Neetel Inside 文芸新都
表紙

そして俺はカレーを望んだ
第五話『見えないけど、見えるんです』

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「人違いです! 離してください! 早くここから出ないと危ないじゃん! レスキュー911だよ!」
「……俺としては何の問題もないのだがな。まあいい、ここは人目が多すぎる。その男を置いて、ついてきてもらおうか」
「人違いって部分はガン無視かよ! というかここに置いたら燃えちゃうよ!」
 燃え盛る店内をロングコート男に肩を掴まれたまま、引きずられるような形で進む。地味に力が入ってるものだから、肩が悲鳴を上げている。ごめんね俺の肩、泣きたいのは俺の方だからね。
 火に対してまったく恐がる素振りを見せないロングコート男は、火の勢いが激しい出入り口に向かって進む。ちょっと待ってよ、そこはさすがに熱いんでないの。ほら、店長とかなんかショックで気失ってるし。ここは安静にしないといけないぞ。という俺の希望が伝わるはずもなく、ロングコート男は火の中に突っ込んだかのように思えた。自分を犠牲にしてまで俺を殺したいのか。さすがだよ。もう何も言わないわ。俺は死んだ。
 だがしかし俺は死ななかった。よくよく見ると、火の手が服に触れる寸前のところで不自然な方向転換をしている。いや、寸前なら服は燃えるだろ。でも燃えてない。というか熱くない。なんでなんでなんでなの。
 ロングコート男が俺の肩を掴んで引きずり、引きずられている俺は店長を抱きかかえて引きずり。そんな奇妙な形で、俺達は店の外へと無事に出ることが出来た。何が起こったのかわからず混乱したまま周りを見れば、かなりの野次馬が集まっていた。遠くでは消防車のサイレンも鳴っている。こりゃあ大事だぜ。明日の新聞に載っちゃうぜ。助かった俺はインタビューされるんだろうな。だとしたら新聞記者にこう答えるね、“もう二度と帰り道に買い食いなんてしないよ”、ってな。……ほんと、買い食いって悪いことだったんだな。だって、買い食いのせいで火事に巻き込まれるどころかさ。
「その男はここに置いていけ。行くぞ」
 恐いお兄さんに肩を掴まれて拉致されるんだから。



第五話『見えないけど、見えるんです』



 肩を掴まれているので、逃げようにも逃げれず。俺がドナドナを頭の中で流していると、目的地だろう場所に着いていた。
「またこの公園かよ……」
 一昨日に来てひどい目にあったばかりの場所。もうここは二度と帰り道に利用しないと決めてたのに。ほれみろ、もう外は暗い。人なんて俺とロングコート男以外に見当たらないぞ。明らかにこれはB級映画で言う死亡パターンだろ。俺終わったな。
 俺が一人でこの状況に絶望していると、長い間掴まれていた肩がやっと離された。急に離されたもんだから、俺はふらつきながら尻餅をついてしまう。……今思ったけど、俺ってばここ数日で尻餅つきまくりだよな。自慢じゃないが俺の尻は形も触り心地も結構なものだ。そのやわ尻をここまで傷つけた罪は大きい。そんなことを考えながら立ち上がって、俺はロングコート男と対峙する。
 見た感じ、今日は銃を持ってないっぽい。それどころか、さっきまでの口ぶりからして、あまり俺に敵対してるとは思えない。肩を掴むとか多少乱暴なところはあるけど、わざわざ俺――と、おまけで店長――を店から出してくれたくらいだからな。ストレートに殺すつもりはないらしい。そう思いたい。……ここまで考えて気付いた。俺ってばこの状況に対してあまり驚いてない。多少わからないことがあって混乱はしてるけど、結構冷静。俺に似つかわしくないクール加減。連日だもんね、慣れるしかないよね。俺がかわいそ過ぎる。
