Neetel Inside 文芸新都
表紙

そして俺はカレーを望んだ
第12話『詰んでるわ』

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「ハッ」
 目が覚める。……どうにも今日だけで目が覚めすぎな気がするな俺。
 意識を失ったかと思えば変な場所、変な人。もう一度目を覚ましたと思えば、はい、周りを見る。変な人しか居ない。
 というか、あれ、おかしい。いつも要所要所でなげー未来的な可能性的な何かを見れた気がしたんだけど、どういうわけか何も見えない。まるで普通の人が普通に起きたような気分だ。俺は普通じゃなかったのか?
「まさか、漏らしたり、したの……?」
 普通じゃない失礼なことを言い出したのは銀髪女だ。
「相羽主任の白衣を着ながら漏らすだなんて、特殊性癖にも程があるぞ!」
 次に失礼なことを言ったのは足立とかいうイかれた科学者だ。お前にだけは言われたくない。
 なにやら身体の所々が痙攣している気がする。それがオッサンに殴られた所為なのか、直前に撃たれた電気流す系の銃によってなのか、俺にはわからない。痙攣する心当たりが二つもあることに疑問を持たない自分のこと、嫌いじゃないけど好きでもないよ。
 なんとか力を振り絞り、膝だけ二倍速で動いているような気持ち悪い所作で起き上がる。普通になったと思ったけど、そうか、俺は小鹿か。
「気を失っている隙に言いたい放題言ってくれたな、許さんぞ」
「え、気を失ってたの? その割に起きるの速すぎない? 秒よ? というか膝だけ震えすぎて足が四本に見えてるんだけど」
「言っとくけど許さんリストに銀髪女も入ってるからな」
「漏らしてないようね、えらいえらい」
 銀髪女がまるで初めて一人でトイレに行けた子供を褒めるような慈愛に満ちた表情で言う。地上で一番似合っていない。許さん。
 しかし、結構長い間変な場所にいたかと思ったけど、そうでもない感じか。確かに目の前の足立を見ると、なんでコイツ立ち上がってんのって顔をしている。
「なんで立ち上がれるんだ、軍用のテーザー銃だぞ!? ありえない!」
 などと小者臭全開のセリフを喋る足立。ふふふ、気合でなんとかなるのだろう。
「ふふふ、気合だ」
「決めてるところ悪いけど、膝の動きが鬱陶しいから早く止めて」
 俺の膝はまだ早すぎてゆっくり見えるほど動いていた。ストロボ効果というのだ。
「止めたいのはやまやまなんだが、さすがに無傷じゃないのは察してくれないかな。むしろコレが刺さったのにすぐ立ち上がった俺を褒めて欲しいくらいなんだけど」
「すごいわね」
 その慈愛フェイスをやめろ。
 俺は胸に刺さったままになっている変なものを抜く。いてえ!
 まじまじと見るも、電極っぽいものが刺さって電気を流すんだろうなあ、という一般的な感想しか浮かばない。紐っぽいものと繋がっており、元を辿れば足立が持つ銃のような物に繋がっている。語彙力の限界を感じる。
 そんな足立を見れば、もう奥の手はないのか知らないけど、ひどく動揺している。細かく言えば両手の爪を噛んでいる。一本ならまだわかるけど両手全部ってなんだよ。もはや主食だろそれ。
 ようやく膝の震えも収まったところで、俺は人差し指を足立に向ける。決して爪を食べてもらうわけではない。
「さて、俺がお前に聞きたいことは一つ。ここにある隕石以外にもう一つあるんだろ? それはどこだ」
「ひっ」
 一歩踏み出すと足立の口から、か細い悲鳴のような声が漏れた。
「来るな、く、来るな! 局部をちらつかせながら私に近付くんじゃない!」
「え」
 マジかよ。白衣の防御力低すぎだろ。というか悲鳴漏らした理由それかよ。乙女かよ。
 銀髪女のほうに向き直る。別に悲鳴を上げる素振りはないが、いやに粘着質な視線が俺の全身に注がれる。
