Neetel Inside 文芸新都
表紙

会社でお姉さんと仲良くなったのに凹られた
〜向井の告白、そして始まるMany Complications〜(12・29うp)

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○昨日のプレスの仕事の一件で、結果として俺は現場からの信頼と、事務所からの信頼、そして鉄火と向井からの「やるじゃん」的な視線を得る事が出来たのだが、かえって俺は自分の浅はかさと、自分は結局人の助けがなければ何も出来ないタイプの人間なのだという事を思い知らされた。
あのVIPPERからの援助がなければ俺は恐らく現場からも、事務所からも、鉄火達からも距離を置かれていたかもしれない。だがTIG君、君だけは俺から距離を置く権利をやる。
工場長はあの一件を片付ける事が出来た俺を社員食堂に呼び出し、

『お前も背水のなんたらにまでならんと実力発揮せんタイプやなあw』

と言った。
あなた様のおかげでこういう状況に陥ったんですがな、とでも言いたかったが、勿論それを心の中でしか言えない俺に、工場長は続けた。

『そういう辺がお父っつあんによー似とるんよなあwただお前はやる気の無さが問題なんよなあ』

ああ、褒められたのか。と俺はなんとなくだが理解した。
この人は、俺の親父を尊敬している。親父は俺と同じく鉄工所の人間だ。というか経営者だ。
今は理由あって営業を停止しているが、働き盛りのころ、この工場長を仕事でよく助けたらしい。
一応このあたりでは「~の息子です」という名前を出すと、

「ああ!~さんの?おやっさんの跡継ぐの?」

なんて台詞が返ってきたものだが、親父が工場を一時休業してからは、そんな言葉も聞かなくなった。俺があまりに情けないから、「跡継ぐの?」なんて台詞も聞きづらくなったのだろうか。
俺がこの工場に入ったのも、親父の口利きによるものだ。工場長は俺を「~さんの息子さんなら」と採用してくれたのだが、俺はいまいちその期待と恩に応えきれていない様な気がする。
今回の事がきっかけでもっとお役にでも立てればいいのだろうが、あまり期待もしないで頂きたいものだ。波風立てずに生きていくのが俺のポリシーなもので。

3時の休憩時間が迫り、俺はいつもの如く社員食堂で冷たい飲み物など飲もうかと事務所を後にした。するとその後を付いて来るかのように、向井がこちらを見ながらニコニコと歩いてくる。
何だ、愛の告白か?勘弁してくれ、俺はナイーブなハートちゃんの持ち主なもんで、休憩時間に君と仲良く話したりなんかしたら、TIGの焼きもちに当てられ、恐怖でお握りに精が出なくなってしまう。いや勿論精は放出(だ)すのだが。

向井
「あんなぁ・・・?今大丈夫?」

向井の甘えたような、困ったような呼びかけに俺はたじろいだ様子を隠す事が出来なかった。
更に俺の困惑を煽るように、顔についた汚れを拭いながら鉄火が社員食堂に入ってきた。
俺の思考の宇宙の法則が乱れる・・・・!!
普通の同年代の男たちならば、こういう状況を楽しみつつ成長したり、はたまた両方の女性を手玉に取ったりして男を上げ下げして着実にLV上げしたりもするのであろうが、今この子たちの前でドギマギしているのは紛れも無く孤独な童貞25歳オスなわけで。
目の前に繰り広げられたトライディザスターをデスペルする余裕も無いわけで。
あまつさえ思考まで停止しているわけで。
脳の再起動を待つ俺を尻目に、鉄火は向井に目配せした後俺に話しかける。

鉄火
「凹、今日仕事何時までなの?」

駄目だ、鉄火の目配せが何を意味しているのかが読めない、というか現状俺の置かれている状況すら処理できない。
とりあえずここは

逃げよう。


「今日はーーーーーー(今はあれやこれや考えたいんで)遅いんですが」

向井
「やって(だってさ)!!鉄火姉ちゃんほな二人で」

鉄火
「おっけ。仕方ないねー、じゃあガンバレ凹、(昨日の勇姿、向井も)ちゃんと見てたぞー」

鉄火は後ろ手に向井の方を指差し、俺にウィンクし、ペットボトルのお茶を口飲みしながら食堂から出て行く。
向井も俺に笑いかけた後、食堂から出て行く。

な、なんじゃそれは。

もう一度言いたい。なんじゃそれは。


     

