Neetel Inside 文芸新都
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そして俺はカレーを望んだ
『両極の可能性』

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『両極の可能性』



「それは無理だ。能力があるか無いかはお前が決めることではない。素直についてきたほうが身のためだと思うのだがな」
 ロングコート男の答えに絶望した時、急に携帯のバイブ音が聞こえてきた。ロングコート男は失礼の一言と共に、ポケットからピカピカと画面が点灯している携帯を取り出す。が、中々出ようとしない。なんでだろう、と考えて気付いた。こいつはすごく礼儀正しいのだ。俺が失礼の一言に対して何も返さなかったから、電話に出るのを躊躇しているんだ。俺は慌てて“どうぞどうぞ”とジェスチャー。俺の意思が伝わったのか、ロングコート男は電話に出た。
 なんというか、こいつ、いい人なんじゃねえの。オッサンが変態なだけで、実はいいことをしてる集団なのかもしれない。それで、悪は銀髪女と。公園での一件は、凶悪な銀髪女が俺を殺しかねないため、呼び止めて安全を確保してたとか。……それはないだろうなあ。だったら俺が逃げようとした時に殺そうとした意味がわからない。ほんとわからない。なんなんだこいつらは。
「――ああ、相羽光史を確保した。紗綾もそろそろ戻ったほうが、む、どうした。……わかった、警戒する」
 どうやら相手は紗綾という人らしい。誰だよ。彼女かよ。やっぱりイケメンは違うね。なんというか纏ってるオーラからして違う。人生充実してるんだろうね。俺も変に充実してるけどな、ここ数日は。泣ける。
 電話をポケットにしまったロングコート男は、とても自然な動作で胸ポケットから銃を取り出した。なんというか自然すぎて納得してしまった。
「もしかして俺を殺すとかそういうのは無しにしてくださいよまじお願いします死にたくない」
「お前が普通の通行人ならば、いますぐにでも殺していただろうな。だが、そうも言ってられん。……ここにガーラックが来る。杵褌の報告では、お前とガーラックは仲間だと聞く。どうやら嗅ぎつかれたようだな」
「え、杵褌ってあれだろ、オッサンだろ。オッサンなに報告してんの。別に仲間じゃないし。というか殺されそうになったし。昨日は命からがら逃げ延びたよ!」
「……ほう、ガーラックに命を狙われるということは、なるほど、連れて行く価値はあるな。お前は向こうの茂みにでも隠れていろ」
 そう言って、ロングコート男は俺の背後にある茂みを指差した。やべえな、この人すげえいい人だ。間違いない。俺がなんかの能力を持ってると勘違いして、銀髪女から守ってくれるとか。世の中捨てたもんじゃないな。
 完全に心を許した俺は、隠れる前に一つ、ロングコート男に聞く。
「そういえば、名前聞いてないんだけど。ロングコート男って呼ぶのは長いし面倒だわ」
「開道寺改だ。いいから早く隠れておけ、そこから動くなよ」
 あらた、ね。なんかへんな名前だな。覚えれる気がしないわ。
 急かされた俺は、言われた通り暗がりにある茂みへ身を潜めた。……ここで気付く。なんか違和感がある。俺って帰ろうとしてたんだよね、学校から。じゃあなんで鞄が無いんだ。……そうだよ、元気に燃えてた店の中に置きっぱなしだよ! ぜってー燃えてるじゃん! 教科書とか持ち帰らないから別にいいけど、筆記用具とか鞄自体が。開道寺の野郎、火っぽい能力を持ってること肯定してたよな。じゃあアイツのせいか。ひでえ奴だよ。
 茂みから開道寺を観察していると、開道寺がまた携帯をポケットから取り出す。
「ああ、俺だ。見えているだろう、相羽光史を連れて行け。ガーラックは俺がここで足止めする。ああ、頼んだぞ」
「――あら、何の電話? 今から行く地獄への切符でも予約したのかしら」
 ばかやろ、電話なんかしてるから銀髪女が来ちまったじゃねえか。後ろだよ後ろ、来てるぞおい。ああもうじれってえ。
 突然背後から声をかけられた開道寺は、焦っている俺とは正反対に冷静で。ゆっくりと振り向いて、携帯をポケットにしまう。そうして両手が空くと、銃の弾が入ってる部分をカシャっと取り出し、多分残弾を確認しているんだろう、そのまま銀髪女に語りかける。
「これはこれはガーラック。今撃っていれば俺のことを殺せたものを、噂通りあと一歩のところで抜けているようだな」
「ちっ、“そう”変わったのだから仕方が無いのよ。ま、ハンデとしては丁度いいわ。甘んじて受け入れるわよ」
「お互い難儀なものだ」
 銀髪女と開道寺が銃をお互いに向ける。まるで鏡合わせ、映画の一シーンのような光景がそこにあった。でも思うんだよね、そんな状況に酔う暇があったら先に撃ったほうがいいんじゃねえの、みたいな。漫画なんかでさ、あと一歩で倒せるって時に長々と口上を言い始める敵役がいるけど、現実で考えると反撃してくださいって言ってるようなもんだよな。この目の前で起こってる現状がまさにそれ、俺なら撃つのは嫌だからすぐさま逃げるね。
 二人が黙ったまま動かない。なんか始めるのなら始めるでさっさと動けよ。それともなにか、達人の領域とやらか。常人には理解できないってか。なんか悔しくなってきたぞ。
 俺が進まない状況にやきもきしていた時、背後で小枝を踏む音が聞こえた。焦る。……ここは夜の公園だ。夜の公園の暗い茂み、そのまたさらに奥にいる人間ってのは、正直ろくでもない奴しかいないと思う。まともな人間だったとしても、この状況を説明できるほど俺は頭がよくない。ここまで考え、空耳という選択肢もあることに気付いた。そうだよな、そもそもこんなとこに人なんていないよな。安心した。
 振り向いたら黒ずくめの人が立っていた。



       

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