「ひっ」
 俺の口から悲鳴が漏れた。よく女性の人が視線を感じるという表現をするけれども、その気持ちが今よく分かった。はだけた胸元から超常現象が巻き起こす風圧で揺らめく俺の白衣、主に下半身へと、まさしくまとわりつくような視線を感じたのだ。悲鳴の一つくらい漏らす。なんなら色んなものを漏らす自信が俺にはある。
「あの、視線、その……」
 俺が言えたのはこれくらいだった。が、言われた銀髪女は慌てて口を開く。
「は、はあ? なに? まるで私がアンタの全身を舐め回すようにやらしい視線を送ってたみたいな言い方やめてくれない!?」
 急に捕まった痴漢みたいなこと言い始めやがった。
「大体! “聞きたいことは一つ”とかなんとか決め顔で言いながら下半身露出させてたアンタが悪いんでしょ!? なに!? 悪いの!?」
「悪く、ないです……?」
 俺は何も言い返すことができなかった。隕石とかどうでもよくなってきたな。
 気分が落ち込んできたところで、俺はすかさずプランクの姿勢をとる。決して急に体幹を鍛えたくなったわけではなく、数秒後、さっきまで俺の頭があった位置を氷の塊が物凄い速さで通り過ぎて行った。これが俺の能力の新しい力、緊急回避【3秒ルール】だ。そう、緊急回避と書いて、3秒ルールと読むのだ。
 どこか遠くの地平線でカッコ悪いという俺によく似た女の子の呟きが聞こえたような気がするが、気にせず俺は立ち上がり、もう一度足立を見る。まだ爪食べてた。
「おい、近付かないし白衣も押さえておくから、早く教えろ。もう一個の隕石はどこなんだよ」
「相場主任の白衣に局部を押し付けるな!」
 こいつマジ話が通じねえ。そう思った時、風を感じた。まるで気分はサーキット。気分が高揚するような駆動音と、摩擦が生み出す甲高い音が聞こえたかと思えば、足立は宙を舞っていた。背景が銀河的な何かに見えるくらい綺麗に飛んだかと思えば、そのまま床に叩きつけられた。もちろん原因は圧倒的質量と動力が生み出す野生のぶちかまし、銀髪女だ。
「すっきりしたわ」
「あのね、銀髪女さん。なんで一歩間違えば殺しちゃうようなことをするの。俺が質問してたのは知ってるでしょ?」
 ギャルンとタイヤ痕を残しながら車椅子で残心を表現する銀髪女。心なしか得意気である。
「だって、このままじゃ流れ弾で私たちが死にそうじゃない」
 俺に振り返りながらそういう銀髪女は、自分で言った通りすっきりしたのか、珍しく爽やかな顔をしていた。頭上を通り過ぎていく氷柱が良い味出してる。
 まあ、銀髪女の過去を見てきた手前、このマッドサイエンティストに対しては少なからず禍根のようなものがあるんだろう。
「まったく、危うく私が変態扱いされるとこだったじゃない」
 言いながらギャルギャルとタイヤで足立の頬を削る銀髪女。残念ながら変態扱いが返上されることはない。この俺が生きている限り。
「そろそろそのギャルギャルするのをやめなさい。常人の顔の上で電動車椅子のタイヤをギャルギャルし続けると死ぬ。それは俺でもわかるぞ」
「そう? コイツってばズラだし人より1機多いと思ったんだけど」
 ヅラを1機として数えるな。
 しかしそこで、今まで猛威を振るっていた銀髪女(車椅子)から異音が鳴り始める。こう、モーター的な何かが苦しんでいるような音だ。音の元を辿ると、ちょうど足立の頬を削っていたタイヤがとてもぎこちない動きをしている。
「え、うそ」
 見ればタイヤの軸部分にモサっとしたものがこれでもかと絡みついている。すぐにわかった。あれば足立のヅラだったものだ。一矢報いた形と言える。
 なるほど、やはり回転体のそばに巻き込まれそうなものを近付けるのはよくないという、もっともらしい教訓を得ることが出来た。
 よくわからんが、ヨシ!