○鉄火たちに謎のスケジュール確認をされた俺は、残業中にもかかわらずGNドライブを起動し、今後のフェーズについてブリーフィングを開始した。


>俺がこうやって残業してる最中に、一体二人がどのような会話を繰り広げてるのか知りたい件について誰か教えてくれ。

>>残業中に鉄火か向井が差し入れを持ってくるとか・・・・期待してれ
>>来なかったとしても、明日以降の会話のネタで使えるべ、彼女らに今すぐアクセスしれ

俺は高鳴る胸と共に返信レスを書き込む。

>よし、今日仕事終わったら初めて俺から動いてみるか・・・
>いや友達としてだぞ、勿論だけど

>>どっちの携帯にかけるかで迷わない?ソレ

待て待て住人方各位、今この瞬間に猛烈に最高でハイスペックな連絡方法を思いついた。
この方法で行けばどちらかが俺にイマイチな反応を示したとしても、俺がぼっち系の感情を抱き抱えたまま布団で枕を濡らすことはさけられそうだぜ?
おまいさまがた、俺をさんざっぱら阿呆だKYだと罵ってくれやがりましたが、それも今日までだ。
俺の提示する作戦とはこうだ。その大きく口を開けたっきりのお耳をかっぽじって良く聞いてくださいまし。

>フフン、みんな甘いな、いつも返信の遅い鉄火にまずメールだ
>いつもなら大体10分かかるかかからないかだが(いつも思うけどなにやってんだろな)
>その前、大体5分後くらいで向井に電話だ
>せりふはまだ決まってないけどな

すると即座にレスが帰ってくる。

>>鉄火にメール→まず居合わせた向井嫉妬→(;^ω^)
>>その後向井にメール→鉄火とりあえず乗ってくる→( ^ω^)
>>→何その業務連絡wwwwww→凹やっぱオモシレー→( ^゚ω゚^)

あ、そうだ、今はあいつら一緒にいるんだった。

>>テラ策士って褒めようとしたら穴ばっかりじゃんかよ!

ああ、またなんだ。すまない。俺は取り返しのつかないことをまたしてしまうところだった。
ホントは「今何してんだ?(どっちでもいいから)話しようぜ)」
見たいノリでいいのかと思っていたのだが、あいつらがメールの見せ合いをするかもしれないことについては一切考えが及ばなかった。戦術予報士失格ね。
やはりココはウケ狙いで両方同時メールでいくか。

>>まぁでも鉄火に1発目のメールで
>>「まだ2人一緒にいるなら参加したいんやけど~ドンナ感じ~?」
>>ってどうかな? 鉄火先輩立てつつ、向井焦らしってな具合で
>>これなら見られても・・・

なるほど、それはいい考えだ。君に戦術予報士の資格を買う権利をやる。

>>まてまて、鉄火を立てるならむしろ向井にじゃね?
>>一応建前上は向井の恋のキューピッド役してるってことになってるんだから

>>ん~向井先にすると鉄火に方向転換かよ!って読まれたらアカンかなぁと思ってさぁ~
>>今は向井の気持ち?にまだ気づいてない振りで鉄火がいいかなと

いやいや、君らこそまてまて、余計に混乱してきたじゃないか。
俺は一体どうしたらいいのさ。
他の住人様方はどう思うのさ。

>>両√維持したいなら鉄火だろ。

>>鉄火に一票

>>鉄火でFA

>>んー、向井がどこまで凹の気持ちを知ってるかだよなぁ
>>向井の気持ちは鉄火伝いで凹に入ってきてるけど
>>鉄火が向井にどのくらい話してるのかがわからんから

>>みんな鉄火好きだなwwww

>>鉄火に一栗
>>ただ内容は二人を気にする内容で

二人を気にする内容?それを俺にメールしろというのか?
高校入試より難しいぞ、このGNドライブ様め。

>>別に鉄火に今どこ?向井と一緒にいるの?って送れば2人を気にしてることに
>>なるんじゃね?まだ合流できるなら合流したいんだけど的な感じで。
>>つーか、早くおくらねーと普通にお開きになる件。
>>2人いるほうがいいんだろ?

