Neetel Inside 文芸新都
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そして俺はカレーを望んだ
第四話『俺の手からボルケーノ』

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 早朝、教室にて。俺は日差しに目を細めながら、窓の外を眺めていた。たぶん今の俺は端から見ると超かっこいい。やだ、あの人窓の外を見ながら黄昏てる! かっこいい! なんて思われてもおかしくないだろう。だけどちょっと待とうぜ、俺はそんなかっこよく見せるために窓の外を眺めているわけじゃないだろ。思い出そうぜ。
 そうだった。俺は思い出したことに対してあからさまに嫌な表情を浮かべながら、考えを再開する。昨日決めたとおり、今日は天文部に行こうと思う。れっきとした部員なわけだし、俺が行っても嫌な顔はされないだろう。俺は嫌な顔をするんだけどね。既に嫌な表情を浮かべながら、部室の中央を陣取って本のバリケードを構築していた部長の姿を思い出す。正直言って、あの人には会いたくない。俺が言うのもなんだけど、ものすごい変人だ。そもそも俺が天文部なんてめんどくさそうな所に入ったのも、あの人が原因なわけで。入学当時、強引に腕を掴まれて部室に拉致されたことは絶対に忘れないね。それはまあ忘れることは出来なくても置いとこう、うん。とりあえず、部室に行って隕石の資料を見たい。それには部長の許可が必要。部長とは会いたくない。……どこかで妥協するしかないんだよねええええ。
「うああああああ」
 耐え切れず、俺は教室に居ることも忘れて奇声を上げる。別に白い目で見られたっていいし。俺は自他共に認める変人だからな。でも、やっぱりちょっと後悔しちゃう多感なお年頃。周りのクラスメイトに苦笑いを振りまいて、溜め息を一つ。
 やだやだやだよ、やっぱり部室に行きたくないよ。
「おや、そこにおわすは相羽殿ではありませんか! よもや相羽殿が奇声をあげるだなんて、世も末ですな!」
「そういうお前はクラスメイトC殿じゃねえか。なんだよその言い回しは。疲れるぞ」
 ははあ、なんて言いながら仰々しく頭を下げているクラスメイトCを見て、再度溜め息。なんかコイツ毎日が楽しそうだわ。こう、“カップヌードルの底についているシールを剥がす時にビニールが付くのは陰謀に違いないでござる!”とか言いながら楽しんでいるに違いねえ。それは別にうらやましくないな。
 クラスメイトCは壁にもたれかかり、俺と話す準備万端だぜと言いたげな目で見てくる。しょうがないなあ。
「で、今日は何の用なんだ」
「よくぞ聞いてくれたね。実は同じ天文部員として、相羽君に頼みがあるんだ」
「え? お前も天文部だったの?」
「当たり前じゃないですか! 確かに僕達私達の地球には深海という未だ見ぬ楽園が残されてる。しかし、今後人類が目指すべきは空、宇宙なんだよ!」
「そいつはやばいね。宇宙やばいね」
 目を輝かせながら宇宙を語るクラスメイトCを見て、頭が痛くなってくる。俺も十分変だとは思うけど、コイツはそのさらに上の存在だな。勝てる気がしない。山田もそうだけど、なんで俺の周りには変なやつしか来ないんだ。類は友を呼ぶってやつか。それでロングコート男や銀髪女やオッサンが俺に絡んでくるのか。なるほどね、全然納得できないよね!
「そう、それで頼み事というのは他でもない、部長に今日は来れないって伝えて欲しいんだ。今日はちょっと一時限目を受けた後に用事があるんですよ」
「自分で言ってくれよ」
「そう言わずに、ね!」
 ね! と親指を立てて爽やかな笑顔を俺に向ける。ね! じゃねえよ。俺はその部長に会いたくないから悩んでるっていうのになんでわざわざそういうことを頼むのかな! 狙ってるとしか思えないね!
 もうだめだな。これは神様が俺に会えと、部長に会えと言ってるに違いない。うん、そうだ。そう思うと色々諦めることが出来るね。世の中納得いかないことだらけさ。理不尽なんだよね。昨日や一昨日がいい例だよ。それに比べたら部長に会うくらいどうってことないように思えてきた。よし。
「わかった、部長に言っとく。今回だけだからな」
「ははあー」
「もうそれはいいから」
 頭を下げようとするクラスメイトCを止めながら、ふと時計を見る。まだ先生が来るまで少し時間はあるみたいだ。時間があると言えば、山田はいつものことだとしても、あの銀髪女はどうしたんだろうか。いや、もう学校来ないでよね、なんて陰湿なことを思うっつーか、来ないほうが俺としてはすごく嬉しい。まあ、来たとしてもさすがに学校にまで銃は持ってこないだろう。転校してきた日は持ってきてなかったっぽいしな。ちょっと安心した。
