Neetel Inside 文芸新都
表紙

そして俺はカレーを望んだ
第九話『つまり俺は全知全能の神ってわけなんだな』

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 陽が完全に落ちて肌寒さを感じる頃、俺は目の前に立つ巨大な建築物を見上げていた。
 この前は入る時も出る時も気絶してたから気付かなかったけど、こうして楠木ビルを前にすると、この都会になりきれない田舎町では相当浮いてる建物だってのがよーくわかった。直線を基にした建物が周りに建っている中、この楠木ビルだけが妙な20世紀的未来像を彷彿とさせる円柱姿を見せ付けている。そんな未来ビルの中に実験室やらメテオなんちゃらってのがあるってんだから、納得と言えば納得かもしれない。……いや、そういうアレなものがあるからこんな建物なのか?
 なんて、鶏と卵の競争的な考えを頭の中で繰り広げていたら、後ろから肩を叩かれた。
「入らないの? もしかして、今更帰るなんて言わないよね?」
 振り返れば、“もちろん帰す気なんてナッシング”とでも言いたげな表情を浮かべたイケメンが一人。ああ、開道寺も入れたら二人か。自分を入れない謙虚さには全米も涙せざるを得ないわ。
 俺は極力優しさを滲ませながら応える。
「いや、帰る気はないけどさ、なんか入り口にガードマンっぽい強面のお兄さん方が立ってるじゃないっすか。こういう所ってIDカードとか持ってなきゃ入れないってのが相場じゃん。俺怒られちゃうじゃん。俺を先頭にするな」
「まあ君の言う通りID制だけど、君って確か相羽主任の息子なんでしょ? それを言えば顔パス同然なんじゃないの?」
「いちいち疑問文が多いイケメンだなオイ。俺は相羽主任なんて知らないし顔パスなんて現代に侵された略語も知らん。いいからさっさと行けや」
 極力の優しさなんてどこ吹く風。俺と晃人が険悪な空気を纏いながら睨みあっていると、業を煮やしたと言わんばかりに紗綾ちゃんの可愛らしい声が耳に届いた。
「私が行きますから、それでいいですよね。それと鑑田さん、相羽さんはお客様なんですから喧嘩腰にならないでください」
「待ってよ! それを言うなら相羽が先に――」
「うるせえうるせえ。口が悪くてすみませんでしたあ。これでいいだろ、さっさと行こうぜ」
 俺が無理矢理に話を終わらせると、晃人はご丁寧にも熱い視線と舌打ちを俺に送ってくれた。俺も負けじと空気をピリピリさせようと頑張っていたところで、またも紗綾ちゃんが間に入る。さすがにこれ以上は大人気ないので、引き下がることにした。
「話をつけてきた。行くぞ」
 と、こっちのごたごたが落ち着いたところで、いつの間にやらガードマンの前に立っていた開道寺が、俺たちを呼んだ。……コイツ、出来るな。