いやまあそれはそうなのだが、どちらかというと(タイヤパンクの嘘の件で)鉄火に怒られたのが意外に効いてて、今日も彼女と顔を合わせたときにあの日の事がフラッシュバックしてしまったってのもあったんだ。
というわけで向井が居ればなお嬉しいのだが・・・。

>>どうでもいいが、もたもたしてる間にお開きになったら、明日までイベントがお預けになるぞww

>>じゃあ尚更急いで鉄火にメールだ。合流できる?と。
>>向井がいればよし。いなくても鉄火に先日の事あやまれるだろ?

よし、ここは住人様のご意見を尊重し、信じて鉄火にメールを送ろう。
俺はストレートかつ端的に「合流できます?」という旨のメールを彼女に送った。
数分待たずして鉄火からより入電。
俺はある程度の覚悟をしていたので、落ち着いた声で電話に出る。さすが俺。

鉄火
「ああごめん、今終わったの?」


「うん、今からでもいける?」

鉄火
「いや、もうご飯終わったよww」


「ハッ、そう・・・」

瞬時に落ち込んだ俺。だがそんな俺を即時掬い上げる鉄火

鉄火
「でもチョット来れる?」


「うん、バッチ氏いけるで」

胸が高鳴る。この感情は一体何なんだ。

鉄火
「私単車じゃん、あんた今日車でしょ?向井送ってってよ」

俺の落ち着きタイムはわずか10秒で終焉を迎える。
更に特筆すべきは鉄火。なんだその持ち上げ→落とすという関西仕込みの会話テクは。


「ハイ?」

鉄火
「私と向井、家逆じゃん、どっちかっていうと
あんた近いんだから送ってってよww」


「ミリ」

鉄火
「さっきバッチしって言ったじゃん」


「いやーガンダム見ないといけないの忘れてた」

鉄火
「ガンダムは土曜じゃん!ビデオだってんなら後から見なさいよ!」


「(土曜って知ってんじゃん!)あっれー、そうきますよね、そうですよね」

電話の向こうで鉄火のため息の後にブーツの足音が聞こえてきた。
どうやら彼女だけ場所を移動したらしい。

鉄火
「・・・あんた声大きい、聞こえてるかもよ」


「・・・・おふっ」

鉄火
「観念しろ、送ってやってよ。私の顔立ててよ」

この意地悪姉さんめ、俺を遊んでるんじゃないの?
もう駄目だ、今日はここで降伏宣言だ。いずれスレ内で幸福宣言してやるからな、覚えておけ。


「わかりました、行きますよ」

鉄火
「よしよしwwまた誘ってやるよ
じゃあ話はしとくから」


「はいよー」



・・・・・・どどどどどどどどどどうししししししょうおうおうおうおうおうおう!!!11
助けてVIPPER-----------------!!!


>>おkk、行って来い
>>何があっても焦らずじっくりな

やっぱそうだよね・・。

     

○高鳴る胸を押さえながら、俺はタイムカードを押し、鉄火たちの待つ店へ向かう。
先程の会話で気付いたのだが、鉄火はガンダムが土曜に放映されている事を知っていた。
つまりそれは鉄火のオタクフラグが垣間見えた事を意味しているのだが、彼女がオタクであったとして、俺になんの利点があるというのか。
一度に多くの情報を処理できない俺は、その事を頭の片隅に強引に追いやり、目下の越えられるかもしれない壁を乗り越える事に専念しようとした。

