Neetel Inside ニートノベル
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突然ですが、世界を救って下さい。
今の僕に出来るコト-01

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「最初に、教えて欲しいことがあります」
 結局、そのまま学校を抜け出した僕と板垣さんは、僕の自宅から比較的近い場所にあるこじんまりとした喫茶店に腰を落ち着けた。制服姿ではあったが、板垣さんを保護者と認識したか、店員の人は特にいぶかしむでもなく禁煙席に案内してくれた。何だか、着実に非行少年の道を歩んでいる気がするが、それはこの際置いておこう。
「ポポロカ達が初めてこの世界にやってきた日。僕の観点で見ると、そこは板垣さんの挙動が空白になっている一日なんです。どこに居て、何をしていたのですか?」
「トテチトテの捜索……と言っても、信じては貰えないのでしょうな」
 当然だ。板垣さんがポポロカのお祖父さんの異空間同位体である以上、捜索するまでもなくトテチトテがあの場所に居ることは知っていた筈である。仮に捜索していたとして、それは一昼夜かけて行うことではない。
「〈ンル=シド〉の居所を探っておりました。屋敷に滞在していれば雑務があります故、誠に手前勝手ではありますが、作業だけに集中すべく屋敷を離れていたのです。千穂お嬢様にはご迷惑をおかけしました」
 一時的とはいえ、板垣さんほどの人材が欠けたのだ。そこには確かに、多大な迷惑が発生したのだろう。だがしかしそれよりも、心配をかけた事に対して謝罪をしなければならないだろうな。
「結果は思わしく御座いません。言い訳になってしまうのでしょうが、世界の数は膨大に御座います。その数を数えるだけでも、ポポロカ様のような幼児のこれからの未来をすべて数える事に費やして尚、到底数え切れますまい」
 つまり、今すぐに首根っこを引っ掴んで引きずり回すことは出来ない、か。
「残されている時間は、どれくらいですか?」
「ゆとりがあるとは申せませんな。私達がこうしている次の瞬間にキッカケが発生しても、何の不思議も御座いません。一度空間歪曲が発生したという事実がある時点で、既にのっぴきならない状況なのですよ」
 空間歪曲。ポポロカ達がこっちの世界に飛ばされた事象のことだろう。
「言うなれば、ゆとりなど最初から無いと言った方が正しい。〈ンル=シド〉を観測したその時から既に、事態は終局を迎えていると言ってもいいでしょう。一分でも一秒でも早く、何かしらの対処を施す必要があるのです」
「でも、今はまだ何も起きていないんでしょう? 僕らはこうしてここにいることが出来るし、ポポロカもハユマも相変わらずこっちに滞在してる」
「既に、三桁に上る数の世界の崩壊を確認しております」
……。
「と言っても、それら崩壊した世界は、既に生命と呼べる生命が絶滅した、これ以上の分岐の期待が出来ない、いわばジャンクの世界でした。実験でしょうな。なるべく崩壊による影響が少ないと予想出来る世界を選択して、そこで能力を暴走させているのでしょう」
 初耳だった。要するにそれは、僕らがポポロカの衣服に関してああでもないこうでもないと言っている間に、既に他世界が順調に崩壊していた、という事に他ならない。
 想像していた以上に、事態は進展していたってことだ。
「実験とは、何の事ですか?」
「能力を、自身でコントロールすることの出来る方法を模索しているのではないか、と予想出来ますな」
 成る程。そう言えばそのはた迷惑な能力は、コントロールするには一個体の情報量では不可能だと聞いた覚えがある。
「実際に〈ンル=シド〉がここ数日崩壊させた世界は、そのほとんどが存在価値に乏しいものです。つまり、能力を抑えたり自身の意図通りに発動させるとまではいかずとも、暴走させる対象の選択は可能になっているのでしょう」
 多数の世界が犠牲になったものの、成果は確実に出ているらしい。
 しかしそうなると、もう一つの疑問が出て来る。
「何故、〈ンル=シド〉はそんなことを? 言い方は悪いかもしれないけど、コントロール出来るようになろうがなるまいが、結局はその……殺されるかどうにか、されるんじゃ?」
 確か、ポポロカはそう言っていた筈だ。仮にコントロール出来ようが出来まいが、操る者はどうしようもなく人間である。人間である以上、気の迷いの上での過ちを否定することは出来ない。
「二つの仮説が御座います」
 板垣さんが、人差し指を立てた。
「一つ目は、能力そのものの抹消。実現の可能性はこの際無視し、何かしらの方法を以って、能力そのものを、始めから無かった事にしようとしているのではないか、という説」
「もう一つは?」
 口髭を指で弄んだ。実は板垣さんのこの仕草は、罰が悪い時にする癖である。二つ目の仮説は、板垣さんとしては、好ましくないと思っているのだろう。
「自分自身の抹消」
「自分の能力で、自分を改変しようとしているってことですか?」
「抹消、です。能力を完全にコントロール出来るようになれば、今は無意識に制御している、自分自身への能力使用も可能になる筈。そうして自分自身に能力を使用することにより、能力を持っている自分ごと存在を抹消しようと考えている、という説」
 穏やかではない話だ。もしそちらの説が正当なものであるならば、〈ンル=シド〉は今、自分自身の存在を消すために、実験を繰り返している事になる。
 疑問点があった。話を聞けば聞くほど、その疑問は色濃くなっている。
「〈ンル=シド〉は、能力をどうにかこうにかする事に協力的なんですか? 何て言うか、馬鹿なことを言ってしまうかもしれないんですけれど、こう……世界を滅茶苦茶にしてやろうと思っているとかは?」
 実際これまで、そういう図式を勝手に頭の中で描いて行動していた。だって、だからこそハユマは、〈エティエンナ〉として〈ンル=シド〉を斬りつけたのではないのか?
「まさか」
 しかし板垣さんは、連鎖したしゃっくりのような笑い声を漏らして、その説を否定する。
「主観では御座いますが、〈ンル=シド〉は、世界を塵芥にしようなどとは欠片も思ってはおりますまい。〈ンル=シド〉となるその日までは、妻子にも恵まれ、順風満帆の日々を過ごしておりました。彼が世界を崩壊させたいと思う理由が御座いません」
 少しばかり、面食らった。
「妻子? 結婚、していたのですか? ご家族の方は今、何をしているのですか?」
 ご家族の方は、さぞかし心労を抱え込んでいるのだろう。子供などは、苛められる原因にならないか、などという、どこか的外れな心配までしてしまう。
「はて?」
 だがしかし板垣さんは、まるでアポイトメントを取っていない来客に対する秘書のような反応を見せる。尤も、本職が秘書のようなものなのだが。
「異な事を。貴方は既に、ポポロカ君やハユマ夫人と面識があるでは御座いませんか」
「はっ?」
 話が見えない。何故ここで、ポポロカやハユマの名前が出て来るのだ?
 そんな僕の反応を目の当たりにして、話が通っていないことを察したのだろう。板垣さんが、苦笑と微笑みの混じった、何と名付ければいいのか考慮してしまうような表情を模る。
「ふむ……。既知の情報であると思っていたのですが、どうやらその限りではないようですな。或いは、意図的に情報の開示を避けたか」


