屋の中を見渡す。

『購入を希望する方は、今すぐチャンネルの1を押してねっ』

 シーエムの女の子ときたら、満面の笑みで言うから罪だ。俺は恥ずかしくなって、テレビから目をそらしてしまった。
 その時、桃色に染まった妄想という名の誘惑が襲い掛かる。
 こんな幻のシーエムと再び出会えるとは思えない。いつもこの時間にテレビを見ているというのに、こんなシーエムにお目にかかったのは初めてだ。
 ムンムンと脳内を支配していく、それ、に勝つほどの理性を持ち合わせていない情けない俺は、
「バ、バカな! 俺は……俺は……ッ!」
 ただの男以下の男だった。


 とまあ、そんなわけで俺の手には今、その『ハイクオリティーガールズスプレー』が握られているわけだ。
 もちろん半信半疑。
 しかし、そんな異様で異常なスプレーの存在を半分は信じている、ということになる。
 本当に擬人化してしまえば、儲けもんと思えばよい。
「さーて、何にかけてやろうか……フフフ」
 我ながら部屋を見回している今の俺は、いやらしい顔をしているだろうと思う。
 そして第三者から見れば、殺虫剤片手に部屋を歩き回る変質者だ。探しているのはゴキブリか?
 ……何をやってるんだ、俺は。
 一瞬だけ、理性的な俺が突っ込んだが、あくまで一瞬だ。
 このスプレーをプシュッとかけるだけで、どんなものでも美少女に大変身なんだぞ?
 変身時間30分の使用回数1回、使いきりタイプというのが痛いが、30分もあれば色々出来るだろう。その色々が何かなんて野暮なことは言えないが。
「フフフ……よし、記念すべき俺の初体験をおまえにくれてやろう。有り難く思うがいい」
 俺は部屋中を歩き回った末、自分のベットの前で立ち止まって、あるものを見下ろした。
 純白の毛並みに、気高く、上品、優雅――は、褒めすぎか。
「いいか、ロール。絶対に動くなよ」
 真っ白な毛並みが生クリームのようで美味しそう、というところからロ-ルケーキのロールと名付けた、俺の愛猫だ。
 彼女は気が強いので、飼い主の俺にすら甘い顔をしない。
 今もだるそうに俺を見上げるなり、プイッと顔を逸らした。
 飼い主様にとる態度か、それは。
 しかし、ものは考えようだ。見た目に申し分はない。きっとツンとした美少女に大変身するはずだ。
 ツン、だけじゃなくて、デレ、もあってくれればいいんだが。
 そんな願いを込め、俺は顔を逸らしたまま動かないロールを左手で抑え付けるようにして、スプレーを向けた。


 それは霧状に噴射し、そして――


「!?」
 俺は我が目を疑った。
 目、鼻、口、全開の風通しのいい漫画のような顔で静止したまま、目の前の光景に言葉を失った。
 なんと擬人化は見事成功し、現実のものとなったのだ。一応、夢じゃないか確かめる為に自分の頬をつねっておいた。痛い。
 目の前には言葉のごとく『美少女』の姿があった。
「そ、そんな見つめないで下さいっ……」
 と、言わても見ないことには始まらないからな。
「は、はっ、恥ずかしいです……」
 と、言われても恥ずかしいのは俺の方だ。
 姿は美少女そのもの。
 しかも裸。少し幼さが残っていて、しかし豊満な乳房が見た目より年齢が上だと物語っている。
 頬を淡い桃色に染め、乳房を隠して、くねくねしながら上目遣いで俺を見る姿は、たまったもんじゃない。ツンデレなんて比じゃない。
 問題は予想よりサイズが小さいことだ。
 それもそのはず。なんせ、予定は大判狂い。
 俺が擬人化してしまったものは 自 分 の 左 手 なのだから。
「……失態だ」
 ロールにかけようとしたところ、誤って自分の左手にかけてしまったらしい。ははは、って笑ってる場合じゃない。
 右手とおさらばしたところで、左手とこんにちわしてどうするんだ……。
 あわよくば左手にお願いしよう、などという邪なことを思ったが、虚しくなるので辞めておこう。
 嗚呼、戻るまでの30分。トイレにも行けやしない。

 スプレーを振っていいのは、失敗してもいい覚悟のある奴だけだ。
 俺は今日の失敗を反省し、明日へと繋げる。
 童貞を捨てるのは、やり遂げる決意が必要だ。これは、体をかけたゲームなんだからな。
 俺は絶対に諦めない。



 10月5日(日) 12時51分

       

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