Neetel Inside ニートノベル
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ブルーピーコック
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某日、日本。
その男性が自動車を降りると、おびただしい数のマイクと、カメラのフラッシュ、そして矢継ぎ早に質問が浴びせ掛けられる。

「大臣!ムー産農作物について見解を教えてください!」
「なぜ我が国では安全宣言が出されないのですか!」

大臣と呼ばれた初老の男は、顔をこわばらせて口をへの字に結んで、頑として答えない。
そして、記者を掻き分けるようにガラス扉を目指す。
内閣府の中も同じように記者が鈴なりだった。

「大臣!お答えください!」

質問はますます激しくなる。

「・・・あー」

大臣がとうとう口を開いた。

「何一つ分かってないんだよ。その件について!」

そして、重そうなガラスの扉の向こうへ逃げるように消えていった。


南太平洋に突然現れた島「ムー」。
その島はほぼ一夜のうちに現れた。
そして、島というにはいささか抵抗がある見た目をしている。
太平洋の中に生えた芝生のようなその島は、テーブル状に平たくなっており、今も恐ろしい勢いで成長していた。
土のない海中に生えた、その島状の芝生もどきは、うっそうと緑の葉を広げながらも、テーブル上の中ほどには広大な畑を抱えている。
その、前代未聞の構造物は、あまりの異様のせいで、見るものの遠近感を全く奪ってしまう。
接近すれば接近するほど、その島は異様に大きく、小ぶりな都市ほどの大きさがある。
海面から、その上部の平面までの高さは500m近くあり、海面からは荒々しい大樹の幹がそびえているような有り様だった。
そのテーブルの中心には樹木の枝が複雑に絡み合った、構造物があり、それはまさしく「城」と呼ぶにふさわしい形をしていた。
その周囲には城下町が広がっており、全てが生きた樹木と草花によって形成されている。
そして、多くの人がひしめき合っていた。

--3班、収穫の準備を行なってください。

町の各所に設置されたスピーカから、時間とともに放送が流れる。
そして街にはひっきりなしに人が往来していた。

「点呼終わったら行くぞ!」

火事場のような忙しさだ。
行き交う人には黒人と混血が多いだろうか。
その景色を一際高い城から見下ろす者がいる。
絡み合って交じり合う樹木によって形成された、その城は恐ろしく精巧な造りで、そのまるでテラスのように見える場所から、一人の女性が町を見下ろしているのだ。

「アハド、現在の小麦の推定収穫量を教えて。・・・年間で。」

その真っ赤なドレスに身を包んだ女性の、陶器細工のように端整な顔立ちはまるで少女のようだった。
しかし、その双眸が持つ老獪で狡猾、威厳に満ちた光が、その女性が決して少女などという枠組みの生き物ではないことを周囲にしらしめている。
そして、その赤い麗人は横にいる少年に尋ねた。

「本当の推定になるけど・・・2000万tぐらいじゃないかな?」
「アメリカは?」

アハドと呼ばれた少年は少し悩んで答える。

「5700万tだとおもうけど。」

少年は金髪に碧眼で、始終、視線をあらぬところへ彷徨わせている。
落ち着きという物は皆無だ。

「アメリカを抜きたいわね・・・」
「あっという間だよ、でも、小麦だけでいいの?いひひ・・・」

少年は愉快そうに笑うと、室内を歩き回った。

「デビョルワン!!」

答える声はない。

「デビョルワン!!いないの?」

いないようだ。
赤い麗人はため息をつくと、窓際から奥へ引っ込む。

「人手不足ね。」

そう呟くと、アハド少年は「足りない!」といって笑った。

002

「樋口様、ムーはほっといていいんでしょうかね?」
「好きにさせとくしかないじゃん・・・」

地球のすぐ近く、次元の壁を一枚隔てた場所に浮かぶ城、カラバ城。
その心臓部といえる場所が、そのカラバ城を守護する騎士達の詰め所である円卓の間で、その円卓の上に「にぼし」の袋を放り出して、一匹の猫と青年がにぼしを噛んでいた。

「樋口様もだいぶ損したんでしょ?」
「まあな。」

彼らの目下の話題はクリムゾンムーという国の農作物についてだった。
太平洋に突如現れた小島であったクリムゾンムーはぶくぶくと成長を続け、今では立派な都市国家であった。
そこには世界中から食糧難民が亡命し、小作人となって働いている。
クリムゾンムーは優れた農地らしく、一つの土地で一日に二回収穫が出来るという話だ。
そして、その変則二期作で恐るべき量の収穫量をたたき出している。
その影響で世界中の食糧の価格は暴落をはじめている。
クリムゾンムーは主に南米とアフリカの食糧難の地域にタンカーで乗り付け、大量の食糧を置き去りにして、また帰っていく。
その食糧の大部分を地域の難民より先に、軍人や政府が押収して、外国に転売するといった状態が続いている。
そして、食糧難から開放されない人々は、こぞってクリムゾンムーの食糧を降ろした帰りのタンカーに乗って亡命し、また小作人が増えるといった寸法だった。
世界の株価は暴落を起こし、幾つかの金融企業が倒れ始めている。
そして、樋口の大損というのも、その株価の暴落が発端だ。
世界はクリムゾンムーを「テロ国家」と呼び「食糧テロ」と言う言葉を作って批難しているが、現に今日明日の食糧に事欠いている人間たちにとっては、そうして批難するメディアや政府の方が悪しき存在で、裏では「報道テロ」という言葉も広まりはじめていた。

「アメリカと中国、フランスでとうとうクリムゾンムーを攻撃するべきだと言う意見が出ましたね。」
「・・・前からだろ?」

人語を話す猫は首を振った。

「確かに前から大規模農場主達がそう言って騒いでいましたが、今度は議会でそう言う話が出たそうですよ。」
「まいっちゃうな・・・」

樋口と呼ばれた青年は、また一つにぼしをつまむと口へ放り込んだ。

003

「なんで俺たちが、クリムゾンムーの連中を助ける羽目に・・・」
「仕方がないだろ。」

雨の中、黒服の一団が愚痴を言い合っている。
知る人ぞ知る、国際テロ組織「民族自決支援事業=RSSS」の面々だ。
先ほどの猫と青年がにぼしを齧っていた、カラバ城を居城とする、世界中から害虫の如く嫌われている過激派だった。

「ぶつくさ言ってないで、タンカーくる前に、この国の政府軍を無力化するんでしょ?」
「具体的にどうするつもりだよ。」

漆黒のドレスに身を包んだ女性が、仕切り始めると、途端に男性人から不満が漏れる。

「わたし、見てきますね。」

金髪を短く切りそろえ、大きく背中の開いた袖のない服を着た女性が一歩後ろへ下がった。
女性はやはり、他の面々と同じように黒い一色を身にまとっているが、一人だけ鉄製の兜を小脇に抱えている。
その顔まで覆う兜をかぶると、背中から漆黒の巨大な翼が生えた。

「撃たれちゃダメよ。」
「気をつけます。」

翼の女性の名前はクレオ・アントネリ。
エル・コンドルとして世界には知られている。
軽やかに羽ばたくと、粉塵を巻き起こして天高く飛び上がった。

「マイアーも行って。」
「御意!」

マイアーと呼ばれた男はやはり漆黒の忍び装束に身を包んでいる。
その忍び装束の隙間からのぞいている瞳は碧眼。
エル・コンドルが巻き起こした埃にまぎれて、かき消すようにいなくなった。

「俺思うんだけど。」
「なに?」

残った黒服の一人が口を開く。
腕組みして立っているその男は、右膝から下が金属で出来ていた。

「連中、自動車で動くはずだろ?だったら、車両を全部使えなくすれば良いんじゃない?」
「なるほどね。」

仕切り役の黒いドレスの女性が、インカムマイクに喋りかける。

「クレオ、マイアー、連中が移動に使う車両を全て破壊するという意見が出てるの。車両の位置を出来るだけ注意して調べて。」

鋼鉄の右足を持つ男の名前は志村牧人(まきと)、古の技神行法を現在に伝え、その術者の中でも最高位の神行太保の位につく男だった。
当然「神行太保」として名を知られるはずが、見た目の異様さから「ニーランチャー」と呼ばれている。
彼の必殺の膝蹴りの恐ろしさから、そう呼ばれている。

「壊すとまずいだろ。ひとまず氷漬けにしておけば良いんじゃないか?」

雨の中でニット帽をかぶった小男が提言する。

「溶けるだろ?」
「一日ぐらいじゃ溶けないぐらい冷やせばいい。」
「そうか。」

神行太保が納得しかけると、軍服の男がばつが悪そうに口を挟む。

「失礼だが、ヨーエル。そこまで冷やすと壊れると思われる。」

ブルーと呼ばれる男だ。
元は某国の特殊部隊の隊長で、特殊部隊を引き連れてRSSSに合流、作戦煮参加していたが、祖国の危機の為に部隊と伴に一旦は帰国、隊長であったブルーだけが再度、別命を受けてRSSSに残った。
仕切り癖がある女性はハン・ヘレチ。
本名ではないが、いつしか誰もがハンと呼ぶようになっている。
本来、彼らを統率するのはブルーの役割なのだが、ブルーはハンの好きなようにさせているために、ハンが何もかもを決めているように見える。
しかし、高度な判断やハンの誘導はブルーが行なう。

「まあ、破壊以上に確実な方法がない以上、基本的に破壊する方向で良いだろう。パンクとか、穴を掘って落とすとか。何でもいい。その辺は臨機応変だ。」

一堂は降りしきる雨と、湿気て暑苦しい風に顔をしかめると、マイアーとクレオの帰還を待つことにした。

004

降りしきる雨はやや弱まった。

「それにしてもしょうもない作戦だな。」

呟いたのはレンツォ・シモネッテ、イタリア出身の弓使いだ。

「テメェらの国の事はテメェで解決しろよ。」

そう言ってため息をつく。

「文句ばっかり言わないのよ。」

ハンが言い返すと、ヨーエルが口を挟む。

「レンツォが言うのももっともだ。俺たちはそもそも、大国の内政干渉を阻む為の組織だ。俺たちRSSSの元の意図からは外れる。」
「なによ、ヨーエルまで!」

ブルーはそこまで聞いていてヨーエルとレンツォの肩を持った。

「ま、私も二人の意見に賛成ですね。ただ、ここまで来てしまった以上、作戦は完遂します。」

レンツォがつまらなさそうに言った。

「一度、受けちまったお願いは最後まで聞かないとな・・・」

マイアーから通信が入る。

- この近辺の軍の車両にはあらかた目星がついたんでござるが、なんだったら今のうちに全部壊しとくでござるか?」

ハンは苦虫を噛み潰したような顔で「お願い」と言うと、マイアーは「御意」と答えて通信を切った。

「マイアー一人で終わっちゃうな。」

神行太保はそう呟くと、鉛色の空を見上げた。

005

インド洋に面するこの小さな港町は、半分はボロ屋、半分は廃屋で出来ている。
ごみごみとした細い路地だらけで、街じゅうに浮浪者と野良犬がふらついているような場所だった。
その浮浪者も、今日は町から姿を消している。
この日、港にはタンカーがやってきた。
どこで見つけたのか分からない、ボロボロの幽霊船のような甲板には、びっしりと植物の蔦が這っている。
まるで、ジャングルを運んできたかのようなその船から穀物を詰めた袋がクレーンで吊り下ろされる。
そこへ民衆が群がる様子を、近くの高台からRSSSが双眼鏡で眺めていた。

「今回は一件落着か・・・」

そう言っていると、町の外からおびただしい量のパトカーがやってきた。
パトカーのスピーカーから、それらの貨物は国が接収すると大音量で触れ回っている。

「呆れた・・・車がないからパトカー使うの?」
「やるかぁ・・・」

レンツォが矢を番えて飛ばした。
町に差し掛かろうとするパトカーの手前の地面に突き刺さった矢は、煙を巻き上げて、地面に大穴を掘った。

「あんた、そんなに遠くまで矢を飛ばせるの!?」
「・・・何を今さら。」

レンツォは双眼鏡も使わずに、軽く2kmは矢を飛ばした。
パトカーが突然出来た落とし穴に急ブレーキを踏むのが見える。
パトカーの群れから降りてきたのは少しの警察官と、たくさんの軍服だった。

「連中、まだやる気らしいな・・・誰がとめに行く?」

ヨーエルがそう言うと、じゃんけんが始まった。

「さーいしょはグー!・・・」

志村とブルーが負けた。

「俺かぁ・・・」
「私ですか・・・」

ブルーは『普通の人』なので、本来除外するべきなのだが、こういうときにブルーは退かない。
志村とブルーは昨日の雨で濡れた高台を駆け下りて、パトカーと港の間に割り込むことにした。

「いってらっしゃい!」

RSSSの面々の励ましを受けて、俺とブルーはぬかるんだ道を走る。

「神行太保、あとで追いつきます。先にいかれてください!」
「分かった。」

ブルーがそう言うと、神行太保こと志村牧人は人間とは思えない速さで走り始めた。
閑散とした港町に一陣の風が吹く。
これが神行太保が神行太保たる所以、世界最速の走法である「神行法」だ。
時速200kmほどで街中を走り抜けると、徒歩で進軍してくる軍隊と鉢合わせる。
神行太保が急ブレーキをかけると、地面に大きくスリップ痕が出来る。

「みつかっちゃった。」

兵士が反射的に問う。

「何者だ!」
「・・・今日はカンベンしてくださいよ。」

軍服は一堂、呆然としている。
全身黒尽くめに、鉄の右足、黒いマスク、そして、今ここへ走りこんできた恐ろしい速度から判断できるのは、一つの事実だけだった。

「ニ・・・ニーランチャー・・・!?」

そして、にわかに突撃銃を構えて、神行太保に狙いを定める。

「話が通じない・・・」

銃声を聴くや否や、鉄の右足は兵士たちと反対方向へ駆け出した。
そして、その走る全身から轟音を立て始める。

「あいた!・・・いて!」

銃弾が神行太保の背中や後頭部に当るが、蚊が刺したほどにしか感じないようだ。
神行太保が逃げると、通りの商店のガラス窓が砕けて割れた。

「弾丸よりも速い速度で走って逃げるとは・・・」

兵士たちが驚愕していると、逃げたはずの神行太保がUターンして戻ってきた。

「た!!退避ぃぃぃぃ!!」

兵士たちが四散する・・・が間に合わない。
新幹線より速く走る人間が真横を走りぬけたことで、巻き起こった突風が、兵士たちをバタバタと転倒させた。

「ここから先は通さないから。悪いね・・・って、あ!!」

兵士たちは散り散りバラバラに入り組んだ町の小路へ逃げるようにして入っていく。

「一人じゃ・・・追いきれないな・・・」

神行太保志村牧人はそのうちの一番数が多そうな一団を追っかけてスラムの小路に飛び込んでいった。

006

大航海時代、東南アジアとの貿易の中継基地として、ヨーロッパ人がこの場所に砦を築いた。
その後、象牙の輸出拠点として反映したこの港町には、ヨーロッパとアフリカの文化が融合した古い町並みが残っていた。
スラムとなったこの場所も、その昔、ヨーロッパの職人が築いた古い石畳が残っている。

「素晴らしい。」

ブルーはそう呟くと、長靴の踵で石畳をコツコツと鳴らす。
黒いベレーに黒いドミノマスク、黒い詰襟の軍服を着た姿は、その町並みにいかにもそぐわない。
昨日の雨によって出来た水溜りに映る自分の姿を見て、ブルーは微笑した。
そこへ兵士がなだれ込んでくる。

「RSSS!!」

兵士たちはブルーの漆黒の装いと、マスクの特徴的な姿から即座にそう判断した。

「銃はよせ、跳弾するぞ。」

ブルーはそう言って兵士たちを諌める。
兵士たちはすぐさまコンバットナイフを抜くと、細い路地をブルーめがけて突撃した。

「いい判断だ。」

ブルーはそう言うと一目散に逃げ出す。

「逃げるぞ!追え!!」

兵士たちは、ブルーが逃げるのを見て活気づいた。

「しまったな、罠の一つも仕掛ければよかった。」

ブルーは走って逃げながらそう呟く。
そして、道はますます狭くなっていった。

「このへんが潮時か。」

ブルーは急に振り返ると、追いすがる兵士たちに向かって跳躍した。
追いかける兵士たちは、急な転身に驚いて身構えようとするが、細い道を走っていたので先頭と最後尾以外は身動き取れない。

「ハッ!」

一息吐くとブルーは三角に壁をけり、さらに高く跳躍すると、先頭の兵士の頭を踏みつけた。
そのまま、並んでいる兵士たちの頭を踏みつけながら、最後尾に向かって移動する。
踏まれた兵士たちは将棋倒しのように倒れていく。
その人間離れした動きを見て最後尾の兵士が元来た方へ逃げようと振り返った、後頭部を蹴ってブルーは着地した。
そうして、まとめて8人ほどを蹴り倒すと、再び神行太保に合流するべく走り始めた。

「あ!いたぞ!RSSSだ!!」
「また、見つかりましたね・・・面倒くさい。」

ブルーは今度は逃げずに走って突っ込む。

「あいつ、銃が怖くないのか!」

慌てて銃を構える兵士たちにブルーは困惑して答えた。

「私のチャギが怖くないんですか?」

走り抜け様に、片っ端から兵士達に蹴りをお見舞いしていく。

「銃は構えてから、狙って撃つ、私の蹴りは『即、蹴る』です。2テンポ遅いんですよ。」

しかし、意識のある兵士はほとんど残っていなかったし、その講釈を聞く余裕のある兵士はいなかった。
ブルーは敵は小路に散開していて神行太保と自分だけでは進軍を阻めないと、そう判断すると襟元のマイクに話し掛けた。

「ハン、聞こえますか。ブルーですが、敵は市街を散開してそちらへ向かっています。」

そう話しているとまたもや「いたぞ!」という声が聞こえる。

「・・・あなたたちはRSSSを捜すのか、港へ向かうかどちらかハッキリした方が良いですよ。」

飛んできた銃弾を蹴りで払う。

「中途半端は怪我の元です。」

そして、兵士の一団にその狂気の両脚を振り回して飛び込んでいった。

007

この産業も観光資源もない、うち捨てられた港町が活気付いたのは一重にクリムゾンムーとかいうふざけた国からの大量の穀物が投棄されるようになってからだった。
港には好む好まざるに関わらず、穀物袋がうずたかく積み上げられる。
それを、この国の軍隊が引き上げて、国内外へ売りさばくのだ。
そのために、この辺境の小さな港町には許容量一杯の軍人が集まり、そのクリムゾンムーによる食糧テロを今か今かと待っていたのである。
それを、急に邪魔する奴らが現れた。
RSSSである。
ありとあらゆる軍用車両のバッテリーを一夜のうちに破壊され、仕方が無くパトカーを接収して現場へ駆けつけようとしたところを、道路に穴を掘って足止めされた。
そこまではタダの度の過ぎた嫌がらせのようにも見えたが、蓋を開けてみれば天下の大テロリストRSSSの仕業だったわけだ。

「くそぅ・・・ジープを全部壊された時点で気づいてれば良かった・・・」

ひとりの兵隊が考えていた。
目の前に立ちふさがっているのは、世界最強の右ひざを持つ男「ニーランチャー」だった。
話には聞いていたが、今まで見たどんな物体よりも速く走り、そのあまりの速さに、走り抜けた軌道に吸い込まれそうになる。

「うわぁ!!来る!?」

およそ人とは思えない速さで走り、およそ人とは思えない音で空気を裂き、その音を何度聞いても背筋が凍りつきそうになる。
音は幸運にも彼がいるこの路地ではないようだ。
かわりに少しはなれた別の路地で悲鳴と銃声が聞こえた。

「くそぅ・・・帰りてぇ・・・なんでこんなに怖い思いをしなきゃならないんだ・・・」

そう呟きながら銃に弾を込める。
そして、狙いをつけようとするが、恐怖ですくんで狙いが定まらない。
あの恐るべきニーランチャーはこのあたりの小路をジグザグに走り回っているようだ。
二度ほどその姿を見たが、アレに触れたら、人間の体なんてひとたまりも無く木っ端微塵に砕けてしまうだろう。
先ほど意を決して奴の背中に向かって銃を撃ったら、奴は銃弾より速い速度で走って逃げた。
少なくともそう見えた

「か・・・帰ろうかな・・・」

迷っていると、黒づくめの男が目の前に現れた。

「うわぁ!!ニーランチャー!!」

そいつは「違う。」といってこちらへ向かって走ってくると、構えていた突撃銃を一蹴りで壊した。

「私はRSSSのブルーだ、覚えておけ。RSSSに入りたかったらいつでも来てくれ。一緒に戦おう。」

恐ろしさのあまり、ガクガクと首を縦に振ると、ブルーと名乗ったそいつは「大切な物なのに、銃、壊してすまないな。」といって去った。

008

はたしてここまでリスクを犯して港へ行く必要があるのか・・・全ての兵士の頭にそんな考えがよぎる。
しかし、誰も口には出さない。

「隊長、港です!」
「うむ。」

町を大きく迂回したパトカーが港へ辿り着いた。
タンカーはもう離岸し、沖の方に小さく見えている。
積み上げられた食糧に民衆が群がる。
隊長と呼ばれた男は、自身も軍服を脱げば民衆である事を知っていた。
パトカーのサイレンを鳴らしながら、穀物の袋の山へ近付く。

