Neetel Inside ニートノベル
表紙

突然ですが、世界を救って下さい。
想い、君に届け-01

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【すまない。とんだ迷惑をかけてしまったな】
《構わないさ。君が快復すればポポロカも喜ぶだろう。お礼ならポポロカに言うんだね、いち早く君の存在に気付いたのはポポロカなんだから》
 ハユマは、自分が身を埋めている床に目をやった。腰より下を覆っている掛け布団の上に、ポポロカが突っ伏している。

 
 ハユマが意識を取り戻したのは、今より一時間ほど前のことだ。それまでポポロカは、熱心にハユマの看護に当たっていた。尤も、梔子高千穂の目から見て、それは看護の類には見えなかったのだが。
 通常の幼子が出来るようなことではなかった。
 昨日、正午を少し過ぎたくらいの時間に帰宅したポポロカは、そのままハユマの看護の役目を梔子高千穂から引継ぎ、梔子高が床に就いて尚、その場から動こうとはしなかった。
 今朝。
 梔子高千穂が目を覚ました時、ポポロカは、尚もハユマの心臓部に掌を添えながら、熱心に何かを念じていた。時折、ぶつぶつと何かを呟きながら。
 もしも夜通し看護していたのであれば、ポポロカまで体調を崩してしまうと梔子高は考えたが、だからと言ってそれを中断させることはしなかった。原理は解らなかったが、それが看護の類であることを、梔子高千穂は知っていた。知っていたから、邪魔をしてはいけないと思ったのだ。
 結局、梔子高千穂は、「あまり無理をしないように」と忠告だけをして、家を出た。
 夕方。
 学校から帰宅した梔子高千穂は、戦慄した。
 そこには、朝に確認した際と、数ミリの差異も無い風景があった。……そこに存在した人間含み、である。
 今まで、ずっとこうしていたとしたならば。
 どう少なく見積もっても、三十時間無いし二十五時間以上。
 その間、飲まず食わずで看護のようなものをしていた証明であった。
 流石にこれではミイラ取りがミイラになってしまうと、梔子高千穂はポポロカの頭に手をやろうとした。「後は私がやるから、ポポロカは少し休むんだ」と言うつもりだった。場合によっては、叱りつけることも厭わぬつもりだった。
 そして次の瞬間、掻き消えるように呟いたポポロカの言葉に、絶句したのだ。
 そのまま、ハユマが目を覚ますまで見守ることしか出来なかったのは、その呟きが起因する。

──ママ。

【この子には、辛い思いばかりをさせてしまっている】
 掛け布団に突っ伏して、ぷぅぷぅと小動物のような寝息を立てているポポロカの頭を、ハユマは櫛で梳かすように撫でる。
 文字通り、懸命な看護の甲斐あって目を覚ましたハユマを確認した瞬間、発条が切れた人形のように倒れ伏したのだ。梔子高千穂が、思わず鼻と口の前に掌をかざしてしまうような、そんな倒れ方だった。
《そう思うなら、これからは自分の体調にも気を使うことを薦めるよ。子供というのは、予想しているよりもずっと注意深く、両親を見ているものさ》
【……そうだな】
 梔子高千穂は苦笑した。自分で口走っておきながら、それは何と現実味を帯びない言葉であることか。
 ハユマを見る。
 どう見ても、母親となるに適齢とされる齢には見えない。それどころか、自分と同年代ほどではないだろうか?
【そう、だな】
 もう一度、噛み締めるようにハユマは呟いた。


