Neetel Inside ニートノベル
表紙

賭博異聞録シマウマ
第二話 GGS-NET

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「ね、いくつか聞きたいことあるんだけど」
 先ほどまでの迫力はどこへやら、シマは小首を傾げながら聞いてきた。俺は鼻をかんだ。
「こういうギャンブルを持ちかけられたのは初めて?」
「当然だろ。まったく、なんでこんなことになっちまったのか……ああ、今朝に戻りたい……」
「まあ起きちゃったトラブルを嘆いても仕方ないよ。でも不思議だね。負けたら一生ただ働きとか……どうやって取り立てるのかな」
「いまもそんな感じだけどな……。まあ、これからもサンドバッグにされるんじゃないか」
「そんな当たり前のもの、賭けるかな? だって暴力をちらつかせれば簡単に従う人間を、わざわざ負ける可能性のある麻雀なんかしてまで縛ろうとする? たぶん、ホントにどっかで一生働かされると思うよ」
「どうやってだよ。あいつらとなんか、高校出ちまえば関係ないだろ」
「そうならない方法があって、勝つ公算が高いから……こんなギャンブル吹っかけてきたんじゃないかな」
「……よくわからん。どういうことだ?」
「これ、知ってるかな」
 シマはパソコンを起動させるとあるホームページへ飛んだ。俺はシマの肩越しにタイトルを読んだ。
『GGS-NET』
「知らない。なんのサイトなんだ?」
 シマは『ABOUT』をクリックした。

『Guilty Gamble Star-NET.
 GGS-NETはあらゆるギャンブラーの勝負を応援しています。
 賭けの内容、分配、会場のセッティングなどすべてお任せください。
 我々は、真の強者の降臨を切に願う者です。
 登録無料。お気軽にご参加ください。
 警告:敗者からはあらゆる手段を用いて負けを取り立てさせていただきます。』

 俺はシマの顔をまじまじと見つめた。
「……え、マジ?」
「トーゼンのパーペキだよ」
 死語にツッコミを入れる気にもならない。
 つまり雨宮はこのサイトを通じて俺から巻き上げようとしているのだ。
 俺の一生を。一万でもなければ一兆でもなく、一生……。
「このサイトはね、個人と個人のギャンブルをサポートするものなんだ。たとえばネット麻雀を介してリアルマネーをやり取りするなら、事前にGGSの口座にお金を振り込んで、勝負が決まったあと勝ち分が振り込まれるってこと」
「で、負けたら振り込んだ金はパアってことか……。あんたも、このサイトの会員なのか?」
「まあね。で、勝負の内容を見れるのは当事者同士なんだ。だから君も登録して」
「……大丈夫なのかよ、こんなアングラサイトに登録なんかして……摘発とかされねえのか?」
「そう言うと思った。ちょっとこれ見て」
 シマの白く細い指がキーボードの上を滑ると、あるリストが表示された。人名だ。
「麻生一郎、古泉淳三郎、紅音矢……これって」
 なにかの冗談……とは思えない。
 そう、悪事は罰せられてこそ規制される。
 では、その罰する側が悪事を行ったら?
 ……どこの世界も一緒だな。弱いやつは何も知らず、奪われる。
 俺の心境を察したのか、シマは優しく肩を叩いてきた。
「まあ、逆に言えば雨宮が本当にこのサイトを引っ張り出してきたってことは、こっちが勝てば確実に写真を取り戻せる。場合によってはそれ以上も……。ってことで、登録してくれるかなっ?」
「……いいとも」シマは満足気だ。なぜか俺はいらっとした。
 本名、年齢、住所などを入力するとメッセージが現れた。


『ようこそ、勝負の舞台へ』


 ……勝負の舞台か。そういえば、もうずっとなにかと張り合ったことなんてなかったな……。
「ほら、やっぱり」
 シマはディスプレイを指し示した。

『勝負:麻雀 ハンチャン3回で先に2戦した陣営
 ホスト:雨宮秀一   BET:写真とフィルム
 ホストメンバー:倉田幸介 八木裕隆
 チャレンジャー:馬場天馬 BET:人権
 場所:○○町 9-○○-27 洋館 書斎
 日時:20XX年 4月2X日 午前3時』