 黙って俺のことを見つめているロングコート男に、今日は何の用なのかを聞く。
「それで、オッサンの仲間っぽくて火の能力とか使っちゃいそうなあんたは俺をどうするんすか」
「……なるほど、確かに杵褌の言うとおり、チルドレンの能力を判別することができるようだな。どうするもだ、相羽光史、黙って俺たちの仲間になれ」
 店の中で火が避けたり熱くなかったりしたからそうなのかなあ、なんて思ったから言っただけなのに俺の能力扱いされてしまった。こいつら実は頭悪いだろ。俺よりバカだろ。
 仲間になれと言うロングコート男に、襲ってくるような気配は無い。いや、気配とかわかんないけど漂う空気があれなんだよ。
 俺の返事を待つロングコート男には悪いけど、ちょっと考える。だってね、仲間になれとか言うけどさ、そもそも俺はなんも出来ないわけだし。仲間になって何するかもわかんないし。銃とか持っちゃってる時点でろくでもないことをしているのは確かなんだけどさ。さすがに今すぐ肯定するのは無理というかなんというか、率直に言えば帰りたいし。今日はカレースープだしね。
 考えがまとまった俺は、ロングコート男に返答する。
「やだ」
 シンプルすぎた。まずったね、俺に能力が無いこととか今日は帰りたいからとか、もっと言いようはあったはずなんだけど。ついつい正直に今の気持ちを話してしまった。わざとじゃない。
「ならば力ずく、と、いきたいところだが、あいにく俺は杵褌と違い肉体労働は得意ではない。さて、どうするか」
「単刀直入に言い過ぎました。帰らせてください。今日の晩御飯は俺の好物なんです。あと、俺に能力は無いんです」
「それは無理だ。能力があるか無いかはお前が決めることではない。素直についてきたほうが身のためだと思うのだがな」
 ロングコート男の答えに絶望した時、急に携帯のバイブ音が聞こえてきた。ロングコート男は失礼の一言と共に、ポケットからピカピカと画面が点灯している携帯を取り出す。が、中々出ようとしない。なんでだろう、と考えて気付いた。こいつはすごく礼儀正しいのだ。俺が失礼の一言に対して何も返さなかったから、電話に出るのを躊躇しているんだ。俺は慌てて“どうぞどうぞ”とジェスチャー。俺の意思が伝わったのか、ロングコート男は電話に出た。
 なんというか、こいつ、いい人なんじゃねえの。オッサンが変態なだけで、実はいいことをしてる集団なのかもしれない。それで、悪は銀髪女と。公園での一件は、凶悪な銀髪女が俺を殺しかねないため、呼び止めて安全を確保してたとか。……それはないだろうなあ。だったら俺が逃げようとした時に殺そうとした意味がわからない。ほんとわからない。なんなんだこいつらは。
「――ああ、相羽光史を確保した。紗綾もそろそろ戻ったほうが、む、どうした。……わかった、警戒する」
 どうやら相手は紗綾という人らしい。誰だよ。彼女かよ。やっぱりイケメンは違うね。なんというか纏ってるオーラからして違う。人生充実してるんだろうね。俺も変に充実してるけどな、ここ数日は。泣ける。
 電話をポケットにしまったロングコート男は、とても自然な動作で胸ポケットから銃を取り出した。なんというか自然すぎて納得してしまった。
「もしかして俺を殺すとかそういうのは無しにしてくださいよまじお願いします死にたくない」
「お前が普通の通行人ならば、いますぐにでも殺していただろうな。だが、そうも言ってられん。……ここにガーラックが来る。杵褌の報告では、お前とガーラックは仲間だと聞く。どうやら嗅ぎつかれたようだな」
「え、杵褌ってあれだろ、オッサンだろ。オッサンなに報告してんの。別に仲間じゃないし。というか殺されそうになったし。昨日は命からがら逃げ延びたよ!」
「……ほう、ガーラックに命を狙われるということは、なるほど、連れて行く価値はあるな。お前は向こうの茂みにでも隠れていろ」
