Neetel Inside 文芸新都
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○鉄火に会って話を聞きたい。その感情が俺を衝き動かす。
姉貴兼俺の軽四に鍵を挿入、シフトをDに入れキーを廻す。だが参った。こんな時にエンジンがかからない。
なんど鍵を廻そうが、車は動く気配を見せない。
焦りが俺を苛立たせる。

「エイ!なんだ!このおんぼろマシンめ!なんでこんな大事なときに!」
「動け動け動け動け!今動かなきゃ何にもならないんだ!だから動いてよ!」

俺の鼓動が脳内に響く。そして時は動き出す。
お気づきでない住人様がたはエンジン起動のくだりを再読願う。
気を取り直しシフトレバーをPに戻し、キーを回してエンジン起動、シフトレバーをDに入れる。
ようやく出発できた俺だが、如何に俺が動揺していたかが判る一幕だった。
そして頭の整理がつかないまま、鉄火の家に到着し、俺は白い息を口元からゆらつかせながら下車する。
冷気が頬を刺す。夕方独特の寒さが今晩の冷え込みを示唆していた。鉄火の家のベランダを見ると、丁度彼女がこの時間帯にも拘らず洗濯物を干していた。鉄火は俺に気付き、少々驚いた顔をする。
鉄火は俺が来るとまでは思っていなかったのだろう、いつまでも俺の顔を見つめている。俺も、彼女のベランダに掛かるピンチ付きハンガーがホールドする下着を凝視する。
鉄火はベランダから自分の玄関の方を親指で指し、俺に来るよう促す。その表情から、何を考えているかまでは判らないが、悪い心象を表しているわけでは無さそうだ。
階段を上がり、彼女の部屋の前まで行くと、ドアが自然に開く。

鉄火
「どしたの?急に来るなんて、連絡くんないとほらー」

上下に細身のスウェットを着た鉄火の姿が眼に入り、俺は何故か謝りながらドアを猛烈な勢いで閉める。
ドアノブを掴んだまま、少し深呼吸をつく。だが数十秒の後に強烈な腕力でドアノブが動き、ドアが内側から押し広げられた。

鉄火
「なんで閉めんの!!入りなよ、着替えたから気にしないでいいよ」

深呼吸している間に着替えたのだろう、鉄火がカーディガンの胸元のボタンを片手で閉めながら顔を覗かせた。
言われるがままに部屋に入る俺。完全に永遠に鉄火のターンかもしれないが、彼女と話しさえ出来ればどっちのターンでも構いやしない。
意気込んではいるのだが、口の中が乾いて居る事に気付き、やはり緊張しているのだと自覚する。
コタツに足を入れながら、彼女の顔を見た。彼女は俺にどういう感情で今俺を招き入れたのだろうか。
そうこう考えているうちに鉄火が口火を切った。

鉄火
「最後までメール見たの?それで来たと。」

頷く俺、今日も目を見て話は出来そうだ。

鉄火
「それで、タイミング悪いってのは分かるでしょ」

分る訳が無い。いやまて、俺のヴェーダ(住人)がたしかこんなことを・・・
『向井が俺を好きになったタイミングと鉄火が俺に好意を持ったタイミングが一緒で間が悪い』
そうだ、よし、言葉を選んでこのことを問いただしてみることにしよう。
実際に言葉を整理していると、鉄火は俺が「タイミング」とやらに理解不能になっていると思ったらしく、自ら解説を始めた。
まず、向井が俺の事を鉄火に相談してきた事。買い物イベントもやはりというか彼女のセッティングだったという事。そのためには鉄火自身が俺にアクセスし、メール交換などを経て仲良くなろうとしたのだが、TIGに苛められている俺をみて、予想以上に危うい男だと再認識した事。だがそのことがきっかけで鉄火自身驚くくらいに短い時間で俺と仲良くなれた事。
彼女は続ける。

鉄火
「んでまあ、その、何よ、私もねえ、一応女だし、
買い物とか、ご飯とか行ったりしてるうちにまあそういう気持ちにもなっちゃうこともあるよね。
でも順番からいえば向井の方が先に好きになっちゃってたし、私はタイミング悪く人を好きになったなあってww
向井の事私可愛いと思うし、私といるよりはあの子のほうがボコとは合う気がするし、あきらめようかなって。
そういうわけ。であきらめた。」