「……俺、負けたらどうなるんだ?」
「人権を失うってことは、今後一切社会的な貢献を得られなくなる。ま、外国に飛ばされて死ぬまで強制労働、その賃金はすべて雨宮のポケットの中ってとこかな」
「それって、体が弱いから無理とかそういうのは」
「聞いてくれるわけないじゃん」
 シマはどういうわけか楽しげだ。他人事だから平気……というわけでもなさそうだ。
 女は男より神経が図太いそうだから、シマもそうなのかもしれない。
 よっぽどどんよりしていたのか、シマに心配そうに顔を覗き込まれてしまう。その上目遣いにドキっとした。
「まあ、まだ勝負まで時間はあるから。なにか食べようか。ああ、でもちょうど食べ物なくなっちゃったんだった。買ってくるね」
「え? いいよ、べつに。食いたくない」
「わたしも食べたいから。それに、勝負の前はちゃんとおなかいっぱいにしとかないと元気でないよ? ね?」
 そう言い残してシマはあっという間に出て行ってしまった。
 女にしては身支度が早い。
 化粧をせずに出て行ったが、もしかしてすっぴんなのだろうか。あれですっぴんかよ……。



 遅い。遅すぎる。
 俺はベランダに出てあたりを見回していた。
 ちょっと驚いたことにシマのマンションは俺の家から五分ほどの位置にあった。遠目に俺の家が見える。
 そしてその向かいにはコンビニがあり、そこで飯を買って戻ってくるなんて10分かからないはずなのに、時計の針はすでに午前2時を指している。
 会場の洋館までここから1時間はかかる。そろそろ出ないとまずい時間だ。
 まさか……

 逃げられた……?

 俺は泣きたくなった。
 またやっちまった。どうしてこう肝心な時に人を信じてしまうんだ……
 こんなことならもっと早くに自分だけで会場へ向かえばよかった。
 そうと決まればこんなところにいるわけにはいかない、超特急で靴を履いて扉を開けようとする。
 がちゃ。
 扉は勝手に開いた。
「うおっ!?」
 つんのめってしまい、俺の顔面は地面と熱烈なキスをする。
「……大丈夫?」
「……なんとか」
 俺のファーストキスはマンションか……。
「なにしてたんだよ、こんな時間まで……」
 俺はシマに助け起こされながら不平を漏らした。するとどういうわけかシマは顔を赤らめた。
「おなか痛くなっちゃって……ごめん」
 そう言って俯いてしまった。
 なんだかすごくまずいことを聞いてしまった気がする。
「……とにかく、急がないと間に合わない」
「ああ、それなら大丈夫。これがあるから」
 シマの指に絡まった小さな鍵がくるくると回転した。



 深夜の道路を二人乗りのバイクが疾走する。
 俺はバイクに乗ったことがなかったが、これはかなり怖い。
 ぼーっとしてると振り落とされそうだ。
 しかも俺の左手は今、ずっしりと重いトランクをぶら提げていた。
 シマいわく『秘密兵器』だそうだが、その秘密兵器はいま俺のバランスを著しく崩している。
 最初の犠牲者は俺か? 笑えない。
 バイクはだんだんと人家の少ない方角へと進んでいき……やがて雨宮家の敷地内へと突入した。
 辺り一帯の田んぼの中、あぜ道をひた走る。
 憎き雨宮の土地だが、俺はここが嫌いじゃなかった。
 耳を澄ませば虫が鳴いているのが聞こえる。空を見上げれば粉砂糖のような星が俺を圧倒した。
 昔はよく妹とここらの山に忍びこんで遊んだっけ。
 ああ……。

 急にバイクが停止した。視線を水平に戻すと、ついに現実のお出ましだ。
 雨宮家の洋館は電気こそ点いているものの、静まり返っていて人がいるようには見えなかった。
 だが恐らく中にはすでにスタンバイしている雨宮たちが待っているのだろう。
 辺りに電灯などはなく、広大な闇の中に洋館と、ボロい納屋だけが浮かび上がっている……。
 地面に降りると、膝が笑い始めた。必死に押さえつけようとするがどうしても止まらない。
 それを見たシマがすっ……と俺の手を取った。強く握り締められる。呼吸が止まった。
「いこうか?」
「……ああ」
 こいつはどうして、こんなに俺によくしてくれるのだろう。
 震える俺の手を、シマはずっと離さないでいてくれた。