「ヨシ!」
「よくないわよ!」
 得意のギャルギャルを封印されてしまった銀髪女が俺に八つ当たりをする。とても銀髪女らしいムーブと言える。
 しかし困った。これじゃあもう一つの隕石の在りかもわからないし、貴重な戦力まで失ってしまったことになる。戦力とは言うまでもなく車椅子のことだ。
 あんなに頼もしかった駆動音はもう聞こえず、代わりに虫の息となっている足立が転がっている。頭頂部が天井を照明を反射して、心なしか輝いて見える。
 すかさず、俺は車椅子でプンスコしている銀髪女を抱きかかえる形で地面に引きずり落した。
「ちょっと――」
 直後、轟音とともに何度見たかわからんビームみたいな炎が俺たちのすぐそばを通過していった。射線上には車椅子があったが、ほぼ金属で出来ていたはずなのに原形をとどめないほど溶けていた。さらにその下、足立が倒れていたところには、何やら炭のようなものしか残っていない。
「……死んだのね」
 何とも言えない、感情がこもってるのかも分からない口調で銀髪女が一言漏らした。
 また一人目の前で誰かが死んでしまった。特に悲しむような相手じゃあないけれども、いい気分じゃない。
 そして、3秒だ。3秒だけじゃ、このまま車椅子を失った銀髪女と俺、二人を生かし続ける保証がない。
「銀髪女、立てるか」
「あのね、立てないから車椅子使ってたんでしょ。分かりきったこと聞くんじゃないわよ」
「そうか……」
 一応聞いてみたが、やっぱり駄目だった。仕方がない。
 俺は後ろを見る。飽きずに“例の二人”は未だにファンタジーバトルを繰り広げていた。こうして俯瞰的に見ると、非常に見ごたえるのあるバトルなんだが、如何せん命の補償はしかねる席である。
 そして、俺は初めてこの広い屋内ドームのような場所を落ち着いて見たわけだが、一つ気付きを得た。俺たちが今いるのは、壁際に鎮座している隕石のすぐ傍だ。忌々しい、俺の処女とか童貞とか青春なんかを奪ったケーブルが集まっている。次いで、スーパーファンタジーバトル会場と化している屋内の中央、そこにもケーブルやらなんやらが集まっているように見える。非常に短絡的な考えではあるけれども、もしや、二つ目の隕石はあの中央部分にあるんじゃないだろうか。
 というか、それ以外にヒントがない。頼みのマッドサイエンティストも火葬されてしまい、私ちゃんとオッサンは当てにならず。……あ、銀髪女がいた。
「なあ、知ってたらでいいんだけど」
「知らないわ」
「まだ聞いてないでしょ。というか、いつまでこの体勢でいるつもりなんだ。腕が痺れてきたんだけど」
 俺がちょいとばかり物思いにふけっている間、銀髪女はずっと俺に抱きかかえられる形となっていた。心なしか鼻息が荒い気がする。……変態か?
「変態か?」
「聞きたいことはそれだけでいいわけ?」
 少し俯く形だった銀髪女の顔が、こちらにぐりんと向けられる。すげえビキビキしている。往年の不良漫画であれば顔のすぐ横に“!?”を添えてあげたい程度にはビキってる。
「あ、すみません。質問を間違えました。……ごめんなさい」
 謝ったところでようやくビキビキがムカムカ程度に変わる。平常運転くらいだな。というか謝る必要あったか今。
「聞きたいのは真面目な話だ」
「珍しいわね」
「年がら年中ふざけたことしか喋らないような言い方をするんじゃない」
「結構ふざけてると思うけど」
 銀髪女は真顔で言う。何も言い返せなかった。
「俺がふざけてるのは認めよう。で、やっと本題なんだが、隕石ってのは“コレ”以外にもあるって聞いたんだけど、どこにあるか知ってるか?」
 俺は近くにある隕石を指さしながら言う。
「知ってるわよ。というか、アンタも何回か繋がってたんだけど、まあ、覚えちゃいないわよね」
 知ってるのか。じゃあ足立に俺が聞いてる時に教えてくれよ。意地悪かよ。
「知ってるのかよ」
「ええ。場所だけで言うなら簡単、あそこの下にあるわ。昇降式で、今は床下ね」
 銀髪女が俺の肩越しに指さした先は、まさしく俺の推理通り、この部屋の中央部分だった。俺は名探偵だ。
「そうか。ありがとう。何とかなるかもしれない」
「え?」
 俺は銀髪女を抱きかかえたまま立ち上がる。忘れていたわけじゃないけど、俺は2年間寝たきり生活をしていた。そりゃあ筋肉も衰える。つまり、非常に重い。
 持ち上げてしまった手前、俺は顔に出ないよう真面目な感じで話を進める。
