Neetel Inside ニートノベル
表紙

突然ですが、世界を救って下さい。
どういうことなの…-05

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 そして振り出しへ戻る、である。
 梔子高が用意した玉露を啜りながら、ポポロカに目をやった。心地良い氷の摩擦音を響かせながらオレンジジュースを啜っている。
 こんな所に、居た。
 ポポロカ少年である。
 ハユマは今、どこで、ポポロカ少年の探索を続けているのだろうか? よもや知らない人の家の養子もどきとなって、パズルゲームに勤しんでいたとは思いもよるまい。
「君を、探している人がいたよ」
「ハユマ様なのね。ミヤコに残ってるリオラの残滓ですぐに解ったのよ。そんな風に盛大にリオラをかき乱すカスカを使うのは、ハユマ様くらいのものなの」
 くすぐったかったのか、梔子高に良い様に玩ばれたとんがり耳をヒクつかせながら帽子を整え、ポポロカがまたしても意味不明な言動を口走る。
「ハユマ様も後先考えないの、困った困ったなのね。こんなにリオラの濃度が薄い場所で神経作用のカスカなんか使ったら、最悪の場合植物人間くらいにはなる筈なのよ」
 ストローから排水溝の断末魔のような音を響かせて、リコーダーのような溜息をついた。
「教えてもらえないかな。そのカスカってのは、一体何なんだい?」
「多分それは、ダカチホから聞いた方が良いのね」
 梔子高を見る。相も変わらず斜に構えた微笑で、チャイを啜っていた。
「ダカチホに同じ事を聞かれた時、伝えるのにとても苦労したの。コミニカが違うし、私の場所とダカチホの場所では、それぞれの物質に与えられた名称が微妙に違っていたから、説明の為の説明が必要だったのよ。だからミヤコは、ダカチホから説明を受けた方が早く理解出来ると思うの。ダカチホは頭が良いのね、そんな条件下でも最終的にはちゃんと理解してくれたのよ。カスケードアカデミーに欲しいくらいなのね」
 ぴょこんと立ち上がって、僧の座禅のように正しい姿勢で正座する梔子高の膝元に腰掛けると、再びオレンジジュースを貪る事に集中し始めた。
「頼めるかな、梔子高?」
《いいよ。ただし、正確な理解は出来ないかもしれない。私が私の言葉に変換したものだから、そこにはどうしても差異は出る筈だからね》
 一向に構わなかった。カスカに関する論文を学会に提出し博士号でも取ってやろうなどと画策しているわけではないので、大まかな理解であればいい。
 
