Neetel Inside ニートノベル
表紙

突然ですが、世界を救って下さい。
今の僕に出来るコト-02

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「追加のコーヒーを注文いたしますか?」
「……お願い、します」
 無礼だとは思ったが、掌を両目に当てながら肯定した。そんな粗暴な態度にも嫌な顔一つせずに、追加のコーヒーをオーダーしてくれる板垣さんの心の広さが、今は有り難い。


 もう、何と言えば良いのか。
 あーあ、である。
 そりゃ、ポポロカ達の世界の住民の視点で見れば、一子の父と見紛うだろうさ。何てったって、実際に僕と同年代の人間が、父親となり母親となっているのだから。
 気を使わせるだって? 使うに決まっている。使わないでか。要さないでも、〈ンル=シド〉をどうこうするということは、あの愛らしい少年の父親をどうこうするということだ。
「やはり、衝撃でしたか」
「もう、何を言われても驚かない自信が付く程度には」
 ようやっと両目から掌を離して、新たに用意されたコーヒーを咽喉に流し込む。やはり苦い飲み物は良い。いつぞやの暗示紛いのようなものではなく、確実に脳が覚めていくことが自覚出来る。
 はて。さて。
 そうなると、ますます疑問は募る。
「つまりポポロカやハユマは、自分の父親であり夫である人を、その手にかけようとしているわけですよね? 何て言うか……」
「おっしゃりたいことは、よく解ります」
 板垣さんが、紳士らしい小さな頷きを返して来る。
「仕方が無かった、と言うべきでしょうな。予定調和と言う言葉で置き換えることも可能です。元々それはそうあるべくして、現にそうなった。薄情とお考えになるでしょうが、それだけの事に御座います」
「それだけ、って……家族でしょう?」
 板垣さんに言ってもどうしようもないことは解っていたが、それでも言葉を荒げずにはいられなかった。板垣さんにこんな口の利き方をしたのは、間違い無く初めてだ。僕がこの人に、そんな口を利いていい理由など無い。
「逆ですよ、ミヤコ君」
 それでも、老紳士は老紳士たる姿勢を崩しはしない。僕の周りには、芯の強い人間が揃い過ぎていると、何とも無しにそう考えた。
「家族だから、そうあった時に何かをするのではないのです。そうあった時の為に、家族になったのですよ」
「謀略婚、ってやつですか」
 口髭を、弄んだ。
「一概にそうだとは言い兼ねます。ノマウス氏とハユマ夫人が育んだその蜜月は、確かに御二方が自分達の手で育んだものであり、そこに私の異空間同位体含む上層の謀略要素が介入した事実は御座いません。しかしながらそれは、そうあるべくしてそうあった予定調和であることは事実なのです」
 まるで、事後に事の顛末を予め予想していたと言い張るインチキ預言者のような物言いである。
 って、ちょっと待て。
「今、何て言ったんですか? 誰と誰の蜜月だって?」
「ですから」
 板垣さんが、コーヒーに砂糖を馴染ませながら、事も無げに反芻する。
「〈ンル=シド〉であるノマウス氏と、〈エティエンナ〉であるハユマ夫人の蜜月、ですな」
……。
「成る程、解りました」
 もう、一回いっかい新事実に対して驚愕することすら億劫である。この件に関して、新事実が明るみになる度に「ええ!?」などと言っていては、一生分の「ええ!?」を使ってしまいそうだ。
「つまり、〈ンル=シド〉とノマウスは同一人物である、と認識していいんですね?」
「左様で御座います。成る程、それも存じ上げていなかった、と」
 板垣さんが例の名付けることの出来ない表情をしたが、そういう顔をしたいのはこちらの方である。
「提案なのですが、一度情報の整理をされてみては如何でしょう? ミヤコ君の話や反応を見聞きするに、差し出がましいことを申し上げますが、要所要所で情報に齟齬や穴が見受けられるようなので」
 二つ返事を返した。この分だと、まだまだ新事実は埋もれていそうだ。大した情報ではないならいいが、重要な情報を欠落させたまま事を進めて散々な結果を招いてしまえば、そんなのは目も当てられない。
 
