Neetel Inside ニートノベル
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突然ですが、世界を救って下さい。
【エピローグ】お手数ですが、もう一度世界を救って下さい。-ページ統括版

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「梔子高。最近悩んでることは無い? 困ったことがあったら、僕に相談してくれよ」
《何だい、いきなり藪から棒に》
 僕がそう言うと、梔子高は珍しく、いつもの微笑に戸惑いのエッセンスを加えた。
 そりゃ、そうだ。何の前触れも無しにこんなことを言われたら、後ろ暗いことがあろうが無かろうが、とりあえずいぶかしむことを優先する。


 朝、目を覚ますと、すべては終わっていた。
 すべてが終わっていたのだから、後日談としてのそれぞれの日常を描くと言うセオリーに則って、僕はこれまで通り制服に着替え、これまで通りの時間に家を出て、これまで通りに梔子高と合流し、これまで通りの通学路を歩き、これまで通り授業中に盛大に船を漕ぎ、これまで通りに屋上で食事に勤しんでいる。
「ここまでこれまで通りを満喫しておいて、今更かよ」と非難されるだろうが、しかし僕はこう思っている。
 終わったのか? と。
 もしかしたら、終わっていないのかもしれない。次の瞬間、再びポポロカなりハユマなり、或いはノマウス辺りが空中から降ってきて、再び波乱万丈のスチャラカシナリオに巻き込まれる可能性も、否定は出来ない。
 何とならば、実際キッカケがあった時に僕が行ったことと言えば、ただ理不尽に憤慨していただけだからだ。
 世界を救うのは、愛とか勇気だというのが相場だ。まかり間違っても、憤怒や何かで世界が救われたと考えるのは、何と言うかこう……あまり見栄えは良くない。
 それに、仮に終わったとして、何がどうなったから終わったのかが、さっぱり解らないのだ。何がどうなったのかが解らないのだから、もっともらしいこじ付けや辻褄合わせすら出来ない。
 しかし、こうも思う。
 終わったんだな、と。
 何とならば、
「……何、これ?」
《幾度も幾度も、中々にくどいね、君は。学習能力が無いのか、それとも視覚探知能力が欠損しているのか、どっちだい? それとも、それは私への侮蔑と受け取るべきなのかな?》
「そういうわけじゃ、ないけど」
 僕の手には、成長期のラグビー部員が携帯しているような極悪サイズの弁当箱が握られている。否、握るという表現は正しくない。下辺と上辺を結ぶ辺の直径が、親指先から小指先までの距離を凌駕している。両の掌で挟んでいる、という表現をしておこう。
 ああ、そういえば前に言ったっけ。
「今回の件にケリがついたら、もう少し沢山ご飯を食べようと思う」って。
 そして、これだ。「今回の件が終わったら」と銘打っているのだから、こうして、食べ終えたら賞金の一つでも出そうな有り得ない量の昼食が出ている以上、今回の件は終わったのだろうと僕は考えている。
 ああ、食べたさ。一週間分の食事を一度に出された気分だ。犬や猫じゃあるまいし、人間には食い溜めは出来ないだろうと考えている諸君。そんなことはないぞ、成せば成るものだ。
 尤も、その後の業の保障は出来ないけれども。