本当か鉄火、今日は4月1日ではないのだぞ。その言葉に偽りはないのか。
え、ちょっとまて、本当に俺のことが好きだったと、じゃあ俺、あれ、テンパっている。

鉄火
「いや・・・・だから諦めたってばwwもう諦めたってww忘れなよw」

鉄火は先程からジョークな乗りで流そうとしているようなのだが、俺の目を見て話をしていない。
彼女も表面張力の限界にあるということか。

鉄火
「まあ、そういうわけね。向井と付き合ってよ?こっちにもうその気はないんだし・・・」

鉄火の言葉がここで切れた。俺のターン到来か。


「距離は?」


鉄火
「ン?」



「いつか言うたやん。好きな人との距離が遠いって」


鉄火
「いやー、それはね、実家の方においてきたウブな彼氏がいたわけよ、私がまだこっち来る前のね
それがまたほんとにオクテでさ、世間一般の恋人同士の関係にもなることなかったんだよね。
結局そのまま自然消滅。私はまだ好きだったんだけど、こういう性格なもんで。」



「じゃあそれっきり誰とも付き合ってないん?」


鉄火
「いやいやいやいや、そこまでいけば大した「お嬢様」じゃんwwそれはないww」

更に住人さまがたの誰かが言った言葉がひっかかる


「TIG?」

鉄火
「違う違う、そこまで私頭腐ってないよ。」


「じゃあな、なんで実家の恋人が今でも好きとかいう話になってんよ。おかしいやん。」


鉄火
「だってあれ言ったの向井じゃん、私じゃないよ
向井に話したのは男できる前だったからね。あの子の中ではそのままだったんじゃない?」

どういうわけか、俺の口からすらすらと彼女を尋問する言葉が出てくる。住人さまがたとのやり取りがここで活きてくるとは俺には予測も出来なかったのだが。
そしてある程度の予防線を張りながらも、彼女の本音を聞くべく、俺の口は口撃の手を緩めない。


「じゃあ、話戻すけどな、俺が姉ちゃん好きやとしたらどうする?」

答えを聞かせてくれ、鉄火。俺は答えがどうであれ、貴方の口からこの場で聞きたい。
彼女は息を吸い込んだあと、尖らせていたその口を開いた。

鉄火
「いや、ないよそれは。私は凹とは付き合えない。向井とうまくやってよ」

その言葉の後、俺たちを沈黙が包んだ。
この状況は、まずい。このままでは明日の鍋もキャンセルになってしまう。
兎に角この場を和ませる一言を、と思う心とは裏腹に、俺の口は更なる進化を遂げる。


「そんなもん、勝手に絵描いて勝手に決めんといてよ。遠慮とかも嫌いや」

鉄火
「ばっかじゃないの?遠慮とかじゃなくってもう好きじゃないって事!」


「さっきまで好きっていってたやん!」

俺の変貌振りに、鉄火は口を一文字にしながら驚いた顔をしながらこちらを向いた。やがて俺から顔を逸らし、呟く様に俺に告げた。

「・・・・・とにかく無理。ごめんアンタ自意識過剰すぎるわ。一時の迷いで動いてたら大事なもん全部なくすよ」

住人さまがたも、鉄火も、口を揃えた様に同じ事をのたまう。これが、リア充、いや一般的なものの考え方というやつなのか。俺がただ常識知らずだったというレベルの話なのか。
それとも、俗に言うシンクロニシティとでもいうやつなのか。
その力たるや推して知るべし、ニトロが固形化するのも頷けるというものだ。
というか、こうなってしまった以上俺の時間をキングクリムゾンよろしく吹き飛ばして欲しいものだ。
流石の俺もGN粒子切れか、言葉がこれ以上出てこない。
この場にいることすらいたたまれなくなった俺は黙ってコタツから脚を抜き、席を立とうとした。
明日の鍋の話をしようとも思ったが、もういい。いっそお流れってのもあり、か。


「帰るわ、なんかうまく話せない」

鉄火
「ん・・・・・」

暗い玄関のドアのノブをつかんで出ようとした時、俺の家でおきたアクシデントの時と同じく
彼女が俺の左手を握る

鉄火
「ごめんね、もうボコとは本当に二人では会えないかも」

そうか、もうこないだまでの様には話せないよな。それが普通だわ、と冷静な納得をした俺なのだが、その妙な納得とは裏腹に胸が締め付けられる感覚が俺を襲った。
涙が目尻から出そうになっていた。前回とは違い、今度は鉄火の手を振り払わない。二度と握れないかもしれない手だったからなのだろうか。
すると彼女の手が俺の手を引き寄せた。俺の体が鉄火の方へ流れる。
驚いて振り向いた瞬間、鉄火の掌が俺の後頭部を包み、俺の唇に彼女の唇が重なった。
体が硬直してしまい、握っていた手も今は開ききってしまい、どこに手を置いていいかも分らない。
女の子は、本当の心をどこに置いていると言うのだろう。

そして困惑と混乱に掻き混ぜられた俺は、
住人の散布するGN粒子とはまた違う何かが、俺の体に注入された感覚を覚えていた。

       

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