 安心したところで今日のお題。隕石関連の情報を得るべくして部室へ向かうという件。これはもうクラスメイトCのこともあるし、行くことは決定しちゃったよね。クラスメイトCは俺にごめんなさいしないといけないよね。……そうだそうだ、まだ時間もあることだし、クラスメイトCに隕石について何か知ってるか聞いてみよう。頼まれごとを引き受けたわけだし、それくらい教えてくれたっていいはずだ。
 壁にもたれかかったままムーを読みふけっているクラスメイトCに話しかける。
「なあ、北海道に落ちた隕石のことでなんか知らないか?」
「北海道旭川隕石ですか。もちろん知ってますよ、なんたってこのムーでも度々取り上げられる題材ですからね」
 クラスメイトCは、くいっと眼鏡の位置を調整しながら自慢げに語り始める。これは期待できそうだ。
「時は一九八九年、十二月二十五日。何の予報も無しに北海道旭川市へ墜落したものがありました。被害は甚大で、市の復興には十年以上を費やしたと言われてます」
「墜落したものってのは、あれだ、北海道旭川隕石だろ? それくらいは知ってるぞ」
「ふふん、ここまでは一般の人でも知ってることですけど、今から話すのはトップなシークレットですぞ」
 じゃあお前は一般の人じゃないのかよ。というツッコミは胸の奥に閉まって、そのトップなシークレットとやらに耳を傾ける。
「それと言うのも、北海道旭川隕石という名称ですが、墜落現場と思われる場所には、隕石なんて影も形も無かったらしいんですよ。クレーターは出来てるものの、拳ほどの石すら見つからないという、おかしい話です。空が赤かったという生存者の証言も相まって、とってもミステリーで未確認な匂いがプンプンするんですよ」
「ほー」
 確かにそれはおかしい話だ。俺だって“あれ”を信じるなら、赤くなった空を実際に見たわけだし。そりゃあ墜落する瞬間は怖くて目を瞑っちゃったけどさ、それでも滅茶苦茶な音が耳を襲ったのは忘れられるわけがない。ミサイルってのも考えられそうだけど、ミサイルは空を赤くしないしなあ。空中で爆発したら地上じゃ爆発しそうにないし。なんともわけがわからん摩訶不思議。
「ある組織が隕石を持ち去ったとか、政府が隕石を隠し持ってるとか、隕石が動いたとか、燃え尽きたとか、色々な説がありますけど、どれも的を射ないというか。一九〇八年にロシアのシベリアで起きたツングースカ大爆発なんていうのもありますけど、それも最初は隕石だと言われていたんですが、クレーターも隕石の欠片も見つからないということで、結局明確な原因はわからずじまいという。他にも――」
「わかった、ありがとう、さすがクラスメイトC! ムーがバイブルってのは伊達じゃないわ! その調子で世界の謎を解き明かしてくれよ!」
 まだまだ続きそうなうんちくを回避するため、俺は強引に話の腰をぶち折る。クラスメイトCは物足りそうな顔をするものの、大人しく話を止めてくれた。俺は安心して耳を休めながら今聞いたことを整理することができる。と、頼みごとの件についてもう一度お礼を言いながら、クラスメイトCは自分の席に戻っていった。
 まあ知らないこともあったし、聞いておいてよかったかな。組織とか政府とかその辺りはムー的にはおいしいんだろうけど、あからさますぎるから置いといて、とりあえずなんで無いかを考えるべきだよなあ。隕石が歩くとかどこのレギオンだよって思うけど、クラスメイトCの言うとおり宇宙はやばい。宇宙的な生物がいたっていいかもしれないじゃないか。大気圏突入だけじゃなく墜落の衝撃にも耐えれる生物ってのは正直勝てる気がしないけど。わくわくしてきた。でも却下だな。一番ありえるのは燃え尽きた、空中で爆発した、この二つなんだろうけど、燃え尽きるなり爆発するなりしたんなら、クレーターは出来ないはずだよね。今も旭川市にはどでかいクレーターが残ってるって聞くし。大きさの詳細はわかんないけど、まあ、すごかったのはわかる。見たし。
 ……あー、だめだわかんね。そもそも俺が考えてわかれば苦労しないよな。学者とかが必死こいて考えてもわからないことが俺にわかるわけないよね。頭が痛くなるってもんだぜ。やっぱ部室にある資料を読もう。自分で考えるとか俺には無理くせえ。
「それじゃ席に着けよー」
 そんなこんなで考えてたら、先生が教壇に立ちながらまだ席に着いてない生徒を見て注意していた。隣を見ると、ああ、山田は席に着くどころか学校にも着いていないらしい。後ろを見ても空席。よし、銀髪女は休みだな! やったぜ! 山田よ早く来い、今日も楽しい学校生活の始まりだ! ひゃっほい!
 先生が出席を取り始めたところで、教室の後ろ側にある扉が勢いよく開いた。もちろん山田なので、クラス全体で無視を決め込む。もちろん先生も無視する。出席簿には欠席を表すペケが書かれてるだろうけどな。そんな山田は構わず大きな声で挨拶すると、俺の隣へ軽快に歩いてきた。そのまま自分の席について、え!? 寝たよコイツ! 俺と楽しむんじゃなかったのかよ! ……軽くゆすって起こそうとしたけど、ダメだ、完全に寝てる。鼻ちょうちんなんて現実で初めて見たよ。やっぱ山田はすげえ。
 こうしていつも通りの一日が始まった。