《悩んでいること、ね》
 そして今、だ。食後である。
 自分の限界を遥かに凌駕した量の食物を摂取して、もはや直立すらままらななくなり倒れ込んだ僕の頭を膝に乗せて、梔子高は横に添えているパソコンを、片手でタイピングする。
《二つほど該当するよ。一つは寝不足。午前四時に目を覚ましてお弁当の準備をするのは、中々の重労働だった。私はこれから、板垣さんに足を向けて寝ることは出来ないな》
 言われなくとも解る。あれは、梔子高が本人直々に作ったものだったのだろう。でなければ、あんな非常識な量のおかずを詰め込んだりするものか。半玉分の千切りキャベツが入った弁当なんて、後にも先にもそうそうお目にかかれるものじゃない。
「美味しかった」
 完食出来た理由を問われれば、いの一番にそれが出る。
《また、作って来るよ》
 その返答に対して「待った」をかけられなかった理由を問われても、いの一番にそれが出る。二番目はと問われれば、そうだな……こんなに嬉しそうな顔をされたら、断ることなんて出来る筈が無い、ってところかな。
《二つ目は、言わずもがな。解るだろう?》
「だろうなぁ」
 梔子高が、目を閉じる。どうやら僕の「考え事をする時は視覚機能を~~」論は、僕だけが持っているものではないようだ。
《何が、どこで、どのようにして、終わったのだろうか? 今になっても、私にはそれが解らないのさ。ポポロカもハユマも、今朝目を覚ましたら、忽然と姿を消していた。礼の一つくらい言えとまでは言わないが、別れの挨拶くらいはしたかったな》
「やっぱり、寂しい?」
 問うまでもないじゃないかと、問うてから心で舌を打った。ポポロカに対する梔子高のだだ甘やかしっ振りを見れば、どれだけ梔子高がポポロカに入れ込んでいたのかなど、火を見るよりも明らかではないか。
《不思議なことに》
 しかし梔子高は、どうせ吸うなら高いところの空気を、と言わんばかりに上を見上げ、閉じた目を微かに開く。本当に、微かに。
《それに対する感傷等々が、今の私には一切無いんだ。まるで、最初からポポロカなんて男の子は存在しなかったように感じられるし、またそれと同時に、ポポロカは今でも私の傍に居るようにも感じられる。『心の中に居る』なんて慰みではなく、私の家に、今でも本当に存在しているように感じられるんだ》
「トテチトテが、帰ってきたからじゃないの?」
 梔子高が、空から僕の顔に視線を移動させた。《何故知っているんだい?》とでも考えているのだろう。何故も何も、ポポロカがいなくなったのだから、トテチトテはこっちにいる筈だ。確か、そういうルールだったよな?
「元気にしてる? 今度見に行ってもいい?」
《ああ、きっとトテチトテも喜ぶさ。不思議なのは、数日間行方不明になっていたにも拘わらず、清潔な体を保っていたことだ。もしかしたら、知らない人の家にでもご厄介になっていたのかもしれないね。是非ともお礼の言葉と品の一つでも持って馳せ参じたいところなんだけれども、手掛かりが無いからお手上げさ》
 手掛かりがあろうが無かろうが、お礼の言葉も品も届けることは出来ないのだろう。そんな無茶を可能にするはた迷惑な能力は、もう存在しない。……と、思う。
「ポポロカなら大丈夫さ。ハユマも一緒なんだろ? きっと僕らを巻き込むのは終わったから、こことは違うどこかで、僕らにしたように、誰かを手品ショーにでも巻き込んでるさ」
 そんな穏やかなものであればいいけれども、だが。……ノマウスの奴、ハユマに平手の一つや二つ……或いは鉄拳でも加えられればいいのだ。
 そうしてせいぜい、叩かれることの出来る距離に在れる喜び、一緒に頑張れる頼もしさを享受していればいい。
 僕がこんな風に日常を満喫しているのだ。きっと、あちらもそれに倣ってくれているのだろう。何の根拠も無い推測だが。
 何の根拠も無くたって、いいんだろう?