 最初、ハユマが不可思議な能力を使って、梔子高千穂の脳内に直接意識を送り込んできた際も、梔子高千穂は狼狽はしなかった。何故ならそれは、既にポポロカとのファーストコンタクトで経験済みであり、梔子高千穂自身も「一種のテレパシーのようなものだろう」と、妙に達観した感想を抱いていたからだ。
 梔子高千穂は、自分に理解出来ないことを否定することはしない。自分が知っていようが知らなかろうが、そういう現象が起こっている以上、それは「ある」のだ。
 ポポロカが倒れ伏した後、ハユマの看護全般は梔子高千穂が引き継いだ。
 看護といっても、それは病人に対するそれであったが、それが梔子高千穂に出来ることであり、またポポロカのような不可思議な能力は、自分の理解の範疇を遥かに逸脱しており、従ってそれらのような作業全般は、管轄外である。
 梔子高千穂は、ハユマに敬語を使わなかった。看護の場や看護そのものを請け負ったのは自分であり、従ってこの場で優位なのは自分であって、それに加えハユマの風体は、どう見ても自分より年長の者には見えなかったからだ。
 お粥を作って食べさせようとした時も、【自分で食べられる】と言ってごねるハユマに、半ば強制的に食べさせた。病人の「自分で出来る」ほど信用出来ないものは無い。
 それに、だ。
 何だか、誰かさんを思い出した。
 誰かさんを思い出したものだから、その作業が楽しくてしょうがなくなってしまったのだ。
《君のことは、ミヤコから聞いているよ。お化け甲冑さん》
【……ああ、ノベオカミヤコのことか。すると、君はノベオカミヤコの伴侶なのか?】
《まさか》
 我ながら、相手に失礼ではなかろうかと思うほどの嘲笑だった。しかしそれは、嘲笑せざるを得ない予測である。ハユマの常識ではどうだか知らないが、少なくとも一般常識に於いて、自分は結婚適齢期には程遠い。
 だがしかし。
 その予測を、完全に嘲笑し切れない自分がいるのもまた、事実である。
 最近の自分は、どこかがおかしい。少し前までは、ミヤコに対してこんな感情を抱いてはい……なかったと断言することは出来ないが、「何を今更」という抑制要素があったため、その感情は苦も無く抑えられていたのだ。
 ある日をキッカケに、その感情が爆発的に膨れ上がった。
 ミヤコと接触していない時は、何とか抑えられる。だがしかし、行動を共にしている時が厄介だった。
 放っておけば何をしでかすか解らない、ミヤコに対する淡い想い……という言葉で表現するにはあまりにも強大過ぎる、欲情とも言えるその感情を抑えつけるのは、中々の重労働である。
 現に、抑え切ることの出来なかったケースも存在する。
【君は、私の夫に似ているな】
 梔子高千穂は首を傾げた。失敬な人だとは思わなかったが、ボーイッシュを心掛けた記憶も無い。
【気を悪くしないでくれ。容姿や何かの話ではなく、そうだな……雰囲気。雰囲気が、私の夫によく似ている】
 不意にハユマは、何かを思い出したかのように目を細めた。
【そしてポポロカがここにいる、か。そうか、では君が……】
《うん? それはシナリオの新しい展開かい?》
【シナリオ?】
《いいや、こっちの話さ》
 梔子高千穂は、いつものように微笑んだ。傍観者が出演者に次の展開を聞くのはマナー違反だろう。ハユマの言動から察するに、ここでもう一人の自分が出て来るとかなら面白いが、流石に自分のそっくりさんを見つけるのは難しいと思う。尤も催眠術やテレパシーの類まで扱う集団だ、それくらいはやってのけそうだが。
【私は、もう一人の君を知っている】
《へぇ》
 もしここで、本当に自分のそっくりさんが現れたら、その時は流石に狼狽を禁じえないかもしれない。世界には自分に似た人間が三人はいる、という古事があるが、その類なのだろうか? それとも、ドッペルゲンガーの一つや二つ現れるのか?
【私は彼を、ノマウスを殺さなければならない】
《……私は、理由を問うてもいいのかな?》
 ハユマは、表情に影を差して俯いた。梔子高千穂は、その行動から回答を読み取る。
 きっと本来ならば、聞いてはいけないのだろう。応か否かの二通りの選択しか無いこの問いの返答を濁すということは、大分が「否」である事に他ならない。
……本来ならば、だ。
【話そう。君にとっても、それは関係の無い話ではない】
《暖かい飲み物でも用意しようか。少しばかり待っていてくれたまえ》
 言いながら、梔子高千穂は腰を上げた。幼少の頃は、正座というものが毛虫よりも嫌いだったものだ。しかし最近では、どうにも座るなら正座でなければ落ち着かなくなってしまった。
 心地良い痺れの残る足で歩を進めながら、考える。
 さて、これは「話してはならないことを話す」というイベントなのか? はたまた、本当に話してはならない、一種のネタバレ要素的なものをお聞かせ願えるのだろうか?
 どうあれ、病人の心は、その体調に比例して脆弱になるものだ。脆弱になるから、何かに縋りつきたくなる。誰かに、話を聞いて欲しくなる。
 耳を傾けるくらいならば、罰も当たるまい。

       

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Neetsha