「じ、じじじじじじつつつははははは」
「膝が笑いすぎなのよ! 無理されると逆に頭にくるわね!」
 膝には出た。
 埒が明かないので、このまま隕石の裏まで移動する。途中途中で氷やら火やらの流れ弾が飛んできたが、ギリギリで回避。途中重さで心が挫けそうになったが、何とかバトルの射線から逃れられる位置まで移動した。
 ゆっくり、隕石を背にするような形で銀髪女を下ろす。不服そうな顔――いつもそんな顔か――をしているが、不平不満が口から出ることはなく、話を促しているのか、俺を見たまま黙っている。逆に怖い。
「何とかなるというのも、話の続きで、実は、能力ちゃんというか私ちゃんとオッサンに聞いたんだが――」
「は? まだ能力ちゃんとかいってるわけ? というか私ちゃん? 私ちゃんって誰よ。あ?」
 !? 今までになくビキビキしている。何が気に障ったんだ……? また俺がふざけているとでも思っているのか。
「何でもかんでもビキビキすりゃいいってもんじゃないでしょ。とりあえず話を聞きなさい」
「あ?」
「私ちゃんっていうのは、その、俺の能力ちゃんというか、分身というか、イマジナリーフレンドというか……」
 ダメだ。私ちゃんを形容する言葉が見当たらない。俺の語彙力はスカスカになったプリングルスレベルでダメダメだ。
「その……なんだ、そう、実在しない妹みたいな子だ」
 これしかない。
「……病院、いこっか」
 これじゃなかったか。
 本日何度目かの慈愛スマイルが向けられる。まるで俺が実在しない妹を作り上げた可哀そうな男のように見るのはやめてくれ。
「まるで俺が実在しない妹を作り上げた可哀そうな男のように見るのはやめてくれ」
「その通りじゃない」
「いや、実在しないんだけど、その、変な空間では会えてるし喋ってるんだけれども、あー、オッサンならわかるだろ」
「誰よ」
「いや、銀髪女も会ったことあるって。あの燕尾服をいつも着てるジェントルジェントルしたオッサンだよ」
「獄吏道元のこと? アイツ、二個目のメテオが落ちてから対抗組織立ち上げたって聞いたけど、なに、会ったわけ?」
「まあ会ったというか、何度か謎空間でエンカウントしたというか」
 そういえば開道寺とオッサンがバトっていた時にアンチメテオがどうのこうのと言ってた気がする。アンチメテオて。翻訳サイトで決めたのかよ。それはともかくとして。
「で、俺の能力に人格が芽生えた形で私ちゃんが生まれて、私ちゃんとオッサンが協力して、二個の隕石を使えばなんとかなりそうって話なわけですよ」
「全然わからん」
 俺も喋っててどうにかなりそうだった。正気の人間が言う話じゃない。
「実は俺もよくわかんないんだけど、とりあえず俺は今3秒先までしか見れない」
「え、アンタってめっちゃ未来まで見れるんじゃないわけ? 未来選ぶマンじゃないの? それで望んだ未来をどうのこうのって昔言ってたじゃない」
「今は3秒です」
 昔って言っても俺にとっちゃ結構最近の話ではある。確かにエレベーターの中で銀髪女に俺の能力を話した記憶があるけど、その時確か、俺は銀髪女にファーストキスを奪われた。それはもう追い剥ぎレベルで奪われた。トラウマだ。
「そう。……で、どうすんのよ。その私ちゃんとやらと獄吏道元がどうにかするとして、隕石は“中央にある”のよ」
 そう。そこが一番の問題だ。遠くで避けるだけでも精いっぱいなのに、あそこに近付いてどうこうしなくちゃならない。……無理じゃね?
「でもなあ」
 結局、ここで銀髪女と二人で駄弁っていたところで、涼子さんは死んだし、山田も死んだし、部長も死んだし、黒ずくめちゃんも死んだし、よく猫の時に話してた子も死んだし。俺の好きなカレーが二度と食べられないっていう結果は、何も変わらないんだよなあ。
 俺が考えても何も浮かばない。でも、私ちゃんがせっかく世界創造だとか中二っぽいことを言いながら一案を考えてくれている。それをやらずに、色々諦めてしまうのは嫌だ。
「行くしかないんだよなあ」
 立ち上がる。
 行くしかない。死ぬかもしれない。3秒しかない。足震えてる。やべえ。行くしかないとか言っときながら、もう挫けそうだ。
「あのさ」
「え?」
 不意に、着ている白衣が引っ張られる。引っ張っているのは銀髪女だ。何とも言えない表情で俺を見ている。
「正直アンタが何をしようとしてるか全っ然わからないけど、今から“死にそうなとこ”に行こうとしてるのはわかるわ。だから、最期かもしれないから、話だけさせて」