車に乗ろうとしたところで向井から電話が入る。こやつめ、俺の携帯番号を鉄火から入手したに違いない。

向井
「あれ、今会社ぁ?」

少し心配したような声で彼女が俺に話しかける。俺はもうすぐ会社を出る旨を伝え、早々に電話を切った。運転しながら会話したりして、送り迎えを嫌がっていることを気取られてはいけない。
彼女が寒いので俺が工場で着ているジャンパーを持ってきてくれというので、一度事務所に戻り、ジャンパーを後部座席に放り込む。このままリアシートに誘導すれば別段話す会話も無いままに彼女を自宅に強制送還できる訳だ。我ながら妙案だと俺は思った。

鉄火から聞いていたパスタ屋に着くと、向井は店の外で待っていた。寒そうに肩を縮めて、アヒル口を更に尖らせている。


「ごめん遅なった、ジャンパーはい、どうぞ」

失策だ。完全な失策だ。「ジャンパー後ろに積んであるから後ろに乗りや」となぜ言えなかった。
もうすでに俺のプランは瓦解していた。音も立てずに。俺が引き抜いた自爆という名の積み木の所為で。
向井は礼を言いながら俺のジャンパーに袖を通す。袖から覗かせる手の先が妙に俺の股間を盛り立たせる。

向井
「んで、凹さんはごはんまだやろ?お酒も飲めるご飯屋さん知ってるからそこに行こうなあw」

はて、誰がいつ、このようにして貴様とご飯を食べに行く約束などしたというのだ?俺か?
いや判っているのだよ、鉄火だろ?もう彼女の準備した運命の歯車には逆らわない方がいい、足掻くが負けだ、観念しろ俺。
当然のように助手席に座る向井を乗せた俺の車は、ゆっくりと発進し、向井ナビに従って発進した。
会社を出た頃の俺の心中とは裏腹に、社中での会話は向井がリードしてくれていた事もあり、思いのほか盛り上がっていく。
向井はことあるごとに鉄火を話に登場させ、「お姉ちゃんはめっちゃ優しくて好き」だとか「凹さん、実は鉄火の事好きなんと違うん?」などという質問を浴びせ、俺に何度も冷や汗をかかせた。
あげくに俺が阿部寛に似ているのは何故かという仮説に基づいた妄想理論などを展開し、俺をドギマギさせた。
会話の一切の主導権は彼女に委ねられてはいるものの、彼女の話に相槌を打ったり、時には彼女の方を二度見し、「マジで?」などというリアクションを取ると、彼女は楽しそうに「そうやねん!!」と相好を崩し、曲げた人差し指を口元に持っていき、小さな笑い声を上げていた。
意外に女性と話せるようになっている自分自身に気付くことなく、俺もいつの間にかコーヒーに浮かんだマシュマロの様に彼女との会話に溶け込んでいき、少しばかりの緩やかな安堵感のようなものに包まれていた。

車を走らせる事15分、彼女の案内に従って細い路地に入ったところで小さな洋食屋が暖かい明かりを灯していた。
助手席からひょこんと降りた彼女のあとに付いて店内に入る。外見どおり、席数は15ほどのいかにも個人経営といった感じの洋食屋だ。
俺は、店内をぐるり見渡し、その内装にほっとさせられた。店内に飾られているイタリア調の調度品が、なんとも俺の心を捉えたからだ。
今までこの様な類の店に来た事の無かった俺は、少々感激させられていたが、「そっちは外が見えにくいからこっちに座りぃよ」という向井の声に従い、窓際の少し明るめの席に腰を下ろした。

向井は、こんな小心者と一緒に飯を食う事に何かカタルシスでも感じるのだろうか。俺はというと先程意外にも向井と話が出来ていたことに自分自身驚きながらも、女性とたった二人で外出している事に感激し始めていた。
だがやはり、早く家に帰ってお握りの一つでも軽く済ませた上で、風呂に漬かって住人さまにこのことを報告したい気持ちの方が強いことも自覚していた。
彼女は前回鉄火と共に買い物イベントを過ごした時同様、非常に俺に気を遣ってくれる。
揚げ物中心のディナーが俺の目の前に並ぶと、すぐさまフォークとナイフを俺に手渡し、タルタルソースを俺に掛けて良いかと確認したうえで料理にたっぷりと掛けてくれたり、
俺が腹減ってるのを見越した上でか、テーブルに腰掛けがっついている俺をジンライムをすすりながらニコニコと眺めていたり、
食事が終わりそうになると、「なあwコレで足りた?お腹いっぱい?」などと確認してきたり、
絶妙なほどのキラーパスをガンガンと入れて来ていた。