「その穀物は我が国の税関を通っていない、密輸品だ!軍が押収する!」

そう呼ばわりながら、パトカーを飛び出す。
民衆は止まらない。
隊長は苦い顔をすると拳銃を取り出し、空に向かって威嚇射撃をした。

「聞かんかぁ!!」

民衆は驚いて道をあける。

--・・・一体、俺たちは何と戦って、何を守っているんだ

そう、心の中の自分には弱音を吐いてみせる。
しかし、その後ろから警官と軍人が続々と駆けつけていた。

「接収しろ。」

苦虫を噛み潰したような顔でそう言うと、隊長自身はその胸糞の悪さを隠すように、パトカーへ乗り込もうとする。

「待ちなさい。」

声がして振り向くと、爆音とともに上空から二人の人間が降りてくる。
漆黒な翼のエル・コンドルと、怪鳥ハン・ヘレチだ。
どちらも世界でもっとも危険なテロリスト集団RSSSの人間だった。
すでにニーランチャーが出現した報告は受けている。

「この調子だと全員できているな・・・」

隊長はそう呟いてにやりと笑うと、大きな声で「撤収」と叫ぶ。

「退却だ!!基地へ戻るぞ!!」
「しかし、隊長・・・」

隊長と呼ばれた人物は部下をたしなめた。

「お前、ここでRSSSと戦って勝てるのか?俺たちにはパトカーと銃しかないんだぞ。」

そういいながら、心の中では

--戦車があったところでどうにかなるとは思えんがな

と自分自身にもに釘をさす。

「撤収だ、退却だよ。無理して交戦すれば全滅するぞ。」

そう言って、彼らは引き上げていった。
民衆から歓声が聞こえる。
神行太保とブルーが遅れてやってきた。
ハンが降り立った場所へRSSSが終結する。

「問題は、この量をどうやって民衆だけでサバくかだな・・・」

ヨーエルがそう言うと、誰かが。「なるようになるだろ」と答えた。

「樋口、迎えに来てくれないか?」

ブルーがそう言うと、通信機の向こうから樋口の「はぁい」という、けだるそうな返事が聞こえてきた。

009

カラバ城の円卓の間に全員が揃った。
神行太保の志村牧人、人間計算機の樋口一葉流、氷の魔術師のヨーエル・アルノールソン、長靴を履いた猫であるケットシー、トゥバの怪鳥ハン・ヘレチ、弓使いレンツォ・シモネッテ、ゲリラ戦と格闘技のスペシャリストであるブルー、忍者皆伝ウルリヒ・ダグマル・マイアー、コンドルの王に仕える巫女クレオ・アントネリ、総勢8人と1匹が円卓を囲む。
だがケットシーだけは円卓の中央の定位置についていた。

「とうとう、おおっぴらにクリムゾンムーと国交を結ぶ国が出てきそうですよ。」

ケットシーがそう言うとヨーエルが「お」と興味を示した。

「どこの国?」
「オーストラリアでござる。」

誰かの問いにマイアーが答える。

「オーストラリアとは、でかいな・・・無視できん。」

RSSSとしてはどこが何しようが構わないのだが、安保理は昨今、クリムゾンムーの動向にナイーブだ。

「立地的にもオーストラリアはクリムゾンムーと近いため、現在、世界中に無作為にばら撒かれているクリムゾンムーの穀物をオーストラリア経由で世界に広げようという魂胆みたいですよ。」
「なるほどね。」

ケットシーは声を潜めた。

「ただ、オーストラリアとクリムゾンムーの国交は、まだ裏で手回しをしている準備段階のようです。安保理は国交が開始される前に手を打って来ますね。」
「どうやって?」

マイアーが手を挙げた。

「それについては拙者から意見があるでござる。恐らく、イラクと開戦した時と同じ『大量破壊兵器の所持』をちらつかせて開戦するのでござろう。」

それを聞いて樋口がため息をついた。

「要は、お得意の『イチャモン開戦』か。」

マイアーは頷く。

「そのとおりでござる。理由は何でも良いんでござる。アメリカとしては、上手くいけば太平洋に領土を手に入れることもできるでござる。」
「なるほどな。オーストラリアがクリムゾンムーに国際的な発言力を持たせる前に・・・」

ヨーエルが口を挟む。

「赤月は気づいてるんだろうか?」

赤月とはクリムゾンムーの支配者の事だ。
ケットシーが答える。

「世界であんなに策謀が得意な女性はいませんよ。なんてったって数千年以上生きているんですから。」

世界は知らないが、クリムゾンムーの統治者である赤月はイモータルと呼ばれる不死の存在の一人だった。
同じイモータルであるケットシーは知っているのかもしれないが、とりあえずまともな人間で赤月の正確な年齢を知る者はいない。

「計算づく?」
「間違いないでしょう。」

そこへ一人の少年がやってきた。

「あの・・・学校行ってきます。」

その場の全員が部屋の入り口を見ると、そこには真新しい鞄を提げた、いかにもひ弱そうな少年が立っていた。
全員に「いってらっしゃい」と言われると、少年はもう一度「いってきます」と言って駆け出した。

「高校、上手くいってるの?」

誰かがそう言うとレンツォが答えた。

「大丈夫だろ。」

ロビと呼ばれる少年はレンツォの実家から高校へ通っている。
レンツォの家はイタリアにあるので、そのためにイタリア語を覚えなくてはいけなかったが、何とか間に合ったようだ。

「・・・話を戻しましょうか。クリムゾンムーと安保理の小競り合いがあったとしたらどうしますか?」

その話題には誰も興味を示さない。
見かねて樋口が口を開いた。

「飛び火してきたら、手を出せば良いんじゃないの?」

全員が頷く。

「では、我々はしばらくヒマと言う事で?」

全員がそれについては嫌そうな顔をしたが、特に他にやることが無いのは事実だった。

     


クリムゾンムーから逃げ出したという人物が顔を隠してテレビに出演した。
クリムゾンムーでは危険な化学兵器が開発されていて、いつでも使える状態にあるそうだ。

「これ本当?」

円卓の間には似つかわしくない中古のテレビ。
神行太保志村牧人はそのテレビをみながらにぼしをかじっていた。

「別にわざわざ兵器なんて要らないでしょう?」
「確かにそうだ。」

ケットシーが興味がなさそうに机の上であくびをしている。
その後、番組ではたっぷり1時間かけて、クリムゾンムーの危険性を力説している。

「誰が得するの?」
「農作物価格が暴落して困ってる、世界中の農家ですよ。」
「へぇ。」

志村はそのままぼんやりテレビを見ている。
そこへ樋口とマイアーがやってきた。

「ケットシー殿、国連軍がクリムゾンムーに攻撃する準備を進めているでござる。そのためにオーストラリアの外交筋に圧力をかけているそうでござる。」
「連中、ここまで出した赤字を戦争の特需で盛り返そうって魂胆らしいぜ。」

ケットシーは顔を上げると礼を言った。

「情報収集ご苦労様です。」

二人はテレビが見える位置の椅子に陣取るとにぼしの袋へ手を伸ばした。

「何この茶番?」

樋口が言うと、ケットシーが

「多分売れない役者に金握らせて、あることないこと喋らせてるんですよ。」

と言って、またあくびをした。

「じゃあ、俺帰るわ。」

志村はやることもなく、忙しく働いているふりだけして家へ帰ると、あっさり細君である志村七美に看破されてかなりの量の家事を命じられた。
志村の家はカラバ城と地続きになっている小山の中腹にある。

「はやく、忙しくならないかな・・・」

そう言うと、志村は家の周りの草むしりをはじめた。

011

人類が作り出した世界最強の兵器は何かと聞かれると、それはやはり原子力潜水艦であろう。
それも、核兵器を搭載した物であればなおさらだ。
数百年分の燃料を搭載し、食糧と魚雷と人員の補給さえあれば半永久的に世界にプレッシャーをかけつづける事が出来る。
クリムゾンムーではその原子力潜水艦の来訪を今か今かと待っていた。

「グメダさん、何か飲み物は?」
「ああ、頂けますか。」

クリムゾンムーの特殊部隊に相当する、クリムゾンフォース。
その中核であるノエミ・ローゼンと、クリムゾンフォースの非常勤構成員であるムブイレニ・グメダが藤の壁で覆われた部屋で話をしている。
グメダは部屋に毛皮の敷物を引き、数種類の香を炊いて精神統一をしていた。
黒檀のような皮膚には、深い皺が何本も刻まれている。

「グメダさんは私の心も読めるの?」
「その気になれば読めます。ただ、ローゼンさんがそうして欲しいと仰ればですが。」

ノエミは「ふうん」と言うと、グメダの精神統一の邪魔をしないように部屋を出た。
そして、瓢箪の水差しと竹のカップを二つもって戻ってくる。
すると、グメダの顔は険しくなり、様子が変わっていた。

「ローゼンさん、赤月様を呼んでください!」
「は・・・はい!!」

ローゼンが赤月を大声で呼びながら走ると、赤月は早足で歩いてやってきた。

「見つけたの?」

グメダはクリムゾンムーのある海域の地図を出すと、一点を指差した。

「ノエミ、行きましょう。」

ノエミは頷くと手首のリストバンドを外した。
手首には大きな傷が開いているが血は出ていない。
二人は足早にグメダのいる藤の部屋を出ると、クリムゾンムーの中を走る馬車に飛び乗った。
御者は鞭を入れると、馬車は芝生の道を進む。

「どこから降りる?」
「港は止めましょう。あなたの力で梯子をかけられない?」

ノエミは頷くと、御者に行き先を告げる。
クリムゾンムーは海上に突き出す高層建築物のようなものなので、海面まで数百メートルの高さがある。
二人はそのクリムゾンムーの端で馬車を降りると、御者に礼を言って切り立った崖のようなところへ身を乗り出した。

「噴き出せ!」

ノエミがそう言うと、左の手首の傷から多量の鮮血が噴き出した。
それは生き物のように動いて岸壁の端から海面に向かって流れ落ちる。
そして、海面に到達すると、らせん階段状に固まった。

「それ、便利ね。」
「褒めても血以外は何も出ませんよ。」

赤月とノエミが階段に乗ると、エスカレーターのように二人を海面へと運ぶ。
海面には血が赤いカーペットのように広がり、二人はそこへ降り立った。

「潜れる?」
「勿論。」

海面に広がるノエミの血液は、端からめくれ上がる。
そして、箱状になると二人を包み込んで、水中へ沈み始めた。

「何でもアリね・・・」
「私の血です。私が生きているうちは私の意のままです。」

箱は赤いひれを巧みに動かしながらどんどんと沈んでいくと、奇妙なムー島から離れて、海底のたなを滑り降り、さらに海の深みへ沈んでいった。

-ノエミ、そのまま真っ直ぐです・・・深さはそのまま・・・

グメダの渾身の霊話が聞こえる。
一日に何度も使えないと話していた。
ノエミは箱から赤い触手を何本も伸ばして海中を探り、とうとう特殊鋼板で覆われた最強の兵器を探り当てた。

「赤月、見つけたわ。」
「捕まえて頂戴。」

潜水艦は脅威の来訪者に気づき、全速で後退をしようとしている。
しかし、ノエミの血液がスクリューを覆い、推進力を海水に伝えていない。
そして、無敵のはずの原子力潜水艦は、太平洋の真っ只中で真紅の鮮血にどんどん覆われていった。
ノエミは自分の血液伝いに、潜水艦の挙動を楽しんでいる様子だ。

「赤月、魚雷を撃つつもりみたいよ。」
「魚雷管に注水させなければいいのよ。」
「そうなんだ、はじめて知った。」

いまや原子力潜水艦は、ノエミの血液に完全に覆われ、外部に対する全ての能力を失った。

「赤月、これをどうするつもり?」
「内緒よ。」

赤月はそう言って微笑むと、大きな獲物を携えて島へ戻っていった。

012

「アハド、あなたが欲しがっていた原子炉が手に入ったわよ。」

部屋に一歩入ると赤月がアハドを呼ぶ。
アハドは目の前できょとんとした顔をしていた。
赤月はもう一度「原子炉が手に入ったの」とアハドに言う。

「あー!」

アハドはやっと飲み込めたらしく、奇妙な笑い声を立てながら部屋の中をグルグルと走り回った。

「これで、僕のオクトパルスが完成するよ!」
「そう、良かったわね。」

アハドは「イヒヒ」と言いながら床に寝転がり、仰向けで何かをブツブツと呟いている。

「要らない部品は残しといて頂戴。」

赤月はそう言うと部屋から出て行った。
島の外では巨大な原子力潜水艦をノエミが弄繰り回している所だった。
海面に赤い絨毯のように広がったノエミの鮮血。
その上に打ち上げられた魚のように原子力潜水艦は横たわっていた。

「まずは中の乗組員を無力化しましょうか。」

ノエミがそう言うと、原子力潜水艦はその場でドリルのように回転をはじめた。

「逆回転。」

それはまるでマラカスでも振るように、うねる血液の波が真っ黒な潜水艦を錐もみさせる。

「制圧。」

ノエミは左手を前に突き出すと、そこから再び大量の出血が始まった。
そして、こぼれた血液はノエミと同じ姿をとり、原子力潜水艦にへばりついて登り始める。
上部のハッチを血液人形たちがこじ開けると、中になだれ込んでいった。

「抵抗すると知らないわよ。」

開かれたハッチに次から次へとノエミの分身が飛び込んでいく。
中からはうめき声と銃声が聞こえた。

「抵抗するから・・・」

やがて、その声に悲鳴が混じるようになると、ノエミはつまらなさそうにため息をつく。
間も無くして、中の乗組員たちが分身たちに引き摺り降ろされた。
そして、赤い絨毯の上に組み敷かれていく。

「赤月、こいつらどうするの?」

ノエミは海面から叫んでみたが、返事がなさそうだ。
無理もない。

「暴れると、真赤な血の海に沈めるわよ。」

ノエミは絶望的な顔をして(ノエミの)血の海に伏している乗組員たちに、そう一言釘をさすと、螺旋のエスカレーターを作って、また島に昇って行った。
海鳥が、島の岸壁に巣を作っている。
ノエミはそれを見て微笑むと再び声を張り上げた。

「赤月!」

近くにいないようだ。
ノエミは海面から数百メートルの高さの巨大樹木の島に上陸すると、近くにいたクリムゾンムーの国民に赤月を呼ぶように言って、再び海面へ降りていった。
すると、一人暴れたらしく、ノエミの鮮血の中に没している。

「バカねぇ・・・聞こえなかったの?」

ノエミはかわいそうに思ったようで、そいつは窒息して半分死にかけた状態で浮かび上がってきた。
赤月は螺旋のエスカレーターで降りてきた。

「どうするの?こいつら?」

赤月は「あなたたちの中で、クリムゾンムーの国民になりたいものは?」と尋ねると、何人かが即座に国民になると希望した。

「あら、意外。」

赤月は口元を赤い扇子で隠して笑うと、ノエミに「離してあげて」と声をかける。
ノエミが希望者を解放すると、彼らを組み敷いていた分身が手を離し、速やかに立ち上がった。

「祖国に帰りたくなったら、いつでも言いなさい。ここは自由な国家です。」
「赤月、他の連中はどうしますか?」

赤月は一瞬迷ったそぶりを見せる。

「まあ、タンカーに乗せてどこかの国に放り出したら、自力で帰るんじゃないかしら?」

と言うと、先ほどの入国希望者達を連れて島へとあがっていった。

013

数日後、クリムゾンムーによって核弾頭を積載した原子力潜水艦が拿捕されたニュースが世界を駆け回った。
国連は核兵器の使用をも視野に入れた国連軍による攻撃を即座に取り決め、クリムゾンムーを大船団で包囲するべく南太平洋に向かった。

「あらあら・・・気が早いこと。」

原子力発電所を備えた事でクリムゾンムーは電化された。
埋め尽くす植物が煌々と光り輝く電灯によって南太平洋に浮かび上がる。
赤月は真っ赤なローブを身にまとい、大きなカウチに横になってテレビを見ている。
テレビではクリムゾンムーが国連軍によって包囲されるとニュースで流れている・・・という事は、実際にはとっくに包囲されているのだ。

「上手くやってくれるかしら。」

そううそぶくと赤い扇子を取り出して、暑そうに顔を煽った。
その一方、洋上では国連軍の大船団が立ち往生していた。

「だめです!これ以上進みません!」

どんなに高性能な軍用艦であろうとも、船を動かしているのはスクリューだ。
ノエミはスクリューが海水に推進力を伝えないようにしているだけだった。
月明かりが照らす洋上に赤く絨毯のように血を浮かべて、その上にクリムゾンムーの特殊部隊「クリムゾンフォース」が集結していた。
豚面の男が口を開く。

「オラは島さ残ってもよかったんでねえべか?」

すると、男の後ろに寄り添っている二人の女性が男の両腕に抱きついて「カラヴェラ様は世の中に必要なお方です」、「カラヴェラ様のカッコいいところ見たいなぁ」と猫なで声を出した。
他の3人はその様子を気にも止めないで、月夜にぼんやりと浮かぶ大船団を見ていた。

「今回の目的はクリムゾンフォースの恐ろしさを世界に見せつける事だ。本来はノエミ一人で全隻落とせるわけだが、生きて本国に返す船を選んで、その船の乗組員に恐怖を植え付けなくてはいけない。」

長身の東洋人がそう言うと、ノエミ・ローゼンは一言「空母を残しましょう」と言った。

「艦載機は全て潰せばいいよね。」

小柄な東洋人の少女がそう言うと、一堂頷く。

「カラヴェラ、お前はどうする?」

カラヴェラは二人の女性にしがみつかれながら、首をひねる。

「うーん・・・なら、帰りに乗組員たちが餓死しねぇように、空母の滑走路に豆畑でも作るか。」

「名案ね」と言ってノエミは笑った。
カラヴェラに取り付いている二人の女性は「さっすが!カラヴェラ様!」といって囃し立てている。

「・・・言わなくても分かるだろうけど、ペナフローラとカードロはカラヴェラが危なくならないようにちゃんと守れよ。」

カラヴェラにすがり付いている二人の女性は、長身にそういわれると両眼をギラリと輝かせた。

「人間風情にそんなこと言われる筋合いは無くってよ?」
「ちょっと不死だからって、調子に乗ってるんじゃないの・・・デビョルワン?」

デビョルワンは肩をすくめると「純粋に俺はカラヴェラが心配なんだよ」と言った。

「オメら、デビョルワンに噛み付くのやめネかぁ!こんな良い奴なかなかいるもんじゃないべ!」

二人はカラヴェラにそう叱られると、シュンとなってカラヴェラの後ろに引っ込んだ。

「ごめんなさい・・・」
「ごめんなさい・・・」

一部始終を見てため息をついたノエミは、大きく息を吸って前を向きなおした。

「作戦開始!!」

彼らを乗せた赤い血の絨毯は、海面を音も無く動き始めた。

014

大船団はずっと前からパニック状態だった。
幾ら頑張っても船が進まないのだ。
無理も無い。
多国籍軍の大船団の中で最初に、さらなる異変に気づいたのは、一隻の巡洋艦のしがない兵卒だった。

「・・・隊長、何かおかしくないですか?」
「なんだ?」

兵卒は暗い夜の海を凝視しながら恐々答えた。

「喫水線が上に上がってきている気がします。」

隊長は驚いて甲板に飛び出すとマグライトで海面を照らした。

「沈んでる!!」

けたたましく船内に警告音が鳴り響く。

「沈んでるぞ!!排水しろ!!」
「水は入ってきていません!!」
「・・・そんなわけあるか、調べろ!!」

すぐに他の艦からもサイレンが響き渡る。

「船底!異常ありません!!」

スクリューを調べていた艦長が飛び出してくる。

「何事だ!?」
「艦が沈んでいます!!」

そこへ乗組員の一人が伸びこんできた。

「やはり、船体に異常はありません!!」

艦長はうな垂れると熟考の末、避難命令を出した。
そこへ、見知らぬ女性が入ってくる。

「・・・な!?どこから来た!!」

ブリッジにいた全員が銃を構える。

「おかしいわね。ここは我々クリムゾンムーの領海です。そこへ無断で侵入してきて、挨拶もなしだから、私から来てあげたんじゃない。分かる?」

真っ赤なタイトスーツに特徴的なリストバンドの女性は続けて名前を名乗った。

「クリムゾンフォースのノエミ・ローゼンといいます。以後お見知りおきを。・・・銃下げないと、どうなっても知らないわよ?」

艦の乗員たちはあまりの出来事に気づかなかったが、自分たちの足元が全面血だまりに覆われている事に気づく。
数名の兵士はそのまま銃を取り落としたが、兵士の一人が拳銃を発射した。
銃弾は真っ直ぐノエミの後頭部に命中して、跳ね返って、一人の兵士の膝に突き刺さった。

「うぐわ!!!」

ノエミは振り向くと、銃を撃った兵士の顔を見る。
女性兵士だった。
彼女はパニックになって、再び拳銃を構えた。

「や・・・やめ!!」

他の人間が止めるのも間に合わず、銃口はノエミの心臓を狙い引き金がひかれる。
そして、ノエミに跳ね返った弾が艦内の壁やら、ほかの兵士やらを傷つける。
全弾撃ち尽くすと、女性兵士は弾の切れた拳銃の引き金をカチカチ鳴らしながら、膝をついた。

「警告したじゃない・・・かわいそうに。」

ノエミは最初の銃弾で切れた自分の髪の毛が、足元に落ちているのを見る。
そして、跳弾によって絶命した一人の仕官らしき男性を一瞥すると「今からでも正当防衛って成り立つのかしら?」と声をかける。
しかし、全員が状況に震え上がって、声すら出せない。

