Neetel Inside ニートノベル
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突然ですが、世界を救って下さい。
突然ですが、世界を救って下さい。-02

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 月曜日。
 人民の約六割程度が、願わくば一生来訪することなかれと切に願うこの日の火蓋を切ったのは、飽きもせずと言うか性懲りも無くと言うか、発信者不明のモーニングコールだった。
「誰だ、こんな時間に……」
 今回ばかりは、この台詞に相応しい時間帯である。
 午前五時半。
 季節が季節ならば、カーテンを開けようが開けまいが部屋の明度に変化を及ぼさないような早朝に、僕は時期外れのJポップに叩き起こされた。
 体が重い。如何せん前日が前日だ。様々なことがあったその弊害として、僕は家に帰るなり、食事も取らずに入浴して、そのまま泥のように眠りに落ちたのである。
 とはいえ、時計が二百七十度の回転をする程度の時間を睡眠に当てたのだが。心労の類なのだろうか? 最近、色々と理解に苦しむ出来事も多いことだし。
……特に、昨日のことなんかは、な。
 着信履歴を確認する。
「また、か」
 予感というよりは確信というべきの度合いで、僕は発信者に心当たりがあった。そしてその心当たりは、斯くして現実のものとなっている。
 幾許か、精神を落ち着かせる為の時間を要した。昨日のように、口車に乗せられてピエロを気取るわけにはいかない。尤も、「精神を落ち着かせる」というその行為そのものが、更に精神をかき乱す結果を導くというのが世のスタンダードなのだが、寝起きで胡乱な僕の頭では、そこまで先の考えには及ばなかった。
──。
《やぁ。取り込み中だった……なんて、聞くまでもないね、この時間では》
「その、取り込みなんて考えられないような朝も早よから、何の用だよ」
 昨日と変わらず、TTSの音声だった。TTSを使ってまで、通話という確実かつ即時性に優れた伝達手段を取ったということは、つまりそういうことなのだろう。
《緊急事態、と言うべきだろうね。実は私も、ポポロカに叩き起こされたばかりなんだ》
「何故?」
《ハユマさん、と言っただろうか? ポポロカが彼女のリオラを察知したらしくてね。つい今しがた、保護に成功した》
 脳裏に、何時ぞやのハユマの姿が蘇った。朝っぱらから縁起でもないことを思い起こさせてくれる。
《心停止状態だったよ》


……。
《ポポロカが応急処置的なものを施したらしい、今は息を吹き返して安静にしている。応急処置の原理は私には聞かないでくれよ。私にも理解出来ない領域であることは、君も知っているだろう? 私のしたことと言えば、暖かい布団と暖かい衣服を用意しただけさ。正直に言ってしまうと、私にも何が何やら解らない》
……朝っぱらから、縁起でもない話を聞かせてくれる。
《起きているかい?》
「起きてる。ちょっと頭を落ち着かせる時間をくれないか」
《そうなるだろうね》
 それを了承の言葉と受け取り、しばし思案に耽る。
 心停止って、あれだよな? 心臓が止まるってことだよな?
 つまり。

 死んでた、ってことだよな?

 何故? どういうことだ? 再び、初対峙の際のハユマの姿が脳裏に浮かぶ。
 確かに、血塗れではあった。でも、あれはハユマの血ではないと、本人直々にそう言っていたではないか?
「大怪我をしていた、とか?」
《外傷と見受けられるものは無かったね。ポポロカ曰く、極端なリオラ不足による生命維持不可状態だった、と言うことらしい》
 聞くだけ無駄だった。あっちの世界の理論に基づいた理由ならば、反芻するまでもなく理解にも納得にも及ばない。
《とにかく、今は無事息を吹き返して安静にしているから安心してくれたまえ。とはいえ、やはり看護は必要らしいから、予断は許されないんだけれどもね。そして、ここからが本題だ》
 今のは本題ではなかったらしい。人の生死云々の話を掴みに持ち出すなんて、それこそ本当に縁起でもないぞ、梔子高。
《ポポロカが、君に見せたいものがあるそうだ》
「僕に?」
《君に。従って、ミヤコ。君は本日、自主休校の手段を取って欲しい》
 願っても無い話だった。別段、学校に行く事に軽度な憂鬱を感じているわけではないが、行かなくてもいいものであるなら、やはり進んで行くことはしないものだ。
 しかし、である。
《わざわざ休校しなければならないのか、だろう? どうにも、腰を据えなければならないものらしい。それに、場所の指定もある。ああそれと、その場に私は居合わせない》
「どうしてさ?」
《言っただろう? 『看護は必要らしい』って。ポポロカが看護出来ない以上、私が看護するしかないだろうし、流石に自宅に他人が寝込んでいる状態で飄々と外出するほど、防犯意識に疎いつもりはないからね》
 つまり、梔子高も本日は休校するってことか。
《学校への連絡は私の方からしておこう、君の分も含めてね。なぁに、私の言うことならば、学校側も納得せざるを得ないだろうさ》
 その言葉には、何の瑕疵も抱かなかった。僕達の通う学校が私立校である以上、寄付金という概念はどうあっても存在するものであり、その寄付金が、誰の保護者の懐から出ているものなのかを考えれば、僕でなくとも納得する。そして梔子高千穂という娘は、そういった有効材料を、言葉通り有効的に使うことに関してのスペシャリストである。
「つまり今日は、ポポロカとのデート、ってわけか」
《ガッカリしたかい?》
「……してない」
 嫌味を言ったつもりが軽やかに返されてしまうのも、もう慣れた。伊達に長年交流を持っていない。口で梔子高に勝てないことくらい解ってるさ。

       

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