Neetel Inside ニートノベル
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突然ですが、世界を救って下さい。
どういうことなの…-09

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 例え鮫からパラントロプスに進化した世界があろうとも、またその世界がどうにかこうにかなろうとも、僕達が生きる世界は基本的に軽度の格差社会であり、その副産物として誕生した学歴ヒエラルキーの少しでも上位に立つべく日々勉学に勤しむ「フリ」をしている僕は、ごく一般的な私立高校生なのだ。
 学生である以上は、登校をしなければならない。例え若干体調が悪くても、少しばかり自分の人生に疑問を持ったとしても、自称遣〈ンル=シド〉使の少年と出会っても、だ。
 正直、「勝手にして下さい」という気分である。
《そうだね》
 至極残念なことに、購買施設を舞台としたバトルロワイヤルで生き残ることが出来ず、残念賞である無味無臭コッペパン齧りついている僕の言葉に、梔子高は簡潔に肯定した。
《ポポロカには悪いけれど、私の希望としては傍観に徹したいところかな。飛躍した要素が多過ぎる。知人にこの話をしようものなら、ポポロカ達は勿論、下手を打てばそれに拘わっている私達も異端扱いを受けそうだよ》
「受けるだろうさ。僕が聞き手だったら、今後の付き合い方すら考えそうだ」
 コッペパンを千切っては口に放り込みながら、僕もまた肯定した。くそ、焼きそばがある無いただそれだけの違いがこれほどまでとは。味が欲しい。濃い味が好まないが、無ければ無いほど良いってわけじゃないんだぞ。
「どう思う?」
《デジャビュかな? 以前もその問いに対してこう言った気がするよ。問題定義がはっきりしないものに対して『どう思う?』と問われてもね》
「信じているわけじゃないだろう?」
 仮に信じていたとしたら、僕は今後の梔子高との距離や友人関係を考慮せねばならない。
《問うまでもないと思うけどな。信じる要素があるのかい?》
 例の大型の弁当箱から、ソフトボールと見紛うようなサイズの握り飯を取り出し、それにちみちみと齧り付き始める。僕に見落としが無ければ、これは四つ目だ。
《もっと言ってしまえば、信じるとか信じないとかそういうことを言うようなことですらないと思う。それは、お化け屋敷の中でお化けの存在の有無を語るようなものだよ》
 作り物という前提条件がある物に対して本物か偽物かを語るようなもの、か。
《一種のアトラクションと割り切って楽しむが吉、という意味も含めてね。あらかじめそういう目で見ていれば、存外楽しいものなのかもしれないよ?》
「その割には、随分と熱心にポポロカの説明に耳を傾けてたよね」
 挙句の果てに、ある意味ポポロカよりも正確に情報を把握しているのではないかと疑ってしまうような説明を僕にしてくれやがったりもしていたことだし。
《情報を把握していた方が楽しめるからね。それに、ポポロカの話は興味深い。今まで持っていた、価値観やなんかの幅が広がった気分だ》
「価値観、ね」
 元々少食な事に加え、全く味の無いコッペパンに飽きてしまい、僕はすっかり食事の手を止めて、その言葉を反芻した。
 自分達が住む世界とは違う、もう一つの世界。
 そんなものが本当にあったとしたら、確かに面白い。
 考えもしなかったことだ。地球以外の星にも生物はいるのか、程度のことは考えたことはあるが、違う世界と言われれば、そんな概念は欠片も持った事がない。それどころか、世界は無限に近い数ほど存在するというのだから、これはもうフィクションとかノンフィクションどころの話ではなく、一種のSFである。
 そもそも、違う世界ってどういうことだろう? 遠いとか近いとか、そういう概念で計測してもいいのだろうか?
《距離という概念って意味で言っているのなら、違うだろうね。距離とも、高さとも、時間とも違う。遠い宇宙の果てとか、はたまた未来からタイムスリップとか、そういう概念ではないだろう》
 梅ふりかけをふんだんに塗したソフトボールに齧り付く。五つ目。お前の胃袋は宇宙か?
《立方体を想像してごらん。立方体には、縦、横、高さの概念があるだろう? この縦、横、高さの概念がつまり、距離、高さ、時間というわけだ。そして私達の世界は、この立方体で構成されていると考えて欲しい》
「……地球は、丸いんだろう?」
 お世辞にも頭脳明晰とは言えない僕でも、流石にそれくらいは知っている。世界の果てには大きな象の足があるとか、底の見えない滝があるとか、そんな考えを持っているつもりはない。
《地球じゃなくて、世界だってば。地球も、冥王星も、シューメーカーレヴィ第九彗星も含めた、『空間』とも言えるもの。それは、立方体で構成されているのさ。と言っても、本当に立方体なわけじゃなくて、概念が立方体なんだ。世界がどんな形をしているかなんて、私には想像もつかないからね。有形物ではあるだろう、私達が有形である以上は。……起きてるかい?》
「起きてるよ。難しい話をしたらすぐに寝ると思って、馬鹿にするなよな」
 危うかったが。
《ただでさえ睡魔の活動が活発化する時間帯だからね、無理も無いだろう。簡単に結論だけを物申そうか》
 だから起きていると言っているのに。危うかっただけだ。
《私達が生きる世界を立方体A上に存在するものだと仮定して、ポポロカ達は立方体B上に存在する世界の住民だ、ってことさ。だから、距離でも時間でも観測することは出来ない。同じ空間上に存在するものでは無いのだから》
「……それで、何でポポロカ達は、僕達の世界にやってきたんだろう?」
《さぁてね》
 美味しそうな焦げ目のついた玉子焼きを箸で突付きながら、梔子高は首を傾げる。
《〈ンル=シド〉とやらにも、何か思うところがあったんじゃないのかい? その理由はきっと、これから発覚するんだろうさ。伏線ってやつだよ、ミヤコ。情報を前半で全て公開したら、何の面白味も無いだろう? そこをああでもないこうでもないと推理するのが、私達傍観者の義務であるとも言える》
「……ふぅん」
 低脂肪粉乳に突き刺さったストローを齧りながら、溜息のような生返事を返した。
 
