Neetel Inside ニートノベル
表紙

Ash syringe 〜蝋色射物〜
序章

見開き   最大化      

悲しくて、悲しくて、この場所は哀傷に満ちていた。
人はいずれ死ぬのだろうけど、まだ彼女には早過ぎた。

「数日前、彼女を見た時は元気だったのにな」

そのような話が飛び交い、彼女の元気な未来を皆が望んでいた。
けど、その未来は来ることがなかった。



そう、この場所では私を含め全てが悲しみで染まっていた。
けれども一人、少しも悲しみを出さず笑ってる奴がいた。
不謹慎だ。不謹慎きわまりなかった。
しかも、それが彼女の親友なのだから・・・

「あなたは、どうして悲しい顔ではないのですか?」
私は気になり、質問してみた。すると

「先ほどまで悲しかったわ。でも、悲しくなくなったの。信じられないくらい」

彼女の言ってる意味が分からなかった。
悲しくなくなる理由も分からないし、ここで笑ってる理由も分からなかった。
もしかして、彼女はそこまで親友ではなかったのだろうか?


「悲しくなくなったからといって、葬式の場で笑わないで」
私はつい感情的になり、声が荒くなった。



「ごめんなさい。でも言っちゃ悪いけど、私はあなたより悲しい気持ちなら勝っていた自信があるわ。
けれども・・・あそこの人に、その悲しみをあげたの」

彼女が指した方向には、見たことも無い男が立っていた。


「悲しみをあげた?」
ますます意味が分からない。そんな不思議そうな顔をしてる私に彼女は




「彼のところに行けば分かるわ」
そう言い残し彼女は、立ち去った。






私は彼女が言った疑問を解消するべく、男へと声をかけた。

「すみません。よろしいですか?」

「なんだ?」
男は物色していた目を止め、私の方を向き、凝視した。


「あなたが・・・えーっと、悲しみを解消してくれると聞いたんですが?」
彼の威圧感が妙にあったし、どう言えばいいのか分からなかったので、少し言葉に詰まった。



「そうだな。確かに私は悲しみを解消することができる。いや解消というよりかは『奪う』という表現が正しいな」

・・・悲しみを奪う?やっぱり意味が分からない。疑問が増えてくばかりだ。
そういえばこの男の所に向かう途中、とある話を小耳に挟んだ。



「篠塚さん知ってる?」
「え?だれ?だれ?」
「あの~、死んだ子の親友だった子」
「あ~、知ってる!影の薄い子でしょ?」
「あの子、私が最初見た時は、すごい泣いてたの。もう、後を追って自殺しそうなくらい。
 でも、さっき見たら、・・・笑ってた。
 もしかして、あんたが殺したんじゃないか?ってくらい」
「え~怖い~」


この話から考えると、確かに彼女は、私に勝るくらい悲しみを持っていたのだろう。
けれども、私が見た時には、気味が悪いくらいに笑っていた。


まるで、悲しみという感情が消え失せたかのように


     



「・・・そ、・・・・・・奪・・・ぞ?」
声を掛けられ、はっと我に返った。



「え?なんて?」

「・・・『それでは、悲しみを奪わしてもらうぞ?』と言ったんだ」

そういえば、その話の途中だった。
しかし、そう言った男の手を見ると、私はとっさに右手で左手を守った。



なぜなら、彼の手には注射をする道具が持たれていた。
いや、もしかしたら違うのかも知れない。
私が知っている『それ』よりも黒味がかっていて、どことなく不気味に見える。

