Neetel Inside 文芸新都
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僕は部屋の押入れの中から、一対の布団を出した。
床に落ちているリモコンや雑誌を足で部屋の隅に除けて、布団を放り投げた。
その上に枕も投げて、僕はベッドの向こう側にあるマドを開けた。
タバコを吸う時、こうしないと彼女は怒る。タバコの煙は苦手だと、いつも僕に文句を言う。

枕元からROUTE66というタバコを取る。色んなタバコを吸ったけど、僕はこれが一番好きだった。
CDを積み重ねたタワーに手が当たり、床にそれが散らばった。
タバコを咥えながらそれを広い、CDラックに入れた。彼女が持ってきてそのままのCDを入れているおかげで
僕のCDを入れるスペースが少なくなっている。仕方ないので、数本は棚の上に置いた。

沖縄に旅行に行ったときに買ったジッポライターで、タバコに火を点ける。
思えばこのタバコもその旅行で見つけたタバコだ。
旅行中にセックスをした女性が、沖縄にしか売ってないタバコなの、と教えてくれた。
それを近くのタバコ屋で見つけてから、こいつはずっと僕の相棒だった。

遠くに光る月に吹きかけるように、煙をふっと吐いた。
煙はうっすらと月を包んで、静かに消えた。

あの時、安値で借りた僕の部屋で一晩を共にした女性の名を僕は知らない。
小さな定食屋で晩御飯を食べているときに、その女性から話掛けられたのは覚えている。
十代最後の思い出にと、一人で来た。そう言うとその人は興味津々で僕の話に耳を傾けてきた。

それから、どんな話をしたのかは覚えていない。
ただ、僕の初めてのセックスは気持ちよくもなく、とても淡白なものだった。
セックスに興味がそれほどなかった。それが理由だったのかもしれない。
なぜそうなったのか、理由も覚えていない。そのときお酒を飲んだから、なのかもしれない。

僕はあの女性と、彼女を頭の中で重ねてみた。
二年前の記憶だから、あの人の顔はちらつく程度にしか思い出せない。
あの女性と彼女の共通点は、うっすらと思い出すその記憶の中で一つだけだった。

僕はあの女性と同じように
彼女の名前を知らない。

働いている古着屋に、彼女がお客様として来店した。
店をぐるりと見回って、流行の色の襟の長いシガーケーンのシャツを買った。
「これ、テレビで芸能人が着てたの」と、それが最初の会話だったと思う。

それから何度か彼女は店に顔を見せた。
話をしているうちに、彼女は大学生で、上京して借りている部屋が大学から遠いことと
その大学が僕の部屋から近いことを知った。

それから何度か、彼女は僕の部屋に訪れるようになった。
最初は同じ店でバイトをしている子、彼女の友達と僕の部屋で飲んだ。
僕がよくわからないテレビや、音楽の話で盛り上がり、彼女の友達と僕の友人は終電で帰っていった。
彼女は酔いつぶれ、僕のベッドで足を大きく広げて眠っていた。その日、僕は来客用の布団で寝た。

それ以来、彼女は頻繁に僕の部屋を訪れるようになった。
最近では、週に四、五日は平気でこの部屋で朝を迎えて大学に行く。
名前を知らないのは、聞く事がなかったから。今になって聞こうにも、僕と彼女は君とあなたで呼ぶようになっている。
それに僕は不満もないし、彼女も僕の名前を聞く事はなかった。

彼女の友達と僕の友人は、それから付き合い始めたらしい。
彼女は僕の部屋に来ていることを、彼らに知られたくはないから内緒にしてほしいと僕に頼んだ。
だから僕は内緒にしている。と言っても、僕自身それはどうでもいいことで、それに僕の部屋を訪れるのは彼女ぐらいのものだから
隠す隠さない以前に、僕は誰にも言う必要はないことだと思っていた。

好きなときに、ここに来て
好きな食べ物を食べ、好きな飲み物を飲み
好きなテレビ番組を見て、好きな音楽を聴く。

彼女はこの部屋を自由に使っている。
もしかすると、僕以上にこの部屋を気に入ってるのかもしれない。
僕は身勝手な同居人だという意識で、彼女を見ている。

そこには恋愛感情もなく、肉体関係もない。

ただ、彼女は僕の部屋に来て、一日を過ごす。
彼女とどこかに出かけることもない。どこかに誘うという気も、起きない。
だけど僕はこのままでいいと思う。何故かはわからないけど、僕はこの状況を気に入っている。

名前を知らない彼女との、半同居生活を。

       

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