 
《食が進まないようだね。私の話は、そんなにつまらなかっただろうか?》
「聞く人が聞いたら面白いんだろうけどね。それに、流石にコッペパンを単品で食べるのは味気ない」
 言いながら、手元のそれを振った。まだ半分近く残っているし空腹ではあるものの、胃に詰め込む気にはなれない。
 突然、目の前におはぎのようなものが突きつけられた。
《君に進呈しよう》
「……何、これ?」
《そういう言い草は無いだろう? 私としては、一目でミートボールだと気付いて欲しかったんだけどな》
 そうは言うものの、梔子高がミートボールだと主張するそれは、どう見てもこなすのに片手では持て余すサイズのおはぎにしか見えない。こんなミートボール、どこに売ってあるんだ?
《売ってはいないさ。梔子高千穂印のミートボールだよ》
「梔子高が、自分で作ったの?」
《その反応、私以外の女性に対して発するのは止めた方がいいな。受け取り方次第では侮辱とも取られるよ》
 そうは言うものの、やはり軽度の驚愕は禁じ得ない。梔子高の昼食を作るのは板垣さんの仕事ではなかっただろうか?
《今朝方、トテチトテの捜索から帰還してね。寝る間も惜しんで探していたようだし、流石にその後に昼食を作ってくれと言うのも酷だろう?》
「見つかったの?」
《いいや、相も変わらず迷子だね。しかし、あの子は賢い。気が済むまで外をほっつき歩けば、そのうち帰って来るさ》
 ただでさえ常識を凌駕するサイズのミートボールが、更に大きくなった。更に接近したのだ。
《さぁ、口を開けたまえ》
「何のつもりだよ」
《つもりも何も、食べさせようとしているに決まっているじゃないか。前々から言おうとは思っていたのだが、君は少食過ぎる。君自身はそれで良いのだろうし、現にそうして今まで何のトラブルも無く過ごしてきたんだろう。しかし見ている方としては、気が気でないのさ》
 そう言うと、〇円提供は少しばかり惜しい微笑みを振りまきながら、凶悪な肉の塊を僕の口に押し込もうとする。色々とおかしいだろう。わざわざ梔子高にその……「あーん」なるものをされなくても自分で食べられるし、そもそもそれは「あーん」での受け渡しが容認されるサイズの上限を遥かに凌駕している。
 とはいえ、僕は空腹だった。
 それに加え、目の前のキングオブミートボールは、その凶悪な外見とは裏腹に、中々に食欲をそそる香りを立ち上らせている。
《遠慮はいらないよ。さぁ》
 そんなことを言うものだから、齧り付いた。流石に一口は無理だったが。
 咀嚼すれば、良く締まった挽肉が口の中で分解され、分解されるその度に肉汁の香りが鼻腔を刺激した。デミグラスソースが良く合っている。今までに食べたことの無い味だ。多分、ソースも自分で作っている。
 ……畜生、美味い。何でもかんでも無難にこなしやがって。
《私は、希望を持っていいのかな? 今朝方、余計に作った分をポポロカに食べさせたんだけれど、ポポロカは二つほどしか食べてくれなかったものだから、些か自信を失っていたんだ》
 当たり前だと思う。朝っぱらからこんなミートボールの王様かと思うようなものを、あんな小柄の男の子が二つも食べられただけでも上出来だろう。
「料理が出来るのなら、毎日自分で作ればいいじゃないか」
 口の中にミートボールが残っているうちに、コッペパンを齧った。焼きそばパンよりも美味しいかもしれない。
「料理が出来るのなら」という言葉に落ち着けたのは、素直に「美味しい」と感想を言うには、僕と梔子高は少しばかり距離が近過ぎるからである。
 梔子高は何も言わずに、ただ、通常よりも少しだけ嬉しそうな微笑を満面に出しながら、齧り跡のついたミートボールを、再び僕の目の前に差し出す。
 僕がそれを食べて、コッペパンを齧る。
 梔子高が、差し出す。
 僕が、食べる。
 五口目を向かえてようやく、ハンバーグのようなミートボールは僕の胃の中に納まった。
 その後、梔子高が二つ目のミートボールを僕に差し出したのは、僕が物欲しそうな目をしていたからなのかもしれない。我ながら意地汚いと反省せざるを得ない体たらくだ。
 またその際、梔子高の無償スマイルが目に見えて一際明るく見えたのは……さて、理由はよく解らない。きっと、新しく餌付けの趣味にでも目覚めたのだろうさ。


 こんな、ちょっとした程度の事件やイベントで丁度良いのだ。
 世界がどうだかこうだかは知らないが、そういうのはもっと適任がいる。
 僕や梔子高ではなく、ね。

       

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