「あら?自分でも食らってたの・・・どう、自分の撃った弾で傷つくのってどんな気持ち?」

膝をついた女性は腹部のあたりを真っ赤に濡らして、口から血の糸をひいていた。

「傷が治ったらいつでも謝りにいらっしゃいね。私の大切な髪の毛が数本切れちゃったわ。」

そう言うと、ノエミは立ち尽くす人々に背を向けて歩き出した。

「そうそう、一隻は沈めないでおいてあげるから。一番大きな空母。逃げるならお早めにね。」

そう言って船を後にした。

015

その一番大きな空母ではもう一人の少女が暴れていた。

「私は許小潔(シュー・シャオジー)!私のクンフーに挑戦する奴はいないか!?」

そう言いながら艦載機を殴って破壊する。
彼女の周りには三つの鉄球が回っていて、まるで彼女の衛星のようだった。
一人の海兵が突撃銃を持って彼女を狙撃すると、鉄球のうちの一つが扁平に形を変えて、銃弾を弾き返す。
そして、そのまま衛星軌道を飛び出して、狙撃した海兵を撲殺した。

「腰抜けが・・・銃が無いと何も出来ないのか!」

海兵たちは銃を捨てて謝に殴りかかるが、彼女の拳と金属球に殴りつけられて、端から倒れていく。
その様子をデビョルワンが物陰から見て「危なっかしいな・・・」と呟いた。

「同時に3方向以上から撃たれたら負けるんじゃないの?」

と言いながら、指を鳴らす。
すると、空母の滑走路やら、壁やらが変形して人の形を取り始めた。

「殺しちゃダメよ。」

デビョルワンの兵士たちはデビョルワンの命令を聞いて、のろのろと獲物を探して歩き始めた。
デビョルワンはそれを見て満足そうに笑うと、後ろから近付いてきた兵士に気づかず、あっさり殴り倒された。

016

「カラヴェラ様、今日は何を植えるんですか?」

カラヴェラは騒然とする空母の滑走路で何か考えていた。

「うーん、まずはこの固い滑走路を割って、土を作らねば遺憾な。キマメからはじめるだ。」

二人の女性のうちサリーもどきを着た女性がカラヴェラに袋を渡す。
サリーもどきというのは、サリーにしてはあまりにも体を覆う面積が少ないからだ。
そして、カラヴェラとそのエスニックな風貌の女性、そして、もう一人のホットパンツを履いたラテン系の女性とで固い滑走路の上に種をまき始める。
撒かれた種は目で見て分かるほどグングンと成長し、滑走路を割り、種を作ってあっという間に枯れてまた、その種が芽吹き始めた。

「ペナフローラ、シロツメグサの種出すだ。」
「はい、カラヴェラ様。」

カラヴェラと呼ばれたホットパンツの女性はカラヴェラに袋を渡す。

「カードロ、持ってきた混合菌床あるべ?」
「こちらです、カラヴェラ様。」

そう言って二人の女性に次々と指示を出すと、あらゆる種類の雑草が生えては枯れを繰り返し、滑走路であったはずのところに肥沃な畑土が広がり始めた。

「うわ!なんだこれ!!・・・なんだお前ら。」

カラヴェラは手に掴んだ種を一掴み声の方へ投げると、その種は瞬く間に発芽し、伸びて、声の主である乗組員に絡みつき始めた。

「うわ!なんだこれ!!うわ!!」
「インゲン豆だべ!そんなこともしらねのか!!」
「わーい!私、インゲン豆すき!!」

ペナフローラが手を叩いて喜ぶ。

「そうか、そうだったなぁ。だども、この船の連中の事を考えるならば、大豆を撒いとくべきだ。カードロ、大豆あるか?」
「どうぞ、カラヴェラ様。」

アロハシャツを来た豚面の男は、ハナウタ混じりに大豆を撒き始めた、大豆は撒いた端から芽吹き、男が広い滑走路を撒き終える頃には、一面の大豆畑になっている。
カラヴェラはインゲン豆に捕らえられた男性のところへ赴くと、丁寧に蔓を引き剥がした。

「大丈夫だったか?まあ、マメに絞め殺されるって事はまずないだ。」
「あ、ありがとう・・・」

海兵は思わず礼を言った。

「この艦はもう戦えねえだ、オラたちクリムゾンフォースが無力化した。他の艦はもうすぐ全部沈む。だども、お前らの命まで取るつもりはねぇ。これだけ豆があれば、飢え死にしねぇで国さ帰れるだろ。・・・悪かったなぁ、怖い思いさせて。」
「カラヴェラ様に感謝しなさい。他の連中は荒っぽいわよ。」

兵士はそう言って去る3人を呆然と見送った。

017

ノエミ・ローゼンは貧血気味だった。
カラヴェラが隠密裏にレッドマングローブのジャングルを世界中に作ってくれていたおかげで、なんとか造血量が間に合ったが、それがあっても一つの海域を自分の流血で覆い尽くすのにはかなり無理があった。
ノエミは世界中の赤い樹液を持つ植物「血の木の眷属」と契約を結んでいる。
そして、それらの力を借りて、自らの肉体で血液とし、それを放出して操っている。
ただ、大船団を沈めるほどの出血はノエミ自身も、これまで経験した事が無い。
そう考えていると、多血症に悩まされ、隠れてこそこそ瀉血(しゃけつ)ばかりしていた頃を思い出して笑みがこぼれた。
あとは避難する兵士たちを安全に空母に運ぶだけだ。
無人になった艦の甲板でそう考えながら座っていると、ジェット機が飛び立つ音が聞こえた。

「あー、逃した。」

どこか、沈み方が遅かった空母から戦闘機が飛び立ったのだろう。
クリムゾンムーに向かって飛んで行く。

「バカね・・・かわいそうに。」

そして、直後に爆発した。
その様子を島から赤月が見ていた。

「もうすこし、様子を見ても良かったんじゃないの?」

そう言われてアハドは「イヒヒ」と笑った。

「だってぇ、真っ直ぐ飛んで来るんだもん!イヒヒ!」

彼は両手で、何かびっしりと並んだボタンを操作している。
彼の自慢の60進法テンキーだ。
そして、その後ろには8元パルスレーザー発振器「オクトパルス」がそびえている。
それはまるで巨大な鋼のタコだった。

「原子力エンジンがあると、高出力なレーザーがいつでも作れるんだ・・・イヒヒ!」

そう言って嬉しそうにはしゃぎまわるアハド少年に、赤月は「また、なんか飛んできたらお願い」と言い残して、部屋をあとにした。

018

赤月はグメダを伴い、自身の侍女に漕がせるボートで沖へと向かっていた。

「そろそろ、船をそろえたほうが良いわね。」

そう言うと、ボートの真ん中に置かれたカンテラの炎を見つめる。

--不思議なものね・・・

赤月はしばしの間、これまでの自分の人生を振り返ってみた。

「生きていくって難しい・・・」

そう呟いた声は侍女にも聞こえただろうが、侍女は黙って舟をこぎつづけた。
グメダも黙して語らない。

「グメダ、私の心も読めるの?」

赤月が尋ねると、グメダは多少困った顔をした。

「その気になれば恐らくは・・・しかし、深く読むのは御免ですね。」
「私について、限られた情報だけを読んだり出来るの?」

グメダは目を細めた。

「可能です。例えば誕生日だけを読むことも。」
「そう、凄いわね。」

グメダは目元の深い皺を一層深くしながら答える。

「しかし、私ももう歳です。疲れます。」
「苦労かけるわね。」
「いえいえ、仰せのままに。」

東の空がうっすらと明るくなってきた。
そして、遥か彼方には、連合軍の空母が見えてきた。

「もうすぐ、ノエミ様の血の海へ入ります。」

ボートは血の海に差し掛かると、急に加速した。

「ノエミは使えるわ・・・怖いぐらい。」

朝焼けに照らされた太平洋は真紅に染まっている。
果たして、海水か鮮血か。
そして、そのままボートは生き物のように動く血の海によって、空母の上に引き上げられた。

019

赤月がボートから降りると、無力化された海兵たちが空母の上に所狭しと体育座りで並んでいた。

「世界平和の為にようこそ我が国の領海へ。私がクリムゾンムーの元首、赤月です。よろしく。」

赤月はそう言うと、デビョルワンの方を向いた。

「死者は出ましたか?」

デビョルワンは頷いた。

「自殺、自爆、跳弾による事故死、退艦を拒否して溺死、また不意打ちをしようとして謝の『三宝玉如意』に返り討ちにあったものが数名。とはいっても全部で50人程度です。」

赤月はため息をついた。

「多いか少ないか分からないわね。治療が必要な者は、適当な艦を見繕って、それで島に運びましょう。ノエミ、どれかいい艦無いかしら?」
「ちょっと持ってきます。」

ノエミは別の空母を再浮上させて引っ張り寄せる作業をはじめた。

「グメダ、言っておいた通り、この中で隠し物、隠し事をしている者を全て教えて頂戴。」
「分かりました。」

グメダは謝に手伝われながら、体育座りの中から人を選り分ける。
そのほとんどが立派な階級章をつけた仕官だった。
赤月が捜しているのは、彼らが持っている各国の軍事機密だった。

「残った方々はこのままこの空母をお返ししますので、帰って頂いて結構です。負傷して治療が必要な者は、治療後にお返しします。また、それ以外の今、あの二人にピックアップされた人間は、取調べが終わるまで国へは返しません。そのおつもりで。」

そう言い残すと朝焼けの中を颯爽と立ち去った。

     


赤月は若干疲れた表情をしながらも、集まったクリムゾンムーの重臣達に笑みを見せた。

「昨日、今日と本当にありがとう。作戦は全て、完全に成功です。特にノエミ・ローゼン。あなたは良くやりました。ありがとう。」

ノエミは誇らしく微笑みながら頭を下げた。

「現在、我が国にはそれを使える人員は揃っていませんが、我が国には世界最新鋭の海上軍備があります。それすら我らがクリムゾンフォースの前では無力ですが、世界が我らが国家『クリムゾンムー』に恐怖し、屈服する日は遠くありません。我が国はこれからも国土の拡大を続け、世界の誰もなし得なかった量の食糧を世界へ供給し、バイオ燃料を生産してエネルギー革命を起こし、人類が22世紀へ向かう礎を築きます。あなたたち全てがその英雄です。それを国民に伝えてあげてください。」

そう言って赤月は会議を始めた。
会議では国連軍の軍備をどのように使用するかについて、また、今後の世界をどのように誘導するかについて話し合われた。
会議が終わると、ノエミが赤月に声をかける。

「悪魔ね、赤月。」
「あなたには言われたくないわノエミ。」

どこへともなく二人は歩き出した。

「あなたの方法がすべて実現すれば人類はクリムゾンムーなくしては存続できなくなるわよ。」
「今の人類を存続しているなんて言うのは間違いね。地表にこびりついているカビの類いだわ。」
「地球をどこまで壊すつもり?」
「別に、私が昔触った樹木が今、石炭として掘られている樹木だといったら、あなたは信じる?」

ノエミは笑った。

「信じるわ。」
「嘘よ、そこまでおばあちゃんじゃないわ。でも、私が見ている前で地球はどんどん壊されていったの。一度ぐらい、私だって自分の好きなように地球をいじくってみたいじゃない。」

赤月はそう言うと足を止めてノエミの注意をひいた。

「ノエミ、あなた楽しい?」

ノエミは破顔した。

「昨日だって人が死んでるのよ。楽しいワケないでしょう?」

そう言って笑いながら歩き去った。

021

国際連合安全保障理事会。
その中に特別なチームが組織されている。
RSSSやクリムゾンフォースが作られるもっと前から組織されたチームだ。
国際連合安全保障理事会はかなり前から一つの結論を出していた。

人類は多すぎる

これが彼らの出した結論だった。
そして、地球で全ての人間が充実した生活を送ることができるのが一体何人なのかを試算した。
その結果、ある計画を立てるに至る。
ある計画は「ある計画」とか「あの計画」と呼ばれていたが、実際には「世界人口調整計画」と呼ぶべき代物だ。
出生率の世界的な低下と10歳未満児の死亡率の低下、HIVやその他の疫病の根絶、さらに世界的な歴史観の統一と義務教育基準のグローバル化、世界規模での紛争解決など。
これら全てを実現する為には、細かい民族の争いや主張、宗教感は邪魔だった。
そして、そのために北半球をロシア、アメリカ、フランス、イギリス、中国で分割統治すると目標を掲げた。
特別なチームはその五大国計画のために揃えられた、特別な人間達だった。
神行法を使うアルバート。
不死身のコシチェイ。
超能力者を集めて組織された特殊部隊『イエレン』。
超人トリックスター。
雷神である石井いおん。
そして、仙人であり武将を自称する卞喜。
略して「安保理」とも呼ばれるそのチームは冥府の王デビョルワンをクリムゾンフォースに引き抜かれ弱体化していた。
さらに五大国計画も危うくなっている。
クリムゾンフォースの農業の守護者カラヴェラ・カパアケアの力によって、世界には大量の食糧が蔓延しつつある。
そして、彼の育てた国土型大樹「クリムゾンムー」によって世界のCO2は恐ろしい勢いで吸収されつつある。
世界の抱える2つの大きな問題をたった一人で解消するカラヴェラがいる限り、この世界にはもっと多くの人類が住む事ができるのは明白だった。
しかし、クリムゾンムーは同時に世界の食糧生産者と、金融を圧迫していた。
クリムゾンムーの食糧は世界の食糧価格の下落を招き、世界の穀物農家が圧迫されている。
さらに穀物の先物や、CO2排出権を売買してきた金融業会が受けたダメージも大きい。
そして、今回、国連軍の装備がごっそり奪われた。
国連軍はその事実を隠蔽すら出来なかった。
連合艦隊が一夜にして消えたのだ。
それも、ほぼ無傷でクリムゾンムーに奪われた。
そこに使われている軍事機密も何もかもだ。

「アルバート、手段は選ばん。クリムゾンムーに潜入し、弾頭をアメリカに向けて発射しろ。一発ならば必ず迎撃できる。それをきっかけにクリムゾンムーに核攻撃を行なう。」

アルバートは苦渋の表情を浮かべた。
RSSSにすら勝てないチームがクリムゾンフォースに果たして勝てるのかどうかが怪しい。
しかし、言われた以上はやらねばなるまい。

「了解。すぐ作戦を練ります。」
「頼んだ。」

アルバートはそう応えると熟考するように、鼻を触った。

022

「イー、敵の能力を調べることは出来るか?」
「やってみる。」
「時間がないんだ、急いでくれ。」

アルバートはまず、イエレンの隊長格に話を持ちかけた。
恐らくイエレン以外の構成員は顔がばれすぎていて潜入すら出来ない。

「卞喜、何か言い方法はないか。」

卞喜は余裕の表情だった。
屈強な体に黄色いコートを引っ掛けて、ソファに腰掛けている。

「お偉いさん方が回りくどいことを考えるからややこしくなるんだ。まあ、そのややこしいことでもトリックスターがやる気さえ出せば、そんなこと造作もない。」

名前を呼ばれたトリックスターは長身の黒人だった。
アルバートは目線で何かを訴えかける。

「まあ、いいですよ。やりましょう。あちらに忍び込んで、一発核を発射すれば良いだけなんですよね?」

卞喜はそれを聞いて意外そうにしている。

「珍しいな、お前さんやるつもりか?」
「まあ、この事態だから指をくわえて見ているだけというのもな。喜んでやらせてもらいますよ。」

そこまで言うとトリックスターは姿を消した。

「・・・トリックスターがやるというなら・・・できるな・・・。」

アルバートは目を丸くして卞喜の横に座り込んだ。
トリックスターはそもそも頭数として数えられていないフシがある。
なぜなら、彼は「敵に回せない」という理由だけで安保理に所属しているからだ。
最近は雷神いおんのお目付け役として動き回ってはいたが、彼が何かの作戦に参加するのは珍しい。
「安保理」の作戦室に誰かが飛び込んできた。

「やったな!弾道ミサイルがアメリカに向けて放たれたのを確認した。」

アルバートも顔を知っている役員のひとりだ。
そいつはそのまま笑顔で部屋から飛び出してどこかへ行った。
コシチョイがクマのような手でリモコンを操作し、無言でテレビをつける。
テレビでは緊急放送が始まり、クリムゾンムーからのミサイルが、首都ワシントンに向けて放たれたと報道している。
そして、速やかに迎撃を行なうといっている。

「どうやったんだろ。」

いおんが興味なさそうにテレビを見ている。
なぜかセーラー服だ。

そして米軍はたった一発のミサイルの迎撃にことごとく失敗。
結果、国防総省の星の真ん中に、巨大な不発弾が突き刺さった。

「ただいまかえりました。結構乗り心地良かった。・・・あれ、皆なんでそんなに怖い顔してるんですか?」

そのミサイルにはトリックスターが笑顔で跨っていた。
卞喜とコシチェイがその様子を見て大爆笑していた。

023

「ええと・・・クリムゾンムーの弾道ミサイル、ペンタゴンを直撃。核弾頭は不発、死者0人。ミサイルはアメリカ製・・・何これ?」

カラバ城、円卓の間。
そこで新聞を読み上げているのは樋口。
そして、その円卓の上でケットシーが笑い転げていた。

「そういう事するのは絶対にコヨーテですよ!!あー、おかしい・・・」

コヨーテはトリックスターの名前の一つだ。

「ひでぇジョークだな。これでアメリカは報復行為として大陸間弾道ミサイルが使えるわけだ。」
「核ですね。」
「核だね。・・・もう発射された頃じゃないか?」


誰ともなくそう言う。

「どうせまた不発だろ。」

そう言いながらRSSSの面々は円卓を取り囲んでにぼしを食べていた。

「ねえ、またその魚食べてるの?匂いが嫌いなのよ・・・」

遅れて入ってきたハンが不平を漏らす。

「よっしゃ、そろそろ話し合うか。」

樋口が新聞をたたんだ。

「樋口殿、報復核攻撃は成功するとお考えでござるか?」

ドイツ製忍者マイアーが、単刀直入に切り出す。

「それはないでしょ。あんなトロいものどうやってでも叩き落せますよ。」
「ですが、攻撃は止めないでしょうね。大量破壊兵器を持っていると因縁開戦した当時はわかりませんが、今は攻め込んだ国連軍の装備一式を持っているわけです。どんな兵器でも持っていると考えるのが妥当でしょう。」

ブルーが言う。
一同が頷いた。

「安全保障理事会にとっては全面戦争してでもぶっ潰すべきなのがクリムゾンムーなわけだが・・・また鑑艇をごっそり接収されるのはまずい。」

というのはヨーエル。

「樋口、何か考えられることはほかにないの?」

ハンの問いかけに樋口はニヤリとした。

「実は戦争開始前から情報は掴んでたんだが、安保理に限りなく近い筋から、中東の海賊に多額の資金援助があったそうだ。」
「なにそれ?」

樋口は腕組みをして、背もたれにもたれかかりながら続けた。

「世界中の海運にプレッシャーをかけて、強引に穀物価格を吊り上げるのさ。それで、五大国の息がかかった船舶やタンカーは見逃してもらおうって寸法だ。」
「・・・呆れた。よくぞ、そうポンポンバカな事思いつくわね。」

樋口は煮干の袋を弄りながらいった。

「自国の農業を守る為には他国への内政干渉も辞さない国ぞろいだからね。足がつこうがなんだろうが、何でもやるだろ。今回はその海賊退治の依頼が着てる。オーストラリアのタンカーが日本へ向かう航路に海賊船が待ち構えてるそうだ。」
「補給基地もない海の真ん中でよくやるな・・・そんなバカなこと。」

ヨーエルが苦笑いをした。

「海賊船はぶっ潰していいのか?」

レンツォがそう言うと樋口が両手で制止した。

「いいわけないだろ!海が汚れる!!」
「めんどうくせぇなぁ・・・」

レンツォが頭を掻いた。

「『ぶっ潰す』のがダメだったら俺とレンツォはやる事ないじゃん。」

神行太保がそう言うと樋口とケットシーが力強く頷いた。

024

「めちゃめちゃあちぃなぁ・・・」

海上で樋口がそう言った。
オーストラリアから提供された元はどこで造られたかも分からない巡視艇にRSSSの面々は乗り込んでいた。
操舵は樋口が担当している。
樋口はこのために徹夜で操船を勉強したらしい。
乗組員は樋口、クレオ、ハン、マイアー、ブルー、ヨーエルだ。
赤道直下を突き進む巡視艇はボロではあったが、船足はすこぶる速かった。
そして、このへんで一度給油をすることになっている。
樋口は彼のスーツに取り付けられている無線に話し掛けた。

「志村、GPSで座標を確認できてるか?」
「出来てるけど・・・これメチャメチャでかいよ・・・早くこいよ。」
「こっちはお前ほど足が早くねぇんだよ。」

そう言っている間に、海上になにか見えてきた。
海の上にぽつんと志村と浮きのついた燃料タンクが浮かんで見える。
神行太保が海の上を走って燃料を持ってきたのだ。

「これ持ってるせいで、スピード出せなかったんだよ。暑い上にものすごく時間かかったよ。」
「アラブ楽しかったか?」

樋口がそう聞くと志村は口を尖らせた。

「言葉はわかんないし、急いで燃料持ってここまで来なきゃいけないし、散々だったよ。」
「まあ、給油してる間乗れよ。」

志村は「ああ」というと、海の上を跳躍して、船の甲板に下りた。

「本当はお前が最初から船引っ張ればいいんだけどな。」
「どれだけこき使う気だ。」

志村は狭い船上で日陰を探すとそこへ寝転がった。

「あちぃ・・・」

そして、給油が終わると、再び燃料を補給するべくアラブへ走った。

025

樋口は船足を緩める、もうそろそろ海賊がいると思われる海域だ。
しかし回りは360度水平線で、何かが隠れるような場所はない。

「やっぱり連中、潜水艦だろうな・・・」

船室で不貞寝を決め込んでいた他の連中も出てきた。

「やっぱり、何も見当たらないわ。」

樋口がそう言うとブルーが答える。

「まあ、潜水艦だろうな。」

樋口は魚群探知機を使って海中を調べる。

「いた。かわりに探知したこともバレた。」
「まあそうだろうな。ハン、炙り出してやってくれ。」

ハンは大きな布で作られた漆黒のドレスを着ている。

「何この暑さ・・・ヤになるわ・・・」

そして、口から爆音を発すると、ドレスの房を帆のように膨らませて飛翔した。
口から発する音波を利用して鳥のように空を飛ぶ、怪鳥ハン・ヘレチという名前の由来になった彼女の技術の一つだ。
彼女は上空の一点でホバリングして停まると、一層大きな声を出した。