 
「まず始めに、ポポロカ君達の世界の成り立ちはご存知でしょうか?」
「ほんの触り程度には。カスカ、ですよね? そういう、手品の親戚みたいなものが繁栄している世界だって認識してます」
「結構で御座います」
 流石にその情報は合致していたようだ。ここですら間違っていたら、到底事態の把握など程遠い。
「カスカとは、手品でも魔法でもなく、一つの技術で御座います。我々が電気を使用して日々の生活に潤いを得ているように、ポポロカ君達の世界では、リオラという一種のプラーナのようなものを使用して、生活の基盤を整えているわけですな。カスカを学ぶということは、電気工学を学ぶようなものです」
「その学ぶ場というのが、カスケードアカデミーですね?」
「左様で御座います。私の異空間同位体は、カスケードアカデミーの理事を務めており、またそれと同時に、カスカ学会の理事でもあります。ポポロカ君は、私の異空間同位体の孫に当たる存在であり、またそれと同時にカスケードアカデミーきっての天才児でもあるのです。若干五歳にしてすべての論学を修了し、今では指導に当たることもあるのですよ。五歳とは、飽くまで向こうの世界の暦で換算した数字であり、我々の世界の時間の流れで算出したならば、今年で四歳になるでしょうか」
 それに関しては、言われずともそんな気はしていた。ポポロカの口から、年齢相応の言葉を聞けた例の方が少ない。とはいえ、四歳か……僕が四歳の頃は、何をしていたろうか? 電気工学も何も、ドライヤーを振り回して遊んでいた時期じゃないか?
「ポポロカ君も然ることながら、ノマウス氏も中々のカスカの技師でした。こちらは完全に努力が実を結んだ例ですな。カスカ学会の権威とも言える父を持ったがためではありますが、日々の努力と研鑽の正当な報酬として、現段階で私の異空間同位体をも凌ぐほどの技術を身につけております。そしてその研鑽の日々の道中で、ハユマ夫人と出会いました」
 ここからは、二人の馴れ初めを聞く羽目になるのだろうか? 結婚式のスピーチじゃあるまいし、出来れば必要な情報を提示してもらいたいのだが。
「ハユマ夫人もまた、カスカ学会上層員の一人娘でした。尤も、私の異空間同位体やノマウス氏の使用しているカスカと比べると、その仕様は同一のものでありながらも、原理が異なるのですが」
「原理が、異なる?」
「私達が常日頃使用している電気。この電気を生み出すには、様々な方法が御座います。ノマウス氏が水力発電だと仮定すれば、ハユマ夫人は火力発電に置き換えることが出来ますな。ノマウス氏の場合は触媒を必要としない完全詠唱の生活型カスカ、ハユマ夫人の場合は触媒を使用した簡易詠唱の狩猟型カスカ、という按配です」
 要するに、ギッコンバッタンして使うのと、油をぶっ掛けて使うのの違いでいいのだろう。
「御二方の婚姻は、カスカ学会にとっても望ましいことでした。御二方が架け橋となって、それぞれの技術を提供しあえば、それが更なるカスカの発展へと繋がることは容易に想像出来ることです。現にそれをキッカケに、カスカは飛躍的に進化しました。御二方の間にもポポロカ君が誕生し、そのポポロカ君も、ご両親の才を引き継いだか、飛ぶ鳥落とす勢いで技術を身に着けてゆきました。本当に、すべてが順風満帆だったのですが……」
「そこで、〈ンル=シド〉騒動ですか」
 板垣さんがコーヒーを口に含み、口元をナプキンで上品に拭った。すべてに於いて音を発生させない、見事な振る舞いである。
「予定調和とはいえ、皮肉なものです。同じ技術を違う原理で使用している二人のカスカの技師が、互いを常に思い合うべき一組の夫婦が、よもやこのような関係になってしまうとは。これはある種、喜劇とも言えるでしょう。これほどに滑稽で数奇な巡り合わせは、そうそう御座いますまい」
 その物言いには、反吐が出そうになった。
 滑稽だろうが数奇だろうが、それが喜劇であってたまるものか。妻が夫を手にかけようとし、その協力者が息子であるなんて、そんな反吐茶番を喜ぶようなゲロカス野郎がいるならば、今すぐにぶっ飛ばしてやる。グーでだ。
「そのような顔をなさらないで下さい。私とて、よもやこれが喜ばしい事態だとは欠片も思ってはおりませぬ。何とかしなければならない。だからこそ、こうして私も、及ばずながら援助の体を示しているのですから」
 不意に、それまで口でしか笑っていなかった板垣さんが、目を細めた。
「本当に、真っ直ぐに成長なさいましたな。ハユマ夫人の異空間同位体がミヤコ君で、本当に良かった」


「……教えて下さい」
 僕は、基本的に悲劇が苦手である。
 例えば、映画を見るにしても、愛憎の果てに誰かが誰かを殺したりとか、報われない夢を描いたものだとか、恨み辛みが本題であるものだとか、そういったものは好まない。
 誰かが悲しい思いをしたり、誰も幸せにならないような選択なんか、見たくないのだ。
 そんなのは、辛過ぎる。みんなが幸せが良い。
「ノマウスを手にかけず、誰一人として欠けることのない、その上で何事も無く元のように戻す事が出来る、その方法を」
 ようやく、僕の目指す結果が見えた。
 元よりそのつもりだったが、誰一人欠けさせてなるものか。それにこの年で……というより、人生途上のどこに於いても、人を殺すなんてイベントは断固御免蒙る。
 全部、元通りにしてやるのだ。
「ミヤコ君で、本当に良かった」
 細めた目が、遂に線になった。明確に、笑ったのだ。

       

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