早すぎる決着であった。
「済みません、ご迷惑を。」
と、沈痛な面持ちで頭を下げるのは、まだ15、6歳程の少年である。
ただ奇妙なところは、首と桜の大枝を、縄で繋いだまま、
地べたに恭しく正座している。
彼の頭上からは、その枝の折れ末であろう、
棘作られた傷跡が、静かに見下ろしていた。
「君は何を―― 一体君は―― 何故。」
地団太を踏んだり、頭を掻き毟ったり、
苦しそうな呻き声を上げたり、誰を前にしても桂は喧しい。
己の感情に、身体が付いていかないようで、
あれこれ無用の動作をしては、落ち着かない。
そんなに好き勝手暴れられると、少年も怯えてか、
ちらちらと目を泳がせて気まずそうである。
桂が怒ると、少年がおどおどする。
少年が居心地悪そうにすると、桂がむしゃくしゃし出す。
期せずしての無間地獄であった。
振り乱される着物の下半からは、
水滴が飛沫いて、日を受けてきらきらと輝きつつも、
地に落ちては黒々と染みを作っている。
生地は中々上等なようであったが、
こう非道く濡れていると、面影を感じるべくもない。
この現象が示す通り、桂はわざわざ、
少年を助ける為に、単騎川を漕いで来たのである。
が、その志半ばで、少年が世話になっていた枝は呆気無く折れて、
誰の手を焼かせることも無く、死を賭した一大活劇は幕を下ろした。
そうして何故か、少年は何事も成していない桂に恐縮している。
「あの。」
「何だ。」
「そろそろ失礼します。」
言い終わらぬ内に桂は動き、
少年と繋がる桜枝を、ぐい、と踏みつける。
その表情はもはや仁王様に迫るほどで、
たかが小児が何人寄ったところで適いそうもない。
少年は正座を続けることを決めた。
それが賢明か否かは別として、唯己の恐怖心に従うのみである。
「こんな朝からこんな方法で自殺なんて、迷惑だ。
君が余計なことをした所為で、
僕は水の中を渡されて、風邪を引きそうに寒い。
しかも君は、こんな立派な桜の枝を折った。
そんなことをするのは酩酊した爺いくらいだ。
そもそも何の権利があって首を括ろうとなどしたのかね。」
呂律も回らない上に、支離滅裂である。
自殺に朝も夜も無い。都合が良くて人通りが無ければ遂行する
その点で、首括りは準備が手軽と聞いた。おまけに苦痛は少ない。
他人が桜にぶら下がるのを見て、川を走らねばならぬ法は無し。
そもそも濡れたくなければ、大回りして橋でも渡れば良い話だ。
枝が折れたのは目的ではなく結果である。
自殺に問うべきは権利に非ず、理由ではないのか。
付け加えるなら、酩酊爺いに近いのはお前の方であろう。
少年の思考はここまで展開されたが、口から漏れるものは無い。
仁王様相手に口答えは甚だ危険である。
「だんまりか。せめて名前だけでも聞かせてはくれないか。」
僅かながら顔つきが和らいだのを受けて、少年も一寸唇を動かす。
「彦田です。」
「そりゃ姓だ。名前と聞かれたら姓名を答えるものさ。」
「彦田一です。」
角度を付けた太陽が、丁度少年の背後を取って、
彼と対峙する桂の前身に照りつけた。
烈しいような、柔らかいような光に包まれた桂は、
先の微笑を更に広げて、ちらりと白い歯を見せる。
元来整った顔つきという訳ではないが、この時ばかりは妙に様になって、
一瞬の中で数段男振りを上げて見せた。
桂にだって笑うことくらいはできる。
「よし、分かった。彦田と言ったらあの家か。
着替えた後に君の両親と談判しよう。
二度とこんな事をせぬよう、きっちりお願い申し上げなくてはな。」
優しい振りをしたって桂である。
綻んでいた口角は、突如に上へ引き締められて、邪悪を滲ませた。
下駄の歯が枝に食い込んで、万力の如くぎりぎり圧力を加えている。
少年の歯はがちがち言う。