Neetel Inside ニートノベル
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突然ですが、世界を救って下さい。
想い、君に届け-02

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【〈ンル=シド〉のことは?】
《ポポロカから聞いているよ。詳しいことは解らないけれど、どうにも世界が大変な事になるらしいじゃないか》
 梔子高千穂にとって、それは興味深い話の一つである。地球が滅亡する、生命が絶滅する等々の事象であれば、容易に想像はつく。だがしかし、世界が崩壊するとは、どういうことなのだろう? 世界が崩壊するということは、何が、どうなることなのだろう?
 問うまい。おそらくはハユマも、それを把握している事は無いと予想出来たし、本筋はそこではないのだ。
【〈ンル=シド〉は、私の夫だ。〈ンル=シド〉に選ばれたのは、私の夫ノマウスだった。だから私は〈エティエンナ〉として、ノマウスを抹消しなければならない】
《それは、極論だろう? 『〈ンル=シド〉に干渉することが出来る』というのが〈エティエンナ〉の仕様だと、私はポポロカから聞いているのだけれど。違うのかい?》
【いいや、違わない。だがしかし、それ以外に方法が無いんだ】
 梔子高千穂は、その意見に対して首を傾げる。
「方法が無い」という言葉が、好きではなかった。
 梔子高という名字を持っている以上、梔子高千穂は梔子高日豊の一人娘であり、「やれば出来る」が座右の銘である梔子高日豊の一人娘である以上、「出来ない」「不可能だ」という言葉に負の感情を抱くのは父譲りであり、何の不思議でもない。
【カスカ学会上層員の一人娘であっても、所詮は娘でしかない。私に、それ以外の方法を模索出来るほどの叡智は無い。あまつさえ、学会ですら『それしか無い』と結論を出したのだから、それ以外の方法など、考えることは出来ない。唯一の希望である私の異空間同位体も、未だ見つける事が出来ずにいる】
 梔子高千穂の中で、ハユマの株がみるみるうちに下落してゆく。
 平たく言えば、それは結局、模索していないのと同意義なのだ。模索もせずに極論に走ろうとしているのだ。
【もう、それしか……方法は無い。絶対に】
……だから。

《有り得ないね》

 そんな風に真っ向否定すれば、ハユマは気分を害するかもしれないとは、考えもしなかった。
《方法が無いなんて有り得ない。絶対なんて、存在する筈が無い》
 ハユマが顔を上げ、梔子高千穂を見る。
 珍しい事である。
 梔子高千穂は、不機嫌だった。
《全能の逆説を知っているかい? 全能とは真の意味で全能なのかという設問を説いた、哲学上の逆説の一つだ。例えば、『絶対に誰にも持ち上げられない岩』があるとする。全能は、これを持ち上げることが可能なのだろうか? ……矛盾、しないかい? その岩が持ち上げられないのであれば、全能は『全能』ではないし、その岩を持ち上げられたとしたならば、その岩は『絶対』に誰にも持ち上げられない岩ではない。つまり、『絶対』と『全能』が同時に存在することなど、有り得ないのさ》
 誰かさんなら、この話だけで船を漕ぎそうだなと、何とも無しに梔子高千穂は考えた。そう考えたから思わず可笑しくなり、不機嫌も少しは和ぐ。
《仮に〈ンル=シド〉が『全能』だったならば、〈エティエンナ〉なるものが存在する筈が無い。干渉が可能である〈エティエンナ〉が存在する時点で、『全能』という前提が崩壊するからね。それに、絶対に方法が無いのであれば、そもそも〈ンル=シド〉を討伐することも不可能だ。討伐が可能であれば、〈ンル=シド〉は『絶対』ではない。そして現実問題として、〈エティエンナ〉は確かに存在し、討伐という選択肢も可能である》
……否。
 誰かさんは、船なんか漕がなかった。
 そう言えば過去にこの話を、彼にもしたことがあったのだ。
 確かその時、彼は珍しいことに船を漕がずに、甚くこの話に感銘を受けていた筈だ。
「やれば出来るんだ」と、爛々と目を輝かせていた筈だ。
 ああ。だからなのかもしれない。
 彼は今、必死に頑張っている。
 自分には解らない場所で、自分には解らない事を、彼は必死に頑張っている。
 きっと今頃、自分には荷が重いと嘯きながらも、自分に出来る事など塵芥に等しいと嘆きながらも、自分に出来ることを、精一杯模索している筈だ。
 だからなのだろう。
 梔子高がハユマに苛立ちを覚えたのは、自分に出来ることを模索しようともせずに、極論に落ち着いて嘆いているハユマを、自分に出来ることを精一杯模索し、極論を避けようとして嘆いている誰かさんに、投影したからなのかもしれない。
 そう言えば、よく似ている。
 ハユマは自分を、雰囲気が夫に似ていると評した。しかし、そう評したハユマもまた、雰囲気が誰かさんにそっくりだ。
 だからこそ、許せない。
 誰かさんに雰囲気が似ているハユマが、こんな風に後ろ向きな姿勢でいることが、梔子高千穂には許せなかった。
《つまり、〈エティエンナ〉が存在し、討伐という選択が可能であるならば》
 少しだけ。
 梔子高千穂は、指に力を込めてキータッチした。
《他にも方法はある。『絶対』に》

       

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