Neetel Inside ニートノベル
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物憂いプロトコル
別れ、成長、シンプル

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 私の足の親指の爪の先端は2008年に私の元を去り、私の足の人差し指の爪の先端は2009年に私の元を去った、ということになるな、と私は爪を切りながら考えた。
そして、よく分からないが大学の事情でタイに居て、まだ年越しを迎えていないはずの兄のことを考えた。
兄がタイに居る間に割ってしまった兄の小さな鏡については少し悩んだが、結局、地震で割れてしまったように見せかけたりせず素直に謝ることにして机の引き出しにしまってある。
その判断は兄がタイに出発する前の私には想像もつかなかったであろうものだから、兄は逆に怪しむかもしれない。
でも私はこうしてシンプルな判断が出来るように成長してとても嬉しい。
こうしてどんどんシンプルになっていけばいい、と私は願う。
そして私は幼稚園の頃を思い出して、そのことを考えた。

     


     


 幼稚園の年長組に上がって少しした頃、年少組の頃からずっと仲の良かった祐ちゃんと仲違いした。
ある日を境に女の子たちは急に四、五人のグループを作り始め、グループでのみ行動するようになり、グループの外の女の子と話すときはお互いよそよそしくなった。
祐ちゃんは自然にその流れに乗り、ゆり組の中で私だけがその流れに乗れなかった。
ゆり組の女の子達にとってその日は、本当の意味での「みんななかよく」からの永遠の決別の日であり、祝福の日であり呪いの日でもあったが、私にとっては何の日でもなかった。
その日から祐ちゃんがふざけて私にのしかかってくることが無くなっただけで、それがどういう意味なのかも分からなかったし気にもしなかった。

 ただ私が困ったことは、いるかごっこをしたいと思ってもあらいぐまごっこをしたいと思っても、「いるかごっこをしよう」「あらいぐまごっこをしよう」と言う相手が居なくなったことだ。
でも私はすぐその問題を克服して、誰の断りも無く突然いるかごっこをはじめ、あらいぐまごっこをはじめるようになった。
祐ちゃんとライオンごっこをする時は、祐ちゃんと居る時だけ私はライオンで、祐ちゃんと別れて家に居るときは普通の私だった。
でもその日から、ライオンごっこをはじめたならば私はずっとライオンで、ライオンとして二足歩行し、ライオンとして箸を使ってご飯を食べ、ライオンとして布団の中で眠った。
そしてライオンに飽きたら誰にも断らず勝手にペンギンなり、ペンギンとしてこたつでみかんを食べたりした。
そんなシンプルで自由な生活が、私はすぐに好きになった。

     


     



 左足の小指の爪の先端を切り離し終えて、起きていても特に何があるわけでもないしそろそろ寝ようかと思ったときに携帯が鳴った。
「新年あけましておめでとうございますm(_ _)m来年は社会に出る人、進学する人などいると思いますが、お互いいろいろとがんばりましょう↑↑↑」
というメールが、私の知らないアドレスと共に一斉送信されて、ペプシマンのボトルキャップみたいに私の元に届いていた。
私は「明けましておめでとう!今年も頑張ろう!」と苦労しながら打って、送信ボタンを押して、メールが送られたことを確認してから携帯の電源を切って、電気を消してベッドに入った。

 今でも私は時々、シャチとして数式を解いたり、黒豹として本棚を整理したりすることがある。
そして私は今、好きな時に一瞬で眠りにつく能力の為ならどれだけ代価を支払えるか、を考えながら眠気を待っている。

       

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