Neetel Inside 文芸新都
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いごいごな短編
ウサギとカメ 〜次元の狭間編〜

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亀はハッと我に帰り、周りを見渡した。
次元の狭間に送り込まれた際、その衝撃で気絶していたのである。
ひっくり返ったままの亀からはなんとも言い難いやるせなさエネルギーが溢れ、垂れ流し状態になっていた。

亀はここがすでに自分たちの世界ではないことに気づく。
そして青く輝いたこの美しい世界に闇を感じた。
この道の先には、奴がいる…亀はそう確信したのだった。

ひっくり返ったままで。

亀は起き上がるのに苦労した。
というかできなかった。不可だった。
それはいつもひっくり返ったときはウサギに起こして貰っていたからだ。

亀にとってウサギの存在は重要であった。

それは起こしてもらえるからである。 逆に言えば、それだけの存在。
つまり二人の関係とは、ウサギにとっては親友であったかもしれないが、亀にとっては「ひっくり返ったときに起こしてもらえる関係」に過ぎず、それだけを利益としてウサギと付き合っていたのだった。

しかし!

それをまたさらに逆に言えば!
亀は常に誰かと一緒にいなければいけなかったのだ。
自分ひとりでは起き上がることができないのだから。
亀にも弱点があったのである。
一人では起き上がれないという弱点が。

亀の額には玉のような汗がにじみ出ていた。
「お…起き上がれん…」

亀は今、生まれて初めて危機を感じていた。
今までどんな小さなミスも犯さなかった。
どんなことでもうろたえなかった。
自らは完璧であると自負していた亀にとってこのような出来事は屈辱以外何物でもなかった。

亀が走馬灯のように自らの生き様を考えている間に、声が聞こえた。

「ファファファファファファ…(ブゥン)」

ウサギが二足歩行で歩いてきた。
そしてひっくり返っている亀の目の前に仁王の如く、立ちはだかる。

違和感――

そのウサギの姿はいつもとは違うオーラを発していた。
ウサギが二足歩行になったことで、亀は上から見下されたのである。
初めての経験であった。

いつもより顔の位置が高い。

たったそれだけのことで、弱肉強食の世界で生きる彼らにとっては大きな意味を持っていたのだった。

亀は「食われる」存在に。
そしてウサギは「食う」存在へとその一瞬で変わっていたのだった。

世界は変わってしまった。
ウサギはじっと亀を見つめていた。
そう!見下した眼差しで!1時間以上も!

亀は何も言わなかったが、心でこう思っていた。
「…くっ!なぜ何も言わない…!」
ウサギはその心の声を聞き取ったかのように言った。
「…哀れんでいるのだよ。君のその姿をね!!!」

「…なにッ!?なぜわかった!?」
亀は自分の心が読まれたことに驚きを隠せなかった。

ウサギは欠かさずそこに突っ込んだ。
「おや、亀さぁん?何を驚いているんだい?いつも冷静な君が!?何を驚いているのかな!?!?ねぇ!?…何!?えっ!?ナニ!?キコエナーーーイ!?!?もう一度言って!!ぜんぜんまったくイーーーーッ!イヒイヒヒヒヒブヒヒイイヒ!!!ブゥン」
(注:亀はこの間、何も言ってません)

亀は赤面した。
このウサギのド低能さに。

しかし!亀は策士である自分自身を忘れてはいなかった!

亀は考えた。
ウサギが「ブゥンブゥン」とか口で言いながら、そこらじゅうでいちいちポージングを決めながら縦横無尽に動き回っている間、考え抜いた。

ウサギは疲れて息切れしていた。
亀の近くに立ち寄り、膝をつき、うつむきながらこういった。
「惨めだな…ハァ…亀…ハァハァ…よ」
もうなんか精一杯だった。
ウサギが惨めだった。

その姿をみた亀はそんなウサギを哀れに思いこう言った。
「君の言いたいことはわかった。僕が謝るよ。ごめん。僕は調子に乗っていた。君がいなければ、僕は起き上がることができない。今まで馬鹿にしてすまなかった」

ウサギは顔を上げていった。
「亀…」

亀は言った。
「さぁ、僕を起こしてくれ。そして帰ろう。元の世界へ…!」

ウサギは感極まる表情で亀に手を差し出した。
亀がウサギの手を取ろうとしたその瞬間!

「バーーーーカ!誰がお前を起こすかよ!!」
といってウサギは手を引っ込めた。

「イェーーーーーイ!!!!!何澄ましたこといってんだよ!お前、バーーーーーカ(ブゥン)!!ドレミファーーーーーーファファファファ!!!ブブンブブゥブゥンブゥゥんんんん!!!!!残像残像イーーーーーーーッヒッヒヒヒ!!!!」

亀は鳩がもろにマシンガン食らった顔になってしまった。
ここまで阿呆だとは思っていなかったのだ。

もう亀はどうでもよくなった。
何もかもがどうでもよくなった。


その後、ウサギが自ら勝手に無の力に飲み込まれていった。
そしてその時の風圧で亀は起き上がることができた。

ウサギが無の力に飲み込まれると気づけば世界は元に戻っていた。
しかし、ウサギはもういない。
亀は彼を救えなかったことに対し、悔しさを覚えた。
しかしそれは済んでしまったこと。

亀はまた新たに、「ひっくり返った時に起こしてもらえる関係」を探さねばならない。

時は夕刻――大海が陽に染まる。
そうして水平線に身を潜めゆく太陽を流し眼で見つめていた――


――彼はそこで目を覚ました。

「…ッッ!!ゆ、夢だったのか…なんと長い…」

彼は自宅の水槽のなかで寝ていたのだった。
亀は、無性にウサギにあいたくなった。
そして外へと繰り出し、ウサギの家へと向かった。

インターホンを鳴らすとウサギが出た。
「はい?」

「亀だ。少し話さないか。すごい夢をみたんだ」

「わかった。今行く(ブゥン)」

心なしか、亀は「ブゥン」と聞こえたような気がした。

ウサギがドアを開けた。



二足歩行だった。

「夢!だけど!ゆめッ!じゃっ!なかったーーーー!!!夢ッッ!!ダケ怒!!!!ユメッッ!!!蛇!!中田ーーーー!!?」



これで話はおしまい。

       

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