第四話『俺の手からボルケーノ』


 終業時間を告げるチャイムが教室に響いて、現国の先生が慌しくファイルをまとめ、教室から出て行った。今日も楽しい学校が終わってしまったわけだな。二時限目の小テストは死んだけど。普通にテストを受けていた俺が死んだんだから、爆睡していた山田はとんでもなく死んだんだろうな。山田が卒業出来るのか心配になってきた。隣で机の中にある教科書を鞄にしまっている山田を見て、そんなことを思う。どうなんだろうなコイツは。俺は自慢じゃないけど勉強は全然出来ない。赤点を回避するのが精一杯なんだけど、山田に限っては答案を返してもらってすらいない。つまり全部白紙という恐るべき所業を成し遂げているのだ。さすが山田だ、俺には出来ないことを平然とやってのけるね。絶対に真似はしないでおこう。
「というわけで相羽、ゲーセン行こうぜ」
「ごめん今日は用事があるから無理なんだ。別に山田が嫌いとかそんなんじゃないよ。ただ最近はちょっとゲーセンゲーセンうるさいなあとか思ったりするけどね」
「え、え? なにそれ、もしかして俺、嫌われてるの? それってなんか悲しくない?」
「俺は悲しくないけど、とりあえず冗談だから気にしないでくれよ。泣きそうな顔されると俺が困るわ」 
「よかった。それじゃあゲーセンだな」
「やっぱうざいわ」
 床に突っ伏す山田を背にして、俺は天文部へ向かうことにした。しょうがない、山田は嫌いじゃないけど、今日は本当に用事があるんだ。ゲーセンも別に嫌いじゃないけど、でもね、やっぱり物事には優先順位ってやつがあると思うんだ。それでも居た堪れなくなって、俺は振り返る。ちょうど立ち上がった山田と視線が合った。
「……! ……ッ! (なに見てんだよ。そんなに俺のことを見下したいかよ。もうカレーたこ焼きは一生奢らない)」
「……! ……! ……! (山田! 俺はお前のこと、嫌いじゃないぜ! 明日ゲーセンに行こうな!)」
「……!? ……(なんだその視線。ああもう絶対に許さない。絶対にだ)」
「……! ……! (ああ、気にすんなって! じゃあ俺は用事があるから、もう行くよ!)」
 俺と山田はアイコンタクトが出来る。精度は期待できないけど、目や眉の動きによって考えていることが少しわかるのだ。伝えたいことが全然伝わってないように見えるけど、多分、俺の言いたいことはわかってくれたはずだ。俺は満足して教室から出ると、部室へ向かった。

       

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