 正直言うと、ちょっと助かった気持ちもあった。ビビり散らかしていたからね。
「少しだけだぞ」
 しかし強がる。
「……私は、アンタの能力を楠の都合のいいように使うためのデバイスとして、この2年間隕石に繋がったわ。最初に繋がった時、あの謎空間でアンタは私の言うことだけは割と素直に聞くってわかると、楠木は私の残った右足を潰して、二度と私が逃げ出せないようにした」
 やはりあの色々な景色が見れる場所は謎空間なんだな。そして銀髪女の言うことを聞くのは多分恐怖心だろう。この女にだけは逆らっちゃいけないという恐怖を植え付けられているに違いない。というか、今更だけど銀髪女、2年前に足食われてたな。お兄ちゃんに。あと残った足潰すとか何気にエグいことさらっと言うな。
「あとはまあ、色々我慢しながら私の望みを紛れ込ませようとしたけど、全然上手くいかなくて。気付いたら2年も経ってたってわけ。2年もよ、アンタと謎空間で仲良しこよしやってたんだから」
 想像するとすげえ寒気がするなあ。
 しかし、そこまでして叶えたい銀髪女の望みってのは……。
「私は、隕石が無くなって、お兄ちゃんを元通りにして、そしたらマティ――お父さんも、また、お母さんが生きてた頃みたいに優しくなるって。ただ、それを願ってたわ。……言葉にすると、荒唐無稽な話よ。無理だってのは分かってるけど、でも望まずにはいられなかった」
 そこまで言って、銀髪女は黙ってしまった。おいおい、どうすんだよこの空気。
 まあぶっちゃけ、俺は“見たことがある”。夢かどうかはともかく、銀髪女が幸せそうに笑っていた、あの瞬間を。その後に訪れる悲劇を。お兄ちゃんが触手生やしてたりとか。何の因果か、見てしまっていた。
「まあ、お兄ちゃんの腕から触手が生えたりとかはきつかったもんなあ」
「は?」
「いやいや、夢の中の話だよ? その時の銀髪女はまだ可愛らしくて、つい逞しい幼女になれと言ってしまった。非常に後悔して――」
「あれ、アンタだったわけ……? は? 嘘でしょ?」
 と、信じられないといった風に俺を見る銀髪女。あれ?
「夢じゃない?」
「……優しくしたら、助けてくれるわけね」
「やべえ!」
 どうしよう。完全に走馬灯的な奴だと思ったのに、ガッツリ現実だこれ。どうしよう、過去を変えてしまったかもしれない。まずいぞ、タイム・パトロール事案だ!
「違うんだ、まさか本当にあったことになってるなんて、出来心なんだ! 決して幼女だから鼻血を出していたわけじゃないんだ!」
「そういうのもあったからなのかしらね」
 慌てる俺を傍目に、銀髪女は少しだけ笑った。
「――私は、別にアンタのこと嫌いじゃないわよ。それに、まだ私は諦めてないの。アンタが私を好きになれば、アンタの能力のおこぼれにあずかれるってこと」
 そういった銀髪女は、過去一可愛かった。おいおいただでさえ見てくれだけは超絶美少女な銀髪女が俺にデレちゃったら、そりゃ、え、ただの美少女じゃねえか!
「ただの美少女じゃねえか!」
 めっちゃ鼻血出た。
 落ち着け。俺ぐらいになると鼻血は目元にかッとやると止められる。しかし、急にデレた銀髪女になすすべなし。俺はここで童貞を卒業してしまうかもしれない。超絶可愛く見える。
「……話が長くなったけど、まあ、2年前から含めて、情が芽生えちゃったのかもね。アンタには死んでほしいとは思わない。その程度よ」
「あ、うん」
 情かあ……。
「勘違いしないでね、別にアンタを好きとかどうとかじゃないんだから。ただ、この後死なれたら夢見が悪いから、こうして長々と話したってだけよ」
 夢見かあ……。
 まあ、それでも。
「ありがとう」
「へ?」
 気付いたら、俺は銀髪女にお礼を言っていた。単に銀髪女の望みというか、必死になってた部分がやっとわかった気がしたから。たぶん初めて聞いたし。
 俺のストレートなお礼の言葉が直球すぎたのか、銀髪女は面食らっている。
「なぜありがとうなのよ……」
「いやいや、貴重な銀髪女のデレシーンだけでもお礼だけじゃ足りないくらいだね。一瞬意識飛ぶかと思ったしね」
「誰がデレよ誰が。まったくデレてないわよ。いいから行くなら行くで早くしなさいよ。もうアンタに話すことなんてないわ。死ぬなら早く死ね!」
 今になって恥ずかしくなったのか、銀髪女の顔が赤い。デレだ。貴重な銀髪女のデレシーンである。非常にやる気が出るね!