以前の何も話さない、唯の同僚という立場は、今、変わろうとしているのか。
以前まではつっけんどんで俺に冷たいという印象まで与えていた彼女は、今何を考えているのだろう。
そんな彼女の態度の急変ぶりに、少々ドキドキしていた俺は、相槌を打つ事で会話を長引かせるのが精一杯だった。

     

○向井が酒を飲み、俺が飯を食い終わった後で、少々のおくつろぎタイム。
俺は下唇を突き出し、向井に何を話しかけようかと色々考えていた。
一応リラックスはしてるんだぜ、という俺なりのリアクションなのだが、向井君、俺なりの精一杯の意思表示だ、受け取ってくれ。

向井
「なーぁw・・・・・・   凹の家に行きたい」


な ん だ と


向井
「凹の部屋、鉄火姉ちゃんだけ見て私見てないやんかwだから見たい♪」

口角を引き上げた彼女は悪戯チックな笑みを浮かべている。
向井は俺をなめている。俺はこう見えても股間にたらこをぶら下げた「男の子」だということに気付いていないのか。
引き笑いにも似た悲鳴をあげ、俺は答える。


「絶対ミリ(だって部屋にはハチワンダイバーの漫画とか、エロ本もあるんだぜ?ぜってえお前エロ本見て俺嫌いになるってw)
 また今度、な?鉄火とまた今度二人できたらええやんwな?」

向井
「なんでよー」

彼女の顔が曇った。いつの間にか俺はまた地雷を?誰か教えてくれ。
とにかく取り繕おうと最善を尽くす。


「あ・・・散らかっておりますんで、ご辞退下さい。」


向井
「なあ、鉄火お姉ちゃんのこと好きなん?」


一瞬凍りつく



「べっつにーーーーぃ」

少しの間が開いてしまったのは失策とはいえ、シャレの構えで話を逸らそうとした俺はなかなかやるのではないか。
なんといっても口から生まれた口太郎、兵庫きってのウソツキ地蔵とは俺のことなのだから。
だがそんな「どや顔」をする俺に彼女は追い討ちを掛ける。

向井
「ハッ、どうだかなー、お家に入れたしねー。」

その言葉が石化の作用をもたらし、沈黙する俺の顔を見て、彼女は敢えて顔を斜めに向け、俺を横目で見ている。
わざとらしくも可愛らしい彼女の仕草と、ツルペタ系のその胸元に俺の股間だけは石化されつつも沈黙を保たず強い脈を打っていた。
そして奇しくも俺の窮地を救ったのは、店員の「そろそろラストオーダーなんですけど・・・・」の鶴の一声だった。


「あっそうっすか、じゃあ出ますよ出ますよ、閉店遅くなってもたら悪いし」

折角差し伸べてもらった救いの手を無下にしてはいけないので、早々に席を立ち、向井にも、帰ろうという目線を送る。
地獄に仏とはこのことだ、全く有難い。

「おごるで、ええからなw」という向井を制し、慌てて財布を開け、勘定を済ませようとした俺を向井がクスクスと笑う。


「なんなん?」

向井
「ベリベリって・・・・・wwww財布wwww」

財布がなんだというのだ、RIPCURLというサーファー御用達の濡れても錆びない素材で作ってあるマジックテープ式の財布を何故笑う。
とにかく払うから、という俺に対し「ああw、ほんならゴチになります」という返事をし、向井は玄関に向かう。
「いいっていいってw!⇔いやいやいいっていいってw」なやり取りを期待していただけに少々肩透かし気味だが、まあいい。彼女も笑っているし、コレでいいのだろう。