「それは?」
男がそれに入っている液体を凝視し、怪訝な面持ちをする。




「注射器に見えるだろ?見えないのか?」





「見えるわ。・・・えっ!痛ぃっ!!!!」




いきなりだ。




いきなり男は私を射し、一気にピストンを引ききった。
そして射されたところからは、私の何かが出て行く奇妙な感じがした。


「・・・何すんの!!痛い!!」


急な彼の行動に私は動転し、力の限り彼を振り払おうと思った。
しかし脳裏で針管が折れるのを気にしたため、力が入りきっておらず男は離れない。

男は笑い、してやったりという表情だ。


「ククク。お前、注射が怖かったんだろ?さっきからずっと左手を守っていたしな。
 だから、いきなりで悪いが射さしてもらった。悪く思うなよ」


耳元で男が喋ってきた。全身に悪寒が走る。気持ち悪い。
しかも注射が怖いのが図星だったのことが、しゃくにさわる。


「ところで早くそれを抜いてくれない?もう終わったんでしょ?」



「ああ、そのことについて残念なことがある。
 俺はさっき注文通り、つまり『悲しみ』の感情を抜いてはいない。
 俺が抜いたのは『怖さ』だ。注射のな。

 こんな年齢にもなって怖がっているのが、かわいそうだったのでな。
 俺なりの優しさだ。」


何言ってんだコイツ。と思ったが、確かにあれに対する『怖さ』が無くなっている気がする。


いやむしろ「射されたい」とさえ思っている。
・・・言っておくが私はマゾヒストではない。おそらく。


こいつ、本物かもしれない。
そう思った瞬間、好奇心が抑えられなくなった。

さっきまでは、気持ち悪いやつだと思い、今すぐ立ち去ろうと思っていた。
けれども今はそんな気持ちが吹っ飛び、立ち去る気にはならない。
むしろ「どんどん射して」と思っている。おそらく。


「さて、本番といこうかな。」


彼は高らかと腕をあげ、私を狙い澄ます。


「待って」



私は、そんな彼の行動を止めさせる。
それは注射が怖いからではない。

彼の今からの行動が無駄だからである。

     

「あなた、私の悲しみを奪おうとしてるんでしょ?
 実のところ、私は彼女の友達でも何でもないの。
 むしろ悪意さえ感じ、敵だとさえ思う。だから死んでせいせいしているわ
 そんな私から悲しみを奪うことはできないでしょ?」


そう、こんな死んだやつのことなんか嫌いだ。


けれども、昔は大好きだった。
なぜなら、あいつは幼馴染で、小さい頃から、絶えず毎日遊んだ。

あいつは私に依存していて、常に後ろを着いてきていた。
だから、あいつにとって私は、友達というよりお姉ちゃん的存在だったのかもしれない。
その証拠に、私を呼ぶ時は「ゆい姉」と呼んでいた。


そして私にとっても、妹的存在だったのかも知れない。

いつも朝に、あいつを起こしに行っていた。
男子にいじめられてる時も、いつも私が助けた。
試験の時も、いつも私が教えてやった。
あいつは、よく忘れ物もしていた。その度に私が貸してやって、私が代わりに怒られた。