第九話『つまり俺は全知全能の神ってわけなんだな』


 なんやかんやと三人に囲まれるようにして連れてかれた場所は、この前の病室っぽい部屋ではなく、真っ当な会社然とした会議室だった。真っ当じゃなきゃ困る。
 部屋に入った俺は長方形に並ぶテーブルの傍に置いてあった適当な椅子に座ると、同じように好き勝手な場所に座る三人に向けて話しかける。
「それでどうすりゃいいんだよ、俺は。客とか言ってたけど、結局は今までと一緒で拉致られただけだろ、俺。そんなわけだし、目的とかそれっぽいことくらい、聞かせてくれてもいいんじゃねえかな」
 部屋に入った端から俺に背を向けている晃人はともかくとして、俺は紗綾ちゃんか開道寺の言葉を待つ。二人は目配せするように顔を見合すと、何を納得したのか紗綾ちゃんが頷き、開道寺が席を立つ。……アイコンタクトか。俺も出来ないことはないけど、相手が田中に限るってのは悲しすぎるな。俺も紗綾ちゃんみたいな可愛い子と愛・コンタクトしたい。
「話は紗綾から聞いてくれ」
「なんだ、開道寺はどっか行くのか」
 ゆらりと席を立った開道寺は、俺に視線をくれるわけでもなく、通りすがりに一言。
「野暮用だ。身の程を知らないガキの後始末をしに行く」
 ピクリと晃人の体が反応した。……まあ、ここでガキと言ったら晃人しかいねえよな。同い年とは思えないね。変人というカテゴライズの前に、ガキが来る。ガキ科変態属みたいな。そんな印象なんだけど、ああ、ここまで考えといてナンだけど、すげえどうでもいい事だってことに気付いた。うん。
 俺は適当に応え、部屋を出て行く開道寺を見送る。なんか晃人まで出て行こうとしてるけど、もうアイツ面倒だわ。どうでもいいわ。
 二人が姿を消した後に扉の閉まる音が聞こえ、続いてすぐ傍で椅子を引きずる音。視線を扉から音の聞こえた方へ向けると、隣の席に紗綾ちゃんが座ろうとしていた。……二人きりの会議室。心躍るシチュエーションだけど、ここに来た経緯とか考えちゃうとなんともやるせない気持ちになってしまう。もっと日常的なところで女の子とキャッキャしたいですわ。ただし普通の女の子に限る。
「それでは、何から説明しましょうか」
「へえあ」
「……なんです?」
 俺の考えとは裏腹に飽くまで事務的な紗綾ちゃんの言葉を聞いて、俺の淡い期待とほんの少しの甘酸っぱい気持ちは変な声と共に脆くも消え去ってしまったとさ、ちゃんちゃん。べつにいいし。女とか怖いだけだし。べつにいいし。
「ごめん。いや、まあ、うん。じゃあ一つ目だけど、今日は何で俺はお呼ばれしちゃったの?」
「それはここに来る前にも言いましたけど、相羽さんが私達と“同じ”だってわかったからです。楠木コーポレーションではメテオ・チルドレンの保護もしてるんですよ」
 頭を切り替えて、俺は紗綾ちゃんの言ったことを考える。……そう、俺が半強制的とは言え自分の足でここまで来た理由の一つに、俺に能力があるのか無いのか、それを確かめるという目的があった。忘れてたわけじゃあない。紗綾ちゃんが言うに、俺に能力があるのは間違いないと。そういうことらしいが、やっぱり自覚していない分、どうしても信じることが出来ないんだよね。
 メテなんちゃらの部分はどうでもいいとして、俺は能力の有無についてもっと聞くことにした。