「じゃあ、銀髪女はここで一人しりとりでもしながら待っててくれ。ちょっと行ってくる」
 そう言って、俺はその場から離れる。もう足は震えていなかった。 

第12話『詰んでるわ』

 3秒。だというのに、俺の頭の中では隕石から顔を出した瞬間に死んでいく俺達を何度も見る。そのタイミングを避けて、いざゆかんと、とりあえず走る。色々飛んでくるし、中央についたところでどうしようか全く思いつかないが、動かないことには始まらない。
 右、左、左、右、右と華麗に色々避ける。あれ、結構いけそうな気がする。ふっふっふ、こう見えて俺はダンレボが得意だ。
 そうこうしている内に、あっという間に“例の二人”の会話が聞こえる距離まで来てしまった。途中有象無象のケーブルに足引っかけて3回ほど転んだ。
「いい加減死んでくれよ、開道寺。お前が楠木でやることなんて、とうに無くなっているはずだ」
 言いながら、マコっちゃんは雹のようなものを無数に作り出すと、開道寺に向けて放つ。けど、当たりそうなところでそれらは全て蒸発した。すっげえスチームだよこれ。
「貴様こそ、今更隕石を壊す? メテオチルドレンを全員殺す? 意味がないだろう!」
「意味はあるさ。俺の気が晴れるんでね」
 放射状に広がる炎を見て、マコっちゃんは分厚い氷の壁を地面から出す。溶かされながらも同時に生み出される壁は、炎を遮り続けている。熱いし蒸気がすごい。やばい。近付ける気がしないし、というか、これ、どうやって下にある隕石出すんだ……?
 とかなんとか、ぼけっとしていると、不意に炎と氷が止んだ。視線を上げると、なんだ、俺を見てるだけか。
「あ、どうぞ。お構いなく」
 しかし、見れば見るほど床下の隕石、出す方法が思い浮かばん。ここまで来てなんだけど、一端涼子さんがいた部屋とかで色んなスイッチを押すべきだったかもしれない。でもここまで来ちゃったしなあ。
「どうしようかなあ」
 と、俺はその場で潰れたカエルのように地面へと這いつくばる。上からいくつもの風を切る音が聞こえた。
「相羽光史、殺されに来たのか?」
 見上げると、すげえ真顔のマコっちゃんが俺を見ていた。まあ、ですよね。氷飛ばしますよね。俺が何したんだよふぁっく。
「よそ見とは余裕だな――!」
 すかさず開道寺がビームを放つが、マコっちゃんは器用に足場のような氷柱を地面から何個も出すと、ビームを普通に避ける。普通か?
「お前こそ、相羽光史を守りながら凌げるのかよ」
 俺は地面に這いつくばったまま、そのままゴロゴロと横に転がる。俺のいた場所にゴンブトの氷が突き刺さる。転がる。刺さる。転がる。刺さる。転がる。ちょっと気持ち悪くなってきた。吐きそうなんですけど。! けど、頭の中で吐いちゃった俺が何人も死ぬ。我慢するしかないじゃん……。
「ぐおおお」
 転がり続けて何回転、俺はいつの間にか開道寺の足元まで転がってしまった。危うく開道寺の足に俺のカレーをぶちまけるところだったぜ。
「相羽光史、死にたくなければおとなしくしていろ。面倒を見れるほど余裕がない」
 言って、俺の前に立ちふさがる形で開道寺が立つ。かっこよすぎる。背中で語るタイプだ。しかしながら、開道寺と二人きりになると、結局元通りというか、また俺は隕石に繋がれちゃうわけで、何とも素直に喜べない。
 立ち上がり、中央を挟む形で見合う二人を見る。なんだかんだ長い時間やりあってるからだろう、二人ともそれなりの疲労が見える。
「おとなしくしたいのはやまやまなんだけど、開道寺のお兄さん、この下にある隕石の出し方って知りません?」
「誰がお兄さんだ! 燃やすぞ!」
 燃やすぞ! に合わせて周囲に炎がボッする。あまり近くでボッは止めてほしい。
「燃やすぞしてる場合じゃないんだって。とりあえず出し方知ってるわけ? 知らないなら結構手詰まりなんだけど」
「知らん」
 言って、開道寺は飛んできた氷柱を溶かす。マジかよ、知らねえのかよ。コイツほんと火出すしか出来ねえのな。
「コイツほんと火出すしか出来ねえのな」
「燃やすぞ!」
 ボッと炎が出る。出ただけならよかったものの、その炎はさっきよりも近く、結論から言うと俺の白衣が燃え始めた。熱い!