>>兵庫きってのウソツキ地蔵とは俺→べっつにーぃ
>>凹の本心かよwwwww

洋食屋を出、舞台が車中に移ったとしても、向井ペースで話は展開していく。
そして少々酔いの回った向井は、あろうことか俺の家に行きたいなどと言いはじめた。

向井
「ねーえぇ、凹さんの家に行きたいなあ~」

俺は完全に動揺してしまい、「イヒッ?」という引き笑いのような反応を漏らす。

向井
「凹さんの部屋、鉄火姉ちゃんだけ見て、私は見てないやんかぁ」

車の肘掛に肘をつき、その先端に顎を乗せ、意地悪な微笑と共に口角を持ち上げこちらを見つめているが、俺を見つめるその眼差しは決して笑ってはいない。
俺を後々話のネタにするが為に家に乗り込む事への意気込みか、男の部屋に上がり込む事の意味を理解した上での覚悟の眼差しか、それとも、鉄火への対抗心がもたらす反骨の気概か。
その視線の意味するところはその時点では分からなかったが、彼女の真剣さが妙に恐ろしかった。
当然の如く目を合わせられず運転に夢中な振りをして俺は彼女を無視する事に決め、その場をやり過ごそうとした。
そんな俺の思惑を超えたところに、彼女の思惑は存在している事に、俺はまだ気付いていなかった。

     

○車は無言の二人を乗せて俺の家の傍まで来てしまった。
どうしてこの様な展開になってしまったんだろう。




------
向井
「なあぁ~家に入れてよ~ねえぇ~入れてよ~」

約20分前、彼女の猛烈な「家に行きたい」コールに俺は辟易していた。
女性に好かれるのは嫌な事ではないが、俺にも触れられたくない秘密の一つや二つ位ある、それがオタク臭漂う秘密であったならなおさらの事だ。
彼女のアヒル口から発せられる「入れてよ~」の言葉を、「脳内iPOD」に保存してやりたい気持ちにさせられたのは事実だ。
だがそれと家に入られたくない気持ちというのは別もの、俺は彼女の言葉を遮るが如く口を開いた。


「あんなあ向井、俺ン家は臭いかもよ~?」

完璧な断り文句、我ながら先っちょ濡れそうな程、スラリと口を衝いて出たその言葉は、
「君の行きたがっている家は悪臭がするんだぜ」というありがちな言葉の裏に
「ゴミ箱が臨月を迎えてるので、栗の花の匂いで涙を伴った嗚咽が出るんだぞ」
という二重の極みの如く彼女の心を粉砕する要素をたっぷり含んでいる、完璧だ。
正直なところ実際に俺の部屋は今非常に散らかっている。例え鉄火であっても入室をご辞退頂くほどの惨状だ。
イマドキの23歳の女の子が入るには、あの部屋は少々ワンダーランド過ぎる。
今部屋にこられると困る様々な要因を含んでいたために出たとっさの言葉だが、
彼女は俺の言葉を脳で理解するよりも先に、すでに口から出す言葉を決めていたかのようなタイミングで俺を迎撃した。

向井
「凹さんの事、好きやからええよ」


『(・・・ああ、そうか、君は俺の事が好きだったのか、それは初耳、俺としても紳s)』


自分が何を言われたのかを理解した瞬間脳が揺さぶられるような衝撃を受け、一瞬意味も無く今日の朝飯がフラッシュバックし、ついでに朝飯の後のお握りネタの事までフラッシュバックしたあたりで、頭が完全に混乱している事だけが把握できた。
俺は咄嗟に左ウィンカーを点灯させ、すぐさま路肩に止めたが、次にはハザードのスイッチを入れ、そのまま滑らかに本線に戻るため発進してしまうという困惑モードに突入した。
どうする、この告白、一生に一度かもしれない。もう一度聞き返すか。
いや、ここは聞こえてない振りでやり過g

向井
「好きやから家に入れてよ」


プラント関係の工場の明かりが夜景として車の窓の外を流れていく。
俺はどのくらい沈黙を保っていたのだろう。
心音と生唾を飲む音が彼女に聞こえそうな気がして息をするのも憚られた。
完全に張り詰めてしまった空気を和ませようと俺が勇気を振り絞って俺の意思をボケを共存させた返答を彼女に返す。


「てっ・・・・・手は出すなよ」

向井
「そっちが手ぇ出すなら手はちゃんと洗ってよw仕事上がりやから油だらけやでw」

まるで俺は蟻で、彼女はウスバカゲロウの幼虫のようだ
俺は腹をくくるべきなのか。
どうする俺、どうする--------

>>ウィンカー出す→路肩に止める→すぐに発進
>>すぐに想像できすぎてフいたwwwww





------
沈黙した俺たちを乗せた車は俺の家に着く。彼女は俺の方を全く見なくなっている。
ついにここまで来てしまった。


「ほな、掃除させてくれるか。」

向井
「うひゃひゃ、まだそんなん言うてるん?ダメー。」


「いや、頼む」

向井
「じゃあ鍵しめんといてよ。1分で入るからなぁw」

俺は返事もそこそこにドアが閉まり切るまで決してドアノブを離さず、彼女がドアの間に割り込まない事に気を配った。
ドアが閉まったのを確認するや、すぐさまゴミ袋を取り出し、ゴミ箱から溢れたティッシュをそれに放り込む。
空になったゴミ箱を見てようやく一息、そのゴミ袋は直ちにクローゼットに投げっぱなしジャーマンで放り込む。
さて次は漫画を収納して、というところで玄関ドアが不意に開いた。

向井
「お邪魔しまーす」

ドアを入った向井の目に入ったのは、
ぽっちゃり姿のメイドが表紙の単行本第一巻と、繰り返し読み続けたために表紙が取れ巻頭ポスターがだらりと垂れたP-mateを掴み、
唖然とした表情で彼女を見つめる25歳孤男だった。


つまりどう見てもエログッズを持ちひたすら焦っているだけの俺だったのである。



     

○向井はややびっくりした唖然とした表情で俺を見つめているが、
自分が家主の了解を得ず部屋に侵入したことについては大した罪悪感も感じていないように見える。

彼女は気持ちを入れ替えるかのごとく深く息を吐いた後、ブーツのジッパーを下げ始めた。やはり侵入するのか。
今の格好ではブーツが脱ぎにくい事に気付いたのか、俺のジャンパーを部屋の入り口に脱ぎ捨て、屈んでもう一方のブーツも脱ごうとする。
胸元から柔らかそうな膨らみが確認できる。俺の股間のエル・コンドルもオーバーザリミッツ。
股間の膨らみを隠すために俺が机に座ると、向井も俺の対面に座る。
しばらくなんともいえない沈黙が二人を包む。
しかし、なんだって向井はそこまでして俺の部屋に押し入ってきたというのか。
俺の体が目当てか、それとも俺の漫画か、ゲームか、本当にそんなものが欲しいのか?
それとも鉄火を獲られそうになって焦って俺に釘の一つでも刺しに来たとでも言うのだろうか。

向井
「あんな、私いちおう告白したんやけど・・・」

そうだった。今日、俺は彼女から告白されたのだった。
俺は目の前に降って沸いた彼女からの告白を自分とはかけ離れた世界の事として処分してしまっていた。
正直に自らを好いてくれている人が居るということを、むず痒いそうな、困ってしまうような、非常に脳内で処理しがたい案件として処理されていた。
だが、嬉しいのは嬉しい。彼女にはきちんとそれは伝えなければ。


「あっ、ああ、そうね、嬉しいかも、ありがとう」

向井
「へっ・・返事っ聞きたいねんけどねっ・・・あと、のど乾いた・・w」

この脅威のカウンター使いを前に、俺は脳を揺さぶられた。
先程まで青筋を立てていきりまくっていた俺のエルコンドルもすっかり意気消沈してしまった。
いけない、このままでは事態の収束を図れそうも無い、俺は彼女の気を紛らわそうと酒を出すために胡坐を崩して立ち上がった。
だが、彼女が飲む自体、火に油を注ぐようなものになるのかもしれない、一方の俺も飲んでしまうと彼女を車で送っていく事が出来なくなってしまう。
しかしながら立ち上がってしまった手前、どうするか悩む。仕方なく俺はオレンジジュースを入れようとする。