「それなんだけどさ、実際、どうやって能力があるとかわかるもんなんだ? 何度も言うけどさ、俺は自分に能力があるなんて信じられないんだよ。今まで使ったことすらないわけだし」
「うーんとですね、私も足立さんから少し聞いた程度なので詳しくは説明できませんけど、隕石の成分を流用した装置で、特殊な粒子の放出量を調べるんです。その粒子量が一定以上だと、その人はいわゆるメテオ・チルドレン――能力アリと見なされるわけです」
「装置ってーと、この前のやけに重いヘルメットのことか。あの時は結果がうやむやになっちまってたけど、ちゃんと調べることが出来てたんだな」
「はい。“ああいうこと”は珍しくないので、精密機器の類は厳重にバックアップを取っているそうです」
 “ああいうこと”。まさか“普通のビル”の中で溺れかけるなんて夢にも思わなかったけど、紗綾ちゃんはそれを珍しくないだなんて、あっけらかんと言ってしまった。それに、あの実験体とかいう水の妖精ちゃん。彼女は結局消えてしまった。それすらもよくある事と片付けてしまうそんな紗綾ちゃんに苦笑いを向けながら、話を続ける。
「とりあえず、特殊な粒子やら隕石の成分やら怪しい要素てんこ盛りだけど、まあ、なんとなくわかったわ。……で、なんで能力があると拉致されなきゃいけねえんだよ」
「それは……わからないです。相羽さんを連れてきなさい、としか伝えられてないんですよ」
「なんだそりゃあ。理由もわからずに連れてくるとかもう拉致すること前提じゃねえかよ。これだから変人共は一般常識が欠如していると思われるんだよ。主に俺に思われるんだよ」
 俺がぷんすこしていると、紗綾ちゃんが申し訳なさそうに顔をうつむかせたので、慌ててフォローのつもりで一言。
「でもね! 紗綾ちゃんとお話できるならまあいいかななんてね! なんてねー!」
「……無理してません?」
 さすがにあからさま過ぎたかなあ、なんて。
 というかね、元々俺は女の子が苦手なんですよ。確かにかわいい女の子とお話しするってのは心躍るんですけどね、だからって苦手なものが急に好きになるってことはないわけでしてね。ここ最近で言えば銀髪女やら部長やらで女の子の怖さを十二分に見てきちゃってるから結構な感じで苦手評価がギュンギュン進行してるわけですよ。正直、紗綾ちゃんにしたって急に俺のことをぶっ転がそうとしてくるかもしれないなんて考えてしまうわけでね。要するに女の子こわい!
 こわい!
「無理なんてししってないっでござる!」
「わかりやすいですね。すごく。ほんと」
 紗綾ちゃんの乾いた笑顔がとても心にハイパーペイン。もしかしたら俺はとても失礼な対応をしちゃったのかもしれないけど、それを言うならこいつらの方が俺に失礼なことしすぎだよね。セーフ。
 と、なんだか微笑ましいやりとりをして十数分。足立のオッサンが来ない限り俺の疑問は解消されそうに無いのだが、さて、まだ来ないのだろうか。そろそろ初対面に等しい女の子と二人きりにされるのは苦痛になってきたんですけど。
 足をぶらぶらさせたり貧乏ゆすりをしてみたりリズムに乗りながら指でテーブルを叩いたりするも、部屋に動きは無いかのように見えた。そう、些細なことだ。静かな部屋だからこそ聞き取れるくらいの小さな音。……耳を澄ませば、微かに“しゅーしゅー”という音がどこからともなく聞こえてきていた。
「なんだかとっても不安なんだけどさ」
「なんでしょうか?」
「なんか変な音聞こえね?」