「うわ!うるせぇ!!」

樋口が耳を塞ぐ。
ハンは何度か鋭く嘶く(いななく)と、再び爆音を轟かせて甲板に下りてきた。

「一体何したんだ?」
「潜水艦の位置を調べて、潜水艦を外からノックしてあげたのよ。」

音波を操る怪人ハン・ヘレチはこともなげにそう言った。
海底で思わぬ異常事態に見舞われた潜水艦が急浮上する様子が魚群探知機に映る。
樋口が急いで船を発進させた。

「浮上する時に勢いでこっちが転覆しちまう。」

潜水艦がけたたましい水音を立てて数百メートル離れた海面に姿をあらわした。
その波で船も大きく揺れる。

「ディーゼルか・・・海賊風情にはもったいない代物だな・・・耐寒装備!!」

ブルーはそう鋭く叫ぶと、ヨーエルを除いた全員があたふたと厚着を始めた。
ヨーエルはというと船のへさきに立ち、炎天下でも決して脱がなかったニット帽に左手をかける。
そして、耳まですっぽり覆った帽子をずらして右耳だけ出すと、右腕を真っ直ぐ潜水艦に向かって突き出した。

赤道直下、炎天下の太平洋上の空気がきらきらと輝きだした。
ヨーエルる発する超低温がダイアモンドダストを発生させているのだ。
海に浮かぶ巨大な鉄の塊、潜水艦が急激な温度変化でギシギシと音を立て始める。
潜水艦を中心に海面が凍り始めた。

「寒!!」

巨大な流氷となった潜水艦は、もはや自力で動く事の出来ない鉄の棺だ。

「侵入するぞ!!」

ブルーがそう言うとクレオが鋼鉄の兜をかぶる。
背中から巨大な黒い翼が生え、コンドルの王の巫女はブルーを掴み飛翔した。
続いてハンがヨーエルをつれて飛び立つ。
マイアーは船のへさきに大きな弓を取り付けると、その弓に自分自身を番えて発射した。
当然矢のような速度で飛び出し、一番最後に船を出た割に、一番最初に流氷に飛び降りた。

「いってらっしゃーい。」

そして樋口はお留守番だった。





     


突入した潜水艦の中でブルーが顔をしかめた。

「おかしい。やけにおとなしいですね。もっと抵抗があってもよさそうです。」

マイアーがそれに答える。

「恐らく陽動作戦でござるな。敵は我々が海賊掃討を引き受けたことを知っていたようでござる。」

ブルーはその言葉を聞き終わらないうちに襟の通信機を掴んで、口元に引き寄せた。

「樋口!陽動作戦にひっかかりました!!タンカーを直接警護するべきでした。」

樋口は操舵室で寝そべった状態でその声を聞いた。
操船技術一夜漬けのせいで昨夜から寝てないのだ。

「了解、すぐ対応する。潜水艦を無力化したらすぐ船に戻って来い。」

樋口はブルーとの通信を終えると、すぐに志村を呼び出した。

「志村!!やられた!!囮(おとり)にひっかかった!!」

牧人は空になった燃料タンクを牽引しながらインド洋を突っ切ってアラビア半島を目指していた真っ最中だった。

「なんだって?」
「タンク捨ててもいいから、すぐ戻って来い!!直接タンカーに合流して、おまえ一人で海賊を叩け!!」

志村は掴んでいたロープを手放すと「了解」といって360度水平線に囲まれた場所で深呼吸をした。
懐のGPSを取り出して見ながら樋口にコンタクトする。

「俺の座標分かるか?言うぞ?」

牧人は自分の座標を樋口に伝えると、樋口はタンカーの現在位置と、タンカーの速度から、志村とタンカーのランデブーポイントと、今から目指すべき方角を教えた。

「志村!!できる限り急げ!!但し、船舶や陸地が見えたら減速しろ!!」
「分かってるよ。」

志村は通信を切ると何もない大海原の目指すべき一点をGPSを頼りに探した。
GPSについている方位磁針を注視する。

「こっちか・・・よし!!」

久しぶりに本気で走る・・・そう思うだけで身震いがする。
波の音に耳を済ませる。
外洋の波は高く、まるでビルのようだ。

「やるか・・・」

志村は大きく吸い込んだ息を吐いた。

027

志村牧人は特別な存在だった。
交通事故で片足を失い、高校で学生結婚を経験し、卒業と同時にテロリストになった。
その志村を特別な存在たらしめているのが、神行法であり、彼の最大の称号、神行太保だ。
彼にとっては水面の上を走るのは児戯にも等しい事であり、彼の技の一端でしかない。
志村はその場で左足を軸にコマのように回転した。
彼が立っている海面がどんどん沈んでいく。
ぴんと張った薄いゴムの膜を指で押すかのように、海面は表面張力を必死で働かせ、彼を沈ませない。
志村が回っているのは、彼が自身の比重を増大させる為であった。
華奢な彼の体は、現在、4tほどの重さになっているだろう。
これは鉛を超える密度だ。
神行法は時間とエネルギーと仕事を操る。
本来、加速している物体が持つ高いエネルギーをほぼ静止した状態で保持する事ができる。

「よし、こんなもんでいいな。」

志村は今の状態であれば、衝突したどんなものでも砕くであろう。
そして、軽い足取りで走り始めた。
伸びやかなストライド、体の軸で完全に点対称に動く美しいフォーム。
その一歩一歩の間に神行法は何度でも地面を蹴ることができる。
1歩の間に4歩分を進む事ができる。
そして、それが8歩だろうと100歩だろうと可能なのが神行法であり、その技の頂点に君臨するのが神行太保志村牧人だ。

「さようなら、波の音・・・」

志村はそう言うと音の壁を突き破り、完全な静寂の世界に突入した。
志村の前には空気を切り裂く光の衝角が出現している。
志村は軽やかに走りながら後ろを振り返った。
志村の後ろから真っ白い水煙が追ってくる。
衝撃波によって割れて砕け沸騰した海水だ。
志村は自分の心臓の音を聞いていた。
自分の骨が軋む音、筋肉が立てる音。
外界からの全ての音をシャットアウトされた世界で、志村はさらに速度を上げた。

--光だったら・・・一秒間で地球を七周半できるのか。

樋口は志村がどこからその莫大なエネルギーを得ているのか突き止めることは出来なかった。
地殻を砕き、岩石を沸騰させるハンの声も、触れたものを微塵に分解するレンツォの矢の威力もそう。
人間が放出するエネルギーとしては大き過ぎる、それらの能力は人智を超え遥か高みにいる。
しかし、だからといって現状あるものを否定できない。
現に志村は間もなくインドネシア周辺に辿り着く。

--漁船に気をつけなきゃ・・・

そう思いながら、志村は水平線の彼方を注視した。
地球が丸いせいであまり遠くを見ることができない為、できるだけ早く発見しないと障害物を避けてあげることができないのだ。

「だめだ、減速しよう。」

志村はふいに速度を音速以下まで落とした。
自分が波を砕く爆音が聞こえる。
GPSをみながら再び樋口に座標を伝えた。

「樋口、俺、進んでる方向あってるか!?」

樋口が答えた。

「ちょっと北にずれてるが大丈夫だ。今の調子だとあと数十分で目標のタンカーに出会える。」
「今減速中だ。陸地が近くて漁船やらが出てきそうで怖い。」

樋口が答える。

「いい判断だ。だがあと5分ぐらい低速をキープしたら、商業海域を抜ける。再度、音速が出せるぞ。」
「分かった。」

志村は樋口とやり取りしながら、GPSに内蔵されている時計をちらちらと見た。

「樋口!どの座標になったら再度減速すればいいんだ!?」
「タンカーはお前から見れば止まっているも等しい。さっき伝えた海域に近付いてから減速すれば充分だ!」
「了解!!」

志村は再び飛ばし始めた。
太陽を背に爆走している為、日が急激に傾く。

--この調子だと、タンカーは夕方のあたりを走ってるかもな・・・

志村の予感は的中した。

028

空がうっすらと赤くなるあたりをタンカーは航行していた。

「樋口、タンカーが見えたぜ。真っ暗になったら終わりだ。」
「大丈夫だ、ハンとクレオがトップスピードで向かってる。」

志村はふと疑問に思ったことを聞いてみた。

「あいつらどっちが飛ぶの速いの?」
「俺も知らん、お前が確かめろ。」

志村がタンカーに乗り込んで待っていると、クレオが先についた。

「ハンは?」

一応聞いてみる。

「すぐに追いつくわ。どこから走らされたの?」
「インド洋だよ。」

そう話している間にあたりはすっかり暗くなってきた。

「だめだ、船員を集めて!今襲撃されたら、俺たちじゃ全員を守りきれない!」

タンカーの艦長にそう言うと、乗組員をブリッジに集めさせた。

「樋口、海賊の船見つけたらぶっ壊してもいいだろ?」
「まあ、しかたねぇな。マイアーとブルーと到着できるのはだいぶあとだからな。」

クレオが何かに反応した。

「シムラ・・・何か近付いてる!」

クレオは五感が鋭い。
二人で甲板へ飛び出すと目を凝らした。

「クレオどっちの方角だ?!」
「あっち!」

クレオに誘導されて志村は耳を済ませた。

「ヘリ!?」

クレオが言う。

「ヘリか・・・海賊のクセにいいもん乗りやがって!!」

ヘリはサーチライトで照らしながら近付いてきた。

「クレオ、賊かどうか確かめてくれ。」
「わかった。」

クレオは鉄の兜をかぶると巨大な翼を生やして飛び立った。
間もなく通信が入る。

「シムラ、間違いないわ!でも、私じゃ落とせそうにない!」
「全部で何機?」

通信機の向こうからクレオの「6機」という声が聞こえてきた。

「この船に辿り着くまでに、何機落とせるかな・・・」

シムラは意を決して、海面へジャンプする。
そして凪いだ海面を力強く蹴ってサーチライトめがけて飛び上がった。

029

「クレオはなれてろォォォォ!!」

通信ではなく地声でそう叫ぶと、鋼鉄の右ひざを大きく振りかぶり、ヘリと衝突するタイミングを計る。

「ニィィィィィランチャァァァァァァァァーーーーーーー!!!!!」

1機目のヘリが、恐るべき膝に触れて四散した。

「あー!!飛びすぎた!!」

志村は悪態をついた。
ヘリを蹴るだけで充分だったのに、蹴り終えた後も志村の体は上昇を続けている。

「うわ!」

そう思っていたら、クレオが志村を捕まえた。

「叩き落しますよ。」
「足から下りれるようにして!そうしないと普通に義足の重みで溺れるかも!!」

クレオは翼で空を打ち、力強く志村を海面に突き放した。
志村は両足で海面に着水すると、次のヘリめがけて跳ぶ前に、妙案を思いついた。
二機のヘリを一直線に捕らえれば、一気に二機落とせるはずだ。

「ここだ!!」

空振りした。
しかも、クレオが追いつけないような速度でだ。

「やらかしたーーーーー!!!」

そう言っていると、やらかしてすっ飛んでいる俺の横をかすめるように、爆音が通り過ぎていった。

「ハン!間に合った!!」

ハンの聴力は尋常ではない。

「とろいわね。」

そして声量はもっと尋常ではない。

「そんな大声で言わなくても・・・」

ハンはヘリの一団の真ん中に突っ込むや否や金切り声を上げた。
すると、5機のヘリが同時に火を噴いた。









     


「最初からタンカーに乗り込んでれば苦労しなかったんじゃないの?」
「ご迷惑だろうが、宿とか食事とか。」
「ですが、こうして食事を頂いている現状は変わらないでござる。」
「すいません、おかわりありますか?」
「神行太保、おかわりはちょっと・・・遠慮しませんか?」
「そういえば、巡視船は?」
「樋口が一人で留守番してる。」
「樋口、あいつ寝てないのにかわいそうじゃね?」
「まあ、もっと早くから予習する時間はあったわけですから、ある意味自業自得ですよ。」
「ねぇ、私ニンジン嫌いなんだけど誰か食べない?」
「おまえ、黙って食えよ!死んだ父親が悲しむぞ!!」
「うるっさいわね!あんたこそ食事の時ぐらい帽子脱ぎなさいよ!!」
「おまえ凍死したいのか?」
「やめてください。黙って食べましょう。」
「すいません、もう一杯おかわりいただいていいですか?」
「シムラ、3杯目はちょっと・・・」
「だって、仕方ないだろ、俺、インド洋から太平洋まで走ったんだよ、今日。」

そこへ船長がやってきた。

「あの、お仲間の船なんですが、全然ついてきてないようで・・・先ほどの海域に置き去りなんですが・・・」
「寝たな。・・・かわいそうだからそろそろ帰るか。お邪魔しました。」
「ちょっと、食器ぐらい洗って行きましょうよ!!」
「クレオやっといてよ。おれ、もう義足磨かないと錆びちゃう。」
「・・・いえ、食器洗い機があるから結構ですよ・・・」

そう船員に言われて「それなら」と言って、RSSSの面々は船を後にした。

031

巡視船に帰ると樋口が寝ていた。
そして、物音に気付いて寝覚めた。

「ああ、戻ってきたの?お疲れさん。」
「マイアーを置いてきた。まず間違いない。」

マイアーは「どうやったらうまくいくのか見当もつかない」ことを美味くこなすのが得意だ。

「まあ、多少流されてもいいから、今日はここに錨を降ろして、明日に備えて眠りましょうか。」

ブルーがそう言うとRSSSは口々に「揺れる船苦手なんだよ」だの「お風呂入りたい」だの言いながら船室へ降りた。

「ああ、そうそう、神行太保。」
「なんすか?」

志村は寝ようと思ったところをブルーに呼び止められた。

「この船、さっきの移動でだいぶ燃料使ったんですよ。」

志村はガックリとうな垂れた。

「燃料取りに行くの、明日の朝でいいっすか?」
「もちろん。神行太保が引っ張るのでもいいですよ。」
「・・・明日考えます。」

志村はマイアーが寝ていたという簡易ベッドを割り当てられて、そこへもぐりこんだ。
マイアーのベッドは火薬や鉄のにおいに混じって、加齢臭がした。
翌朝、「マイアーのベッドはお父さんの匂いがする」といってハンとクレオとおおはしゃぎをして、さらにブルーのベッドもそうであることを突き止めると、志村は朝食を食べ、船を引っ張ってオーストラリアに帰ることにした。
インド洋に投棄した燃料タンクを見つける自信がなかったからだった。

032

RSSSが海賊相手に小競り合いをしていた頃、成層圏をジュラルミンの白い物体が航行していた。
大陸間弾道ミサイル、戦術核、名前は何でもいい。
要するにそれが飛んでいた。
目指す場所はクリムゾンムーだった。
クリムゾンムー上空で爆発し、光と熱と放射線のシャワーを降らせるその白い槍に五大国の命運がかかっている。

「バカね。20世紀はとっくに終わったのよ。あんなもの一回使ったらそれで終わりよ。」

赤月がそう呟いた。
豪州の軍事衛星から、戦術核が発射されたことを既に聞いて知っていたのだ。
クリムゾンムーは確かに強大な国家だが、クリムゾンムーはほぼ一切の鉱物資源を持っていない。
オーストラリアは非常に早い段階で北半球に偏重した国連を見限り、生まれて間もない隣国クリムゾンムーを最も重要な盟国と位置付けていた。

「アハド、どこで落とすつもり?」

アハド少年は愉快そうに笑った。

「僕ね・・・あいつが爆発してから落としたいんだ!分かる!?すっごく楽しそうでしょ!!」

赤月はそれを聞いて快笑した。

「フフ・・・私も永く生きてきたけど、あなたは本当に特別ね。あなたのオモチャよ好きになさい。その代わり被害が出たら承知しないから。」
「大丈夫だよ・・・たかが核弾頭だろ・・・イヒヒ!!でも、初めて見るなぁ・・・」

アハド少年は植物の楽園であるクリムゾンムーで一際目立つ鋼鉄のタコに乗り込んだ。
原子力潜水艦から引き剥がされた核融合炉は、アハド少年の手によって核分裂ー融合炉に改造され、8本のレーザー発生器へ無尽蔵のエネルギーを送り込んでいる。

「オクトパルス起動するよ!!フヒヒ・・・!!」

少年は8本の触手を空の一点に向ける。
操作レバーはオクトパルスの搭乗扉のドアノブ以外には一切ついていない。
少年はひたすら60進法テンキーを操っている。
オクトパルスは二進法のコンピューターで制御されている。
そして、アハド少年はその入力速度を向上する為に60進法を選択したのだ。
彼の除くコンソールには原子炉の出力や、様々な装置の誤差が表示されている。
アハド少年はオートメイションをあまり信用しない。
全てについてフルマニュアルが望ましいと考えている。
彼の脳内には多次元空間が広がっている。
彼は複雑な計算をその多次元空間で行なっている。
虚数を含む細かな演算はその多次元空間で速やかに面や線となり、複雑な曲面同士の衝突によってできる立体や曲線は、彼の脳内でほぼ視覚的にその値を吐き出す。
8元パルスレーザーを操る、脅威の演算心臓部は全て彼の頭脳の中であり、オクトパルス自体は幾らかのセンサーと数値を与えられて動く道具でしかなかった。
レーザー光線を用いて弾頭までの距離を計測すると、全ての触手で弾頭を狙った。
クリムゾンムーに警告音が鳴り響く。

「大丈夫だよ、可視光線以外のものは通さないよ・・・きっと綺麗だよ・・・核の花火は・・・イヒ・・・イヒヒヒヒヒヒヒヒヒィィィィィィィ!!!」

核弾頭が弾けた。
次の瞬間、8条の光線が核弾頭を包み込む。
クリムゾンムーを焼き尽くす為に放出されたエネルギーは幾重にも形成されたプラズマの雲と、そしてパルスの干渉によって、力の方向を捻じ曲げられ、まるで・・・まるで真上に火柱を上げた。
そのまばゆい光はクリムゾンムー全土を照らしたが、単なる明るい光以外の何物でもない、敵を焼く事のないただの光だ。
アハド少年は口角に白い泡を吹きながら恍惚とした表情でキーボードを叩く。
核弾頭が撒き散らす、あらゆる有害なものを、彼の分身とも言えるパルスレーザーがことごとく遮断しているのだ。
視線はもはやどこを見ているわけでもなくフラフラと彷徨い、のた打ち回るタコの足が、彼の精神の渦を体現している。
彼は自身のマシンがレーザーの軌道状に作り出した高濃度の窒素酸化物までをも除去し終えると、しばし、この素晴らしい夜の余韻を楽しんだ。

「ああ・・・ああ・・・こんな事って・・・いひぃ・・・いひぃ・・・」

クリムゾンムーの支配者、赤月と、流血のノエミ・ローゼンはその一部始終を見ていた。

「彼は芸術品ね。」

赤月の言葉にノエミは顔をしかめた。

「醜いわ。」

赤月はノエミを小馬鹿にするように答えた。

「分からないの?彼の脳はもはや人間の肉体に収めることが出来ないぐらいに洗練されているのよ。ほとんどの生き物は生物として生きるために脳を使っている。でも、彼は違う。」
「どう違うの?」

ノエミはあまりに確信に満ちた赤月の言葉に単純な興味を覚えた。

「彼はね、考える為に生きてるの。いつか彼の脳が生命維持を投げ出して考える事に没頭するんじゃないかと思うと冷や冷やするわ。」

ノエミはそう言われてもう一度彼を見た。
見えたのは汚らしく涎をたらす少年の姿ではなく、人間の肉体というちっぽけな器に押し込められた強大な頭脳だった。
彼のような存在はもっとそう・・・ノエミはそこまで考えるとはっとした。

「オクトパルス・・・彼の肉体は・・・」
「そうよ、気付いた?彼はオクトパルスを完成することで、さらに調和の取れた存在に近付きつつあるのよ。」

プルトニウムと重水素の心臓、そして華奢な少年という2つの心臓を鼓動させるオクトパルス。
鋼鉄の邪神にも見えるその異様は確かに芸術品のようにも見えた。
それは雌雄同棲体のようにも見え、男性とか女性とか、そう言った陳腐なカテゴリを否定するかのように佇んでいた。

033

核攻撃の様子は全世界にインターネットで配信された。
爆発する核ミサイルが火柱を上げて輝く様子を世界の人間が目にした。

--「不発ではなく、無力。」

そう一面で報じた新聞が指し止めになる事件がアメリカで起きた。

「アルバート!!」

アルバートと呼ばれた初老の紳士は、「全く俺ではない。全く俺の責任は何一つない」と確信しつつも、自らの上司の下へ赴く。

「艦隊は全滅、核は効かない、なぜこんな事になると前もって忠告しなかった!!」

実はアルバートは忠告したのだ。
若い時代彼は、自分のことを世界で最も強力な人間だと過信していた。
彼のその過信は徐々に薄れ、それは果たして老いのせいであろうと彼は考えもした。
しかし、その彼が自らの甘さを痛感した事件があった。
十代の神行太保に完膚なきまでにやられたのだ。
彼は最初、自らが神行太保を告げなかったのは、師である吉田に反旗を翻したからだとばかり思っていた。
それは違うと思い知った。
そのときを境に彼は慎重だった。
クリムゾンムーにしてもRSSSにしても対抗するのが精一杯であり、決着しようとすれば最後に負けるのは自分達かもしれないとすら思っていた。
確かに石井いおんやトリックスターであるコヨーテ、卞喜は死なないかもしれない。
コシチェイにいたっては「死なない」のが能力だ。
しかし、自分と中途半端な超能力者を掻き集めて作られたイエレンは真っ先に死ぬ。
そして、何人かを巻き添えにする自信すらなかった。
ただ彼は自分自身がこのチームの要だという自負は持っていた。
帰属意識が弱い連中を纏め上げて、辛うじてチームの体裁を保っているのは他でもないアルバートだ。
結局、誰が生き残ろうとこのチームはアルバートが消えたら終わりだ。
だからこそ、「勝てません、共存の道を探しましょう」と何度も忠告したのだ。
しかし、この馬鹿者にはそんなことを思い出す甲斐性はないだろう。

「申しわけありませんでした。誤算でした。」

アルバートはヒステリックな上司の怒号を散々浴びてオフィスへ戻った。
チームの連中が顔をつき合わせていた。

「またお叱りを受けたようですね。」

トリックスターが笑った。

「最近は怒られっ放しだ。お前がミサイルに跨って帰国した時にも散々怒り散らされた。」
「それは申し訳ない。楽そうだったんだ。」

アルバートはウォータークーラーからカップに水を注ぐとがぶ飲みした。

「気にするな、慣れてる。」

長身の女性がアルバートの正面に立った。
ほぼ前進の肌をあらわにした短髪の女性だ。

「そろそろアタシ達の出番じゃないの?」

そう言うと両眼が青く輝いた。
アルバートは顔をしかめた。

「いおん、落ち着け。何かあるまではキミは普通の女子高生でいればいいんだ。」

そう言うとソファに横になった。

「スマンが30分だけ寝かせてくれ。」

そして眠りに落ちた。

034

RSSSも何かと忙しくなった。

「くっそ、これで何回目の出撃だよ!!俺あの兵士前にも見たことあるぞ!!」

世界中の貧困国から「クリムゾンムーの食糧を軍部が攫って海外に転売しようとするのを阻止してくれ」と依頼があり、五大国の息がかかった海賊達の活動はますます活発になった。
志村に至っては走り回りすぎて、喜望峰などの主要な地形は、海から一目見たら分かるようになってきたと言っている。
最近は面倒くささにも拍車がかかり始め、海賊の船舶は見つけたら全て潰すという暗黙の了解が出来ているし、軍事政権との戦いではRSSSと鉢合わせしたら、とりあえず逃げるという風習が浸透してきて、RSSS的には追う必要もなく、鉢合わせするまでが仕事といった状態だ。
何の工夫もないルーチンワークのように世界中をいったりきたりさせられている上に、それにかかる費用は多くの場合自腹という難しい状態が続いている。

「安保理とクリムゾンのせいで俺たちの身銭が切られるってどういうこった・・・」

樋口がぼやいた。
もともと弱小国家や民族相手にサービスを行なっているRSSSは資金援助はほとんど受けていない。
それを樋口の経済活動で賄っているのだが、その樋口も手を焼くほど景気が悪化している。

「世界が変わる前に先にRSSSが破産しちまう・・・はぁ・・・」

樋口のため息も増えてきた。
しかし、世界は着実に変わり始めている。
CO2の量はどんどん減り、食糧問題は解消されつつある。

「なんか地球温暖化にも歯止めがかかり始めた見たいね?」

ハンがそう言うとブルーが「あー・・・それは・・・」と珍しく言葉を濁した。

「何よ?何か知ってるの?」

マイアーが渋い顔をしている。

「それはでござるな・・・連日の海賊退治で、大体赤道辺りを中心に海賊駆除をしているのでござるが・・・そのときにヨーエル殿が毎度のように船舶を氷漬けにするでござるよ・・・」

樋口が腕組みをした。

「まあ・・・連日、赤道直下であれだけ氷山作れば地球も冷えるわな・・・冷える温度の多少はあれど・・・」

ヨーエルは憮然としている。

「仕方ないだろう。俺にはこれしかないんだから。一応、俺だって冷やしすぎには気をつけてるんだ。俺がその気になれば明日にでも氷河期にできるわけだしな。」
「まあ、今は温暖化を食い止めている程度に留まっているのでござるから、そう目くじら立てるほどではないでござる。」

そうはなしていると円卓の間にケットシーが入ってきた。

「皆さん、お集まりですね。新しい情報が入りました。」
「なに?情報って?」

なぜか今まで立っていたクレオがやっと座った。

「安保理がクリムゾンフォース壊滅を目指して進軍します。」

石造りの円卓はしばらく静寂の空気に包まれた。

「全面戦争?」
「殲滅戦だそうです。」

ヨーエルが口を挟む。

「そんなものは消耗戦の間違いだ。ケットシーどうするんだ?調停に入るのか?」

帽子の下から鋭い眼光でケットシーを見た。

「クリムゾンフォースには赤月とデビョルワン、安保理にはトリックスターというイモータル(不死者)がいるわけですが、その3人だけで現在地球近縁に存在しているイモータル7人のうち半数近くです。イモータルとして干渉しようにも彼ら3人がやる気ならば止めようがありません。」
「多数決で何とかならねぇのかよ?・・・7人で3人ってぇことは・・・残りは4人だろ?」

ケットシーは首を振った。

「そもそも多数決の習慣がないんです。しかも、私を含む残りの4人全員が反対する保証もありません。」

そこへ急にもう一人やってきた。

「しかし、一度全員を集結させる必要はある。」

真っ白なマントと軍服に身を包んだその人は、この城の元主、カラバ大王だ。

「大王!」
「大王という呼び方はもう古い。今はれっきとしたカラバ王国の王だ。ただの『王』でいいよ。」

円卓に座る場所はもうない。
ケットシーは慌てて新しいイスを出そうとしたがカラバは手をかざして制止した。

「イスなんていい、今は議論が先決だ。ケットシー、イモータル全員に集合を呼びかけておいた。間もなくカラバ王国の謁見室に集結するはずだ、お前を呼びに来た。よかったらRSSSも全員着ていただきたい。」
「了解した。」

ブルーが即答した。

     


カラバ王国はエチオピア北部に購入した狭い国土に小数の国民がいるだけの小さな国だ。
主な産業は塩の加工貿易。
それも、エチオピアの人間が持ち込んだ塩を精製しているだけで、どっちかと言うと塩の精製工場を貸しているような状態だった。
ただし、荒野の真ん中にも関わらず水は潤沢にある為、その水を求めてカラバ王国の周辺には放牧民達が集落を作っていた。
カラバ王国のほとんどの施設はエチオピア国民に開放されている。
そこに一握りの警備兵とカラバ王を含めた数十人の国民がいる。
それがカラバ王国の全容だった。

「久々に来た気がする。なぁ、ハン?」

ヨーエルはわざとらしくそう言った。
実はハンはほぼ毎日、異空間のカラバ城から扉を通ってカラバ王国にやってきている。
事実上の王の妻のような状態だが、ケットシーの話しによると「カラバ大王は長年、女性で痛い思いをしているので、もう結婚する事はないと思います」だそうだ。

「・・・」

ハンはヨーエルを無視すると、謁見室の続きの部屋に俺たちを案内した。

「ここよ。」

ハンはそう言うと、一番上等そうな椅子に腰をおろした。
レンツォは薄ら笑いを浮かべながらヨーエルに近付く。
そして帽子に隠れた耳元で囁いた。

「ヨーエル、ちょっといいか?」
「なんだ?」
「あいつが今から顔を合わせるのはデビョルワンだぞ。気を遣ってやれよ。」
「あ!」

最後の「あ!」だけが妙に大きな声だった。
レンツォは優しく帽子を被った小男の背中を叩くと、窓により外の景色を眺めた。
デビョルワンはハンの父親を目の前で殺害した、ハンにとっては仇だ。
イモータルが集合するという事は、そのデビョルワンもやってくるという事だった。
デビョルワンは地球の未来を話し合うために来るのであって、その場でハンが仇を討つことはない。
しかも、デビョルワンは殺しても死なない。
ヨーエルは簡素で清潔な続きの部屋の、趣味のいいグレーの絨毯をじっと見ていた。
自分の足元をじっと見ていた。

「レンツォ、いらない事いわなくていいのよ。」
「聞こえたかよ、すまねぇな。」

ヨーエルはじっと足元をみながら口を開いた。

「すまなかった・・・許してくれ・・・本当に・・・」

ハンはため息をつきながらヨーエルに言った。

「あんたが見てる絨毯、いい絨毯でしょ?私が買ったのよ。高そうに見えるけど安かったの。」

ヨーエルが無言で頷いていると、不意に扉が開いた。
元RSSSで現在はカラバ王国の顧問をしているダムセ・ゼナウィだ。

「皆さんようこそいらっしゃいました!お元気でしたか!?・・・ってあれ?なんですかこの空気?」

ダムセの顔がよほど可笑しかったらしくレンツォと樋口が笑った。

036

謁見室には正装したRSSSとイモータル達が揃った。
カラバ大王こと「人間のカラバ」、トリックスターこと「反逆のコヨーテ」、ケットシーは「理性のケットシー」と呼ばれ、魔術師である「秘術のマーリン」、クリムゾンムーの元首「調和の赤月」、彷徨えるユダヤ人「彷徨のアハスヴェール」、そしてクリムゾンフォースに居着いている「冥府のデビョルワン」だ。

「コヨーテ、お主のおる国連と赤月の国で戦争をするようじゃが、それは本当か?」

マーリンが口を開く。

「そうみたいだな。」

トリックスターはあまり興味がないようだ。

「しかも、今度は人間が兵器を使ってドンパチやる程度じゃないそうですよ。」

マーリンは顔をしかめた。

「『特別な存在』たる自覚が薄いのう。」
「そうですよ、コヨーテは止めたんですか?」

コヨーテは若干不機嫌そうに言った。

「俺だけじゃない。ウチのボスのアルバートも抵抗したさ。」
「それは以外だな・・・」

アハスヴェールが口を開いた。

「・・・もっと好戦的な人間だと思っていた。」
「丸くなったよ。」

コヨーテは何か別のところを見ながらそう言った。

「抵抗してなぜこのような結果になったのかしら?」

赤月が他人事のように言う。

「これ以上、反対するとアルバートがクビにされそうだったんだ。そうなれば俺たちのチームはイエレンを残して解散だ。」
「アルバートがいなくなれば・・・国連は終わる・・・か。」

ケットシーがそう呟く。

「終わりはしないよ。ただ、世界の暴力のバランスの中で何一つとして発言権をもてなくなる。」

コヨーテが答えると、赤月が微笑み混じりに言う。

「国連の皆さんはワタクシが世界の覇権を握ろうと思っているとでも思ってるのではないかしら?そうだとしたら滑稽よ?そんな気なんてさらさらないんですから。ただ、世界に山積した問題を一気に解決しようと思ってるだけ。」
「わかっとるよ・・・少なくともワシはな。じゃが・・・」

アハスヴェールが先を続けた。

「世界の覇権を握ろうと思っているのは国連の方だな。」
「馬鹿らしい。」

最後の「馬鹿らしい」はカラバが呟いた。

「潰すかのう・・・国連。」
「常任理事国だけでも良くないですか?」

マリーンの提言にデビョルワンがそっと口を挟む。

「もはや、古いのじゃよ。何もかもが。例えば同じ二つのものがあり、同じ手法で作られたとしても、それが作られた時期が違えば、その物は本質的に違うものになる。分かるであろう?」

マーリンはどうやら国連を潰したいようだ。

「マーリン翁、それは性急です。新しい調和までの道のりが遠すぎます。」
「おまえさんがいうかい?」

赤月は真剣だった。

「私はそもそも、人類全体が存続できる新たな構造を模索しただけです。何かを破壊するのはその・・・なんというか過程でしかありません。」

マーリンはヒゲを触りながら言った。

「まあ、言わんとしとることは分かる。」

デビョルワンが言う。

「じゃあ、国連を存続させる為だけに私達に喧嘩しろと?」

カラバはため息をついた。

「馬鹿らしい・・・神話時代の焼き直しだ。人類の愚かさの割を食って亜神が幾人も姿を消した。」
「その後、地球上から一掃したのはお主じゃ。」

マーリンはカラバを咎めるような口調だった。

「そうじゃ、忘れておったわ。ハンの娘が追ったはずじゃな?」

RSSSはその様子を離れて見ていただけだったが、急に名前を呼ばれてハンが驚いた。

「え!わ・・・私ですか?」

マーリンは目を細めた。

「おお、そうじゃメンコイのう・・・ちょっと話を聞かせてくれんか?」

ケットシーが言った。

「まあ、それはそうと皆さんそろそろ座りませんか?私、さっきから上を見上げっぱなしで首が痛くなってきました。」

037

「ハンの娘、お主は父親から色々聞かされておるじゃろう。・・・特にこの大地の最後の時の事じゃ。」
「は・・・はい。聞いております。」

マーリンは優しく微笑む。

「今はどうじゃ?大地は破滅の歌を歌っておるか?」

ハンは伏目がちに頷いた。

「やはりのう・・・もう地球は終わりじゃ。」

カラバは舌打ちした。

「なぜ黙ってた?」

カラバにそう聞かれてハンは泣きそうな顔をした。

「だって、もう少しこの星にいたいから・・・」
「それ、どういうことですか!?」

樋口が思わず話に割って入った。

「惑星震だ。」
「なんすかそれ?」

カラバが「惑星震」という言葉を口にした。

「大気があって地殻があるこのタイプの惑星は数億年周期で惑星震という現象を起こす。そして、地殻が刷新される。」
「そうじゃ、一度、地殻のほとんどがめくれあがって、マントルが露出する。そうして、再び冷えて固まり生命の住める惑星になるんじゃ。」

樋口は口をポカンとあけてマーリンの顔を見ていた。

「そ・・・!それって事実上の人類滅亡じゃないですか!!」
「滅亡したいなら滅亡すればよかろう。じゃが、地球が冷えるまでの間、どこかに避難しておけばよいだけの話じゃ。」
「ど・・・『どこか』って!?」
「神行太保がおるな?久しぶりじゃのう、お主の新居は快適か?」

急に名前を呼ばれて志村がビクッとなった。

「は・・・はい!」
「お主は地球が滅びても平気じゃのう?」

RSSSの全員がはっとした。
カラバ城は地球上にはない。
カラバ城であれば、なんとでもなる。

「分かったようじゃのう。そして、その間に新しい地球が生まれるのじゃ。惑星震、乳海攪拌、天地創造・・・言い方は何でも良い。放っとけば自然に発生する。」

マーリンはそう言うとヒゲを触りながら笑った。

「しかし、カラバ城には惑星が冷えて固まる間、全人類を受け入れるほどの許容量はありません。」

クレオが言う。
ヨーエルが言った。

「俺ならば・・・冷えて固める事が出来る・・・それも急速に。」

黙りこむイモータルの中でマーリンだけが饒舌だった。

「急に冷やした大地は揺れるぞ。地震なんてものではない。じゃが、放っておけば再び人類が住めるようになるまで数千年かかるやもしれん。」

樋口が尋ねる。

「その惑星震はいつ来るんですか?」
「知らん。」

マーリンはこともなげに言い放った。

「予想は出来ないんですか?」
「それをワシに聞くのはお門違いじゃ。ハンに聞けばよい。」

ハンは俯きがちに小声で

「すぐではない・・・でも、はっきり分かる事はないの・・・」

と答えた。

038

カラバが口を開いた。

「考えても見ろ、仮に人類を避難させて、地球が冷えた後にもう一度戻すとしよう。戻した時に彼らは全く違う惑星に生まれ変わった地球で、次はどんな争いを起こすと思うんだ?国土の取り合いか?宗教戦争か?しかも、今、全人類を避難のために狭いところに押し込んでみろ、どうなると思う?」

ケットシーが口を開く。

「沢山の文明を持った惑星がそれで滅びました。中には避難する手筈を整えて、さらに絶滅した文明もありますよ。私達はまだ幸せな方です。争うぐらいなら文明を捨てればいい。」
「俺はその考え方には賛同できんがな。やりたいようにやって滅びればいい。」

マーリンがヒゲを引っ張りながら続けた。

「考え方はいくつでもある。選ばれた民だけを高みに引き上げ、次の時代に残すこともできる。全ての人間が均等に忍耐し、長い時間を耐え忍び、地球に帰ることもできる。最後までいがみ合いながら滅びる事だって、星の崩壊を待たずに最後の一人まで殺しあう事だってなんだってできるのじゃ。」
「私が知る限りこの地球が一度だって平和であった事はないわ。人類には無理なのよ。真の平和を知れば考えも変わるかもしれない。地球上の全ての人間が生きていくのに必要なものを得て、争いが亡くなった瞬間が一瞬でもあれば、世界は変われるかもしれない。」

カラバは忌々しそうに言った。

「赤月、お前は忘れたのか?お前の星の住人は溶岩の塊になった惑星に空中要塞を築き、さらに戦争を続けたんだぞ?」
「忘れてなんかないわよ!!私のこの力だって、もともとそのためのものでしょう!!」

カラバと赤月がにらみ合う。
アハスヴェールが静かに言った。

「君達が今、いがみ合う事に何か意味があるのかな?僕はそうは思わないよ。」

謁見室が静まり返った。
誰も口を開かない。
耐えられずに、レンツォが立ち上がって窓を開ける。

「いい風だな、おい・・・俺は頭悪いからわからねぇが、ケンカしてる奴は端から全員ぶっ潰せばいいんだろ?それで、ケンカしなさそうにない奴だけを集めて、地球が冷えるまで待てば良いんだろう?」
「乱暴じゃないっすか?どっちが悪いかも分からないのに・・・」

志村が言うとレンツォは笑って窓枠に腰掛けた。

「俺はな、ケンカしてる奴のどちらが正しいかなんて考えたこたぁねぇよ。自分がケンカする時だってそうさ。結局、つべこべゴタクを並べたところで俺がやりたいようにやるだけだ。」

マーリンが笑った。

「なかなかの知恵者じゃな!!近年まれに見る大物じゃ!!アーサーもそのような男であったわ。『どうせ戦うんだったら、自分のために戦う』べきじゃ。誰かの為ではない。それも真実じゃ。」

マーリンは続けた。

「幸い惑星震は『予測』は難しくても、故意に起こす事はできる。デビョルワン、ハンから何か伝言を聴いてはおらんか?・・・この娘の父親じゃ。」

ハンは目を大きく見開いてデビョルワンを見た。
デビョルワンは何かの感情を押し殺した目で言葉を紡いだ。

「『娘よ、自らの責任を果たせ』と・・・『幸せに生きろ』と・・・そう遺して去りました。」

ハンはなおもデビョルワンを凝視している。
デビョルワンは言う事だけを言うと、そのまま目を閉じた。
マーリンは頷いた。

「聞いたか娘、その言葉の意味を知ることが『ハン・ヘレチ』の名前を継ぐと言うことじゃ。」
「分かりません。」

ハンはきっぱりと言った。

「父がなぜこのような男に遺言を託すのですか。」

ハンはマーリンを睨みつけた。

「その力強い目は父親譲りじゃな。『怪鳥』と呼ばれるワケが分かるわい。以前、お主の父親はイモータルになるのを拒んだ。ワシがこっそり声をかけておったんじゃが、結局、首を縦に振ることはなかった。かわりに娘を残した。」
「初耳だぞ。」

カラバが言った。

「無理もない、あの男が首を縦に振りさえすれば、ワシはどうやってでも奴を不死にするつもりであった。しかし、奴はそうはしなかった。娘を隠して戦うことなく死んだのじゃ。あれほどに強靭な自制心を持った男をわしは知らんよ。そんな必要があったのかワシにも分からん。じゃが、間違いないのは奴は人として生きたのじゃ。最後までのう。」

ハンはマーリンを睨みつけた顔のままで目を真赤にして涙を流していた。
そして不意に立ち上がると、デビョルワンの顔面に強烈な右ストレートを叩き込んだ。

「・・・!」

デビョルワンは椅子ごと豪快に吹っ飛ぶ。

「父の仇取った!!」

ハンは左手でデビョルワンを殴った右手首を握りしめて叫んだ。
そして、派手に足音を立てながら部屋を飛び出した。
誰もデビョルワンを助け起こさなかった。
クレオがハンを追おうとすると、レンツォが立ちふさがった。

「お嬢ちゃん、行っちゃだめだ。」

クレオは無言で自分の席に戻った。

「痛かろう。」

マーリンの言葉にデビョルワンは頷いた。

「はい・・・痛いです。」

039

「コヨーテ、お前のところのアルバートを呼べんか?」

コヨーテは楽しそうに唸る。
すると目の前にアルバートが突然現れた。

「な・・・何!?」

驚いたのはアルバート本人だった。
安そうなスーツ姿で呆然と立ち尽くしている。

「呼んだぞ。」
「うむ、アルバート、まずは焦っておらんで座れ。」

アルバートは周りを見てRSSSの面々がいるのを見てかなり焦った。
そして、トリックスターがいるのを見てもっと焦った。

「どうなってるんだ!?」

マリーンはアルバートの言葉を無視して続けた。

「お主、英雄と悪人どっちが好きじゃ?」

アルバートはまだ状況が飲み込めていない。

「え・・・英雄ですが・・・」

マーリンはさらに続けた。

「では人類を救ってもらおう。そのために悪人になってみんか?」
「よ・・・よく分かりません!!」

マーリンは続けた。

「クーデターを起こして安保理を乗っ取るんじゃ。一時の猶予もない。世界中の戦争と紛争を鎮圧するぞ。・・・何人死んでも構わん。」

アルバートはしばらく開いた口がふさがらなかった。

「・・・何をいってるんですか?意味が分かりません。」

マーリンは面倒くさそうにデビョルワンに「説明してやれるか?」と言った。
デビョルワンが惑星震のことを一通り説明する。

「・・・それが・・・それが本当の事だとしたら、急いで議会に提出しなければ!!」
「ほう、それで各国が自国に問題を持って帰って、惑星震の後にいかに世界を牛耳るかの作戦を練らせようとそう言う魂胆か?」
「・・・違います!」
「そうなるのだ!気づけ馬鹿者!!」

珍しくカラバ大王が大きな声を出した。
その声にアルバートははっとしたようだ。

「分かります・・・今、分かりました。」

マーリンは静かに言った。

「結構。全てを語ることは難しい。分かってくれ。大虐殺を引き起こす悪人になってくれんか?」

アルバートが素朴な疑問を口にした。

「私なんかに・・・私のような器の小さい人間にできるのでしょうか。」

マーリンは頷いた。

「大言壮語する人間には勤まらん。ワシが横にいてやろう。世界を牛耳るぞ。・・・魔王になるのじゃ。お主は今日から魔王じゃ。デビョルワン、アルバートの下へ帰ってやれ。おぬしは魔王の配下としてはぴったりじゃろう。」

デビョルワンは頷いた。
そのとき、謁見室の扉が開いた。

「私も!!私もやります!!」

マーリンが目を細めた。

「そうか、そうか・・・よく決心したのう。・・・伴に鬼道を歩もうぞ。」

扉をあけて立っていたのはハンだった。
それは紛れもなく怪鳥ハン・ヘレチだった。

     


それぞれハンとデビョルワンを欠いたRSSSとクリムゾンムーはお互いの本分を全うするしかなかった。
しかし、するべきことはそれだけではなかった。

「広くなったね。」
「そうだね。」

志村は久しぶりに家でくつろいでいたところを細君である七美に叩き起こされ、洗濯を干す手伝いをさせられていた。

「もっとキビキビ動けないの?」
「・・・無茶言うなよ。」

地上最速の男は実はこうした細かい動作がすこぶる苦手だ。
何を隠そう右腿から下が欠損している障害者で、義足はあれど立ち座りはそれなりに難しい。
彼が能力を発揮するのは左右の足の軌道が点対称に動いている時と、線対称に動いている時のみで、洗濯を干す時のように真横にゆっくり動くような動作はすこぶる苦手だった。

「体なまってるんじゃないの?神行太保さん?」
「えー、マジかよ。」

そう言いながら洗濯を干すのだが、カラバ城下の景色はだんだんと広大になっている。
世界中の国から国土を買っているのだ。
乾燥地帯の土地であっても、カラバ城は常に温暖湿潤気候らしいので、放っておけば雑草が生えて緑化を始める。
ただし、最近、サソリが出るのが難点だ。
ケットシーの号令で多量の猫が派遣され、サソリ狩りが行なわれている。

「あら、ネコ?このネコは喋るの?」
「喋るのはケットシーだけだ。長靴はいてるから分かるだろ?」
「つまんないの。」

そう言うと七美は猫に手を差し出して逃げられた。
その光景をみながらも、先を思うと不安になった。

041

赤月は意識して、休息を多く取るようになった。
彼女の本来の居城であるヴァルハラを拡大する為に、力を蓄えるのだ。
何の為かと言うと地球が終わる前に、生き残った全人類を収容する為だ。
同じ作業をカラバ城でもやっているに違いない。
そのためにカラバ城の湖と、ヴァルハラの堀をつなぐ秘術をマーリンが施した。
ワルキューレが漕ぐ舟に乗れば、あっという間にカラバ城へ着く。
そこへ、ノエミがやってきた。

「赤月、聞いた?」
「何が?」

ノエミは赤月の部屋の壁に腕を組んでもたれ掛かりながら言った。

「大統領が病死したって。」
「クーデターは?」

ノエミが首を振った。

「まだ分からない。でも、大統領候補にアルバートの名前があがっているらしいわよ。」

赤月は微笑した。

「さすが、イングランドを作った知恵者マーリンね。・・・アルバートが大統領になったら、まず、私達が全面戦争よ。国連とね。」
「そして、私達に勝利する事で、アルバートのアメリカが国連で強権を振るえるようになると・・・」
「世界の独裁者ね。」

そう二人が会話している時、世界は息を潜めていた。
低迷する景気、冷え込む金融、溢れかえる生活困窮者達。
まるで、これから始まる災厄に恐れおののくかのようだった。

042

「マーリン来てくれ。」
「アルバート様、何なりと。」

アルバートは真新しいスーツに着替えていた。

「これでいいのか?」
「よろしいかと・・・ワシの魔法がかけてありますゆえ、必ずやアルバート様を大統領の椅子に導くかと・・・。」
「うむ。」

マーリンはそもそもこのような役回りが得意であった。
アルバートはそのマーリンから、盟主然とした口調を叩き込まれた。

「マーリン、行くぞ。」
「お供いたします。」

マーリンは汚らしいローブから、スーツに着替えていた。
高齢ではあるが第一秘書という事になっている。
一人の男を権力の椅子に導く事などマーリンにとっては児戯にも等しい事だった。
なぜならば、この国にはマーリンを咎める賢者も、まじないをかけて陰謀を阻む魔女も、人民に要らない知恵をつけて魔術に対抗させようとする錬金術師もいなかったからだ。
魔法を使う人間が全くいないわけではない。
しかし、それらの全てがマーリンが遥か昔に書いた初心者向けの魔術所をありがたがるような半端者ぞろいで、マーリンが実在する事すら飲み込めていないような馬鹿ぞろいだった。
マーリンにとってはこの国の有権者達は御しやすい家畜とそう変わりはない。
あるとき、アルバートがこんな事を聞いた。

「マーリン、お前の力で全ての争いはやまぬのか?」
「やみまする、アルバート様。」
「なぜそうしない?」
「それは、もはや人類ではありませぬ、アルバート様。」

マーリンにも良心の呵責がないわけではない。
しかし・・・

「大事の前の小事よ・・・すまんのう・・・人間・・・」

マーリンが活躍した中世。
人心を操る事はもっと難しい事だった。
無名の男を王にするには、想像を絶する苦難があった。
しかし、今は違う。
テレビ、ラジオ、新聞、インターネット。
それら全てがマーリンの媒体として強大な力を発現させていた。
今、マーリンがするべきなのは「無名の男を国王にする」のではなく、選挙管理委員会によって公布された「候補者の中から一人を選ばせる」だけのことだった。
進歩した選挙制度も社会構造も、全てが御しやすく、何もかもがマーリンの思う壺であった。

「御し易し」

そう呟いているとアルバートの声がする。

「遅いぞ!マーリン!!」
「おお・・・今すぐ参りますぞ!!」

アルバートに叱責されながら、マーリンは「御し易し」と心の中でほくそえんだ。

043

「世界は未曾有の危機にある!!悪い芽は摘み取らねばならない!!世界には『劣』と『悪』がはびこっている!!慣習、社会制度、雇用、金融商品・・・優れたものはより見劣りするものによって隠され、『劣』と『悪』が全体をダメにしている!!我らの身の回りから、国際社会まで・・・それら病巣を一つ一つ丁寧に摘み取る作業は、これまで誰一人として行なってこなかった地味な作業だ。しかし、それを完遂する人間こそが、今、必要ではないか!!」

アルバートの演説が世界に放送されている。

「私はその『オペレーション』を完遂する!!『オペ』には痛みが伴う!!しかし、それを避ければ待つものは死のみだ!!それが人体であれば衰弱して死を迎えるだろうが、アメリカ合衆国は人体ではない、その細胞の一つ一つを即ち国民だ、あなたの隣人、家族、大切な人、あなた自身が、国家の衰弱によって文字通り失われる。既に、失われつつある。求職者が溢れかえるウォール街の、その『壁』一枚隔てたところには高額のボーナスを貰っている元雇用主がいる。そのボーナスがどこから出たかといえば、あなた達が収めた税だ、ウォール街活性のために注入された公的資金だ!!」

聴衆が怒号にも似た歓声を上げた。

「私は完遂する!!たとえ、患者が穏やかな死を望もうとも・・・(犠牲は払わない)犠牲は生存の為に払われるべきだ!!今、私はあなた達有権者のために語っているわけではない!!あなた達の子供、孫、ひ孫、そのまた子供達に『私達は犠牲を払った!!私達は完遂した!!私達は実行した!!』そう語るための!!語るための第一歩を!!」

アルバートは熱狂の渦の中で拳を天へ突き上げていた。

「弱者を踏みにじる『劣』と『悪』をとりのぞく!!完遂する!!」

その様子をテレビで見ている一団がいた。
RSSSだ。
なぜか皆、青と赤のステレオグラスをつけている。
そこへクレオがやってきた。

「何してるの皆?」
「これつけてみ?」

樋口がボール紙の貧相な色眼鏡をクレオに渡した。

「なにこれ・・・嫌いなのよこういうの。」

樋口が説明した。

「これつけてないと洗脳されるんだって。」
「え!本当に!?」

クレオは急いで色眼鏡をかけた。
ところがマイアーだけは何もつけずに画面を見ている。
クレオが咎めるような顔つきでマイナーを指差すと、マイアーが答えた。

「・・・拙者は、その・・・一度みれば同じ事ができるゆえ・・・どちらかと言うと専門分野でござるが・・・流石にここまでえぐい事はやらないでござる。」

そう言いながら、画面を熱心に凝視している。
少し楽しそうだ。

「なぁ、これ言ってる言葉の意味が全然分からねぇんだが、それでも洗脳されるのか?」

レンツォはそう不平を漏らした。

「当たり前だろ・・・アルバートはアメリカ人にこの話してるんだぞ?どんな馬鹿でも洗脳されるってことだよ。」
「ヨーエル・・・言い過ぎ。」

樋口がそう言うと、ヨーエルはなぜか両手で蝶の形をつくってヒラヒラさせておどけた。

044

アルバートは見事、アメリカを乗っ取った。
そしてスーパーチーム『ピースメーカー』を国民にお披露目した。

「これが我が合衆国が誇る、スーパーチーム『ピースメーカー』だ!!」

大統領就任式にその壇上での出来事だった。
ブルーのコスチュームに身を包み、きらびやかな衣装で搭乗したのは6人。
それぞれに「デス」「マッハ」「ジェット」「スパーク」「アンデッド」「チェイン」「トリックスター」と名前が付けられている。

「ええと、『デス』がデビョルワンで、『ジェット』がハンで・・・コシチェイは『アンデッド』、『スパーク』はいおんだ・・・分かりやすい。『チェイン』は卞喜だろ・・・『マッハ』って?」

樋口がテレビをみながら尋ねてきた。

「分からないの?」

志村がそう返す。
確かに覆面で顔を隠しているので分かりにくい。

「・・・もしかして・・・吉田翁!?」
「そうだよ。」

先代の神行太保はアルバートに合流したようだ。
円卓の上に置かれたテレビでは就任式の模様が引き続き流れている。

「こうしてこの壇上で国民の皆様に、友人であり最も頼れる戦士である彼らを紹介できることはとても喜ばしい事です。ですが、皆様は彼らについて何一つ知らないことでしょう。ですから、一つデモンストレーションをお見せしましょう。ご覧下さい。大統領暗殺計画です!!」

そうアルバートが言うや否や、壇上に海兵隊と思われる人間がなだれ込んだ。
大統領の前に「アンデッド」が立ちふさがる。
海兵隊は躊躇なく引き金をひいた。
「アンデッド」ことコシチェイが鮮血を拭きながら、弾丸を浴びる。
聴衆からは悲鳴が上がった。

「もう一度ご紹介しましょう!!アンデッドです!!」

アルバートの声に「アンデッド」は撃たれた体を手で払った。
血は止まり、弾丸がパラパラと足元に落ちる。
海兵隊の前に「ジェット」が立ちふさがると、口から爆音を吐いた。
銃を構えた海兵隊員たちが吹っ飛ぶ。

「素晴らしい手品ですね!?そう思いますか!?」

アルバートがそう言うと、「ジェット」はそのまま両手を広げると、見知ったムササビのような皮翼を広げて飛び立った。

「彼女はすぐああしていなくなります。あんなふうにプロポーズを断られたら、ショックですよね?」

聴衆は誰一人として笑わない。
恐怖で身動き取れないのだ。

「スパーク、最後にとっておきを見せてくれないか?」

「スパーク」と呼ばれたいおんはハンマーを握った手を天に向かって突き上げる。
途端にあたりが暗くなった。

「もしかすると雨も降るかもしれませんが、祝福の雨だと思って多めにみてください。」

黒雲が立ち込める、雷鳴が聞こえる。

「なんとなく分かりますね?彼女の名前から何が起こるか・・・」

そう言い終わらないうちに、特大の落雷がいおんを直撃した。
一発では終わらない。
続けざまに5発の落雷だ。
しかも、そのすべてを余すところなく「スパーク」が吸収しているようだ。

「おわかりのとおり、とても刺激的な女性です。もし今日、彼女のファンになった男性がいたとしても、残念ながら握手に応じる事は出来ません。」

「スパーク」はつかつかと壇上を降りると、聴衆が左右に裂けて道が出来た。
「スパーク」が見つけたのは、今日のために用意された投光器だ。
伸ばした右手で掴むと一瞬まばゆく光ると同時に、火花を上げて電球が破裂した。

「彼ら『ピースメーカー』がクリムゾンムーに報復攻撃を行ないます。」

会場に言葉を発するものはいなかった。
その映像はインターネットにアップされ、様々な人間がその「トリックを暴く事に成功した」と宣言した。


     


「開戦か・・・どっちが勝つか決まってるの?」
「アメリカ。」

志村が尋ねて、ヨーエルが答える。

「『ジャスティス』と『クリムゾンフォース』どっちが勝つのかねぇ?」
「だから『ジャスティス』だっていってるだろ。」

レンツォが尋ねて、ヨーエルが答えた。
三人はカラバ城横の湖のほとりでシートを広げて日光浴をしている。

「俺たちって呼ばれるの?」
「クリムゾンムーが崩壊するタイミングで、人民を救出する役目と・・・」
「・・・と?」

ヨーエルが起き上がった。

「最後に仲裁。チーム『ジャスティス』見て浮かれてる奴らも、俺たちの姿を見たら『やばい』って思うだろ。」

実際、RSSSは有名だ。
特徴的な黒装束は「史上最強のテロリスト」の代名詞になりつつある。

「そういや、ハンがもともとRSSSに居たってバレねぇか?」
「ワカンね。ばれても良くない?」

そうはなしていると、クレオがやってきた。

「まだ呼んでませんけど、呼んだらすぐ来てくださいね。」
「ああ、はーい」

レンツォ、ヨーエル、志村の三人が同時に答える。

「クリムゾンムーの連中はどこへ行くの?『フォース』の方じゃなくてさ。」
「ヴァルハラ。」

レンツォが尋ねて、ヨーエルが答える。

「クリムゾンムーで麦収穫してる連中は?」
「ヴァルハラ。」

志村が尋ねて、ヨーエルが答える。

「なあ、お前らさ。」
「あぁん?」

ヨーエルがきいて、志村とレンツォが答える。

「小学生の頃、通信簿に『人の話をよく聞きましょう』って書かれてたな。」
「うん。」

ヨーエルが尋ねて、二人が答えた。

046

世界中が注目する中、クリムゾンムーにとっての最終戦争がはじまった。
その結末が既に定められている事を知る人間は少ない。
巨大な樹木の島、クリムゾンムーから遥か水平線を望む赤月に、ノエミが尋ねた。

「人類は一致団結できるのでしょうか?」
「この方法でダメならダメね。」

「この方法」とは、人類共通の敵を作ることだ。
最初の敵はクリムゾンムーだ。

「この戦いを世界に見せ付けてやることがまずは第一歩よ。」

赤月はそう呟く。

「そして、全人類に戦争の恐怖を植え付ける・・・」

ノエミの言葉に赤月は頷く。

「グメダは国へ返したわ。彼は戦うのには向いていない。」
「では、なぜカラヴェラを逃がしたのですか?」

赤月は難しい表情で答えた。

「人類がどんなに危機的な状況になろうとカラヴェラがいれば、人類は生き残れる。」
「かわりにアタシが戦うのよ。」
「ワタクシもですわ。」

カラヴェラの妻、ペナフローラとカードロだ。
ペナフローラは槍を持ち、カードロはチャクラムと呼ばれる、鋭い刃のついた薄い金属の輪を持っている。

「よくカラヴェラが許したな。」

ノエミは冷たく言った。

「元々、アタシら押しかけ女房だからよ・・・」
「カラヴェラ様はよく私達をおそばに置いてくださいましたわ。」

赤月が口を挟む。

「だったら、この先もずっとカラヴェラのそばにいてやればいいだろう。」

カードロが答えた。

「カラヴェラ様が戦えないのは良く分かっております。でも、カラヴェラ様が弱くて逃げたと思われるのは癪(しゃく)でございます。」
「妻のアタシらが大暴れしたら、カラヴェラ様のお株も上がるだろう?」

赤月は顔をしかめた。

「負け戦だと分かっての事?」

二人は無言で頷いた。

「なんでこう女ばっかり残ったかね。」

ノエミはそう言うとその場を立ち去った。

047

戦争の様子を世界に届ける為には、何らかの方法で放送しなければならない。
命知らずのジャーナリスト達がアルバートによって集められた。
ジャーナリスト達は当然、今回の戦争が出来レースだという事を知らない。
多くの不安を載せて大空母ノースキャロライナが出航した。
なんと、アルバート本人も乗せている。
目的地は当然クリムゾンムーだ。
アルバートはこの日のために、国連本会議でクリムゾンムーを国家ではなくテロ組織だとする採択を強引にまとめていた。
空母に用意された一室でアルバートは黙りこくって床を凝視していた。

「マーリン・・・マーリンはいるか!?」
「こちらに。」

マーリンはその傍らにひっそりと立っていた。

「恐ろしいんだ私は・・・震えだしそうだ・・・」
「あなた様なら必ずや成し遂げられます。どうぞ、こちらをお飲みください。」

マーリンが差し出した杯をあおると、アルバートは震える肩を自らの手で押さえつけた。

「これは恐怖か!?一体なんなんだ!?」

マーリンが答える。

「なにものでもありませぬ。この世にそれを表す言葉はありませぬ。なぜならば、その震えを感じたものが人の歴史の中で限られているからでございます。」

アルバートは口をゆがめて笑った。

「ち・・・違いない!!それを聞いて震えが止まったぞ!!マーリン!!ついて来い、甲板へでるぞ!!」
「喜んで。」

マーリンによる強力な暗示、秘薬の力、それらがかければアルバートは人でいることすら難しい状態であった。
そして、今、アルバートは禁断の力を取り戻し、再び世界平和の為に戦う首相としての威厳を取り戻した。

「兵士諸君!!少しでも国に気がかりな事があるものは今すぐ上官に申請したまえ!!君達の下船を咎める奴がいたら私がそいつと戦ってやる!!兵士諸君は栄えある合衆国と、そして世界の国々の平和を欲する人々のために戦うべきだ、その君達が平和を欲する事を私は留めない!!家庭があるならそう言いたまえ、今すぐ帰って親としての務めを果たすのだ!!病気の親がいるもの、恋人が待つものも引き返すならば今だ!!だが、私達の戦いの先には万人の平和が待っている!!もし、君達を待っているモノが真の平和だと思うのであれば銃を取り、進みたまえ!!私は進む!!私がなぜここにいるかわかるか!!それは私にとって『一度の敗北』とは即ち『すべての終わり』を意味するからだ!!伴に命をかける仲間よ!!同志よ!!ここにいるすべての友が、明日同じようにここにいてくれたらと切に願う。しかし、犠牲のない戦いはない!!私が敵の銃弾に倒れたら、キミが私のかわりに立て!!私を踏み敵を打て!!そして、私は平和の礎(いしずえ)になったと世界に証言して欲しい。だが、かわりにキミが倒れたら、その上を踏み越えて、私は必ず勝利する!!同志よ!!伴に誓おう!!勝利と平和を我らに!!」

拳を振り回してそう演説すると、兵士達が沸いた。
アルバートはその様子をみて満足そうに笑顔を見せると、また別の場所へ向かった。

「たいそうな人気だな。」

滑走路脇に設けられた大部屋にチーム「ジャスティス」が控えていた。
声をかけたのは卞喜だ。

「私の力ではない。マーリンのまじないが効いているだけだ。」
「一つ聞かせてくれないか?イエレンはどうした?」

デビョルワンがアルバートに問う。

「アメリカ主体のやり方に賛同できないといって、中国に戻された。」

アルバートが答えると、コシチェフがそれを聞いて笑う。

「フハハハ・・・事と次第によっちゃあ、あいつらも敵だな。」

しかし、コシチェフ以外は誰も笑わない。
アルバートは構わず話を始めた。

「まあいい。今回のおまえ達の役割は、聞いているとおりクリムゾンフォースの撃退だ。」
「分かっている、オーストラリアに追い込むのだろう?」

誰ともなくそう答えるとアルバートは頷いた。

「そういうことだ。頼んだぞ・・・戦いは効果的にな。」

立ち去ろうとするアルバートに卞喜が声をかける。

「犠牲者が出たとしても?」

アルバートは振り返らずに答えた。

「これは戦争だ。」

卞喜が笑った。

「分かりやすい!!やっとそれらしくなってきたな!!」

そう言うと、壁を殴りつけて逸る(はやる)気持ちを押さえ込んだ。

048

開戦は唐突だった。
日の出前、艦載爆撃機がノースキャロライナから二機飛び立ち、クリムゾンムーに焼夷弾を降らせたのだ。
そして、即座に二機がロストした。
火の手は上がらない。
しばらくすると、海の上を何かが流れてきた。

「何だとォォ!?」

どの部隊の兵か分からないが、漂流してきたブツを見つけた兵が驚きの声をあげた。
翼をもがれた二機の爆撃機が、空母の前まで流されてきたのだ。
乗組員は脱出できずに中から窓を叩いている。

「急いで引き上げろ!!海面を照らせ!!」

照らされた海面は真紅に染まっている。

「既にノエミ・ローゼンの術中か・・・チェイン!!ノースキャロライナをクリムゾンムーに寄せろ!!」
「御意!!」

「チェイン」と呼ばれた卞喜は何も持っていなかった右手から、急に2mはある棘つきの鉄球を取り出すと、鎖を使って頭上で振り回し始めた。

「あぶねぇぞ!!下がってろ!!」

そして、勢いをつけてクリムゾンムーに投げる。
クリムゾンムーは遥か遠方数十キロのところにぼんやりと見えるだけだが、真っ直ぐ伸びた鎖はチェインの手元から無尽蔵に伸びていく。

「よし!刺さった!!」

そう言うと卞喜は、今度は左手から鉄球を出すと、ノーキャキャロライナのへさきに刺した。

「いよぉぉぉおおおおおいぃしょぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!!」

チェインの両腕の鎖が張り詰め、ギシギシと音を立てる。
そして、艦は急加速を始めた。
艦の上から島を引っ張っているのだ。
見る見る島が近付いて、巨大な全容を顕わにし始める。

「白兵戦準備!!」

卞喜は減速せずに、ノースキャロライナを派手に島にぶつけた。
そして、その弾みで格納してあった戦闘機が何機か倉庫から滑り出したそうだが、この状況で気にとめる奴はいなかった。

「突撃ぃぃぃぃぃ!!」

突撃銃を抱えた兵士達は梯子をかけ、切り立った島の岸壁(樹壁?)を登り、島に攻め込む。
予め飛び立っていたジャーナリスト達のヘリがその様子を世界へ中継していた。

一般の島民には目もくれず、兵士達は城を目指す。
そこに悪の枢軸「赤月」がいるはずだ。
そして、広場へでた。
逃げ惑う島の住民の流れを分断するように、広場の真ん中には二人の女性が立っていた。

「お前ら何者だ!!」

二人の女性はそれぞれ、ホットパンツにTシャツまがいの格好と、インドのサリーまがいの格好をしていた。
なぜ「まがい」と書くかと言えば、そのどちらの衣類も異様に面積が小さく、わりと最低限の部分しか隠してなかったからだ。

「人間風情が『何者だ』とは口の利き方を知らないねぇ?」
「そうですわ、思わず数人殺してしまいました。」

それを聞いた先頭の兵士が後ろを振り向くと、自分の後ろをついてきていた何人かの兵士の首が地面に転がっていた。

「・・・!」

恐怖に負けそうになる前にその兵士は引き金をひいた。
しかし、その弾丸はホットパンツの振り回した槍で、簡単に叩き落された。

「化け物がぁ!!」
「失礼だね。」

槍でその兵士の胸を一突きにする。

「その二人は俺たちに任せろい!!」

立ちすくむ兵士達を押しのけて走りこんできたのは「アンデッド」と「チェイン」だ。

「お前ら先へいけ!!」
「いかせませんわよ!!」

サリーもどきのカードロが兵士の首を狙って2枚のチャクラムを投げる。
それをチェインが鉄の鎖で叩き落した。

「よそ見してると知らぬぞ、小娘。」
「ワタクシを誰だと思ってるのです・・・!!仙人風情が!!」

その横でホットパンツのペナフローラが「アンデッド」の心臓を槍で刺し貫いた。

「カードロ・・・相手に喋るひまを与えるなんて、甘いね。」
「全くその通りだ、お嬢ちゃん。ところで槍は一本しかないのかな?」

「アンデッド」こと不死身のコシチェイは槍で刺されたまま一歩前に出ると、ペナフローラに抱きついた。

「久々にこんな器量良しを見ると、血がたぎるぜ・・・グヘヘヘ・・・」
「うぐわああぁぁぁぁぁあああ!!!」

そして、渾身のベアハッグを仕掛ける。
コシチェイは洗練された技は何一つ持ってはいないが、この背骨折りで大体どんなものでも破壊できる。
そして、勝てなかったとしても負けることはない。

「はなせぇ!!!」
「だったら息の根止めてみろよ!!!」
「ペ・・・ペナフローラ!!」
「よそ見か・・・なめられたもんだっ!!!」

ペナフローラの悲鳴に一瞬の気を取られたカードロが、「チェイン」こと卞喜の鎖鉄球をモロに喰らって、本当に空の彼方へ飛ばされた。

「成層圏まで飛んだかな?最低でもジェット気流には乗ったろ。」

それを目の前で見てしまったペナフローラが涙混じりに悲鳴をあげる。

「・・・か・・・カードロォォォ!!!」

コシチェイは一人いなくなったのを確認すると、ペナフローラをどさりと落とした。
すかさず卞喜がフルスイングする。

「うひょー、飛んだ飛んだ・・・」
「人間をなめすぎたな・・・あいつらは農業神であって戦争に向いていない。我らも行くぞ!!」

そして、二人も赤月を目指して走った。

049

カードロとペナフローラを避けて、別の道を選んだ連中が再び化け物に出くわした。

「・・・タコ?」

そう言った兵士が、足元から真っ黒に偏食していく。

「ああ・・・だめじゃん、そこは僕が仕掛けた罠が張ってあるよ。そこは凄く熱いんだ。可愛そうに、炭化しちゃったね・・・すぐ止めるよ・・・」

足を踏み入れた兵士達は一様に下半身が炭化している。
そして、そのまま倒れこみ、全身真黒焦げになったものもいる。

「ちゃんと、玄関からノックして入ってこなきゃ・・・不法侵入者って怖いでしょ?だから、こうして仕掛けてあったんだよ。」

そう話す少年は巨大な金属のタコに乗っていた。

「アハド、そいつらが言ってた敵だよ。」

ノエミ・ローゼンの声がどこからともなく響く。

「え、そ・・・そうなの!」

アハドは金属の扉をしめて、8元パルスレーザー発信機「オクトパルス」を本格的に動かし始めた。

「核分裂・・・開始。核融合開始5秒前・・・4・・・3・・・2・・・1・・・オクトパルス起動!!」

炭化して崩れる兵士を遠巻きに見ていた兵士の一団は呆然とその様子を見ている。
オクトパルスからけたたましい機動音が聞こえる。
そのうごめく姿は悪魔の絵のようだった。
凄まじい廃熱で一帯の気温が上がる。

「撃てーーーー!!!」

兵士が一斉に銃を構えて撃つ。
そして、銃弾が蒸発する。

「そもそも、そんな銃ではオクトパルスに傷一つつかないよ・・・イヒヒヒ。」

そこへ兵士の間を割って一人の女性が現れた。

「退がりな、オレに任せな。」
「お・・・お前は・・・『スパーク』!!」

スパークと呼ばれた石井いおんは青い衣装に身を包んではいるが、黄金の槌、手甲、帯をキッチリ装備していた。

「オレはね、味方の事まで考えて戦えるほど器用じゃないんだ!!黒焦げになりたくなかったら急いで逃げろ!!別のルートを捜せ!!」
「りょ・・・了解!!」

兵士があたふたと逃げ始めるが、逃げ終わったかどうかなど気にもかけずに「スパーク」は一発目をぶちかました。

「トォォォォォォォォォォルゥゥゥゥゥ!!!・・・ハンマァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!」

地球に存在できるかどうかも疑わしい、極太の稲妻がオクトパルスに襲い掛かる。
いかにオクトパルスの外板が導電体であったとしても、中の機械から搭乗者まで沸騰しかねないほどのエネルギーだ。
逃げ送れた兵士が数人、あまりの電圧に気絶する。

「そいつらつれてけ!!」

今の落雷で、樹皮で出来たクリムゾンムーの地表に炎が上がった。

「聞いてたよ。君が雷神でしょ?光栄だなぁ・・・僕の相手をしてくれるなんて。」
「恐縮する必要ないぜ・・・オレがあった人間の中では、お前が一番いかれてる・・・本当に人間かよ?アハド・ゴールドバーグ!!」

いおんはそう言いながら全身に放電を纏い、イオノクラフト現象で宙に浮き始めた。
アハド少年は先ほどの落雷を無傷で切り抜けた。
オクトパルス周辺の大気にプラズマ化した層を作ることで、見えない避雷針を作ったのだ。

「本当はね・・・すべての電気はオレが操れるはずなんだ・・・でもその機械は特別だよ。お前の魂がかよってる!!」
「嬉しいね・・・雷神に名前を覚えられてるなんて・・・しかも褒めてもらっちゃった・・・イヒヒヒ・・・」

そう言いながらもお互いに恐ろしい量のエネルギーを充填している。
近くにいた兵士がさらに遠くへ逃げ始めた。

「足元、大丈夫かい?次の一撃で、お前の足場は蒸発するよ!?」
「いいさ、あなたが宙に浮いているように、パルスでだって空は飛べるよ!!次で僕が生きていたら見せてあげるよ。」

いおんは口をゆがめて笑った。

「よく言った!!歯ぁ食いしばれぇ!!トォーーーーーール・・・・ハンマーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」

報道のヘリが遠巻きに取り囲んでいた。
そして、雷神vs機械の想像を絶する戦いをカメラが捕らえていた。
そのとき、世界中のテレビには、只々、真っ白が映っていた。
そこまでに凄まじい光だったのだ。
そして壮絶なハレーションの次に世界がみたものは、クリムゾンムーの一角が欠け、それがあった中空に浮かぶ一人の少女と、鉄の魔物だった。

「第3ラウンドか・・・面白い・・・!!」
「うん、僕もどこまでいけるのか知りたくなってきたよ・・・」

報道陣はヘリを後退させた。
それは完全に反射的な判断であり行動だったという。

     


アハドの目がオクトパルスの窓ごしにいおんの挙動に注がれる。
雷神が起こす電位差がいかほどのものか、正確に予想する事は出来ない。
ただただ、近似値を元に計算を組み上げる。
彼には二つの世界がある。
肌で感じる開かれた世界と、軸と次元が絡み合う閉じた世界だ。
その閉じた世界に複雑な曲面や量が交錯する。
彼の心の目はその交錯する接点や面、時には立体の量の近似値をひたすらに読み取り、60進法に翻訳してオクトパルスに送り込む。
今、彼に一片の余裕でもあれば、「10進法じゃなくて良かった」と心から感じるのだろうが、彼の全ては違う事に使われている。

「退避ぃぃぃ!!!退避ぃぃぃぃ!!!!」

報道陣のヘリや、そしてクリムゾンムーに揚陸していた兵士達がこぞって逃げ出す。

「・・・これはどうだ!?」

いおんが放ったのは超巨大な雷球だった。
大きなシャボン玉のようなものが空中を漂いながら、ゆっくりとオクトパルスに向かう。

「足りないか・・・そら!」

いおんはハンマーを振り回すと、無数の雷のボールを空中に浮かべた。
それら全てがオクトパルスに向かう。
オクトパルスの8本の触手のうち、7本が動いた。
一本は宙に浮く為に使われているようだ。
空中に色とりどりの線を描きながら、雷球をどんどんと分解していく。
オクトパルスの中でこれまでどこか無気力だったアハド少年の顔が豹変していた。
生まれて初めて、本気で取り組めることに出会ったのだ。
口を真一文字に結び、見開かれた双眸は目くるめく状況を読み取りつづけていた。

「・・・。」

その様子をいおんは満足そうにみている。
そのとき、思わぬことが起こった。
アハドがオクトパルスの操縦席のドアを蹴破ったのだ。

「ごめんね雷神、キーボード壊れちゃった。もう戦えないよ。」
「何!?」

次の瞬間、雷球が次々にオクトパルスに命中し始めた。
アハド少年は襲い来る衝撃に耐えながら、全ての触手をオクトパルスの原動力である、核分裂-融合炉に向けた。

「・・・メ・・・メルトダウンだけは・・・・!!!」

揚力を失ったオクトパルスは落下し始めた。
声は聞こえないが、その一部始終をカメラは捕らえている。

「今・・・!!あのロボットが落下を始めました!!『スパーク』の勝利です!!」

カメラの前で狂喜するジャーナリスト。
しかし、喜んでいたのは彼らだけだった。

「だめぇぇぇぇぇぇぇ!!」

いおんが電子の軌跡を引きながらオクトパルスに向かって急降下したのだ。
アハドを傷つけまいと手前で放電を止め、そのまま操縦席に飛び込んだ。

「死んじゃダメだ!!生きろ!!」

アハドは驚きもせずに答えた。

「でも、こいつが爆発したら、ここにいる全員が終わっちゃうよ・・・僕がやらなきゃ・・・ごめんね。・・・フフ・・・。」

いおんは壊れていくつかキーのなくなったキーボードを叩きつづけるアハドにすがりつき、アハドの顔を見上げるようにして言った。

「私も・・・連れてって・・・」

そう言って目を閉じると、アハドの胸に顔を埋めた。

水面に落ちる間際、オクトパルス最後の攻撃が、オクトパルス自身の原子炉に加えられた。
そのときに輝いたまばゆい光は、確かに核の光だった。
しかし、その輝きが何を表していたのか知るものは少ない。

051

「アハド・ゴールドバーグ、雷神いおん、戦死!!」

ノエミは核の光から城を守るべく赤いベールを展開していた。
本来、水素爆弾級の爆発を起こすはずのオクトパルスは、まばゆい閃光とともにひっそりと消滅した。
赤月が眉間に手を当てた。

「やはり、人間を引っ張り出してはいけなかったか・・・」
「いいえ、彼は人間ではなくアハド・ゴールドバーグです。・・・これからも。」

赤月の小さな弱音をノエミが一蹴した。

「・・・許小潔を戻しますか?」

ただ、弱気になったのは赤月も同じのようだ。
許は『三宝玉如意』という古代兵器を持っているとはいえ、完全に生身の人間だ。

「その必要はないだ・・・オラが連れて帰ってきただ。」

そこにいたのはいないはずのカラヴェラだった。
相変わらず酷い豚面だ。

「・・・カラヴェラ!お前がなぜここに!?」

カラヴェラは三人の女性を両肩に担いでいた。
ペナフローラとカードロ、そして許だ。
全てボロボロになり気絶している。

「まあ、なんって言うか・・・仲間はずれはオラもいやだべ。」

赤月が呆気に取られている。

「おまえはこの先、生きていないといけない人間だ・・・」

カラヴェラは困ったような表情で言った。

「そもそも、人間って言うのは誰かの特別な力で生きるもんじゃねえだ。滅びるなら滅びればいいだ。オラそう思う。・・・あとな・・・押しかけとはいえ他人の嫁っこ殴った奴をそのままにゃできねぇ。オラの男が廃るもんよ。」

そう言いながら三人を床に降ろす。
その衝撃で目覚めたカードロがボロボロの姿でカラヴェラにすがりついた。

「行ってはなりませぬ・・・カラヴェラ様!!」

カラヴェラは豚面をゆがめた笑った。

「うるせぇ、女は男の言う事だけ聞いてればいいんだべ。」

そして、部屋を後にした。

052

カラヴェラは鍬一本もって、クリムゾンムーの大地を耕していた。
何もない太平洋のど真ん中に、彼が作り上げた豊穣の大地だ。

「手を挙げろ!!抵抗すれば射殺する!!」

兵士がその耕地の一角になだれ込んできた。
そして全員が身動き取れなくなった。

「悪いな・・・その辺は豆が植えてあるとこだべ・・・」
「何だぁ・・・こ・・・これは!?」

一瞬の間に全員が豆の蔓にからめとられている。
その後ろからコシチェイと卞喜がやってきた。

「ほう・・・面白い、豊穣の民・・・武器を持たないお前が我らとやろうというのか?」

卞喜がそう大声で呼ばわる。

「お前ら、毎日、何食って生きてると思ってんだ。」
「肉だ肉!!」

コシチェイがだいぶ外れた答えを返した。

「怪我ではすまんぞ、豚面。」
「たしか仙人だべか?オラの知り合いにはいないタイプだ。」

そう言いながら、カラヴェラは耕した土地に種を撒く。

「そっちは不死身だったな?」

カラヴェラはそう言うと鍬にもたれかかって一休みした。

「だったらどうした!?」

コシチェフが挑発する。
カラヴェラは受け流す。

「怖い顔でこっち見んな・・・クマ面め。オラはオメ達のこと知ってるみてぇだが、オメ達はオラのことなんにもしらねぇみてえだかんな・・・教えといてやるだ。オラは一年分の植物の成長を一分で成長させることが出来るだ。だいたい52万倍だな。」

そう言い終わらないうちに、コシチェイと卞喜がうめき声をあげた。

「オラの力を持ってすれば、竹の成長速度は秒速7mだ。竹以外にも色々世の中にはお前らの知らない植物が色々あるでな。」

そう言いながらも竹はぐんぐん生長する。
そして、その根元には卞喜とコシチェイが串刺しになっている。
それも、1本や2本ではない、10本近い竹に体を貫かれ、その竹はさらにどんどん太く成長しているのだ。
二人とも声すら出ない。
肺をやられては当然まともな声は出せない。

「頭冷やしたら謝りにこいや。他人のカミさんに手ぇあげた罰だ。」

カラヴェラはそう言いのこすと、また城へ帰っていった。

053

「・・・何?」

ノースキャロライナの通信手が声を荒げた。

「何があった?」

アルバートが尋ねる。

「『チェイン』と『アンデッド』が同時に先頭不能だそうです!!やった相手はカラヴェラだそうです・・・。」

それを傍で聞いていた『マッハ』こと吉田翁が「カッカッカ」と笑った。

「アルバートよ・・・敵もしぶといのう。」
「私が行きましょう。」

進み出たのは『ジェット』ことハン・ヘレチだ。

「勝てるか?」
「必ずや・・・。」

ハンは甲板に進み出るとドレスを広げて歌い始めた。
それは歌というにはあまりに雑な音であったが、その音を発するハンの表情は、まるで子守唄でも歌うかの如くだ。
そして、ドレスの袖を一杯に膨らませて空へと飛び立った。

「ワシもでるぞ!」
「あ!?」

制止するのも間に合わず、吉田翁は空母から海へ飛び降りた。
数人の兵士が驚いて船べりから海面を見下ろすと、吉田翁は海の上に立っている。

「・・・おお!!」

アルバートは苦笑した。
どうせ、止めても聞くまいと思ったのだ。

「我が技、衰えてはおらんぞ!!神行法吉田主税(ちから)でるぞ!!」

そして、ハンの後を追ってクリムゾンムーへと爆走を始めた。

054

「カラヴェラ、もう下がれ。」
「分かってるだ。このへんが潮時だべ。」

赤月直属のワルキューレ達に先導されてカラヴェラはヴァルハラへと旅立った。

「ノエミ、頼んだ。」
「分かっている。」

赤月もクリムゾンムーを発った。
ノエミ・ローゼンは両手首のリストバンドを引き剥がす。
そのリストバンドはリストカットの痕を隠すためのものだった。
傷は閉じておらず、赤い血が滴る。
それこそが彼女の武器だった。
血はすぐさま広がると赤月がいた部屋にじゅうたんのように広がる。
ノエミはその血の上で微動だにしない。
だが、血の方は上に立つノエミを運んで、ノエミを城の外へ押し進めはじめた。
もはや、城を守るものはいない。
多くの国民が兵士達によって岸壁に追い詰められている事だろう。
ノエミはそのまま直立不動の状態でテラスへと移動した。
そして、地上5階ほどの高さのテラスから水平に血の絨毯を伸ばしその上を滑るように進む。
城へ突入しようとしていた兵士達が下から見上げる。

「な・・・なんだ!?」

水平な桟橋上の血液が、形を変え、ノエミの足元に台座のように広がる。
真紅のドレスに身を包んだ長身の女性は、城の前の広場に突如出現した、真赤な柱の上から取り囲む兵士を見下ろしていた。
見上げる兵士達は、何が起きているのかがいまいち飲み込めない。

「良くここまできたね。」

ノエミが両手を伸べると、そこからさらに多量の鮮血がほとばしった。
そして流れ出る血が剣を佩いた剣士の姿になって行く。
銃声が響いた。
しかし、銃弾で傷が付く類のモノではない。
撃った兵士が剣士に切り倒された。
あっという間に辺り一面真赤に染まる。
どこまでが誰の血かも分からない状態だ。