「熱い!」
 すぐさま白衣を脱いで、気付く。俺は今、人生史上で一番ネイチャーなんじゃないのかと。ネイチャーネイキッドじゃないのかと。
「お前……」
「おい……」
 開道寺とマコっちゃんが、すごい目で俺を見ていた。それはそうだろう、俺は白衣というただ一つの防具を失った今、裸だ。もう俺を守ってくれるものは何もない。だが、果てしない自由がそこにあった。
 俺は自由だ。
「見るに堪えん」
 が、開道寺はそう言って着ていた黒いロングコートを俺によこす。その様子をマコっちゃんが黙ってみている。もしや、俺が裸になることで世界に平和が訪れようとしているんじゃなかろうか。しかし渡された手前受け取ろうとするも……そう、正直地肌に開道寺のお古は気持ち的に抵抗がある。俺は変態じゃないが、この白衣が涼子さんのものだったから着ていたってのはある。何が悲しくて野郎のコートを地肌に触れさせなけれないけないのか。そう思って何秒か、急に俺が死んだ。死んだ!? え、このタイミングで!? すげー死んでる!
「やべえ!」
 しゃーなしで黒コートをひったくると、何かが崩れ割れるような音を背に俺は全力で“俺が一番死んでない方向”に走る。自分の内腿辺りからペチペチという小粋なビートを感じながらも振り返ると、俺が立っていた場所に一本の肉棒が隆起していた。あまりにも立派すぎるそれは俺の自信を一瞬にして打ち砕く。心なしか俺の息子もしゅんとしているように見える。それを隠すように、いやいや黒コートを羽織り、思った。
「詰んでるわ」
 この場に現れたのは、もちろん銀髪女のお兄ちゃんこと、触手だ。俺は裸同然、俺を殺したい奴と捕まえたい奴、そして触手。ダメだこれ、3秒じゃどうしようもないとこまで来ちゃった気がする。
「011、このタイミングか――!」
 開道寺が俺と似たような感想を漏らす。だが、もう片方の人はそうでもないようだった。
「待っていたぞ、この瞬間を」
 !? マコっちゃんが満面の笑みで走り、触手に近付いていく。それに合わせるように、周りの空気が一段と冷える。さむ! いや、さむ! コート着ててよかった!
「お前がいくら化け物とはいえ、生きているんだろう? なら――」
 あまりの寒さに触手とマコっちゃんから離れる。開道寺も同じように離れていく。というか、もう寒い通り越して痛いレベル。
「知っているか? 細胞というのは、凍ったら“死ぬ”んだ」
 あまりの寒さに、空気が鳴ってる。
 マコっちゃんは寒さで動きが鈍った触手に触ると、それが合図だったかのように、触手が“崩れた”。
「011は不死身のはずだが、まさか、やったのか?」
 いつの間にか近くにいた開道寺がとんでもないことを言う。おいおい、いつから建築家になったんだコイツは。このタイミングで言っていいことと悪いことがあるだろ。
 と、開道寺の放った鉄板フラグは期待を裏切らなかった。床が大きく揺れ始めたかと思えば、あれよあれよと触手が一本、二本、三本……多くね? とんだビルドキングだよ開道寺さんは。
「何本増えようとなあ!」
 しかしマコっちゃんも負けてはいない。依然寒さは変わらず、上に出てきたところで動きが鈍い触手は、次々と凍り、氷柱をぶつけられて崩れていく。……これは、いけるのか? あの散々苦汁を飲まされ続けた触手が、マコっちゃんにかかれば最早もぐらたたきだ。やるやるとは聞いてたけど、まさかここまでやるとは。
 負けじと俺もフラグを立てるが、なんてことはない、マコっちゃんは床から出てきた触手をすべて崩してしまったのだ。
「……伝子、俺ももうすぐ、いくぞ」
 何やら浸っているマコっちゃんが、俺と開道寺に向く。やべえな、今の奴やられたら俺も避けようがない。というか既に寒すぎる。膝ガクガクだわ。
「相羽光史、離れておけ。もはや周囲を気にして加減できる相手ではない」
「言われなくても好きで近付いてるわけじゃないから! 離れるよ!」
「ああ、好きにしていていいぞ相羽光史、開道寺を殺したら次はお前だ。精々、死ぬまでの時間を満喫するといい」
 言い終わるかどうかで、急激な寒さと、それを追いかけるように熱気が辺りを覆う。風邪ひく奴だコレ。
 今日何回目のバトルかわからんけど、二人は飽きずに火とか氷とかを飛ばし合う。もうこうなったら近付けない。流れ弾を避けるだけで精一杯だ。あ、ちょっとふざけてた俺が死んだ。
 ひとまず避けることに集中しながらも、俺は今一度中央の床を見る。触手が出てきたせいで、所々に大穴が開いていた。……あれ、あの穴、隙間から見えてるの、隕石じゃね?