 そう言って、ロングコート男は俺の背後にある茂みを指差した。やべえな、この人すげえいい人だ。間違いない。俺がなんかの能力を持ってると勘違いして、銀髪女から守ってくれるとか。世の中捨てたもんじゃないな。
 完全に心を許した俺は、隠れる前に一つ、ロングコート男に聞く。
「そういえば、名前聞いてないんだけど。ロングコート男って呼ぶのは長いし面倒だわ」
「開道寺改だ。いいから早く隠れておけ、そこから動くなよ」
 あらた、ね。なんかへんな名前だな。覚えれる気がしないわ。
 急かされた俺は、言われた通り暗がりにある茂みへ身を潜めた。……ここで気付く。なんか違和感がある。俺って帰ろうとしてたんだよね、学校から。じゃあなんで鞄が無いんだ。……そうだよ、元気に燃えてた店の中に置きっぱなしだよ! ぜってー燃えてるじゃん! 教科書とか持ち帰らないから別にいいけど、筆記用具とか鞄自体が。開道寺の野郎、火っぽい能力を持ってること肯定してたよな。じゃあアイツのせいか。ひでえ奴だよ。
 茂みから開道寺を観察していると、開道寺がまた携帯をポケットから取り出す。
「ああ、俺だ。見えているだろう、相羽光史を連れて行け。ガーラックは俺がここで足止めする。ああ、頼んだぞ」
「――あら、何の電話? 今から行く地獄への切符でも予約したのかしら」
 ばかやろ、電話なんかしてるから銀髪女が来ちまったじゃねえか。後ろだよ後ろ、来てるぞおい。ああもうじれってえ。
 突然背後から声をかけられた開道寺は、焦っている俺とは正反対に冷静で。ゆっくりと振り向いて、携帯をポケットにしまう。そうして両手が空くと、銃の弾が入ってる部分をカシャっと取り出し、多分残弾を確認しているんだろう、そのまま銀髪女に語りかける。
「これはこれはガーラック。今撃っていれば俺のことを殺せたものを、噂通りあと一歩のところで抜けているようだな」
「ちっ、“そう”変わったのだから仕方が無いのよ。ま、ハンデとしては丁度いいわ。甘んじて受け入れるわよ」
「お互い難儀なものだ」
 銀髪女と開道寺が銃をお互いに向ける。まるで鏡合わせ、映画の一シーンのような光景がそこにあった。でも思うんだよね、そんな状況に酔う暇があったら先に撃ったほうがいいんじゃねえの、みたいな。漫画なんかでさ、あと一歩で倒せるって時に長々と口上を言い始める敵役がいるけど、現実で考えると反撃してくださいって言ってるようなもんだよな。この目の前で起こってる現状がまさにそれ、俺なら撃つのは嫌だからすぐさま逃げるね。
 二人が黙ったまま動かない。なんか始めるのなら始めるでさっさと動けよ。それともなにか、達人の領域とやらか。常人には理解できないってか。なんか悔しくなってきたぞ。
 俺が進まない状況にやきもきしていた時、背後で小枝を踏む音が聞こえた。焦る。……ここは夜の公園だ。夜の公園の暗い茂み、そのまたさらに奥にいる人間ってのは、正直ろくでもない奴しかいないと思う。まともな人間だったとしても、この状況を説明できるほど俺は頭がよくない。ここまで考え、空耳という選択肢もあることに気付いた。そうだよな、そもそもこんなとこに人なんていないよな。安心した。
 振り向いたら黒ずくめの人が立っていた。
「あわわわわわ」
「し、静かにしてくださいっ」
 黒ずくめの何者かが俺の口を手で塞いでくる。やべえ、こんな状況で考えることじゃないんだろうけど、予想外に手がすべすべしているというか、柔らかいというか、これは、俗に言う女の子の手ってやつなんじゃねえの。目の前にいる女性らしき人は黒いフードを被っていて、この暗がりじゃ顔は確認できない。でも、声からして若い女性だ。まさか、痴女? 夜の公園、若い女性、口を塞がれる。イコール、痴女! やべえ、初めて痴女に会った! やったぜ!
 ……さて、下らない考えは置いといて、冷静になろうぜ俺。声を出してコイツが焦ったってことは、今、茂みの向こう側で何が起こってるのかを知ってるってことだ。つまり、銀髪女か開道寺の仲間だと推測できる。
「相羽光史さん、ですね」
「もがもがもが」
「す、すみません」
 俺の口を塞いだまま黒ずくめが確認を求めてきたので、喋った。もちろん日本語として認識されない音になった。結果、何故か黒ずくめが謝りながら手を離してくれた。予想外に常識的な行動だったので、ちょっと驚く。だってそうだろ、こんな暗がりで口を塞ぐとか、ろくでもねえよ。正直すげえ怖かったわ。
 口が自由になり、すぐさま俺は答える。
「はい、そうですけど」
「よかった。違ったらどうしようかと思いました。……さ、兄さんが足止めしてくれている間に行きましょう」
「へ? どこに? というか兄さんって誰だよ。俺ここにいろって言われてるんだけど」
 新手のナンパ方法なのだろうか。初めて逆ナンパというものをされてしまった。最近は進んでるね、手口が巧妙だよ。また変人達の愉快な仲間かと思っちまったよ。
「あいにくだけど、俺をナンパするにはカレーが必要だ。アイテムが足りなかったね、出直して来な」
 一瞬で状況を悟った俺は、なるべくかっこよく聞こえるよう、断りの言葉を黒ずくめに言い放つ。しかし、黒ずくめは首をぶんぶんと左右に振った。つまり否定の意味だな。それくらいはわかるぞ。でも、何を否定しているのかサッパリわからないぜ。ははは。
 相手が言葉を話さないのなら俺も話さないぞ。アメリカナイズに肩をすくめながら、俺は首を左右に振る。すると、黒ずくめは喋り始めた。
「ナンパじゃないんです。兄さんから聞いてないんですか?」
「だから兄さんって誰だよ。話がぜんぜんわからない」
「向こうでガーラックと対峙している人が、私の兄さんです」
「へー」
 ガーラック、銀髪女のことだな。俺は黒ずくめに背後を指されるまま振り向いて、再度茂みの向こう側を見る。銀髪女と開道寺がまだ黙ったまま銃を構えていた。飽きねえのかよ。というか、銀髪女の前にいる奴ってのは開道寺しかいないよな。……なるほど、開道寺はお兄ちゃんか。
「えー」
「な、なんですかその反応は。それよりも、ここにいろって言ったのは兄さんですよね? なら、私は兄さんに貴方を連れて行けと言われているんです。これで移動する理由が出来ましたよね」
「じゃあその妹ちゃんに聞くけど、どこに俺を連れていくつもりなんだ。俺帰らなきゃいけないんだけど」
 どうやらこれで俺がついてきてくれると思ってたんだろう、俺の言葉を聞き、黒ずくめの妹は言葉を失ってしまう。ついてきてと言うだけでついてきてくれたら、世の中こうも複雑じゃないぜ。俺は間違ってない。
 沈黙が続く。どうやら何を言うのか考えてるようだ。考えてる暇があったら俺を帰らせて欲しいんだけどね。もう結構遅い時間だし。カレースープだし。やべえ、頭の中にカレースープが満たされてゆく。もうすぐ耳からカレースープが溢れ出すというところで、なにやら黒ずくめがぶつぶつと何かを呟いていることに気付く。やれ兄さんはこれだから頭まで燃えてるだの、後先考えてないだの、くれしまさんに言いつけるだの、帰ったらキムチ食わせるだの。なんだかわからんがお兄ちゃんったら色々言われてるぞ。お兄ちゃんも大変なんだな。
 妹が出来るとしたら、少なくとも兄の悪口をぶつぶつと呟かない妹がいいな、なんて考えていた頃、やっと黒ずくめが喋り始める。
「とりあえず、ここから移動しませんか? ここにいたら流れ弾に当たるかもしれませんし。まずは移動して、それから話しましょう」
「流れ弾に当たるのはさすがに嫌だわ。わかった」
