Neetel Inside ニートノベル
表紙

トマト人間
最終話 後編

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「と、いうような文面の手紙が妹に幾度となく送られた、というわけだ」

公園のベンチに腰かけながら、吉田は言ったのだった。僕が「菊蔵って人は今どうしてんのさ」と言いかけた時、顔立ちはいいがやつれたような
美少年が、不意に僕の視界に飛び込んできた。肌は、白い。
「おうよく来たな、菊蔵!」と吉田。

その菊蔵という男は、例の手紙の気持ち悪さからは想像もできないほどの美少年だった。肌は白く、やや病的な「何か」を感じたが、吉田と話している
ところを見れば、よく気の利く普通のいい美少年だった。だがよくあることで、これは仮面かもしれない、と僕は思った。
「…あなたが有松さんですか?菊蔵です。よろしくお願いします」
「有松です。よろしくお願いします」

それから、一時間が経った。苗ちゃんが都合で一時間遅れればこちらに合流できるということなので、公園の近くのちっとも古ぼけっていない喫茶店で
時間を潰したのだ。その一時間の間に、僕と菊蔵は何度か会話をし、仲良くなった。
それから、古ぼけた喫茶店に苗ちゃんが入ってきた。「あの事件」からもう5年も会っていなかったが、苗ちゃんは背が伸びただけで、美人に
なっただけで、少しも本質的なものは変わっていなかった。ちょっぴり安心した。
苗ちゃんが喫茶店に入ってきてから最初のほうの話題は、「苗ちゃんの頭髪」のことだった。苗ちゃんはこの5年の間に何があったかは知らないけど、
髪の毛が茶色になっていたのだ。ちょっとショックと似たようなのを覚えたけれど、苗ちゃんは髪の毛が茶色のほうがかわいいとおもったので、
菊蔵と吉田は髪の毛を染めることはだな、社会に対する反抗意識が~どうだとか、指摘していたが僕は指摘しなかった。

これでいいのだ、と。

月日が経てば人は変わってしまうのだ。良い人も悪い人も、良いことも悪いことも、何が良いか悪いかも月日が経てば変わってしまうのだ。
栄えていたものは、いずれは衰えていくのだ。それはよくないことなのかもしれない。でも、これでいいのだ。
僕は「あの事件」からそう思うようになったのだ。これでいいのだ、これでいいのだ…。

「苗ちゃんは彼氏とかいるの??」
「い、いないわよ!」
「菊蔵はさあ、最近どうよ」
「…普通だよ。そっちは?」
「うーん…普通だよ」
「有松君は?」
「うーんと、普通かな?」
「へえ、みんな普通なんだぁ」

「でもさ、私はあの事件のことを思い出すと、今でも普通じゃないよ。みんなもそうじゃないの?」
ここで約1分間にわたる沈黙が訪れた。流石にこんな再開して一時間も満たないこんな時に、そういう「重い話題」を出す苗ちゃんの空気の読めなさ
具合に僕は怒りを覚えた。が、これでいいのだ。いずれは話さなければならなかったことなのだ。これでいいのだ。

「あの事件って何」と菊蔵。
「うーん」と吉田。
「話すのか?」
「……もう話してしまいましょう。もう隠すわけには…」
「わかった。じゃあ話そうか…。あの事件てのは―…」
苗ちゃんが、深いため息をついた。でも、これでいいのだ。



「絹子ちゃんがね、死んだんだよ。5年前に」
「これは事実だ。自殺だったんだ」
「菊蔵が絹子ちゃんを思っていたことは、知ってたのよ。だからね、だからね……ずっと言えなかったのよ……」
「ごめん!ごめん!」

「おい…嘘だろ!?嘘だろ!????なんで絹子が……っ!!!」
「しかも有松君、君はなんで知っていたような顔をして、関係ないはずなのに―――」

「絹子ちゃんの死体を、最初に発見したのは僕なんだ。僕が警察とかに連絡したんだ。これは偶然なんだ」
「…じゃあ有松君、君が絹子ちゃんを殺したんじゃあ――」
「違う!!!!!」


「絹子ちゃんの…体は…、つぶれトマトのようになっていたんだ……」
「僕みたいに普通な人間に、そんな非道なことができると思うかい?」
「ああ、思うさ!異常だ!!」
「だったらなんで絹子ちゃんは死んだんだよ!!!」
「だから、これは自殺だったんだよ!!!菊蔵!!!」
吉田は、僕に殴りかかろうとしていた菊蔵の右腕のパンチを左腕で受け止めた。ばちん、という強い音が聞こえた。
「だったらさあ…だったらさあ…」
菊蔵は顔を真赤にしながら、涙を流しながら吉田に言った。
「だったらさあ…おまえらは…、おまえらはなんでそう平気な顔してんだよ!!平気じゃないのかよ!!!」

さっきからずっと会話に参加してなかった苗ちゃんが言った。

「もう…5年が経ったのよ…」
「菊蔵、確かにあんたが絹子ちゃんをとても悼む気持ちはわかるわ。でもね……、これは事実なのよ」
「絹子ちゃんは…、この世に深い絶望を覚えたから、死んだのよ。こういうことは若い年ごろにはよくあるのよ。でもたったそのことだけで…」
「絹子ちゃんは自殺してしまったのよ!」
「あなたがもう少ししっかりしていれば今頃絹子ちゃんもきっと……」
「もうよね、苗」と吉田。
「確かに、菊蔵が絹子の悩みにちゃんと気づいて、ちゃんと一緒に考えてあげれば、絹子は…妹は今でもこの世にいたかもしれない」
「でも事実絹子は自殺してしまったんだ。……非科学的なことを今から言うぞ。これは、何かはわからない不可抗力だったんだ。それで妹は
しんでしまったんだよ。そうとしか思えないんだ。……そう思うしかないんだ……」
「……」
菊蔵は、急に黙り込んでしまった。
「これで…いいのだ……。悲しいけど、これでいいのだ。人の死は、受け止めるしかないんだ」
「これで…いいのだ…」

それから、長い沈黙があった。沈黙のあと、僕たちは来週4人で、絹子ちゃんのお墓参りに行くことに決めた。
そのとき、菊蔵はとても小さな声で泣きながら呟いた。
「これで…いいのだ。こうなってしまったのは仕方がないのだ」
と。

       

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