《君は、髪を切ったかい?》
「何故?」
 予期せぬ質問だった。確かに少しばかり伸びたとは思うが、宛ら体育会系男児のように短髪を好む傾向は無いので、切った記憶も無ければ、近々切る予定も無い。
《ミヤコは、変わったよ。昨日目の当たりにしたミヤコもそうだったけれども、何と言うか、言葉では表せないような深い場所で、君は変わった》
「よく解らない。もっと具体的にならないの?」
《格好良くなったね、とでも言って欲しかったかい?》
「言って欲しかった」
 ……。
《やはり、ミヤコは変わったよ》
 内心、それはそれはほくそ笑んださ。ああ、ほくそ笑んだとも。大方、僕が「そんなこと無い」と主張しながら狼狽するのを傍観して楽しむつもりだったのだろうが、そろそろ僕だって、そう思い通りにはならない。
 これは、復讐だ。梔子高だけのせいではないとはいえ、良い様に掌で弄ばれた僕の逆襲なのである。散々どぎまぎさせられたのだ、せめて一矢報いる程度の逆襲くらいはしたい。
 板垣さんは言った。「これまでの梔子高の不可解な挙動は、別の世界のバランス調節の影響のためだ」と。
 ならば、バランスの整った今の梔子高は?
 すべてが終わった(?)にも拘わらず、明らかに一時間そこらで製作出来るとは思えない弁当を、朝も早よからせっせと作り、それをほうほうの体で完食した僕の頭を膝に乗せて、僕の髪の毛を指先の玩具にしている、今の梔子高は?
 これがもし、何かしらのサインではなく、本当に無意識の行動であったとしたならば、僕は全国……否、全世界の男性諸君を代表して、血の涙を飲みながら梔子高にグーパンチをせざるを得ない。
 約束、しちゃったもんなぁ。
……「一緒に頑張る」って。
 だから、梔子高にだけ任せるわけにはいくまい。こんなに頑張るのは、我ながら「頑張り」とはかけ離れた人生を送ってきた中で二回目のことだ。
《んっ? もう大丈夫なのかい?》
 頭を起こすと、梔子高はそう聞いてきたが、応えるまでもない。
 大丈夫だし、大丈夫じゃない。胃の膨張は収まったが、代わりに心臓が膨張寸前である。
「梔子高」
「っ!? 痛っ……!」
 ガッシ、と肩を掴むと、梔子高が小さく悲鳴を揚げる。我ながら、破壊衝動の一つでもあるのではないかと疑うような掴み方だった。
……しょうがないだろう、慣れちゃいないんだから。
「……何のつもりかな? ミヤコ」
 微笑んでこそいないものの、決して取り乱すことなく、まるで通行止めになっている通路に対して「何の工事だろう?」と疑問に思うそれと同等の度合いで、梔子高は疑問の表情を模っている。
 言わずもがな、それは虚勢だ。
 梔子高千穂という一人の女子が、延岡都という一人の男子をこれまで騙し通すべく、精一杯「心配させまい」「不安にさせまい」とすべく張り続けてきた、付け焼刃の虚勢だ。
 虚勢と解っている虚勢が通用する道理は無い。
「大丈夫」
 何で大丈夫なのか、ましてや何が大丈夫なのかもすら、よく解っていない。
 でも、それでいい。それが僕の役割だ。
 何の根拠も無く、「大丈夫だ!」と、全幅の信頼を寄せるのが、僕のアイデンティティだからだ。
「梔子高なら大丈夫。僕も頑張る。だから、何だかんだで何とかなると思う」
 残念ながら僕は、梔子高のように小細工の技術に長けているわけではない。あれやこれやといった駆け引きが得意なわけでもなければ、ましてや切り札の一つでも持っているわけではない。
 だから、これが精一杯だ。自分の伝えたいことを一方通行で投げ通し、その後は何も言わずに、ゆっくりと顔を近づけるのが、僕の精一杯。
 でも、それでいいんだろ? 後はそっちが何とかしてくれるんだよな?
「……うん」
 らしからぬ、短い返答だった。らしからぬが、この場に限定するならばこの上無く相応しい、短い返答。
 梔子高が、作法に則った。
 そうして、僕と梔子高の顔がゆっくりと、ゆっくりと近づき、そして、


 落ちてきた。



************************



《リターンコードゼロ。処理の正常終了を確認。アジョネートモードを停止し、MACモードに変更します》
「痛ぇ、痛ぇぞポンコツ野郎! なぁにが《正常終了》だ、もちっと座標の都合を何とか出来なかったのかよ!」
《機能を確認出来ません。既存のアジョナライザでの座標指定は不可能です》
「チッキショウ! あんのクソアマ、とんだポンコツ押し付けやがっ……あ?」
「……え?」
「……おやおや」

