草原。この言葉でどう思い浮かべるか。
自分の足元に草がある。周りを見渡せば、草。雑草。
そこらじゅうにある、頼まれてもいないのに大量に生い茂る草。
そして、それはある一定以上の長さまでしかない。まるで誰かの手によって整えられたように生えている。
光で暖められ、風で草がなびく。手触りにはすこしざらりとした、それでもなぜか心地よい感触。
砂漠。この言葉でどう思い浮かべるか。
自分の足元には、砂。細かく打ち砕かれ、さらりと手から零れ落ちる。
あたりを見渡しても砂。あるものは自分と言う存在と砂。
そして、太陽。熱く照り、焦がすようにあたりを焼き尽くす。
砂漠には、天国があった。
天国というにも、遠いものだが。その場の環境に置いては天国に見えてもいいのでは。そう思う。
砂漠にはオアシスというものがあった。
ある一定の場所に置いて、一部分だけ草原のような場所。
神が残した、地上の、クモの糸。
地獄から変わる、唯一の場所。
話は、そのオアシスという場所に住む一人のヒトから始まる。
…………………………
「オアシスという名前は、誰が付けた」
ひとりの旅人が尋ねた。そんなもの、わかるはずがない。
「わからないな。遥か昔の生きた人間の考えた言葉が、今でも継承されているのは間違いないが」
オアシスに住む男は答えた。それが一番考えられる。「まとも」な答えであると言うことは解っていたからだ。
「砂漠を超えないのか?」
さらに一人の旅人がこう、尋ねた。
考えた事もない。
「わからないな。水筒もなにもない。超えようとすれば死ぬだけだ。たったそれしかない」
住む男がそう答えると、旅人達はこう言った。
「俺達についてこないか? 一人だけここにいても仕方がないだろう」
願わない事だった。彼はここから離れたくなかった。
「悪いが。その気はない。ここで一生を暮らすことにしたんだ」
旅人達は、その返答を聞くと翌日準備をして出ていった。
(口だけの偽善が出す、心にもない言葉)
彼は、表には出さなかったが。人間と言う生物は嫌いだった。
表に出さないのは、彼自身の最後の人間に対する心遣いと言うものだったのだろう。
彼の人間嫌いな理由は特になかった。ただ、人間が嫌いなだけだった。
自分と言うその存在自体も嫌いだった。
彼はたまに思う。
「自分が人間でなければどれほどよかったか」
人間であるがゆえの、思考を持たなければならなかった。思考は物事を考える事。ヒトを思うこと。生物を思うこと。
自分に接する人間は昔から少なかったからか、自分に信用してくれるヒトなどいないだろう。そう思うことが昔の彼だった。
彼はオアシスを転々としている。オアシスからオアシスへ。食料を街に買いに行き、またオアシスに戻り生活を暮らしている。
食料を買いに行くときは、必ずヒトと接しなければならない。それが、彼にとってもっとも面倒な事のひとつであった。
一つ二つの言葉を返すのも面倒だと言う。ヒトに対しては。
でもそれは、彼が生きるために仕方ないと妥協することだった。
辺境の地に住む彼が、まだ思うことは、自分は生きたいという、本能に従うことでもあった。
「一人で暮らそう」
彼がそう思ったのは、二十を過ぎたあたりだった。
昔の事をほじくり返すと、理由は見つかるかもしれなかった。どこかに必ず、理由があると思う。彼は極たまにそう考える。
しかし、自分の保守のためだろうか。自分を保つためだろうか。結果は自分は悪くないと言うものだった。
家の金がなくなったときは自然と彼が罰を受けた。
友達の遊びの誘いも、連絡もなく別の場所へ行かれていた。
始めて出来た彼女は、友達に寝取られ、別れた。
友達が借りた金を、自分に擦り付けてきた。連絡もなしに。
家族が死んだとき、彼は一粒の涙も流さなかった。
家族とは、彼には他人の集まりでしか無かったから。
家族とは子に接するものだが、彼の家ではそれは無かった。
親父が母を殺し、次の母もその親父に殺され。
その次の母は殺される前に、まだ10代の彼をつれて逃げた。3人目の母は信頼できたが、その母が再婚した相手もまた暴虐な性格を持ち、酒を飲めば暴れ、彼の体を刃物で切りつけたりもした。
それが、意外と理由なのかもしれない。ヒトを嫌いになるのは十分すぎるほどだろうと思う。
細かい事を言えば、まだ見つかるかもしれなかった。だが、これ以上はただただ、マイナスの思考に陥るものだろうから、彼は昔を思い出すのを止めた。
――ただ砂漠の真ん中で暮らすのだけでは、退屈もあるから。彼は街に行った。