Neetel Inside 文芸新都
表紙

多分つまらないだろう短編集
名前も知らない彼女。(前)

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彼女は今日も僕の部屋に来た。
昨日食べていたポテトチップスの袋が開けっ放しで、ひどい食感だと僕に言う。
一昨日飲んでいたコーラの炭酸が抜けていると、まるで僕がそうしたかのように訴える。
三日前に持ってきたクッションに座って、ビデオデッキに四日前に録画した番組が入っているビデオテープを差し込んだ。

「この人、最近いろんな番組に出てるわね」

画質の悪い映像を指さして、彼女は僕に言った。
僕はあまりテレビを観ないからわからない。そう答えると「つまらない人」と言われた。
CMを飛ばしながら、空いている手でポテトチップスを食べる。
一枚、二枚。三枚食べるとそれを袋ごとゴミ箱に投げた。飛距離が足りなくて、ゴミ箱の手前に落ちた。
僕の方を見て、にっと笑う。僕はベッドから立ち上がり、それを広いゴミ箱に投げ入れた。

僕もなにか食べようと思い、冷蔵庫に手を伸ばした。冷蔵庫の扉はきちんと閉まっていなかった。
それを彼女に訴えると、「そう?」と一言だけ言われた。視線はテレビに向いたまま。
冷蔵庫の中は、僕の部屋を小さくそこに詰めたようにいろんな食べ物で溢れている。
その中から賞味期限が切れていない食べ物を探す。彼女はいつも「まだ食べられる」と言って
それらを捨てようとしない。いよいよダメになっただろうと僕が捨てるまでは、冷蔵庫に残されたまま。

夜遅くまで開いているスーパーで買ってきた、オーストラリア産の堅いチョコバーを手にとる。
裏返すと来年の三月までは食べられると、剥がれかけのシールに書かれてあった。
ベッドに戻るためにはテレビの前を横切らないといけない。
横切ると彼女に怒られた。とてもいいところだったと文句を言われた。
巻き戻せばいいのにと僕が言い返すと「嫌よ。私は最後まで通して観るのが好きなの」と返された。

チョコバーの袋を開けると、冷え切った黒い塊が顔を出した。
僕はこれが大好きだ。元々固めに作られたこれを、冷やしてさらに堅くする。
奥歯で噛み砕くと、口の中にナッツと甘いチョコの風味が広がる。
似たような物は沢山あるけれど、僕はこれが大好きだ。

二口目を口にすると、彼女が僕に「またそれを食べてるの?」と聞いた。
彼女はこれが苦手らしい。彼女曰く、甘すぎて食べられたものじゃない、と。
はぁっ、とため息をして、彼女はテレビに視線を戻した。

彼女が録画した番組は、旬の芸人が色々なアトラクションに半ば強制的に参加させられるという内容らしい。
彼女が僕に、飛んでくるバレーボールを避けながら不安定な橋の上を渡っている人の説明をしてくれた。
元々は一人で芸をしていた人が、同じように一人だった人を捕まえて、去年新たにコンビを組んだのだと。
彼女のひいきの芸人らしいが、僕はそれに興味がなかった。
適当に相槌を打っていると、「興味ないんでしょ?」と言われた。
うん、興味ないよ。と答えると彼女は小さく笑って「だと思った」と言った。

ベッドに横になり、枕元に置いてあるCDケースを手に取った。
ディスクはコンポに入れたまま。彼女が来るまで、この部屋にはケニー・ロギンスの声が響いていた。
古い曲を流すと、彼女は嫌そうな顔をする。だから僕は、一人の時に聴くCDと、彼女が居るときに聴くCDを持っている。

彼女は邦楽を好んで聴く。それも、巷で旬だと言われる曲を。
彼女が借りてくるCDには、僕が聞いたことがないグループ名やアーティストばかり。
だけどそれは彼女も同じらしく、僕の持っているCDには一切興味をそそられないらしい。

Foot looseが収録されたこのアルバムを見つけたとき、僕はとても幸せな気分になった。
彼女はそんな映画知らないと言ったが、僕は大好きだった。
古い映画には、その時代の新鮮さが詰まっている。僕は、それを感じるのがなによりも好きだ。

「ねぇ、それちょっと頂戴よ」と彼女が言った。
目線を彼女の方にやると、左手を筒を持つようにして、右手でそれを指差していた。
「君、これは嫌いだって言ったじゃないか」と僕は言った。「だけど、少しだけ食べたくなったの」と、彼女は返した。
僕は人の食べかけのものを食べるのは嫌いだ。だから、嫌だと言った。
「いいじゃない。少しだけよ」と彼女は言った。「嫌だ」と僕はもう一度言った。
「少しぐらいいいじゃない」そう言いながら、彼女は僕の上に乗ってきた。

体を捻らせて、彼女からチョコバーを遠ざける。
だけど彼女はそれに手を伸ばし、大きくガブリと噛み付いた。
僕の顔の上に、砕けたナッツの破片が落ちてきた。彼女はそれを咥えたまま、嬉しそうに笑った。
「重い」と訴えると「失礼ね」と言った。僕のチョコバーは、彼女に取られてしまった。
「あの番組、つまらないわ」と、テレビを指差して言った。
「ただ芸人を出すだけじゃあいけないのよ。誰が、どんなことをするのかが大事なの」
ベッドに上で体育座りをして、チョコバーを頬張りながら僕に言う。
「面白いと思って楽しみにしてた番組がつまらないと、楽しみにしてた時間が全て無駄に思えるわね」
事実その通りだと僕が言うと、「まったく……」と文句を言いながら枕元のCDケースに手を伸ばした。

「なに? またCD買ってきたの?」と彼女はつまらなそうに言った。
「あなたって本当、古い人よね。同い年だとは思えないわ」
「同い年だよ。免許書を見せたじゃないか」
「そんなもの、幾らでも偽造できるじゃない」
「する理由がないよ」
「それもそうね」そう言うと、彼女は体を倒した。僕の目の前に、彼女の顔が現れた。

「……あなた、昨日髭を剃らなかったでしょ」と、僕の顎に触れながら言う。
彼女の息は、甘く、嗅ぎなれた匂いがする。テレビを観ないのなら消してくれないかと言うと、面倒だと言われた。
「今日はもう疲れたわ。泊まっていってもいい?」と言う。
「大学は?」
「それも面倒だわ。一日ぐらいどうってことない、休む」と言って、目を閉じて顔の前で手を閉じた。
彼女曰く、これは神様に謝るポーズらしい。大学をさぼるときには必ずするんだと言う。

僕は大学に行っていないので、それがどういう所なのか知らない。
彼女はとても楽しい所だと答える。同じ趣味を持った人やカッコいい男の子も沢山居る、と。
「あなたみたいに古い人は居ないわ。居たとしても、私の周りには絶対居ない」
まるでそれが自慢かのように、僕に言う。「そう」とだけ答えた。
「……本当に、つまらない人ね」僕の額にデコピンをして、彼女は立ち上がった。
「お風呂、借りるわね」と言いながら、彼女は部屋を出た。台所と部屋を繋ぐドアを閉めて、台所の電気が点いた。

       

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