 おい。
 どっかで、見たことある風景じゃないか。

「……すまん」
 僕と梔子高から離れること二メートル。
 そこら辺りに、突如として空間を裂いて、二人組……というより、一人の男と、直径二十センチほどの球体のロボット? が現れた。
 そしてその片割れの男が、僕と梔子高を見るなり、熱でもあるんじゃないかと言うほど顔を赤らめて、鼻を指先で掻きながら謝罪する。
「別に俺は、何と言うか、その、お前らの邪魔をするつもりは無いんだ。ただ、こっちとしても、あー、のっぴきならない理由があるっつーか……。えぇいクソ! おいパット、このクソ茶番が終わったらガデニアに言っとけ! 二度とテメーのクソ腕で作ったクソポンコツなんかクソ信用しねぇってな!」
《命令を受理しました》
 アシンメトリに纏めた銀髪のミディアムヘアを振り回しながら、男が聞くに堪えない罵声を撒き散らし、パットと呼ばれた球体ロボットが、テカテカと額(?)のランプを点滅させた。
 眩暈、である。
 何だこれは?
 否、「何だこれは?」ではなく、「ああ、またこれか」という感想に落ち着けよう。
 知っているからだ。
 僕は、知っている。これは空間歪曲だ。どこかの世界では〈ンル=シド〉と呼ばれていた野郎が使っていた、異空間の移動を可能にする能力である。
 でも、それはおかしい。
 終わったんじゃ、ないのか?
「どっちだ?」
 銀髪の男が、不意にこちらを振り向くなり、僕と梔子高を交互に凝視しながら問いかけてきた。
「どっちかが協力者の筈だ、ガデニアの話が正しけりゃな。ったく、異空間のバランスを保つためだか何だか知らねぇが、とんだ厄災押し付けてくれやがって。言っておくが、拒否権なんかねぇぞ。押し付けた責任くらいは取ってもらうからな」
「……僕だ」
《そうなのかい?》
 僕が力無く手を上げると、いつのまに手元に戻したのか、いつものTTSの音声で、梔子高が僕に問いかけて来る。唯一、僕が理解出来て梔子高が理解出来ない案件である。誇らしくも何ともないが。
「お前か」
 銀髪が、何がそんなに憎いのか、まるで親の仇を見るような目で僕を睨みつける。ああ、僕だよ。厳密に言うなら僕「だった」だけどな。
「イチャついてるとこ悪いが……いや、悪くねぇな。俺はちっとも、これっぽっちも、一寸たりとも悪くねぇ。何故なら、これは元々お前んとこのゴタゴタだったんだってな? そんでそのとばっちりが俺らんとこに来て、俺はこうして見た事も聞いた事もねぇ場所にポンポン飛ばされる羽目んなっちまってる。解るか? 被害者だ、俺は。だから俺は悪いだなんて思わねぇぞ。そもそも最初っから、俺が謝る必要なぞ無かったんだ。むしろ、これが終わったらお前が俺に謝れ」
「知らないよ、そんなの。何の話だよ」
「すっとぼけんな」
 すっとぼけてなんかいない。これにはしっかりと「現実逃避」という固有名詞がついているのだ。
「どっか別の場所で処理される筈だったんだろ? んでも、それをお前がどうにかこうにかして、本来の場所からブッ飛ばされた。俺らは〈アジョン・ハック〉って呼んでるがな。んでその〈アジョン・ハック〉が、俺のツレに飛び込んできた。おかげで俺らはてんやわんやだ。ここまで来てしらばっくれてんじゃねぇぞ」
……要するに、だ。
〈ンル=シド〉は、消えたのではなく、ノマウスではない違う人の所に移った、と。
 そしてこの銀髪のとっつぁん坊やは、その被害者がいた世界から、ご丁寧にもこちらの世界に出張仕った、と。
……また僕が、右往左往しないといけない、と。
《もっと頑張りましょう、だね》
 梔子高が、僕の背後で笑いながらそうのたまった。……本当に、また頑張らないといけないのか? 正直、冗談じゃないのだが。
《大丈夫さ。何とかなるんだろう? それに》
 突如、頬に、暖かくて柔らかいものが当たる。
 この感触を、僕は知っていた。知っていたから、心で舌を打ったのだ。
……またしても、一手及ばなかったか。
「私も、頑張る。一緒に、頑張ってくれるんだろう?」
 随分と嬉しそうで何よりである。忌々しい。
「イチャついてる暇なんかねぇぞ。作戦会議だ、今、ここで。さっさと終わらせて帰らせろ」
 銀髪がどっかと腰を下ろし、小人の家の扉をノックするように、人差し指で地面を叩いた。
 頭が痛い。と言っても、これは例えだ。
 何度も何度も言うように。


 荷が重いのだ、僕「ら」には。


       

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六月十七日 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha