Neetel Inside ニートノベル
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突然ですが、世界を救って下さい。
どういうことなの…-04

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 梔子高の家に辿り着いた僕は、一も二も無く梔子高の部屋に連行されることになる。父親の仕事の都合上、結構な富豪である梔子高邸は、いつのことだったかも曖昧な遠い昔に訪れた時と、決して大規模な変化はないものの、それなりには赴きを違えていた。
……百三インチのプラズマテレビなんて、家電機器量販店でしか見たことなど無い。
《実際、それほど頻繁に電源は入れないものだよ。父上は滅多に家には帰って来ないし、私だってそれほどコアなテレビっ子ってわけでもないし、そもそも来客が無いから居間を使う機会が無いのさ。電源を入れた回数なら、片手の指で事足りるんじゃないかな?》
「テクノロジーの無駄遣いだよ、勿体無い。それなら僕が譲り受ける」
《いいよ。今日にでも持って帰るかい?》
「……冗談だよ」
 こんなに自己主張の激しいテレビなんか置いたら、どちらが部屋の主なのか知れたものじゃない。身分相応の物で身を固めることを好しとするのが日本人の美徳であり、今の僕には十五型のブラウン管テレビ(入力切換のボタンが作動しないリモコン付)が最良なのである。
 通常であれば、居間の襖を開ければ、決して長くはない廊下を挟んで、厠なり風呂場なり個人部屋なりがあるものなのだが、梔子高邸に関しては、少しばかりその常識を捨て去ってもらう必要がある。
 修行僧が雑巾掛けでもしてそうな長い廊下に、上質な漆をふんだんに使用した格子の襖が続く続く。部屋から向いに誂えられた庭は、これまた腕に覚えのある庭師が喜び勇んで飛びかかっていきそうな、見事な面積のものである。
 僕の家が三つほど敷き詰められそうな庭を眺めていたら、ふと思い出した。
「そういえば、トテチトテは元気なの?」
《それが、昨日板垣さんが散歩に連れて行ったらしいんだけど、少し目を離した隙にいなくなってしまったらしいんだよ、リードだけを残してね。それで板垣さんったら、自分のせいだから自分が探して来るって言ったきり、まだ帰って来ないんだ。困ったものだよね》
「ふぅん……。小型犬だし、そう遠くには行ってないさ、きっと」
 トテチトテとは、梔子高が飼っているオスのポメラニアンのことであり、板垣さんというのは、長年梔子高邸に仕えている執事の方のことだ。ちなみに下の名前は聞かされていない。
 幼少の頃、トテチトテとはよくこの庭で遊んでいたものだった。久方振りに梔子高邸に足を踏み入れる事になって、トテチトテとの再会を喜ぶ用意が整っていた僕にとって、これは少しばかり残念な知らせである。
「それで、さ」
 小学生の徒競走用トラック程度の距離を歩いて、僕はようやっと梔子高に質問した。
「梔子高が僕に見せたいものって、何なのさ?」
《弟だね》
「……は?」
《弟だよ、知らないのかい? 年少の姉弟のことなんだけれど》
 それは知っている。生来一人っ子である僕は、それを幾度と無く両親に催促したものだ。人が生まれるメカニズムを学校で学んだ今、面と向かって両親に弟をねだるなど、物欲よりも羞恥の方が勝る故に結局は諦めたのだが。
 問題は、そこじゃない。
「梔子高、一人っ子だろう?」
《父上に隠し子がいない限りは、そうなるね。尤も、父上は今も昔も母上一筋だから、多分隠し子疑惑は君のワイシャツよりもシロなんじゃないかな?》
 僕のワイシャツよりもシロくても完全な潔白の証拠になど成り得ないし、シロならシロで梔子高の発言の意図が解らない。
《今朝言っただろう? 私の場合は甲冑の美女ではなく小さな男の子だった、って》
「え?」と、気の利いた疑問符すら放てなかった。
 何とならば、それは今朝の会話のことだ。互いの身に降りかかった、災難と呼んでいいのかどうかすら判断に困る超常現象の発起人が、僕の場合は甲冑の女性であり、梔子高の場合は小さな男の子だった、というのは、確かに僕の頭の中のメモリに保存されている情報ではある。
 よもや、とは思うが……。
「まだ、居るの?」
《居るよ。昨日付けで家に住まわせる事にして、今は私の部屋でテレビゲームをしている》
 よもや、である。
 梔子高千穂という人物に於いて、環境の適応や状況の判断に定評があるのは、他ならぬ僕が一番よく知っている。
 だがしかし……限度ってものがあるのではないだろうか?
「ずっと、消えたりしてないの?」
《というより、消えない方が自然だと思うんだけどな。私からすれば、むしろ君のケースのように忽然と消えてしまう方が驚きだけどね》
 いつのまにか、梔子高の個室まで辿り着いていた。梔子高が、自分の部屋の襖の格子を軽くノックする。
《ポポロカ、入っても大丈夫かな? お姉ちゃんが戻ったよ》
「はぁいー。お帰りなさいなのねー」
 妙な間の伸び方をした、まだ変声期を通過していない子供の声が奥から聞こえ、梔子高が襖を開ける。
「……ポポロカ? ポポロカだって?」
 聞き覚えのある名前である事に三五十五秒ほどで気付いた僕は、梔子高の肩越しに部屋の奥を見やる。
 まず目に入ったのは、その特徴的な両耳だった。三角定規のように綺麗な直角を模った耳が、時折釣り糸の浮のようにヒクついている。次に、左右に纏めた長い紅の髪の毛が。次に、その身に纏ったフード付きのキャソックのような衣服。
 本当に、小さな男の子だった。身の丈だけで判断するならば、保育園のお世話になる年齢だろうか?
「出来たのねー」
 不意に男の子が、コントローラーを握った手を万歳に広げて、こちらへ振り返った。
「ダカチホみたいに、綺麗に消せたのよ」
 満面の笑みでそう言った男の子は、本当に綺麗な瞳をしていた。綺麗な瞳ではあるものの、造形としては犬とか猫とか、そういう小動物の瞳に近いような気がする。中性的な顔立ちをしており、梔子高の事前情報が無ければ、男の子なのか女の子なのか判別に困る所である。
《参ったな》
 そう言った梔子高の目は、男の子にではなく、これまた威風堂々と設置された四十二インチのプラズマテレビの画面に向けられていた。倣い、画面を見る。
 何と言うことはない。パズルゲームだった。粘液で構成された色違いの生物を、上手い具合に四つずつ並べて消化していく、テレビゲームを齧った者ならば七割がその名称を知っているであろう代表的なパズルゲームである。
《君が来る少し前に、初めてプレイさせたんだけれどもね。ほんの十数分ほどだったと思うんだけれど……もう、私じゃあ敵いそうにないかな》
 驚くことが多かった今日という日の中で、特に驚かされた一場面である。
──十二連鎖。
 画面には、そう表記されていた。
 
 

       

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