     

 玄関からエントランスに入ると、階段の前に黒いスーツを着た女性が待ち構えていた。
 俺たちの存在を認めると深々とお辞儀をする。
「ようこそ。私は今日の勝負をジャッジさせていただくGGS-NETのカガミと申します。今後ともよろしく……」
 そんなことより体を折った際に首から流れたさらさらのストレートヘアーに目を奪われていた俺は、シマに脇腹を小突かれて我に返った。
「どうも。雨宮くんたちはもう来てますか?」
 カガミは人形のように口元だけで微笑んだ。
「ええ、いらしてますよ。ご案内しましょう」
 
 ……ついに始まるのか……。
 なんだろう……。
 この気分は……。



 コンコン。
 俺とカガミはノックして書斎へと入った。
 所狭しと本棚が敷き詰められ、図書館でお馴染みの古い紙の臭気が充満していた。
 そしてその本棚の奥に卓が置いてある。
 奥は壁、横は本棚で非常に窮屈なその卓に、三人が座っていた。
 雨宮が頬杖をつきながらにやにやした笑みを浮かべている。
「死ねば助かったのに……。まぁいいさ、さっさと済ませよう」
「……待ってくれ。俺は勝負しない」
 三人の間に呆れた雰囲気が流れた。
 倉田がしゃしゃり出てくる。
「あのな、もうここまで来てやっぱりやめましょうそうですねで終わるわけないだろ? バカ?」
「黙ってろ、ノータリン」
「あ? なん……」
 すかさずカガミが間に入ってくれた。
「勝負と関係ない暴力行為はご遠慮願います」
「やめとけ、倉田。わざわざジャッジの心証を悪くすることもない」
「……ケッ、調子に乗るなよ、クズが」
 倉田などどうでもいい。俺は雨宮を正面から見据えた。
「さっきは麻雀できるなんて言ったけど……家に帰ってから気づいたんだ。
 俺がやってたのは、ドンジャラだった。麻雀なんて全然できない。
 けど、代打ちを連れてきた。それを認めて欲しい」
 雨宮の顔から笑顔が消えていた。なにかを思案するように視線を落としている……。
 すると今度は一年生の八木が突っかかってきた。
「センパイ、もしかして警察の人でも連れてきたんスか?
 ダメダメ、カガミさんは警察より強いんだから。そうでしょ?」
 カガミは正確に斜め45度のお辞儀をした。
「その通りです。たとえ国家権力だろうと、地方の地主だろうと……
 この勝負を止める者は、この私が許しません」
「だってさ。残念でしたね?」
「警察なんか連れてきちゃいないさ。雨宮、どうなんだ? 認めてくれるのか?」
「……どこにいるんだ? そいつは」
「ここにいるよ~」
 扉の向こうから聞こえてきた声に倉田と八木がざわつく。
「おお……?」
「女ッスよ……」
 ただ一人、雨宮だけがビタ一動じずに扉を睨みつけている。
「君、誰?」
「わたしは嶋あやめと言います」
「ここがどういう場所かわかってんのかなあ? 遊びじゃねーんだけど」
「もちろん。でもさー馬場くん麻雀わかんないみたいだし、わたしちょっと腕に自信あるし? 助けてあげよっかなーて思って」
「なんで部外者のあんたが出てくんの? 帰れば」
 そこで意外にもカガミが口を挟んだ。
「雨宮様、それはなりません。
 馬場様が麻雀のルールを把握していない以上、誰か打てる者がいなければ勝負へ移行できません」
「そんなの覚えてこないやつが悪い」
 憮然とした雨宮にカガミは懇切丁寧に食い下がる。
「おっしゃる通り。ですが麻雀はルールの把握の有無で勝敗が大きく偏ってしまいます。
 丁半博打やブラックジャックなどならともかく、これでは勝負になりませんゆえ」
「……ふう。じゃあいいよ、代打ちを認めよう」
 ほっとした。とりあえず、これで第一関門はクリアだ。
 だがそこから先は俺の予定にはなかった。
「けどさ、こっちに迷惑かけてんだから、ケジメはきちんとつけてもらうぜ」
「お、おい、ちょっと待てよ。なんだよ、ケジメって……?」
 慌てる俺を見て愉快なのか、雨宮はクク、と声を鳴らした。