向井
「いやー・・そんなんじゃ酔えへんやんか♪」

いやお前十分酔ってるだろ。まだ飲むのかよ。
口を軽く尖らせ、それを彼女に見られないように努めながら梅酒のパックと、製氷機の氷とグラス、ミネラルウォーターを彼女に手渡した。
だがそれも俺の失策だったとすぐに気付く。
彼女はグラスの中に氷のみを放り込み、その上に濁りのゆらつく梅酒を直接並々と注いだ。
出来上がったストレート梅酒を二口ほど喉を鳴らして飲み、軽く咳き込むと、彼女は口を開いた。

向井
「私のこと、どう思てる?」


「うん、かわいいしおしゃれやしよく気が利くし、いいひとやな」

これは正直な気持ちだ、彼女がいい女の子だし、お洒落だし、気も利く子だということはお世辞でもなんでもなく出た言葉だ。

向井
「それだけ?私と付き合ってくれるん?くれへんのん?」

完全に酔ってやがる、こいつ・・・・俺の話殆ど聞いてないに違いない。
この状況、どうすればいいと言うのだ。助けろVIPPER。

>>もう書けるとこまで書いてるなこりゃww
>>無茶しやがって・・・

>>これは・・・・なんという流れのなかでの告白www

>>凹さん、かわいいよ凹さんww

>>核心クル━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!

>>ああ、ここからが地獄だぜ・・・!

>>なんだかもう凹に萌え狂いそうです


そもそも人はどうして付き合うだとか、好きか、そうでないか等の線を引いて異性と付き合おうとするのだろうか。それこそが男女間の友情が否定される最大の理由であろうに。

>>童貞の分際でえらそうにwwwwwwwwww

     

○彼女の告白&意思確認の猛攻に当てられた俺は、火力不足ながらも彼女に応戦を始める。


「いやー、付き合う付き合わんの前に、俺のことドンだけわかってる?」

何という上から目線。最低の人間のみ成せる返答だと我ながら思った。
しかし彼女はそんな俺の返答を、言葉のみ理解し、内容は理解してないといった感じで更に口撃を続ける。
俺もそれはそれは薄い弾幕を張りながら回避に努める。

向井
「これから知りたいんやけど、付き合いながら」


「突き合いながら?」

向井
「そ、付き合いながら」


「でも俺は今は誰のことが好きとかそんなんはあんま考えたくない」

向井
「なんで?いそがしいから?鉄火のことが好きやからとちゃうん?」


「いやちがう、鉄火はいいひとやし向井とおんなじくらい大事にしたい人やな」

向井
「ひきょうやな、どっちつかずで」


「だって恋愛感情ヌキならそれもありなんとちゃ・・」

向井
「私と鉄火、女としてやったらどっちと付き合いたい?」

駄目だこの娘、行き着くところはやはりそこか。いやこの場合全ての会話のベクトルを自分が知りたい答えを得る方向に持っていってると言う点では俺なんかよりはるかに正直で、欲求に対してストレートに突き進んでいると言えるのではないか。
俺はもう、この雰囲気に耐え切れなくなっている。論理的に話を詰めているつもりだが、支離滅裂で彼女の知りたい答えからじりじりと逃げようとしている。
だが彼女と話しているうちに俺の思考能力は徐々に削られ、返答もあまり考えのないものになっていき、最後の質問に対して出た回答は







「ああ、そらもちろん向井とも付き合いたい」





だった。


>>「向井とも」 にワロタwwwwwwwwwwwwwwwwww

>>とも…?

>>「突き合いながら?」
>>さすが凹、俺たちの言えないことを言ってのける!
>>そこにしびれるぅあこがれるぅ!

>>文面どおりにとらえるなら、「鉄火も恋愛対象」って意味だろうね
>>やっと凹の気持ちが見えてきたわ

>>「ああ、そらもちろん向井とも付き合いたい」
>>工エエェェ(´д`)ェェエエ工

>>このやり取りが向井フィルターを通して鉄火に筒抜けなんだよな・・・
>>スレでいつもふざけてるから分らんけど凹の気持ちがぼんやりと見えてきたような気がする

>>しかし、凹の行動は面白すぎるwwwwwwwwwwww

       

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