『あの部屋は元々実験で使う場所なんです。空調機からガスが出せたのもそのせい。……最初、ガスは致死性のものが使われる予定だったんです』


「あ?」
 紗綾ちゃんの応えが聞こえる前に、なんか聞こえた。そう、なんか。なんかとしか言いようがないじゃないのよ! 心霊現象かよ! なんか声が聞こえたんだけど!
 俺は挙動不審に部屋を見渡すが、入ってきた時と同じく、普通の部屋にしか見えない。だけど、確かに音は今も聞こえる。……何かが漏れ出るような、不安になっちゃう音だ。
「あの、どうかしましたか? 顔色が悪いですよ?」
「悪いも何もなんか聞こえるじゃん! なんか! 聞こえねえの?」
 焦りを滲ませながら、俺は紗綾ちゃんを見た。俺を気遣うように言ってくれるのはすごくうれしい。正直惚れちゃいそう。うん。うれしいんだけど、じゃあ、なんでこの子は笑っているんだろうか。焦る俺とは対称的な歳相応の無邪気な笑みが、確かに俺へ向けられていた。
「心配要りませんよ。……相羽さん、さっき能力なんて使ったことが無いって言ってましたよね? 大丈夫です、もうすぐ相羽さんがどんな能力を持っているのかがわかりますよ」
「もうちょっとわかりやすく現状をおしえやがってください」
「無理です」
「なんで!」
「それを教えたら、相羽さん、使わないじゃないですか。能力」
 なんて、爽やかな笑顔を浮かべた紗綾ちゃんは、ごそごそと真っ黒なローブの中から無骨な物を取り出した。銃かと思って身構えたけど、これはアレだ、アレ、映画とかで見たことあるわ。ガスマスク。
 そこでさすがの俺もわかってしまった。“しゅーしゅー”はアレ、ガス。ガスよガス。ガスが出てる音。……あれ? ガス?
「――空調機?」
 何かがカチリと、音を立てて嵌まった気がした。口から漏れ出た言葉は、余りにも“自然”過ぎて、混乱する。……ガスなんだよ。空調機なんだ。その情報のみが、俺の頭の中で主張している。……頭が痛い。割れるように痛いっつー慣用句があるけど、これはまさにそれだ。知り得るはずのない情報量が、まるで実体を持っているかのように明確な痛みを以って俺の頭で暴れている。言葉としてじゃない、何か、何かが俺の頭の中で、不意に生まれやがったんだ。
 頭痛に追われながら、まるで何かに導かれるかのように俺は部屋を見回した。そして、見つけた。部屋に溶け込むように真っ白な機械が、その白よりもさらに濃い白を吐き出している。注視しなければ分からないほどの差違だけど、これが“そう”なんだと、勝手に納得してしまった。
「……すごい」
 何秒くらい立ち尽くしていたんだろう、頭痛を押さえ込むように手を頭に添えながら、俺は紗綾ちゃんに視線を戻した。すると、そこには場違いにも程がある、目をとってもキラキラさせた紗綾ちゃんが居た。
「すごいです、相羽さん! 私、何も言ってないのに、空調機だってわかりました! それ、どんな能力なんですか? もしかして私の心を読んだんですか? それとも透視? 未来予知?」
「うるせえうるせえ! なんだよこの頭痛は! 頭痛が痛いんだよ! というかこのガス止めろガス! あとお前マスク持ってるだろ! なに一人だけ助かろうとしちゃってるんですか! 能力とかどうでもいいからはやくこの状況を何とかしやがってください!」
「あ、はい」
「はやすぎるのもどうかと思う」
 俺が叫んでから数秒も経たない内に、部屋に“ごうごう”という乱暴な音が響き始めた。空調機を見れば既にガスは止まっており、この音は換気している音なんだと気付く頃には既に視界を覆っていた白い靄は消えていた。早業過ぎて頭痛が治まったわ。
 しかしまあ、なんでわかったんだろうな、コレ。というか気付かなかったら俺死んでたんじゃね。もしかしてこれが俺の能力ってやつか! やべえ! 危険予知! 工事現場じゃねえんだぞシット! わけわからんわ!
「わけわからんわ!」
「あ、すみません……?」
「いや、別に紗綾ちゃんが悪いわけじゃないんだけど、でも悪いというかなんというか複雑なハイスクールボーイのハート」
「私までわけがわからなくなりそうなので、とりあえず足立さんに連絡ですね!」
「いや、もういいや。なんか疲れたし。帰りたい。ガス云々は見なかったことにしてやるからお家に帰してください。カレー食べたい」
「無理です」
 出ました! 無理です出ました! マジもうホントこの子は清楚な外見していながらとんだ困ったちゃんですわ! どうしようもねえな。
「僕からもお願いするよ。もう少し、ここに留まってくれないかな」
「あ?」
 振り返ると、扉の前にいつかの白衣の男が立っていた。コイツはあれだね、今一番ホットな男性、足立さんって人だね。なんでいるんだよ。もう連絡したのかよ。早業過ぎるだろ。
「足立さん、見ていました? やっぱり私の思っていた通り、相羽さんは能力を持っていましたよ。これで彼もメテオチルドレンとして、仲間になるんですよね?」
「落ち着きたまえ、紗綾君。彼については、僕がどうこうするものではないんだよ。……まあ、既に上の方では彼を正式に楠木に引き入れるということになっているみたいだけど」
 なんだこいつら。当の本人が帰りたいって言ってるのに目の前で仲間だの引き入れるだのと。どうして俺の周りにはこんな自分勝手なやつらばかり集まるんだ。頼むから誰か助けてくださいよまったくもう!
「もう! 帰るったら帰るの! はやく家に帰してください! カレー! カレーを食わせろ! 腹減った!」
「いいよ。紗綾君、カレー持ってきて」
「あ、なら、まあ、少しだけ待つわ」
 ……いや、だってね、カレー食わしてくれるならね。急いで帰る理由が無くなるわけだし。まあ涼子さんのカレーを食べられないのは痛いけど、ここで無理に帰ったら割りとサックリ殺されそうだしね。決して未知なるカレーに釣られたわけじゃあない。
 そんな俺を見て、紗綾ちゃんは笑いながら部屋を出て行った。笑うな。