 上手い具合に言い包められた気がするけど、まあここに居ても帰れないしな。黒ずくめシスターに同意の言葉を返すと、手を掴まれた。あったかやわらかい。人生で初めて女の子と手をつないだ。全然心ときめかない状況なのが玉に瑕だな。
 中腰のまま俺は手を引っ張られ、茂みの奥へと進む。なんともまあ自然公園だかなんだか知らないけど、これだけ手入れがされてないのはどうかと思う。
「いてて」
 さっきから小枝が顔に引っ掛かって痛い。黒ずくめは難なく進んでいるようだけど、なんだ、暗視スコープでもつけてんのか。よくもまあこんな暗いのに迷いの無い足取りなこって。いてて。
 茂みを抜けると、街灯の光に照らされている道に出た。中腰のまま進んでいたので、腰が痛い。体を伸ばして、深呼吸。顔に触れてみると、何箇所か引っかき傷が出来ていた。ひりひりする。なんで俺こんなことしてんだろ、なんて、切なくなった一瞬だった。
 俺の隣に立つ黒ずくめは、頭まですっぽり覆っていたフードを外す。見た感じ、中世ファンタジーに出てくる魔法使いのような格好だ。真っ黒のローブ。フードから現れたのは、頭で伸びた黒い髪。ほんと、頭から足まで黒ずくめだな。少年探偵が出てくるアニメだったら、お前が犯人だよ。時計型麻酔銃を使うまでもねえ。
「で、どうすんだよ」
「そうですね……とりあえず、兄さんが戻ってくるのを待ちましょうか。話はそれからでも遅くないはずです」
 そう言って、黒ずくめが俺のほうを向く。目を瞑っていた。……しばらく待っても、目が開かれない。なんだ、からかってんのか。俺の顔なんて見たら目が腐り落ちてしまいますわ、なんて言いたそうじゃねえか。……まあ、これは言いがかりだとしても、なんで目を開けないんだ。悟りの境地か。第三の目か。そいつはヒュールルル奇想天外だぜ。
「なんで目開かないんだ? というか、もしかしてずっと瞑ってたの?」
 ずっとこっちに顔を向けている黒ずくめに、今すぐ帰りたいという気持ちも忘れて、耐え切れなくなった俺は聞いてしまった。すると、黒ずくめは慌てて顔を伏せてしまう。なんだこの反応は。山田とアイコンタクトが出来るさすがの俺でもそれだけじゃ何もわからん。
 なんとなく気まずい空気が流れる中、聞いちゃいけないことだったのかな、なんてちょっと後悔し始めていた頃、黒ずくめが口を開いた。
「見えないけど、見えるんです」
「え?」
 黒ずくめは一言、そう呟いた。矛盾しまくってるその言葉に、俺はひどく混乱する。見えないけど見えるとかなぞなぞかよ。自慢じゃないがなぞなぞはすごく苦手だぞ。中学校の頃、パンはパンでも空を飛ぶパンはなんだ、と聞かれ、“パングライダーだろばかじゃねえの”と答えてしまったのは今でも覚えている。俺はその時までパラグライダーをパングライダーと覚えてたんだからな。あの時だけは俺に間違った知識を植え付けた母さんを恨んだね。
 答えがわからず悶々としていると、黒ずくめは付け加えるように話し始める。
「その、私の能力は、兄さんに言わせてみると、“絶対知覚”というものらしいんです。自分を中心に何十メートルかの範囲で起こったことは、まるで挿絵付き小説を読むかのように、情報として知ることが出来るんですよ。代わりに、目は開かなくなってしまいましたけど」
「へー」
「細かすぎることはわからないんですけどね。でも、今、兄さんとガーラックが銃を撃ち合っている、と、それくらいのことはわかるんです」
「そいつはすげえ」
「……とは言っても、相羽さんには丸わかりだったんでしょうね。すみません、なんか、自分語りのような事をしてしまって」
 淡白な受け応えしかしない俺に、黒ずくめがそんなことを言う。参ったね、どう反応していいかわからなかっただけなのに、向こうには“わかっていたことをわざわざ口で説明してしまった”的なことを思わせてしまったらしい。なんか何気ない行動が裏目に出てる気がするぞ。こいつはやばい。
 慌てて俺は否定する。
「それはちげえ。あんたの兄ちゃんにも言ったけど、俺には能力なんて無いよ。あったらそもそも自分から言ってるって。否定する意味が無いだろ」
「そうなんですか? でも、獄吏さんは絶対にあるって言ってましたけど」
「獄吏ってオッサンだよな? なら信用しちゃダメダメだよ。あのオッサンが言ってることの九割は思い込みで出来ているに違いないからな」
「確かに変な人ですよね。でも、ああ見えて実はいい人なんですよ? 嘘を言うとは思えません」
 そう言う黒ずくめも、嘘を言ってるようには見えなかった。でもオッサンだろ、あれだけ勘違いを連発されるとさすがに信用はできないなあ。
 なんて、変人の仲間だってのにちょっと楽しみながら会話をしていた時だった。風を切る音と共に、今さっき通ってきた茂みの向こう側が光った。遅れて、温い風が顔に叩きつけられる。
「今度はなんなんだ。もう驚かねえぞ」
「兄さん? ……いけない、ガーラックがこっちに来ます!」
「え?」
 と、間抜けな声を出した時、木々の隙間を縫うように一つの影が、もうすっかり見慣れてしまった銀髪をなびかせながら、俺と黒ずくめの前に姿を現した。間違えるわけがねえ、銀髪女だ。もちろん、トレードマークの銃はしっかりと手に握られている。こいつは参ったね。
 俺は無意識のうちに、黒ずくめをかばうようにして銀髪女の前に立っていた。おいおい、かっこよすぎるだろ俺。そんな俺たちを見て、銀髪女は微笑を浮かべる。
「私の予想通り、どうやらチルドレンとつるんでいたようね、うんこ男」
「もう許してくれたっていいだろ、うんこは。というか、その焦りっぷりから見て逃げてきたんだろ? いいぜ、ここは見逃してやるから早く逃げるがいいさ」
「……その減らず口、今日こそ閉じてやるわ」
「ごめんなさい」
 度重なる非日常に慣れたとは言え、さすがに銃を向けられては謝るしかない。物事を円滑に進めるには、どこかで妥協しなきゃいけないからな。カツアゲされかけたら黙って財布を差し出す、金はなくなるけど、何も怖いことは無いのさ。なんて頭がいいんだろう、俺は。感動しすぎて涙も涸れたわ。
「謝られても困るんだけどね、今から殺すことに変わりは無いわけだし」
「さいですか」
 まあ、俺が考えた解決方法も、目の前にいる女のような重度の変人に対しては効果が無かったらしい。どうしようもない、こうなったらとことん抵抗するしかないだろ。まだなんも考えてないけど。
 俺がどのようにして銀髪女を辱めてくれようかと考えていると、後ろにいる黒ずくめが身を乗り出してきた。なんだよ死にたいのかよ、俺の目の前で死ぬのは許されねえぞ、と。手で制止するも、黒ずくめは止まらなかった。
「ガーラック、勘違いしているようですけど、この人はまだ私たちの仲間ではありません。まだ能力があるのかもわかっていない、ただの学生です」
「ところがそうでもないのよ、そいつったら十五年前、旭川に住んでいただなんて言ってるんだから。アンタ達なら、その意味がわかるわよね」
「……本当なんですか?」
 黒ずくめが、目を瞑ったまま俺に振り返る。俺は黙って、首を縦に振る。いやね、そもそも、その問いかけが意味わかんねえし。十五年前旭川にいたらどうだってんだよ。誰か変人じゃない人が理路整然と説明してくれ。……しかし、この場には俺も含め変人しかいない。だめだこりゃ。
 俺の肯定を“見て”、黒ずくめは銀髪女に向き直る。頼むから挑発なんてやめろよ。俺が死ぬのはまだ諦めがつくからいいけど、他人が死ぬのを見てるだけってのは勘弁して欲しいからな。
「――なら、相羽さんは私たちが“保護”します。ガーラック、貴女が相羽さんを殺すと言うのなら、私が許しません」
「へえ、私に楯突くわけね。そんなに殺されたいだなんて、理解しがたいわ」
 言ってる傍からなんでこの子はなんてことを、もう!
