Neetel Inside 文芸新都
表紙

田舎
田舎の若者(TEXT)

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「あんたいつも何をしてんのよ」
久々に家に帰ると、迎えた母親が私に言った。
「別に何もしとらん」
と、私が言うと、
「何もしとらんことあるかいな、十七歳で一週間ふらふら外に出てかえってこん高校生なんておるはずないやろう、親を心配させてどういうつもりやのん。」
いつもこうである。いい加減うっとおしいのでテッテ的に私は母親に自分の考えを打ちまけようと思い、母と問答をしようと、居間にテーブルを挟んで母と座った。
「あんたいつも何考えてるのん」
「俺は別になんも考えとらん。」
「何も考えていないことあるかいな。」
「いやだから何も考えていないっていう状態を考えてるんや。」
「そりゃあんた、考えてるんとちゃうのん」
「いやまてよ、つまり、私は何も考えていないという状態にいたいのだから―」
「そりゃ禅宗の無の真理やわ。」
「そやろう、そやろう、ちゃうんや、あれ・・・今何の話してたんや?」
「お茶入れてくるわ。」
母親はあきれて台所へ行ってしまった。
テレビをつけると、サングラスをかけた小柄な男が隣の大柄な女と話をしている。ぼんやりとした頭でテレビを見ている。私は少し眠気を覚えた。母親がテーブルにきゅうすと二つの湯のみを持ってきた。どちらも無印良品というブランドの物らしい。個性の無い白色が特徴的である。母親は、この、無個性さが今の時代においては逆に個性的である、と言う。私にはよく分からない。

母親が湯のみに茶を注ぎ、私に渡す。母が茶を飲もうと自分の湯のみを持ったとき、玄関のチャイムが鳴った。

「あら、いったい誰かしら。」

     

バタバタと母親が玄関へ駈けていく。私はゆっくりと茶をすする。真にうまい緑茶は苦くないのである、と、母は言う。もちろん、家の緑茶は非常に苦い。

玄関で母と誰かの話す声がする。いったい誰だろう?
母親が玄関の方から私を呼んでいる。
「貴理子ちゃんよ。」
貴理子、はて、貴理子とは誰だろう。そうか、隣の家の女子高生で私と同級生の娘である。一週間ぶりに私がここへ戻ってきたのを誰かに聞いたのだろうか。私はしぶしぶ玄関へ行く。そこには貴理子がたっていた。
「あら、龍一、あんた心配したんよ。またどっかほっつき歩いて。」
「いや別にほっつき歩いてる訳じゃない。」
「まぁた訳の分からん事言って、おばさん心配させちゃいかんでしょう。」
余計なお世話だ。私は貴理子の屈託の無い笑顔に無性に腹が立った。無意識のうちに怒りの表情になっていたのだろうか、貴理子と母親が私をおびえた表情で見つめている。それに気づいて、私は無理矢理に笑顔を作ったもんだから、もっと恐ろしい表情になってしまい、貴理子は凍り付いたようにその場に動かない。母親はそそくさと逃げるように居間へ飛んでいった。

「あー、いや、ああ、心配かけてすまん。」
なんとか自然、だと思う、笑顔を作って私は言った。
「うん、元気そうで何よりだわ。」
貴理子も笑う。可愛い。でもそれに腹が立つ。
私は根性がひん曲がっているのだろうか?
「私、前に会った時よりどこかかわっていると思わないかしら?」
「服がスウェット?」
「そりゃ、あんた、この前会った時は学校でしょう。」
「そりゃそうだ。」
じっと貴理子を見つめる。貴理子は恥ずかしそうに顔をうつむかせる。なんだこいつは、別に私はそういう気持ちを貴理子に抱いていない。

     

勘違いも甚だしい。
「分かった?」
貴理子は顔を上げる。
「そうだな、胸が大きく―」
張り手。痛い。

「髪の毛切っとるやないか。」


私が住んでいるのは山奥の別所中野町という場所である。たぬきがでる、いのししがでる、狐もいる。時々、熊が出る。山奥から時々猟銃の銃声が聞こえてくる。そんな、山に囲まれた、小さな谷の村である。人口は400人。全員顔見知り。私はその村で生まれ、育った。都会へは一度行った事がある。小学生の頃だろうか、叔父が死んだというのでその葬式のために行った、と、記憶している。都会の人間はなぜか顔が全員同じように見えて、子供ながらに恐怖を覚えた。テレビの向こうに移る都会は、きらびやかで、華やかで、美しく見える。しかし、私は都会に住んでも、いや、住めたとしても、おそらく、その喧噪の中で淘汰されてしまうだろう。都会に姿を消した切り、それいらい誰も彼をみていない、なんていうのは嫌なのだ。だから、私は、この村に住んでいる。平和だ。空を飛行機が飛んでいる。縁側から空を眺めている。

隣にはワイシャツとショートパンツの貴理子がいる。
夢中にスイカを食べている。私はスイカが嫌いである。
あの、悪魔的な甘さと、水を吸わせたスポンジを食べているかのような、食感。どれも苦手である。基本的に果物が私は苦手だ。ジューシーで、甘くて、嫌いである。いや、おそらく、ジューシーで、甘い物が私は嫌いなのだ。果物に限らず。果物以外でジューシーで、甘い物があっただろうか?

チューペットは好きである。だから、スイカを食べている貴理子の隣で、私はチューペットを、母親の乳を吸う子供のように夢中で吸っている。手の温度でじわり、じわりと解けていくチューペット。うまい、た

     

まらない、うへへ。

「そう言えば」
スイカの種を庭に飛ばし、貴理子が僕に言った。
「高校卒業したらどうすんの?」
「知らん。」
「知らんじゃないでしょう、いつまでも甲斐性なしでいるつもり?」
「親父の仕事手伝う。」
「おじさん今どこにいるんだっけ?」
「アフリカのウンガガっていう国で砂漠に森を作るとか言って消えた。」
「ウンガガ・・・・?ウガンダのこと?」
「そうなのか?」
「あきれた。」
貴理子は私の顔をじっと見る。チューペットをすする私は、それに気づかない。空を眺める。青いそら、白い雲。山の向こうから鳥が飛んでいく、鳶だろうか?
「おじさん追っかけて、アフリカまで行くの?」
「めんどくさそうだから、やめておく。」
「じゃあどうすんのさ?」
「都会へ―」
「駄目」
「うん?」
「都会は駄目、行っちゃ駄目。」
貴理子は急に涙声。驚いて貴理子の顔を見る。涙が浮かんでいる。何だそりゃ?
「だって俺まだ都会へ行くなんて言っとらん。」
「へ?」
「都会へは行かない、と、言おうとした。」
「そうなの?」
急に声が明るくなる。感情の起伏が激しい、こういう女は手がかかるので、彼女にはしない方が良い、と、テレビでやっていたような気がする。

     

「そうだ、都会へは行かない。まじめに働こうと思う。」
「本当に?嬉しい!」
子供のように喜ぶ貴理子、私もまだ子供なんだろうか、こういう、素直に喜びを表せる貴理子のような人間がむしろ、大人なのかもしれない。そう思う。貴理子はにっこりと笑うと、庭に出て、縁側に座る私の前に立った。そして、ゆっくりと私に体を倒してくる。
「何やってんの?」
「ウフフ」
貴理子の唇は、柔らかかった。

       

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