「俺が負ければ写真を渡し、おまえが負ければ一生奴隷労働。
 しかし部外者が打つってんじゃ、肝心の『震え』がないじゃないか。それじゃあズルい。
 シマとか言ったっけ? あんたにも賭けてもらおう」
「なっ、待て待て待て! そんな話が違うだろ!」
 シマを巻き込むわけにはいかない。あいつは無関係なのだ。
 しかし俺の背後から帰って来た言葉はあっけらかんとしていた。
「オッケー。なに賭ければいい?」
「ちょっ、シマ!?」
「いいからいいから。そうだなあ、わたしも人権を賭けようか?」
 人権て……負けたら一生だぞ……。
 雨宮の瞳がギラリと光る。
「いいぜ、それで。じゃあ入ってきな」
「なに言ってんの? まだ途中でしょ?」
「……途中?」
「わたしはべつに馬場くんの妹の写真なんかいらないし。なにか別のものが欲しいなあ。
 三人の人権とか」
 空気が凍りついた。耳の奥から激しく脈動する心臓の音が聞こえる。
「おい、いいかよく聞けよメス。おまえごときが俺らの人権? 脳みそ沸いてんのか?
 メスはメスらしくヒイヒイ言ってろ、クズが」
「負けるのが怖いのかな? ふふ、まぁそんなもんだよね。
 親の七光でふんぞり返ってるお坊ちゃまくんなんてさ」
「……ああ?」
 やばい、雨宮が一番言われたくないことを……。
「まあ、そうやってせいぜい楽しく生きていけば?
 誰かに頼って、甘えて、虚しい一生を終えればいい」
「………………………。
 いいだろう、賭けてやる」
 八木と倉田から血の気が引いた。
「おい、大丈夫なのかよ!?」
「なんで俺らの人権まで賭けなきゃならないんスか!?
 それにおかしいッスよ! 馬場は人権、雨宮さんはそれに対して写真。
 あのシマとかいうやつと雨宮さんの人権。
 なんで俺らまで巻き込まれるんすか! 数字が合わないへぶぁ!?」
 卓に血が舞った。雨宮のフックを喰らった八木は椅子から転がり落ちる。
 鼻を押さえてうめく八木を雨宮は冷酷に見下ろしていた。
「てめえらだって甘い汁すすろうってのに、数字が合わない? ふざけろゴミが」
「……そ、そんな……ひどすぎる、嫌ッスよ! そうでしょ倉田さん!」
「え? ……あ、ああ……いやでも……」
「おい」
 ……?
 雨宮がなにかを言いかけた倉田を制した、ように見えた。
 がちゃ、と扉が開き、ようやくシマが現れた。
「シマ……」
「まぁまぁ雨宮くん。確かに倉田くんと八木くんの言い分もわかるよ。
 だから、君たち二人とはこれを賭けよう。満足してもらえるといいけど」
 全員の注目を浴びながら堂々と歩いてくると、俺が持ってきたトランクを開けた。


 金。
 トランク一杯に金が敷き詰められていた。
 『秘密兵器』ってこれか……。ホントにこいつ何者だ?
 まず倉田が反応した。
「そ、それっていくらだ……?」
「その大きさのトランクから推測すると一億かと」
「いっ……一億っ!?」
 効果は絶大だった。しかし雨宮は見慣れているのか、まるで石ころを見るように平然としている。
「倉田様と八木様と半々にするなら、一人当たり五千万ということになります」
 初めて目にする大金……それに倉田と八木は釘付けだった。
「そう、一億。普通の人が一生賭けて稼ぐ金の三分の一……。
 この何百分の一も手に入れられずに、苦しい生活を強いられている人たちもいる。
 これが、勝てば君たちのモノ……」
 バン!
 シマはトランクを閉じた。二人の欲望の視線が遮断される。
 にや……
 ……またあの笑い方だ……口が裂けるような深い笑い……。

「じゃあそろそろ始めよう。
 本物のギャンブルを……」

 しかし俺は祈るしかない……。
 この口が、雨宮たちを喰らい尽くしてくれることを。

       

表紙

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Neetsha