「な、なんじゃこりゃ! なんじゃ! こりゃ!」
 俺は喉をダイレクトに通り抜けるスパイスの香りと刺激を堪能しながら驚愕する。これがカレーだと、本気でこいつらは言っているのか。いや、確かにカレーだ。複雑なハーブの香り、今も舌で踊り続ける辛味、そしてこの色。しかしながら、これは俺の知っているカレーではなかった。そもそも俺の知っているカレーとは、どろっとして舌に絡みつく濃厚なルウとライスとのハーモニーが奏でられているものだ。しかし、これはなんだ。カレーと表すにはあまりにもとろみが無く、さらにライスは俺の知らない、細長くパラパラしたものだ。しかし、これがうまい。スープ状のカレーと細長いライス。一緒に口に入れると、ライスがパラりと口の中で散らばり、その一粒一粒にカレーの風味が染み込んでゆき、咀嚼するごとに俺をカレー小宇宙へといざなってゆく。そして、いつものカレーとは違いすんなりと喉を通るこの感触。まるで台風だ。あっという間に俺の喉を蹂躙し、後に残るのは荒廃した辛味野原。空にはカレーに入っているのだろう具剤の味が舞い踊り、ああ、まさにこれは、カレールネッサンス! 今までの常識《とろみ》にとらわれない新境地! 俺は今、歴史の証人になろうとしている。こんなものが世の中に出回ってみろ、瞬く間に世界はカレータイフーンの渦に巻き込まれてしまうぞ……!
「うめえ」
「いや、気に入ってもらえてなによりだよ。君は大のカレー好きだと評判だったからね」
「どこで評判になってるんだよ……おっかねえ……」
 個人情報が漏れるのは怖いけどさ、漏れたとして、なんでそんなピンポイントで攻めてくるの。カレー好きが広まるってなんだよ。もうすでに世はカレータイフーン時代かよ。うめえけど。
「ごちでした。俺の母さんには負けるけど、なかなかのコスモを堪能させてもらいました。精進してください」
「負けてしまいましたか。結構自信あったんですけどねー」
「え?」
「その、今のスープカレー、私が作ったので……」
 今のカレーはスープカレーというのか。なるほど。
 あ、そっちじゃないよね。問題は今のカレーが紗綾ちゃんの手作りだったってとこだよね。どうしよう。俺、女の子の手料理食べちゃった。母さんに次ぐカレー大魔神は誰なのかなとか考えてたけど、まさかそれが紗綾ちゃんだったとは。やばいな、紗綾ちゃんに対する好感度がぎゅんぎゅん上昇中だよ。これはもう俺の嫁になるしかない。結婚だな。そして母さんと一緒に更なる高みを目指してもらい、ゆくゆくは究極のカレーが俺の目の前に現れることだろう。そうと決まれば善は急げだ。
「結婚しよう」
「はい」
 即答されてしまった。逆に俺が冷静になっちゃったわ。
「やっぱ破棄。で、足立のオッサン、話があるから俺を呼び止めたんだろ、さっさと話を終わらせて帰らせてくださいよ」
 なんか世界の終わりを告げるような歯軋りが紗綾ちゃんの方から聞こえてくるけど気のせいということにしておこう。だから女はダメなんだよな。すぐに怒る。誰だよ彼女が清楚とか言ったの。
「じゃあ、早速だけど本題に入らせてもらうよ。率直に言えば、僕達は君の能力を買いたいんだ」
「また能力っすか。何度も言うけど俺にゃあ能力なんてこれっぽちも無いし自覚もしてないんだよ」
「自覚していないだけ、だったら?」
 足立のメガネがきらりと光った。気がした。
「いや、なら俺の能力とやらは何なんだよ」
「――ズバリ、君の能力は、未来を変える能力だ」
「な、なんだってー! つまり俺は全知全能の神ってわけなんだな!」
 マジかよ……俺にそんな能力があっただなんて……。
「なんて信じるかよスカポンタン塩。だったら今頃俺は優しいカレーを作れる幼馴染と一緒に長い通学路を手繋ぎながら一緒に登校してるわ! そうやって人に淡い期待を持たせて楽しいかよ! このファッキンガム宮殿!」
「お、落ち着いてくれよ。僕の言い方が悪かった。つまりだね、その、なんて言えばいいのか。今まで見てきてわかったんだけど……そう、君は命が危険に晒されると、自動的に能力が発動するんだよ!」
「だから自覚が無いって?」
「そ、そういうことだね」
 なんとなく筋が通っている感じがして悔しいな。言われてみれば、さっきのガス云々で“わかっちゃった”のもそういうことなのか。……うーむ、今までにもあったのかもしれない。運がよかった程度にしか考えてなかったけど。
 いやね、別に実際のところ能力があったっていいんだけどさ、それでこいつらと関わっちゃうのが面倒くさいというか、うん、面倒なわけよ。
「あんたの言いたいことはよくわかった。で、もう帰っていいの? 俺の返事は最初っからノーなんだけど」
「じゃあ帰すことは出来ないかな」
 にこにこ。足立は笑いながら、さらっとそんなことを言う。
「君は勘違いしているよ、相羽君。いくらメテオチルドレンとは言え、君の能力は戦闘力が皆無と言ってもいい。そんな君が、そもそもの交渉が出来る立場だと、本気で思っているのかい?」
「汚い。さすが大人きたない」
「相羽さん、足立さんの言う通りですよ。ここは私達の仲間になっておくべきです」
 復活したのか、紗綾ちゃんが足立の加勢に入る。……ダメだ、逃げられない。ここで首を縦に振れば、この場だけは凌げるかもしれない。だけど、この先、どんなことになるのか。俺には帰る家もあるわけだし。母さんとカレーも待っているわけだし。
 だけど、考えても考えても、この場から脱する方法は思い浮かばなかった。ど、どうしたらいいんだ……。
「……! 足立さん、誰かがこの部屋に来ます」
「おかしいね、今の時間は誰も来ないようにと言ってあるはずなんだけど」
 おかしいのはお前らの頭だよ! とは言えない。誰か来るようだけど、俺はそんなことよりもどうやって家に帰るか、これしか考えられなかった。





次回:第十話『現実! 未来! 過去がそろって牙をむく!』

       

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Neetsha