 
《簡単に言うと、ポポロカ達の言っているカスカというものは、私達で言う『術』という言葉に変換出来るね》
「術って、魔術とか妖術とか、そういう術?」
《そういう術。帽子の中から鳩を出したりとか、トランプの絵柄を当てたりとか、そういう、何て言うのかな……ちょっとした仕掛けがあるものとは一線を画した、本格的な魔術って言ってもいいと思う。何も無い場所から火を出したり、自分以外の、意思を持った生態を、自分の思い通りに操ったりとかね》
 俄かには頷けないし、物騒な話だった。現にそのカスカによって、冷静になったり混乱したりと良い様に翻弄された僕にとっては、決して笑い飛ばせる内容ではない。
《そして、そのカスカを使用するに当たって必要になるのが、リオラってわけさ。そうだね、MP(マジックポイント)とでも言った方が解り易いのかな? と言っても、実は私もリオラに関しては、未だ正確に理解出来ているわけじゃないんだよね。ポポロカ曰く、リオラは大気中にも人体内にも、極論を言えばこの世に存在するすべての物質に存在する、構成物質のようなものらしいんだ。だからといって、素粒子とも元素とも違うようだし。どちらかと言えば、エーテルとかダークエネルギーといった、超科学や量子学に近いのかもしれないね》
「これなのよ」
 不意に、梔子高の膝の上で氷を噛み砕いていたポポロカが、テレビ画面を指差した。
 テレビ画面には、先ほどまでポポロカが熱心にプレイしていたパズルゲームのプレイデモが表示されている。
「この、色んな色のコレが、リオラなのね」
《これがかい?》
「なのなのよ。カスカを使う時は、こんな風に大気中や人体に散らばってるコレを上手く組み合わせて、どかして、繋げて、色んなものに変えたり消したりする必要があるのね。大気に色々やらせたい時には大気中のリオラを、他人に何かをしたりさせたい時にはその人の中のリオラを、ちゃんと法則に則って並べ替えたり切ったり繋げたりする必要があるの」
《それじゃあ、リオラの濃度が薄いっていうのは、コレが少ないってことなのかい?》
「やっぱりダカチホは頭が良いのねー、その通りなのよ。ポポロカ達の場所ではリオラの濃度は十分に濃いから、ちょっとやそっとのカスカじゃ何も起こらないけど、ここのリオラの濃度はものすっごい薄いのね。だから大掛かりなカスカが使えないし、ちょっとしたカスカでもリオラが足りなくなって、人体や大気に色々な副作用が起こるの」
《成る程。だからポポロカが初めて私にカスカを使った時、その副作用として私は立ち眩みを起こしてしまった、ってわけだね》
「リオラの濃度が薄いのは気付いていたから、最低限必要だと思ったコミニカの強制変換だけで済ましたけど、予想してたよりもずっとずっと薄かったのね。ダカチホには大変なことをしちゃったの……すみませんすみませんなのよ」
《いいさ。ああでもしなければ、どうにもならなかったからね》
 責められたと思ったのか、グラスを両手で抱えてしゅんと俯いたポポロカの頭を、しかし梔子高は、櫛で髪を梳かすように優しく撫でた。そういえば、前々から兄弟が欲しいと言っていた覚えがある。弟のような存在が出来て嬉しいのかもしれない。
《ポポロカの話で思い出したよ。それでもう一つ、コミニカっていうのがあるだろう? それはつまり、私達で言う『言葉』って意味だろうね》
 ふと思った。
「ポポロカは、どうして僕達の言葉が理解出来るし話せるんだい? どこらへんで区切ればいいのかな……日本? 日本に来るのは、初めてなんだろう?」
 流暢であるあまり、気付きすらしなかった。そういえばハユマやポポロカには、僕達の言葉は、理解は出来るかもしれないが話すことは出来ない筈である。現にハユマは、僕達の言葉を使用することが出来なかったから、僕の脳内に不法侵入して来たのだ。
「ポポロカとハユマ様には、ポポロカが事前にコミニカを強制変換させるカスカをかけたのよ。だから、相手がどんなコミニカを使っても、ポポロカとハユマ様には理解出来るの」
《そして、ポポロカが話せる理由は、昨日私が教えたからだね》
……。
「昨日の、今日だろう?」
《さっきのポポロカのプレイを見ていただろう?》
 見ていた。それはそれは見事な連消しだった。熟練者でも、あんな風に華麗に消化出来るかと問われれば、十回やって一、二回あるか無いかなのではないだろうか。
……初めてプレイして十分そこそこで、である。
《ポポロカの理解力の高さは尋常じゃない。天才っていうのは、こういう子の事を言うのかもしれないね》
「ポポロカはカスケードアカデミー代表なのよ。これくらい理解出来なかったら、おじじ様にゲンコされちゃうのね。ゲンコは痛い痛いだから嫌い嫌いなのよ」
……確か、日本語って各国の言語の中でも特に習得が難しい言葉ではなかっただろうか?
「しかし何て言うか……妙なアレンジを加えて覚えさせたもんだな」
《可愛いだろう?》
 涼しい顔をして、梔子高がそうのたまった。しかしごもっともであることに、ポポロカがこういう口調で話すと、妙に保護欲をそそられる。僕の深層心理にもまた、そういうニーズがあるということだろうか。
《さて、ここからが本題だ》
 保護欲をそそられる即席弟の頭に手を乗せて、梔子高がそう言った。
 
 
《ポポロカ達は、どこから、何をしに来たのか?》

       

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Neetsha