ミシマ
ep.1 桜の亡霊
街灯だけが視界をもたらす、そんな夜。
田舎の公園の中央にぽつんと置かれた木製ベンチに一人、古びた色のクラシックギターを弾く若い男が腰かけていた。
白いパーカーにジーンズ、割とラフな格好の彼が奏でるその演奏は聴く者の心を洗う、そんな演奏だった。
突然、演奏が止まった。
静寂の中彼が呟く。彼の口が開くと同時に白い息がこぼれおちた。
「……月が奇麗だ」
彼の言うそんな空は新月。月なんて見えやしない。
「お前も、そう思うだろう?」
彼が問いかける先には二つ並んだ桜の木。街灯に照らされた部分が煌びやかにその色を闇に映し出していた。この公園中央に植えられたこの二本の桜は、近所の人たちからいつしか『双桜樹』と呼ばれるようになっていた。
彼は再度クラシックギターを奏で始める。
彼にしか見えないものに、会うためだけに。