 完全に臨戦態勢となった銀髪女に対して怯むわけでもなく、黒ずくめはさっきと立場を逆転させ、俺を守るように片腕を水平に上げる。……よくよく見れば、黒ずくめは俺よりもずっと背が低かった。俺の肩に届くかどうか。俺の前に立ってるとはいえ、なんとも心もとない壁だろうか。どうやら黒ずくめにも能力とやらがあるらしいけど、とてもじゃないがお兄さんのように戦えそうな能力とは思えない。丸腰の彼女に、何が出来るっていうのか。
「ダメだダメだ」
「え?」
 俺はずいっと前進して、さっきと同じように黒ずくめを庇うような形で銀髪女の前に立つ。黒ずくめが前に出ようとするが、もうダメだぞ。腕で黒ずくめの進行を邪魔しながら、銀髪女に言い放つ。
「お前が俺達の何が気に食わないかなんてわからねえけどさ、俺の目の前で人殺しをするのは許さないぞ。率直に言えば、俺を先に殺せってことだ」
「……揃いも揃ってお涙頂戴ってわけ。わからないわね、開道寺の妹に言わせてみれば、あんたはただの学生、仲間でもなんでもないわけでしょ? なんで庇うとか、そんなことが出来るのよ」
「だから言ったろ、人が死ぬのを見たくないだけ。精神的に不衛生だろ。だから、殺すなら俺から殺せよ」
 背後から“待ってください”なんて意味のわからん日本語が聞こえてくるが、あえて無視する。
 かっこいいように見えて、実は自分本位の行動だからな、これは。俺が見たくないから先に殺される。なんという考え方、冷静になればなるほど頭がおかしいとしか思えない。でもなあ、やっぱ血は見たくねえよ。
 黙って銃を向けている銀髪女。ここから俺が少しでも動けば、引き金に添えられた指が動いて、俺は死んでしまうのだろう。ならどうするか、それを考えなくちゃいけない。でも、昨日と同じく、どう考えても解決案が浮かんでこない。やっぱ銃とか反則だね、人類はなんてものを生み出してしまったんだ。人の命が軽すぎるぜ。
「ところで銀髪女さんよ、さっきまで撃ち合ってた相手はどうしたんだ。まだ相手が生きてるんだとしたら、いきなり背後からバーンかもしれないぞ」
「ありえないわね。右肩に銃弾食らった奴が、そうそう早く動けるとは思えないわ」
 その言葉を聞いて、背後の黒ずくめが声を漏らす。そうか、撃たれたのはこいつのお兄ちゃんなんだよな。俺にとっちゃただの変人だったとしても、黒ずくめにとっては兄妹。心配でたまらないだろう。
「撃つどころか当てやがったのかよ。鬼畜過ぎるだろ。それでも人間かよ」
「そろそろこの下らない会話、終わってもいいわよね」
 銀髪女が、銃の撃鉄を引く。やべえ、どうしよう。なんも考えてない。なんとか会話を続かせて時間稼ぎをしようと思ったけど、予想以上に銀髪女は短気だったぞ。どうするんだよ。……そうだな、どうせ死ぬなら頭を撃ち抜かれて楽に死にたいけど、でも死ぬのはちょっといやだよね。多少のわるあがきはしたい。よし。
「あ! 後ろに開道寺がいるぞー!」
「……もういい、殺す」
 無理でした。
 銀髪女の背後を指差したまま、俺は固まる。と、そこで目を疑った。ちょうど俺の指差すところに、なんと開道寺が姿を現した。なんてこった、嘘から出たまことだよ。
「おい! 本当にいるんだって! やばいぞ! 燃やされるぞ!」
 そう叫んだ瞬間、銃声が鳴り響いて、左腕に熱さを感じた。痛む鼓膜を無視してゆっくりと腕を見れば、血がドバドバだった。血が自分でも驚くほど流れ出ている。すごく熱い。今になって、肉が抉れる感覚を思い出して、痛みを感じた。すごく痛い。痛すぎて声が出ない。膝を付いてしまう。……え、なんで撃たれてんだ俺。てっきり飛び出してきた開道寺がなんとかしてくれると思ったのに。銀髪女ったら早撃ちガンマンでやんの。そりゃあ音速の銃弾には敵わないよな。開道寺は悪くない。なら悪いのは誰だ、銀髪女しかいねえだろ。頭を上げて銀髪女を見る。なんか“やっちまったぜ”的な表情を浮かべていた。なにその顔。撃っといてその顔はねえだろ。というか痛いから早く殺すなら殺してくれよ。
 ――あ、意識飛んじゃう。




次回:第六話『メテオ・チルドレン』

       

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