Neetel Inside 文芸新都
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実験
なぞなぞ

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 「パンはパンでも食べられないパンは何だ?」
 「パン」
 彼は考える間もなく即答した。正直に言って予想外すぎた。
 古ぼけた畳の間。背の低いちゃぶ台に彼は本を開いている。僕は畳から体をおこして、開いていた小さななぞなぞの本をぎゅっと握った。
 僕が用意したのは「フライパン」といった答えであって、というか百人が百人そう答えると半ば確信すらしていた。
 「え、ぱ、パンは食べられるじゃん」
 動揺を抑え、拙い言葉で反論する。しかし、
 「食べられないパン、だろ? じゃあとりあえずパンじゃないか」
 その通りである。
 「・・・ぶ、ぶー。残念でした。答えはフライパンでしたー」
 「フライパンはパンじゃないよ」
 「いや、フライ、パン。ほら、パンー」
 彼はゴミ虫を見るような目で僕を見た。自分の表情がこわばるのがわかる。
 「後ろにパンがついていればパンなのか? じゃあサイパンはパンか?」
 「パ、パンじゃないです」
 次々と畳み掛けられて、その勢いに僕の体は徐々に後ろに引いていく。
 「ならルパンは?」
 「パンじゃないです」
 「それじゃ、あんぱんは?」
 「パンじゃないです。・・・あれ、違う。パンだ」
 「だろ?」
 「だろってなんだよ」
 彼はそれから、はい終わりといった調子で卓袱台にひじをついた。
 あわてて僕はなぞなぞの本のページをめくる。
 「じゃあ第二問」
 「やだよ」
 「上は洪水、下は大火事。これなーんだ?」
 「やだっていってるのに」
 「なーんだ」
 「お前は・・・えーっと、なんだっけ?」
 彼が苦笑する。
 「上は洪水、下は大火事」
 「天変地異」
 やっぱり彼はなんかおかしかった。
 「いや、そうだけど。そういうことじゃなくて、ほら、なんていうか。上は、洪水。下は、大火事なんだよ」
 「恐ろしいな」
 「だから、なぞなぞ! 本当にそうだとかじゃないんだから。なんていうか、たとえなんだよ!」
 彼は軽く舌打ちをすると、腕を組んで何かを考えるような仕草をした。それから何か思いついたのか、小さく頷いて、
 「海底火山」
 「・・・ぶ、ぶー。答えはお風呂でしたー」
 「海底火山は何が違うの?」
 「・・・」
 「はい、俺の勝ちー」
 僕は体の奥底から湧き出すような何かに襲われて、思わず畳に体をこすり付けた。ごろごろと体を転がす。
 「ず、ずるい。強すぎるよー」
 「強いって何だよ」
 「次、そっちから出してよ」
 「え、何を?」
 「なぞなぞだよ! わかれよ!」
 「えー、めんどい」
 「はーやーくー!」
 「うっせーなー。えーっと、じゃあ哺乳類は哺乳類でも、水の中を自在に泳ぎ、卵で繁殖する哺乳類はなーんだ」
 さっぱりわけがわからなかった。
 「え、・・・え?」
 「はい残念ー」
 「まって、まって! ヒント! なんかヒントくれよ!」
 「えー? でもこれ言ったら正解されるからなぁ」
 「お願い!」
 必死に頼み込む。その熱意に押されたのか、彼はしぶしぶといった口調で、
 「しょうがないなぁ。この哺乳類のオスには、踵に毒針がありまーす」
 「・・・」
 「はーい、残念でしたー。なんだよ、ヒントまで出してやったのに」
 そんな事を言われてもしょうがないのであった。
 「なぞなぞじゃないじゃん、知識問題じゃん!」
 「はい、おわりー」
 取り付く島もない。彼は体ごとくるりと反対側を向いてしまった。
 畳を蹴って、すばやくそこに回り込む。
 「もう一問! おねがい!」
 「いやだよ」
 「じゃ、これ分かんなかったらだして!」
 「やだって」
 「なぜ空は青いでしょう」
 「大気中の分子によって光が散乱する際、波長の短い光が特に多く散乱するから」
 僕は畳に突っ伏した。言ってることがさっぱりわからなかったからだ。
 頭の上から、彼のすごくいやそうなため息が聞こえた。
 「わかったよ。もう一問な!」
 「…!」
 顔を上げる。
 「これで最後な」
 「うん!」
 彼はあごに手を当てて、空中をにらむ。
 「そうだなぁ」
 「あ、知識問題は無しね。ちゃんと考えたらわかるやつ」
 一応、釘をさしておく。彼はわかってると頷いた。
 「じゃあ、なぞなぞです。お前、血液型なに?」
 「O型。何? これがなぞなぞ?」
 「まぁ焦るなよ。O型か、まぁそんな感じだよな」
 どういう意味だ。
 「じゃあ、なぞなぞです。お前のお母さんが、A型です。お父さんは、AB型です。で、お前は、O型。これ、なーんだ?」
 問題を反復する。お母さんが、A型。お父さんが、AB型。で、僕はO型。
 「・・・それはなぞなぞではなくて謎なんでは?」
 「はーい、残念。答えは」
 「いい。言わなくていい」
 聞きたくも無い。
 「なんだよ」
 彼が不満そうに口を尖らせる。しかしそれは本来こっちの台詞なのだ。
 「だいたい、僕の父ちゃんはB型だし、AB型は母ちゃんのほうだぞ」
 「へー、さいですか」
 彼は興味なさそうにそう呟いた。それから、ちょっと首をかしげた。

       

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