Neetel Inside 文芸新都
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第三話

午後三時―――若き婦人達はもういなくなってしまった。
何かを忘れかけた頃、私の頭の上で鳥が鳴く。
愛を求めたその泣き声は、虚しく空に響く。
その鳥を見たい気持ちを抑えて、私はただ前を向く。
目の前にある景色と、頭の上の景色。
それぞれの物語が私の体の中へゆっくりと染み込むよう、目を閉じる。
おじいさんも大きなシェパード犬もいなくなってしまった。
一瞬、ピタッと時が止まったかのような公園の最も静かな時間。
そんな中で一層、その鳥の声は引き立った。
しかし、誰も聞かない。誰も彼に興味はない。
見えることが無いために、今まで気付かれなかった鳥の悲愴の声は、この公園のどこかにいることだけを解らせるに過ぎなくなってしまった。
その声と心地のよい僅かに冷やされた空気が私の体に纏わりついてくるのを感じる。
風は止み、大気だけが静かに動いている。
木々たちは喋る事をとうに止めていた。音はしない。
鳥の声が永遠と頭の中で廻り続ける。
何も見えない暗闇の中で、時の止まった世界を頭の中で思い起こす―――頭の上で鳥がパタタと飛んでゆく音が聞こえた。

時は突然動き出す。

そしてそれと同時にジョギングをしていた女性が、さっきまでおじいさんが座っていたベンチに腰をかけた。
ペットボトルに入った赤く透き通ったジュースを飲んでいる。
木の葉に紛れた彼女の小麦色に焼けた肌に、汗がきらりと光る。
彼女はかなり長いこと走っていたに違いない。
汗を拭うため鞄からタオルを取る。
彼女は体を冷やさないため、清潔感のある白のタンクトップの上からスウェットを羽織る。
ジュースを軽く口に含む。
そして、飲む。
それらは全て、一定のリズムの上でなされていた。

黒人の青年が彼女に気付き、近づいていく。
目の前に立ったところで彼はこう言った。

「やぁ」――知り合い?
「あんた、なにしてんの?」彼女はまたジュースを飲みながら言う。
「今日、学校ないの?」
「うん、ないよ。君こそ何しているのさ。走っちゃったりなんかして」
「私があんたに最初になにしてんのかって聞いたのよ。質問を質問で返さないって親から言われなかったの?そのケースなに?」

彼は彼女の隣に座って、胸に抱えていたそのケースを膝の上に置いた。
彼はケースを開ける。

「あんたトランペット吹けるの?ちょっと吹いてよ」彼は顔を赤らめた。
「いや、いいよ。恥ずかしいよ」
「この公園に練習しに来たんじゃないの?」
「……そうだけど。まだ人前で吹いた事が無いから恥ずかしいんだ」
「はぁ?何言ってんのよ、それじゃあんた来た意味が無いじゃない。」
「ほっといてよ。ところで君は毎日この公園で走っているのかい?」
「いや週三回よ。毎日走ってなんてられないわよ。私だって学校があるんだから。あっ、もう行かなきゃ。今からバイトなの。じゃあね。今度会うときはちゃんと吹けるようになってなさいよ」

彼は何も答えず、走ってゆく彼女に手を振った。
彼女が見えなくなると彼はケースの中の、銀のトランペットを撫でた。
それは鏡のように周りの景色を映し出すほど綺麗で、美しかった。

       

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