 近付きたくないけど、恐る恐るバトルに巻き込まれないように近付き、もう一度穴を見る。確かに、上にある物と大差ない見た目をした大きな石があった。よし、ミッションコンプリートだ。とんだインポッシブルミッションだったぜ。
 なんて喜んでいると、床下の隕石、いや、その周囲がおかしい。何がおかしいかというと、アレだ、触手がいる。あんだけ崩れていったはずだが、まだ居たらしい。で、その触手が何というか、その、すっごく太いです……。
「早く死んでくれ、開道寺。このままじゃ、心まで凍えてしまいそうだ」
「一回俺の炎にあたってみろ。温まるぞ」
「あのー」
「――お前の炎、両手から出ているな」
「それがどうか――」
「じゃあ、まずは一本だ」
「な、ぐっ、ああああ!」
「見えなかっただろうな。薄く、薄く伸ばした氷をお前の炎の影響を受けない位置で待機させていた。お前から見たら一本の線にすら見えないであろう、薄く伸ばしたものを。まあ、人の腕くらい落とせる」
「ぐ、俺が放出した瞬間、か。だが、俺の腕はまだもう一本ある、俺の右手が、ボルケーノだッ!」
「その」
「全身に炎、なんだ、特攻でもするつもりか」
「面真、お前の氷は確かに応用も効くし、厄介ではある。だが、こうなった今、生半可な氷では俺に近付く前に蒸発するぞ」
「お前も生半可じゃない氷を前に、どこまで俺に近づけるかな」
「無論、お前を殺せる距離まで――」
「おい! お前らすぐに中央から離れろ! というか話聞け!」
 二人が盛り上がっている間に、隕石の近くにいたぶっとい触手は、あろうことかでけえ口を開いて隕石を飲み込んでしまった。百歩譲って飲み込むまではいい。けど、飲み込んだ触手の様子がおかしい。なにやらその体表がボコボコと、泡立つような、波打つような動きをしているかと思ったら、ええ、ちょっとおっきくなってる。ただでさえ太くて長くてちょっと黒光りしてる触手が、おっきしたらそりゃあ君、やべえでしょ。
 それからはあっという間だ。爆発的、なんて表現をするくらい急激にでかくなった触手は、もちろん中央の床を突き破る形で姿を現した。あたりに床だったものが散乱し、さすがのマコっちゃんと開道寺も触手を挟む形で離れる。
 いやあ、でかい。元々隕石も結構大きそうだったので、それを入れてもまあでかい。あれだ、でかい金玉から太いチンコが何本も生えてる感じ。すげえ例えだ、人生でこんな例えを使うなんて思わなかったよ涼子さん。
「011、やはり死んでいなかったか――! しかしこれは、もはや」
 と、片腕をいつの間にかどっかに落としたのだろうか、開道寺が言う。言いながら左腕が切られた傷口を焼いている。ああ、一応自分のことも焼けるんだなあ、なんて悠長に思っていると、俺が死んだ。それはもう盛大に死んでいる。原因は触手だ。あとたまにマコっちゃん。
「ええい!」
 走る。触手本体から伸びている何本か、俺を向いている。と思った矢先に、さっきまで俺が立っていた位置が破裂する。危険《あぶない》! 何本もの触手が床に突っ込んでいた。相変わらず所見殺しアクションゲームムーブしやがってコイツ。見れば開道寺もマコっちゃんも俺と同じように触手を避け続けていた。
 いやこれ、もうやばいじゃん。隕石とか俺を殺すとか捕まえるとかじゃなくて、もう無理じゃん。どうすんのよこれ。このビルごとやばいやつじゃん。
 期待を込めてマコっちゃんを見るけど、何本か崩しているものの、崩されたそばから触手が本体から生えてきている。ダメだこりゃ。
 俺は右に左に走りながら、考える。辺りを見渡して、何かないかと探すも、ない。あるとすれば、銀髪女とそのパパくらいだった。……なんで? さっきまでいた隕石の近く、地面を這うようにしている銀髪女と、その銀髪女に向けて銃を向ける銀髪男。おいおいおい、何やってんだよあの子は!
 ひとまず触手は後回し、開道寺とかが何とかしてくれることを祈りつつ、背後から迫る触手を避けながら銀髪女のところへ向かう。地味に遠い! と、何かを話している様子の二人が、険悪な顔つきになる。その瞬間、どこから取り出したか銀髪女と銀髪男が銃をお互いに向けて撃ち合った。
 ホントに何やってんだよ!
 切れる息を無視して、ようやっと二人に声が届くところまで来て、見る。二人とも無傷だった。
「ホントに何やってんだよ!」





次回:最終話『そして俺はカレーを望んだ』

       

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