 少しばかり。
 嫌な予感がした。
 それは、僕達の世界の常識で判断するならば、「そんな馬鹿な」と一蹴されて済むような、しかしお説ご尤もであるような馬鹿らしい予感である。
 だがしかし、対象は他世界の住民なのである。僕達の持つ常識の物差しで尺を取る方がむしろ「そんな馬鹿な」なのであり、従ってそのようなものはアテにはならない。
 僕は、ポポロカの年齢を知らない。ポポロカは今、何歳なのだ?
 そして、思い出す。数日前の、梔子高のデート詐欺にまんまと引っかかってレストランに連行された際の会話を。
 ポポロカはあの時、僕のことを、何のようだと言っていた?
「気を使わせてしまうと、お考えになったのでしょうな。幼少ながら、気が付く良い子だと思います。だがしかし、情報は開示しておくべきでしょう。尤も、今の貴方の表情を見るに、薄々は勘付いたのでしょうが」
「……開示を、お願いします」
 眩暈がした。眩暈がしたので、両目を掌で覆う。ここまで来て、まさかの新展開だ。
……そんなの、これっぽっちも求めてないんだけどなぁ。
「ポポロカ君は、〈ンル=シド〉とハユマ夫人との間に生まれた御子息です。つまりハユマ夫人は、〈ンル=シド〉の伴侶という事になりますな」

       

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