けれども・・・

・・・私の大事な人を奪った。
あんなやつに対して、悲しみなんて存在する訳がない。



いや、存在して欲しくない。



「・・・それじゃあ、お前は俺のところに何しに来たんだ?」


彼は当然の質問をし、私を疑念の目で凝視する。
彼の疑問も、もっともだ。
私は手を顔に添え、少し考える。


「好奇心かな?・・・」


これは半分本当で、半分嘘だった。
実は、さっきから言ってる通り『悲しみ』を奪ってもらいたかった。
おかしなことを言ってるかもしれない。

本音を言うと、あいつに対する『悲しみ』がほんの少し存在しているとしたら、
それさえも奪って欲しいと思っていた。


だって、心の底からあいつを恨みたいから。




だけどさっき、つい「待って」と言ってしまった。
ふっと、あいつの笑顔が頭に浮かんだからだ。

躊躇している自分がいる。



本当にそれでいいのか迷っている自分がいる。
あいつの笑顔が忘れられない自分がいる。



「・・・ねえ、それってどんな感情でも奪えるの?例えば・・・う、『恨み』とか。」


何を言っているんだろう私は。
そんな言葉を発した自分に驚いている。

そこは「やっぱり『悲しみ』を奪って」と言うべきなのに
全く違う言葉を発している。



だって、この『恨み』だけは絶対に失ってはいけない。
絶対に忘れてはいけない。一生ずっと、あいつを恨み続けるために。



あんなことをした、あいつを忘れないために。



「もちろん、できる。・・・なんだ?彼女のことを恨んでるのか?」



そう、恨んでいる。
だから、できるとか、できないとか、関係はない。
私は、それをあげるつもりなんてないから。

けれどもおかしい。
さっき、あいつの笑顔を想像した時から、モヤモヤしたモノが存在している。







「・・・・。うん、だから奪って。」



「そうか、じゃあそれを奪って欲しいんだな?」



「・・・。そう。奪って」




・・・・・・。

ああ~。さっきから本当に何を言っているんだ私は。
本心とは裏腹に、私は喋る。





いや、もしかしたら、これは本心そのままなのかもしれない。
本当は、あいつのことを・・・



おかしな話だ。








「じゃあ、射すぞ。」


・・・考えているうちに彼が私を射してきた。


そして、何かが奪われるのと同時に、色々な思い出が心の底から湧きあがってくる。
それは、恨みとは全く正反対の別もの。






・・・そういえば、あいつは私の誕生日の時に、いつもケーキを作ってくれたな。
ここ数年、食べてない。あれ、おいしかったのに。


そういえば、あいつの作ってくれたマフラー暖かかったな。
でも、おそろいなのにあいつのは失敗作。
だから不恰好なのに、私とおそろいだからって、いつも着けていた。



あ、そういえば、あいつと修学旅行に行った時も楽しかったな。



温泉に言った時も楽しかった・・・



遊園地に行った時も楽しかった・・・



公園で遊んでる時も楽しかった・・・



何気ない日常が全部楽しかった・・・







あいつがいたから楽しかった・・・







気付いた時には涙が止まらなかった。





「なんで死んだのよ!!あおいのバカぁあああああああああ」




私はその場に泣き崩れた。






     



そうだ。本当は、あいつは悪くはなかった。
私が勝手に彼氏を奪われたと思ってただけだから。



本当は私だけが悪いことは分かっていた。
あいつは何も悪くなかった。
いや、「あおい」は何も悪くなかった。


ごめん、ごめんね、あおい。




そして、大好きだよ、あおい。















この状況を男は全く理解できなかった。


「おいおい、なんで『恨み』を奪ったら、号泣してんだよ。
 意味が分かんないな。」



いや、『恨み』を奪った時に出てくる『悲しみ』など、普通の人には想像できるはずもなかった。


けれども男はそんなことなど、どうでもいいことに気が付き、
さらに、ほくそ笑んだ。


 

「でも、ちょうどよかった。俺はそんな号泣する悲しみが欲しかったんだ。
 だけど、葬式があるからって来て見たら、ほとんどの奴が泣いてない。
 一人泣いてるやつを見つけたけど、結果、いまいちの悲しみだった。
 ほんと、無駄骨かと思ったんだがな、どうやら、そうならなくて済みそうだ。」


彼が泣いてる私を見て、とても嬉しそうに話しかけ来る。



けれども、彼には申し訳ないけど、この感情はあげれない。
だって、この感情があれば、あおいが私の中でずっと居続けている気がするから


「ごめんなさい。これはあげれないわ」

これでいいんだ。私は『悲しみ』という感情を持っていることが『嬉しく』思っている。






そして、私はあおいのことを一生忘れないだろう。















      ザクッ。






「・・・・え!?」



背中に痛みが生じる。
そして、私から何かが出て行く。




「おい!!!お前、ふざけるな!!
 何か勘違いしているだろう。俺は最初から言っていたはずだが?
 感情を『奪う』と。」


さっきも急に射してきたけど、やっぱりコイツおかしいと思った時には遅かった。


「お前に選択権などない。俺が一方的に決めれることだ。」




男は私を押さえつけ、冷酷な表情で私を凝視する。
その顔は、悪魔のようで、この世のものとは思えない程であった。



私は一瞬、身がすくみ、何もすることができなく
かろうじて叫ぶことができたが、全くの無駄であった。




「ククク、そんなに怖がらなくても大丈夫だって。
 第一、悲しみなど持っていない方がいいに決まっている。

 …けれども俺には必要なんだ!欲しくて欲しくてたまらないんだ!
 だから全部貰ってやるよ。感謝しな!!」


私は身の恐怖を感じた。だから、針管が折れることなど気にしていられなかった。
力の限りめいいっぱい、彼を振り払おうとする。

しかし残酷にも、彼の前ではなす術もなかった。


「あおい・・・あおい・・・・・・・。」



そう言いながら、私はその場に、無表情で倒れた。



そして、さきほどからの一連の流れを、この場にいる全員が見ていたが、
男の狂気の沙汰に、場は凍りつき、


一人悠々と帰ってく男を、誰も止めることはできなかった。



「すごい、すごいぞ!!今までで一番大量だ!!あいつ、すごいぞ!!・・・ククク」



いや、もしかしたら彼を止める感情を持っていないかったのかもしれない。


       

表紙

gure 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha