鉄火の家に向かうまでの間、彼女との1on1に打ち勝たなければならない俺は、
この寒さにも拘らず掌に少々の汗を滲ませながら車を発進させた。
まずは先手必勝だ、まずは俺から話を振って攻撃の糸口を掴んでや・・
向井
「あんな、>>1さんってなんで会社ではあんなに暗いん?」
俺
「あっああ?ええ?暗いとかwwそれ言い過ぎww」
向井
「言い過ぎか~?だって全然話しても知らん振りするし、いっつも車で休憩してるし」
俺
「いやはははは・・いや、まあそうやねんけどw」
向井
「ていうか家でいっつも何してるん?独り暮らしやろ?ええなあ、私の家は実家やから好き勝手できへんし羨ましいねんな~」
俺
「いや、独り暮らしって全部自分でするんやぞ。実家やから好き勝手できへんて言うけど、家の人おるっていう事に感謝しなあかんで。ご飯とか自分で作るんやぞ?大変なんやぞ?いやまあ俺もたまに実家で飯食ってるけど。」
向井
「大変な事くらい知ってますよ。私すでに全部自分でしてるし。どっちにしても近くにおるんやからいいやんか。うちと違って」
俺
「?(ん?なんか独り暮らしの話をしているのに話が噛み合わない・・・)」
向井はべーッと舌を出して俺に悪態をつく振りをした後、探りとも取れるような発言で俺を凍らせた。
「ほんでな(それでね)、なんか最近お姉ちゃんと随分仲ええみたいやけど、なんかあったん?なんなん(何なの)?ww」
俺
「いやははははは・・・え?(お姉ちゃん・・・ ああ、鉄火の事だな)」
俺は彼女が俺の実の姉のことを知っているのかと思い、なんでそこまで調べ上げてるのかと一瞬ドキッとしたが、鉄火の事を話している事にすぐに気づき、彼女が最近優しくし始めてくれた事で仲良くなった事、彼女のお姉さん的な優しさについ頼ってしまっている事を正直に打ち明けた。
話は完全に向井ペース、どう見ても敗北です。本当にありがとうございました。
そこから向井は暫く黙っていたが、俺が自らの口臭を消すために噛んでいたガムを吐こうとした所、流れるような動きで俺の視線のやや下にティッシュをちらつかせ、俺の行動をアシストしてくれた。
更に俺が向井から貰った紅茶の缶を飲もうと股に挟み、そのスチールのプルタブをパキパキ鳴らして開けようとしていると、彼女は何も言わずに俺の股間から紅茶の缶を奪い、プルタブを開け、俺に返却してくれた。
彼女のさりげなくも、押し付けがましくも無い気遣いに、俺の心は優しくほぐれていた。
>>ちょwwwwwwなにこのよくできた娘はwwwwww
>>自爆する前に言っておくかww
>>ワッキー、あんまり調子に乗んなよ?ww
車はやがて鉄火の家の近所までやって来た。
向井が、俺が鉄火の家を知っているのは何故か、などという質問をしてきたが、
質問の意味が分からないので聞こえてない振りをしておいた。
>>だからそれフラグwwwwwwww勘繰ってんだろww
向井が鉄火にもうすぐ着くからという電話を入れ、車もいよいよ彼女の家の傍までやってきた。
さて、ここらで来たるべき対話(女二人V_S男一人という逆境での車中の試練)に向けて心を再度引き締めなければ・・・この二匹の野獣はいたいけな俺という草食獣をいともも簡単に飲み込んでしまうであろう。
だが向井と二人で話してみて、意外に彼女が良い娘だということは分かった。
今日のイベントの進行しだいでは、向井√を選択しても良いかな、と思った所で
マンションの階段を下りてくる鉄火の姿が見えた。
前言撤回、やはりここは鉄火√も捨てがたい。
彼女は上にタイトなスウェードのジャケットを着用し、パンツには黒のデニムを選択
スゥェードのジャケットからはエンジ色のタートルネックが襟元に覗いている。
足元には黒光りする爪先の丸まったひざ中までくらいはあるであろうリングブーツを履いている。
見栄えのするかっこよさをとことんまで追求した彼女のルックスは俺の心を深くえぐり、魅了した。
彼女は俺の車を見つけるとこちらに駆け寄りドアを開け、後部座席に乗り込んでくる。
鉄火
「おはよ!まるでカッポーみたいじゃん!でもワゴンRww」
放っておいてくれ、これは姉貴の車だ、俺を馬鹿にするのは構わないがファミリーはいじるな。
俺は雪中での運転で怖いんだという事を鉄火に伝え、誤魔化しつつ車を発進させた。
ともあれ少々主導権を握られた気はするものの滑り出しは順調、視界はオールグリーンだ。
>>鉄火
>>「おはよ、まるでカッッポーみたいじゃん」
>>これが伏線か
>>どう見ても、向井フラグビンビンだよなぁ
>>鉄火が向井の恋のサポートしてるようにしか見えない
>>向井が冷たいように感じたのは「好き避け」ってやつだったってことか?
>>鉄火が面白半分に向井と>>1をくっつけようとしてる感が否めない
車を目的地に進めながら俺は彼女らとしばらく会話を楽しんだ。
会話の主導権?勿論鉄火であることは間違いない。
そのうち彼女らの会話のトピックは俺についてフェイズシフトしていく。
向井
「そういや>>1ってお姉ちゃん(鉄火)に「阿部」って呼ばれてるけどなんでなん?」
鉄火
「ああw阿部寛に似てるからじゃん、だからなんだけどw」
向井
「あぁ~wそうやんねw似てるやんねw」
俺の記憶が光の残像を伴いつつ巻き戻されていく、そう、あれは向井が入社して暫くのころ。
~ 事務所にて
向井
「>>1さんてワッキーに似てるんちゃうんw?」 ~
向井よ、お前ちょっとここ座れ、お前あの時俺に何て言った?ワッキーだぞワッキー?
ワッキーのどこをどう意識改革したら阿部寛に変貌するというのだ。
更に彼女(向井)にヒライケンジにも似ていると言われた事を思い出した。
ヒライケンジ?ちょっとまて、ジョン・レノソだぞ?元ジョン・レノソだぞ?
どこをどう間違えば俺に似ているというんだよ?
ひょっとしたらあまりに女性につっけんどんなんで
『あいつ結婚できない男の典型だよねーキャハハ阿部寛キモーイ』
『エーマジ未婚?ホモが許されるのは25までだよねーキャハハキモーイ』
なんて噂話までもがあるのではないかと妄想が暴走してしまっていた。
あきれ返る俺を唯一納得させたのは俺が「濃い目の顔」だという意見だけだ、俺はあきれつつも苦笑いを浮かべ、「フヒヒw」とのたまうしかなかった。
>>つまりイケメンと言うことか
>>つまりマユ毛太くてホリが深いんだな、>>1はwwwwww
>>阿部寛とか平井とか、イケメンじゃないか!
>>↑平井って・・・勘違いしてないか?ヒライだぞ?
>>阿部寛とワッキーとヒライケンジ・・・なんだかイメージわいてきたぞ
>>自分で「女性につっけんどん」て理解してるなら救いがあるな
>>これからいくらでも修正してけるだろ
そのような感じで彼女らの会話が俺を持ち上げたり落としたりしているうちに、車はあっという間に目的地に到着する。さすが会話しながら向かっただけはある。一人で来るのとは体感時間が段違いだ。
勿論、ナビは全て鉄火に頼っていたが。
完成して間もない新道を走っていくと、山を切り開いたばかりだと想像に難くないその道沿いに、
不釣合いなほどきらびやかで大きなショッピングモールが鎮座ましましていた。
「まるでそびえ立つクソだな。」
出発時より多めの雪がちらつく中、俺達3人は車を降りた。
ドラクエ3で言えば、ここが俺のアリアハンに成る訳か。
妙な風刺を脳内でくりひろげながら、俺はこのいっかくウサギとさまようよろいをどう料理するかについて、一人議論をするのであった。