Neetel Inside 文芸新都
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 彼女を預かって、オアシスで二人の生活が始まった。自分ひとりであれば、たいしたことを考えなくてもいいのだが、今は違う。
 人の子の世話をしなくてはならないのだ。彼は生まれてきて今まで、生き物の世話をしたことなどない。人間の世話は、最初の父親に無理やりやらされた子守の仕事ぐらいしかない。
 それでもまだ、人の子供を世話したことがある。そのことだけは強みではあるのだろうが。
 意志の疎通が出来ないのは赤ん坊でも同じだが、彼が受け持った子供は何かしらの反応はした。腹が減れば泣きわめき、おしめを代えろという意志も、赤ん坊は曝け出した。

 しかし、テシトに関しては反応がない。
 先ほど渡した夕食は、時間がかかってはいたが出したものは全て食べた。皿に盛った食物に手を伸ばしたときに見えた腕は、やせ細っていたように見えた。
 物を自分から食べたことがなかったのだろうか。それは彼にはわからない。
 声をかけても、彼の声にテシトは反応しなかった。名前を呼ぼうが、軽く触れて反応を試してみたりもしたが、彼には何かしらの反応を示さなかった。
 男性がこの子の頭に手を置いた時ですら、反応がなかったのだから、赤の他人である彼にはもっと反応はしないのだろうか、と思った。
 もしかしたら耳が悪いのかもしれないと思ったが、何をしても反応を示さないものだから、そう言える材料はない。
 テシトが何を考えているかはわからない。何を見ているのかわからない。何を感じているのかはわからない。
 扱いにくい子だと決め付けてしまえば、その通りで終了してしまうのだが。
 彼女が何を想っているのかはわからない。飯を食らうということ以外の反応を見せないとなると、恐らくはそれらに関する事以外の行動はしないようにしているのかもしれない。
 
 食べ物を食べる以外のことに、テシトは何を感じているのだろうか? 仮に、食べ物を食べるとしても、それをおいしい、まずいと感じることはあるのだろうか?
 試してみたい気はするが、彼はそれを実行に移すことはなかった。彼が一番、人間は玩具じゃないということがわかっているからだ。

 彼には、あまりにも露骨すぎる事は全て玩具のように扱っていると思ってしまうのだ。
 例えれば実験をして、試して、物が壊れたとしたら。
「これは玩具だったんだ」
 と、フォローができない以上のことをしてしまうことを恐れているのだ。
 それに、テシトのことは、まだまったくわからない。食べさせる飯に異常な事をしたとして、その後のフォローができるかどうかはわからない。
 無反応であればそれでいいのかもしれない。かといって、反応したとしても苦しませてはいけない。
 テシトがどういう人かを知ることができたとしても、やらないのだろうが。
 
 空には薄い雲がかかっていた。その奥には月。そして周りには星が散らばっていた。
 しかしテシトの顔は下を向いていた。
  
 ………………。
  
 朝が来た。まだ空は薄暗いが、太陽が上の部分だけ出ているのが砂漠の奥から見える。
 テシトとは隣通しで寝たが、彼にはまるで無関心のようで座った状態から唐突に背中から地面に倒れると、そのまま寝入ったようだ。
 彼はテシトの様子を確かめることにした。まだ、彼女は眠りについている状態だから、寝言なり寝返りなり、反応を示すだろうと思ったのだ。
 息はしっかりとしている。穏やかに、一定の間隔で。
 彼女の顔を覗き込んだが、ところどころ汚れていた。白い肌だからか、酷くわかりやすく傷跡もあった。
 刃物で切りつけられたような傷、殴られたような傷、火傷の痕。薬や何かでもあれば隠したり、治るに近い場合までいけるのだろうか。
 見えたのは顔だけだが、体の状態はもっと酷いことになっているのだろうか。
 テシトが起きたら、水浴びをさせることにしよう。昨日、ここに来るまでの汚れがあるだろう。酷く気分が悪いはずだと思う。
 彼女は静かに寝入っていた。


 ………………

 テシトが起きた。もぞもぞと体を動かしたあと、地面に手をついて体を起こす。
 きょろきょろと周りを見渡すかのように、頭を動かして、そのあとは変わらなかった。
 
 彼女が起きてから気がついたが、日中の日陰の確保の場所は、彼がいる場所ぐらいしかなかった。
 昨日はすぐに夜がきたからいいものの、いつまで過ごすかわからない彼女がいるため、彼は新しい日陰の場所を作った。
 それは簡易的なもので、草の葉や自分の持っていた大きな布や紐で作った小さな影が作れるようなものだった。ないよりはマシ、とはまさにこのことだが。
 もちろん彼がそれを使うことにする。体が大きい彼にとっては少々小さい気はするが、子供のテシトでも十分な大きさとはいえ、あまり狭くては負担が大きいだろう。
 彼なりの、心遣いだった。もちろん、あとでこの小さな影の場所は、テシトを居させる場所とくっつけて大きなものにするつもりではいた。
 あまり離れていても意味がないだろう。彼は、テシトの世話をするために傍にいなければならないのだ。
「テシト、こっちへおいで」
 声をかける。テシトの反応はない。彼はテシトの後ろ側に回ると、彼女の脇に手を入れて、持ち上げた。
 ……軽い。第一の印象はそれだった。
 テシトの体は、恐ろしく軽く感じた。これが人の子供の体重なのか、と言いたくなるほどに。
 持ち上げても、テシトの反応はなかった。ただ、その小さな体に触れてわかったことはある。
 
 ――こんな体でも、テシトは生きている。

 血液の流れが、心臓の脈が。彼がテシトを触れたときに、感じることができた。
 そのままテシトを彼が居た影の場所に運ぶと、食事の準備を始めることにした。

       

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