Neetel Inside 文芸新都
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○高鳴る胸を押さえながら、俺はタイムカードを押し、鉄火たちの待つ店へ向かう。
先程の会話で気付いたのだが、鉄火はガンダムが土曜に放映されている事を知っていた。
つまりそれは鉄火のオタクフラグが垣間見えた事を意味しているのだが、彼女がオタクであったとして、俺になんの利点があるというのか。
一度に多くの情報を処理できない俺は、その事を頭の片隅に強引に追いやり、目下の越えられるかもしれない壁を乗り越える事に専念しようとした。

車に乗ろうとしたところで向井から電話が入る。こやつめ、俺の携帯番号を鉄火から入手したに違いない。

向井
「あれ、今会社ぁ?」

少し心配したような声で彼女が俺に話しかける。俺はもうすぐ会社を出る旨を伝え、早々に電話を切った。運転しながら会話したりして、送り迎えを嫌がっていることを気取られてはいけない。
彼女が寒いので俺が工場で着ているジャンパーを持ってきてくれというので、一度事務所に戻り、ジャンパーを後部座席に放り込む。このままリアシートに誘導すれば別段話す会話も無いままに彼女を自宅に強制送還できる訳だ。我ながら妙案だと俺は思った。

鉄火から聞いていたパスタ屋に着くと、向井は店の外で待っていた。寒そうに肩を縮めて、アヒル口を更に尖らせている。


「ごめん遅なった、ジャンパーはい、どうぞ」

失策だ。完全な失策だ。「ジャンパー後ろに積んであるから後ろに乗りや」となぜ言えなかった。
もうすでに俺のプランは瓦解していた。音も立てずに。俺が引き抜いた自爆という名の積み木の所為で。
向井は礼を言いながら俺のジャンパーに袖を通す。袖から覗かせる手の先が妙に俺の股間を盛り立たせる。

向井
「んで、凹さんはごはんまだやろ?お酒も飲めるご飯屋さん知ってるからそこに行こうなあw」

はて、誰がいつ、このようにして貴様とご飯を食べに行く約束などしたというのだ?俺か?
いや判っているのだよ、鉄火だろ?もう彼女の準備した運命の歯車には逆らわない方がいい、足掻くが負けだ、観念しろ俺。
当然のように助手席に座る向井を乗せた俺の車は、ゆっくりと発進し、向井ナビに従って発進した。
会社を出た頃の俺の心中とは裏腹に、社中での会話は向井がリードしてくれていた事もあり、思いのほか盛り上がっていく。
向井はことあるごとに鉄火を話に登場させ、「お姉ちゃんはめっちゃ優しくて好き」だとか「凹さん、実は鉄火の事好きなんと違うん?」などという質問を浴びせ、俺に何度も冷や汗をかかせた。
あげくに俺が阿部寛に似ているのは何故かという仮説に基づいた妄想理論などを展開し、俺をドギマギさせた。
会話の一切の主導権は彼女に委ねられてはいるものの、彼女の話に相槌を打ったり、時には彼女の方を二度見し、「マジで?」などというリアクションを取ると、彼女は楽しそうに「そうやねん!!」と相好を崩し、曲げた人差し指を口元に持っていき、小さな笑い声を上げていた。
意外に女性と話せるようになっている自分自身に気付くことなく、俺もいつの間にかコーヒーに浮かんだマシュマロの様に彼女との会話に溶け込んでいき、少しばかりの緩やかな安堵感のようなものに包まれていた。

車を走らせる事15分、彼女の案内に従って細い路地に入ったところで小さな洋食屋が暖かい明かりを灯していた。
助手席からひょこんと降りた彼女のあとに付いて店内に入る。外見どおり、席数は15ほどのいかにも個人経営といった感じの洋食屋だ。
俺は、店内をぐるり見渡し、その内装にほっとさせられた。店内に飾られているイタリア調の調度品が、なんとも俺の心を捉えたからだ。
今までこの様な類の店に来た事の無かった俺は、少々感激させられていたが、「そっちは外が見えにくいからこっちに座りぃよ」という向井の声に従い、窓際の少し明るめの席に腰を下ろした。

向井は、こんな小心者と一緒に飯を食う事に何かカタルシスでも感じるのだろうか。俺はというと先程意外にも向井と話が出来ていたことに自分自身驚きながらも、女性とたった二人で外出している事に感激し始めていた。
だがやはり、早く家に帰ってお握りの一つでも軽く済ませた上で、風呂に漬かって住人さまにこのことを報告したい気持ちの方が強いことも自覚していた。
彼女は前回鉄火と共に買い物イベントを過ごした時同様、非常に俺に気を遣ってくれる。
揚げ物中心のディナーが俺の目の前に並ぶと、すぐさまフォークとナイフを俺に手渡し、タルタルソースを俺に掛けて良いかと確認したうえで料理にたっぷりと掛けてくれたり、
俺が腹減ってるのを見越した上でか、テーブルに腰掛けがっついている俺をジンライムをすすりながらニコニコと眺めていたり、
食事が終わりそうになると、「なあwコレで足りた?お腹いっぱい?」などと確認してきたり、
絶妙なほどのキラーパスをガンガンと入れて来ていた。

以前の何も話さない、唯の同僚という立場は、今、変わろうとしているのか。
以前まではつっけんどんで俺に冷たいという印象まで与えていた彼女は、今何を考えているのだろう。
そんな彼女の態度の急変ぶりに、少々ドキドキしていた俺は、相槌を打つ事で会話を長引かせるのが精一杯だった。

       

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