「爆音?」

真紅の塔の上に立つノエミに襲い掛かる影があった。
チーム「ジャスティス」の「ジェット」こと、トゥバの怪鳥ハン・ヘレチだ。

「あいつを引きずり落とす!!みんな耳を塞いで!!」

そして、口から怪音波を発した。
ノエミは赤い塔から転落する。
塔自体も崩れて、液体の鮮血に戻っている。
ノエミはその血だまりに落ちて助かったが、ビルの5階ほどの高さで、まともに落ちたら只ではすまなかった。
自らの血で真赤に染まりながらノエミは立ち上がった。

「不意打ちとはいえここまでとは・・・」

そう言いかけたところに青い弾丸のようなものが飛んできた。
神行法の吉田の飛び蹴りだ。

「ぐぅわっ!!」
「音で気取られるとまずいのでな・・・亜音速の蹴りしかとくらえい!!」

まるで爪楊枝でも弾きとばすように、ノエミの体が吹っ飛んだ。

「ちぃぃぃ!!!」

ノエミは数百メートルとか言うレベルで飛ばされながら手をかざすと、先ほどまで自分が浸かっていた血のプールがうごめき、無数の棘を突き出して真上に伸びた。

「凄まじい力よ!!」

吉田翁は垂直に高く跳び上がり難を逃れている。
下では何人もの兵士が、体を貫かれて果てている。

「甘いわ!!」

ノエミは赤い翼を広げて飛翔した。
吹っ飛ばされた状態からツバメのように方向を変え、そのまま「マッハ」こと吉田翁に突っ込んだ。

「何ぃ!!」
「まさか!!」

これにはハンも吉田も唖然とした。
ノエミは跳べたのだ。
しかも、己の血液をジェットのように噴射してさらに加速していた。

「老いたな・・・吉田主税!!」

吉田翁は自らそう叫ぶと、両手を広げてノエミに相対した。

「貰った!」

ノエミ・ローゼンの真紅の槍が吉田の胸を貫く。
ハンはその様子を呆然と見ていた。

「熱いのう、お前の血は・・・あとは・・・任せたぞ・・・」

ハンは自分の髪が焦げるほど強烈な振動を放った。
ノエミは槍を盾に変えて防ぐが、その表面が沸騰しはじめる。

「なんて大きなエネルギー!!」

ハンは口を一杯にあけて鬼の形相で怪音を発している。
ノエミは沸騰する血液の盾を補うべく地上にたまった血を引き上げて盾にしているが、その量はどんどんと減っている。
発生する水蒸気と湯気で、あたりは真っ白になった。
生き残った兵士とクリムゾンムーの国民達がその様子を遠巻きに見ている。
今日という一日に居合わせるには、彼らは脆すぎた。
敵味方の区別なくただ、島の端へ端へと逃げ惑うだけだった。

「そろそろ一回ぐらい息継ぎをしておこうかしら。」

今の振動波で発火した地表を一息に吹き消すと、ハンはそこへ降り立った。

「そうして貰えるとありがたいわね・・・」

たっぷり5分は振動波を防御しつづけたノエミは乾いた唇を噛みながらそう言った。
世界中の眷族から無尽蔵に送られてくるはずの彼女の血液だが、造血速度がハンの攻撃に追いつけなかったのだ。
吐き気がするほどの貧血にフラつきながら、ノエミは集中した。
次の瞬間には貧血を解消し、臨戦体制となる。
秒間数トンの造血力は伊達ではない。
しかし、それを上回る熱量を5分間口から吐きつづけるハンが目の前に立っている。

「化け物が・・・」

ハンはその一言を聞いて、涼しい声で言った。

「お互い様よ。」

そして、二人は立っていた地面ごと吹っ飛ばされた。

「爆弾!?」
「・・・!?」

めくれあがる地面と共に天高く放り上げられる。
そして、遅れて爆音が聞こえてきた。
艦隊の方だ。

「・・・まさか!!」

砕けた地面の爆心地にはハンにも馴染み深い黒装束に鉄の足の男が立っていた。
遥か彼方に停泊する艦艇を一艘破壊し、その爆音よりも早く二人のところへ到着したのだ。

「・・・で!!出ましたRSSSです!!」

ヘリで誰かがそう叫ぶ声をハンはその鋭敏な聴力で聞いていた。








     


「そこまでだ・・・それ以上は俺が許さん。」

神行太保は異様に目を血走らせている。
それと同時に遠巻きに見ていた兵士と島民の方からも騒ぐ声が聞こえる。

「銃を下ろせ!さもないと全員氷漬けにするぞ!!」

氷の魔術師ヨーエル・アルノールソンで間違いないだろう。
ハンは胸中で「なぜもっと早くこなかった」と言いたい気持ちをぐっと抑えて、撤退を決めた。

「退くよ!!もうクリムゾンムー殲滅は果たした!!」

離れた岸壁に大きな船がいるのがわかる。
RSSSが住民の救援用に用意した船だろう。
ノエミは翼をたたんで地上に降りると、神行太保に噛み付いた。

「何人死んだと思ってるんだ!!役立たず!!もっと早く・・・」

そう言ってから神行太保の目が非常な怒りに満ち溢れているのを読み取った。

「何者か異次元空間からの移動を阻まれた・・・、結局、カラバ王国経由でやってきたんだ。」

ヨーエルと共にカラバ王国を出た志村は、ヨーエルを背中に背負いアフリカ東海岸から一路クリムゾンムーを目指した。
船はその途中で民間線を乗っ取り、神行太保が引っ張ってバラバラに壊れそうになるのをヨーエルが氷で固めてやっとここまでやってきたのだ。

「さらばだ!!」

不意に声がして振り向くと、卞喜がコシチェフと共に鉄球に乗って飛び去るところだった。

「生きていたのか・・・」

ノエミがそう言うと、志村がノエミの腕をつかんだ。

「逃げるぞ・・・RSSSが二人しかいないことを悟られるわけには行かない。」
「わ・・・分かった。」

そうしてクリムゾンムーは壊滅した。
超人たちによる計画はすでに大きなほころびを見せていた。

056

「ちっくしょう!!」

オーストラリア北部。
海に面した断崖の一角にRSSSの面々が揃っていた。
そこには巧妙に隠された彼らの根城「カラバ城」からの通用口があったはずだった。
しかし、その通用口に貼られていたはずの護符が誰かの手によって破り取られている。

「誰がこんなことを!!」
「師匠だよ。」

神行太保がそう言った。

「ここにある足跡は神行法じゃないとつかない。」

そう言いながら志村は師匠である吉田と河原で出会った日々を思い出していた。
笑いあって、怒られて、励まされた。
「なぜこんなことを」とは、問わない。
師匠だったらやりかねない。
偽物の戦いなんてまっぴらだったという事か。

「行こう・・・過ぎた事は仕方がない。」

そう言って歩き出した。

「でも、なんで吉田翁がこの出入り口のことを知ってたんだよ!!」

樋口が言う。

「しらねぇよ。師匠だぞ?何だって知ってるさ。」
「それですむ問題じゃねーだろ!?お前とヨーエルが機転をきかせてなかったら、今ごろもっと被害が出てたんだぞ!?」

樋口が食い下がった。

「だったら言わせて貰うがな!!あの、オクトパルスって奴!!あれ、オメーが作ったんだろがぁ!?あれの不具合で石井いおんと合わせて二人逝ってんだよ!!攻撃されて死んだ兵士を除いてだぞ!?」

志村が振り向きざまにそう言うと、樋口が仁王立ちになって拳を握りしめている。

「俺が作ったのは基礎理論だけだ・・・あとはアハドが・・・」
「・・・うるせぇよ。あの原子炉・・・只の数学バカには作れないそうだな?・・・アレ、お前だろ?」
「・・・だったらどうした!?」
「はぁ?オメー開き直ってる場合じゃねーだろがぁ!?」

とうとうヨーエルが割って入った。

「頭冷やせ、バカが。言い合いして何か収穫があるのか?少しは考えろ。考えるのが無理なら黙ってろ。」
「とにかく、中途半端に連携した作戦を立てたのが裏目に出たでござる。・・・これまでのRSSSでは考えられなかった失態でござるな。」

マイアーがそう言うと、ブルーが志村が注目した足跡の前にしゃがみこんだ。

「今までの我々の作戦が上手く行き過ぎていただけだ。この程度の誤算で事を荒立てていたら、敵を叩く前に自分がつぶれるぞ。」

そして、「帰ろう」と言って歩き出した。
他の者も後に続く。
その背中は墓場を後にするような、そんな背中だった。

057

クリムゾンムーの壊滅に世界は沸いた。
特に五大国はアメリカの戦果に大きな満足を覚えた。
アルバートのやり方は世界中から大きな批難を浴びた。
しかし、同時に賞賛された。

「我らは完遂する!!」

そう訴えるアルバート大統領は、紛争を次々に制圧していった。
先のクリムゾンムー殲滅戦の反省からか、チームジャスティスが予め徹底的に攻撃を加えて壊滅寸前のところへ、あとから正規の国連軍が乗り込み完全制圧するスタイルが確立された。
攻撃24時間前にはその地域に避難勧告が出される。
そして、24時間後にはその一帯が焦土になるといった具合だ。
そのニュースをいつものようにRSSSの連中が円卓の間で見ていた。
そして樋口は一人だけ新聞を見ている。

「あー、これひでぇな・・・」

樋口が呟いた。
樋口が言っているのはクーデターによって出来た政府と、反政府組織の内紛へ国連軍が介入した最近の事件の話だ。
反政府軍が逃げ込んだ寺院を「ジェット」がそのまま潰したとされている。
しかも、その寺院は世界遺産だった。

「そのあと結局どうなったの?」

志村が尋ねると、樋口が答えた。

「新政府も国連軍が潰して、現在、安保理の監視下だって。」

そう話していると、ケットシーが何か持ってきた。

「世界地図です。」

大判の世界地図を円卓に広げる。

「現在、紛争が起こっている地域に黒い石、安保理に制圧された地域に白い石をおいていきます。」

そう言いながら碁石を置いていく。

「碁石なんて良くあったね。それ日本の物だって知ってる?」

神行太保が言うとケットシーは涼しい顔で

「中国のものだったはずですが」

と答えた。

「まだ、こんなに戦争してるところがあるのね・・・」

クレオがそう漏らす。

「白い所だって、結局のところは戦争やってんのと変わりねぇよ。」

レンツォがそう吐き捨てた。

058

クリムゾンムーが無くなった今、RSSSにとって目下の敵は安保理ということになる。
しかし、その安保理とRSSSが目的を共にする今、RSSSはやる事がなかった。
たまに、要請されて安保理と小競り合いをすることはあれど、負けるわけにも勝つわけにも行かない。
結局、それぐらいなら出ない方がいい・・・ということになり、カラバ城に引きこもる日々が続く。

「ねー、俺たち働かなくていいの?」
「むしろ、働くと迷惑がられますからね。」

志村とケットシーが二人で煮干を食べている。
クレオがその横で何か始めた。

「何してんの?」
「掃除です。出てって下さい。」

志村とケットシーは城の横の湖のほとりで不服そうに座り込んだ。

「あいつ、週に何回大掃除やれば気がすむんだよ・・・」

そう話していると他の連中もぞろぞろとやってきた。

「追い出されたわ。」

樋口とヨーエルとレンツォだ。

「あれ・・・ブルーは?」
「遅くなってすいませんね。今きましたよ。」

結局全員追い出されている。
マイアーは一旦祖国のドイツに帰り、どこかの大学で非常勤講師をしているらしい。

「そういやぁ、ロビが日本に留学してるって知ってたか?」
「え、マジ?」

志村と樋口が驚いてレンツォのほうを見た。

「なんか、日本語勉強したいって・・・語学留学らしいぜ。」
「あー・・・そう・・・。」

しかし、話が続かない。
全員が水面をみながらぼうっとしている。

「ボートハウス作ろうぜ・・・」
「いいねぇ・・・」

大の男が5人と猫1匹は、有り余ったエネルギーを小屋作りに注ぎ込んだ。
完成には一週間を要したが、そのご特に活用される事もなかった。

059

「ボートハウスを作ったが・・・肝心のボートがない!!」
「そうだそうだ!!」

カラバ城は第17次大掃除の変に見舞われていた。
クレオは全員の私室までひっくり返すから性質が悪い。
綺麗にはなるのだが、全員のプライベートまで首を突っ込まれることになる。

「俺この前、痔の薬発見されて『何ですかコレ?!』って言われたぜ!」

とはレンツォの弁。

「まあいい、ともかく俺たちの権利を守るべくボートを作るぞ!!」
「おー!!」

完全に思考の方向がずれているのだが、誰一人として異論は挟まない。
ハンが消えて男だらけになったRSSSでクレオは貴重な存在だった。
実は志村だけは結婚して妻がいるので、その枠からは外れるのだが、それでも、毎日何もせずに家にいると妻の視線が冷たい。
要するに時間が潰せる事ならばなんでも歓迎なのだ。

「金槌ない?」
「あ、俺使ってた。もういいよ。」

そう話しながらボートを作る。
設計図はインターネットで落とした。
一心不乱に作業をしていると日が暮れる。

「じゃあ、頼むな。」
「おう、任せろ。」

夜の間に何かあると物騒なのでレンツォとブルーをボート小屋に残して解散した。
二人は泊り込みで作りかけのボートの見張りだ。
その調子で、連日連夜作業を続けた。

「完成だ!!」

全員で肩を叩きあいながら完成したボートを眺める。
さっそく進水式だ。

「成功だ!!乗ってみようぜ!!」
「おお!!」

沈んだ。

     


アルバート政権への評価は真っ二つに割れた。
独裁者だと言う意見と、英雄だと言う意見を持つ物の数が拮抗していた。

「アルバート様、お時間でございます。」
「うむ」

アルバートはマーリンに渡されている杯が、何か恐ろしい魔法の薬だと気付いていた。
それを一思いに飲み干す。

「いくぞ!マーリン!!」
「お供いたします。」

乾燥地帯に設けられた簡素な基地をでると、輸送ヘリが停まっている。
それに乗り込む。

「ここも、我らが手に落ちたか・・・」
「多少てこずりましたが、そのようでございますな。」

アラビアの原油産出国はあらかた制圧した。
全ての国で国連と言う名前のアメリカによって作られた、押し付け政権が機能し始めている。

「内紛の準備は整っているか?」
「全て手配済みでございます。」

国連軍は紛争解決のためにしか出動できない。
その為には現地のテロリストに資金援助を行なって、内紛の発生を支援し促してやれば良いだけだ。

「・・・そろそろ、ヨーロッパを押さえたいな。」
「手配を始めてよろしいですか?」
「うむ、できるだけ派手にな・・・」

マーリンは水晶球を取り出すと、自らを総裁とする魔術結社員に指示を送った。

「そんな時代遅れのものを使う必要があるのか?」
「通信と違い、傍受されませぬ。」
「なるほどな・・・」

輸送ヘリは砂漠の上を飛ぶ。
世界はアルバートの暴性に気付きつつあった。

061

「オーストリアの首相が暗殺されたってさ。」

円卓で寝ていたケットシーが飛び起きた。

「本当ですか!?」

樋口が咎めるような目でケットシーを見る。

「ニュースちゃんと見ろよ・・・テレビとかそれで持ちきりだぜ。」
「このまえ壊れたじゃないですか・・・テレビ。寿命だとか言って・・・」

樋口は「ああそうか」と言って新聞を読んでいる。
そして、また口を開く。

「おそらく、それをきっかけに内乱を起こすつもりなんだろうな。そして、いつものように安全保障理事会が軍を差し向けると。」
「そういうことになりますね。」

軍需拡大で皮肉にも世界は未曾有の好景気だ。
ケットシーは何か探しながら話している。

「暗殺~紛争~平和維持~の流れは新しいパターンですね。ところで、煮干しってないですか?」
「ねぇよ。紛争の途中で暗殺は今までにも何度もあったが、国の最高権力者を暗殺して、強引に紛争に持ち込むのは新しいパターンだな。」
「ですね。」

そう言いながら円卓の下にもぐりこむ。

「ねぇよ!!ないもんはねぇよ!!」
「えーーー・・・」

ケットシーは残念そうだ。

062

志村は近くて遠いカラバ王国を尋ねていた。
カラバ王国はエチオピアの地図の中にぽつんと泡のようにある小さな国だ。
カラバ城の次元を超える不思議な通用門の一つがカラバ王国の中の扉の一つとつながっている。

「久しぶりです。」
「そうでもないだろう。」

カラバ王国はなんだかガランとしていた。

「弱音はいてもいいか?」

カラバ王がそう言った。

「いいですよ。」

カラバ王は、応接室のようなところで志村にクッキーか何か分からない菓子をすすめながら話し始めた。

「ハンが帰ってこない。」
「ああ、その話ですか。」

近い人物以外は知らないが、ハンはカラバ王の事実上の妻だった。
しかし、デビョルワンと共に安保理の軍門を叩いてから、カラバ国に帰っていないようだ。

「あいつは若いから・・・一途なところがあるから。」

志村は相槌ぐらい打とうかとも思ったが、黙って聞いている事にした。
ハンとカラバがもう一度二人で暮らす為には、地球壊滅と再生を待たなくてはいけないのだろうか。
途方もない時間のようにも感じる。

「そういえば、神行太保は今までを振り返るようなことはあるか?」
「え?俺?まあ、ありますよ。」

志村はそう言いながら、色々思い出した。
河原で師匠と会った事、神行法の修行をしていた時の事。
がむしゃらで、ただ走ることが楽しかった。
交通事故に遭って、思いもよらず人との関わりの大切さを学んだ事。
七美と病室のベッドで毎日のように色々な話をしていた頃。
そう、思い出しながら、つい最近、そうして過去を振り返ったときがあったと思い出した。
師匠が死んだと知ったときだ。

「なんだか、妙なもんですね・・・人生。」

志村が言うとカラバは笑った。

「神行太保が言うと真に迫っているな。」
「そうですか?・・・そうですね。」

そう言って志村は席を立った。

「じゃあ、行きます。」

カラバ王は多少面食らった顔をした。

「なんだ、もう行くのか?何をしに来たのだ?」

志村は難しい顔をした。

「何かね・・・泣きごと言いたかったんですけど・・・大王の泣き言聞いたら、気がはれました。」

大王は苦笑した。

「気持ちはわかるが不名誉だな。」
「なんか、すいません。」

そういって、家に帰っていった。

063

クリムゾンムー崩壊から2年が過ぎた。
カラバ城の住人たちは努めて平静を保っていた。
歓談し、笑顔を絶やさず、和気藹々と暮らしていた。
そして、この人もまたカラバ城の住民といって良いのかも知れない。

「あら?珍しい・・・」

カラバ城を望む山の中腹にある志村家の通用門をノックする音が聞こえる。
この通用門は日本にある志村牧人の実家につながっている扉だ。
七美がのぞき穴からのぞいてみると、七美の知らない顔がのぞいている。

「どなた・・・?」

牧人が覗いてみると、扉の向こうにはすっかり成長したロビが立っていた。
急いで扉を開ける。

「覚えてないかな?ロビだよ。」
「デカ!!」

七美が思わずそう叫んだ。
すっかり成長して身長は180cmほどあろうか。
マイアーのところに精神修行の為に定期的に通っていたとは聞いていたが、マイアーも日本にいるらしく、城で出会うことがなくなっていた。
マイアー曰く「アメリカの同盟国の日本であれば、いらない戦火を見ずにすむから」だそうである。
このとき世界は五大国によって事実上の統治状態にあった。
細かい内乱は発生しているが、北半球の全ての地域にアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスの5国が駐留基地を置いて監視している。
現在最も大きな戦争はインドで起こっていて、国連軍とインド解放軍が熾烈な戦闘を行なっていた。
そして、ロビがほぼ2年ぶりに円卓の間に姿をあらわした。

「久しぶりですね!大きくなって!!」

ケットシー笑顔満面でロビを迎えた。

「お久しぶりです。」

カラバ城の住民達はロビを心底歓迎している様子で、彼の学生生活や学んでいる事に次々と質問をした。
ロビは控えめにそれに答えているが、急に意を決したように立ち上がった。

「すいません!僕は今日そんな話をする為に来たんじゃないんです!!」

レンツォが立ち上がったロビをみて驚く。

「なんだなんだ・・・どうした?」

ロビは眉間に皺を寄せて語気強く言った。

「僕は今日、皆さんが世界についてどう考えているか知りたいと思ってきたんです!!僕だって皆さんがどんな人なのか知ってます。世界でどう思われているかも知っています。・・・皆さん・・・というかRSSSが今、世界でなんて言われてるか知ってますか?『腰抜け』ですよ!?それで良いんですか!?」

RSSSはチーム「ジャスティス」よりも、クリムゾンフォースよりも先に世界に知られた存在だった。
所属する国を持たない彼らは、大国にはテロリストとして恐れられ、そして弱者には頼られたのだ。

「・・・まあ、知ってるかな?」

樋口がとぼけた。

「だったら何故戦わないんですか!?」

世界は刻一刻と容態を悪化させていた。
数々の条約が破棄され、人権の平等さは失われ、経済格差は広がり、南半球には耕す事も出来ない痩せた土地がますます広がり、そこには餓死者と難民で溢れかえっていた。

「うーん・・・それは・・・」

ロビは惑星震の話を知らない。
惑星震から人類が逃げ延びる為には、どうしてもここカラバ城や赤月が潜伏しているヴァルハラのような異空間系の場所へ一時退避しなければならない。
そして、そのときに人類が紛争を続けていたら・・・その紛争を狭いカラバ城やヴァルハラに持ち込んだら、そこで人類は滅びてしまうかもしれない。
赤熱した岩石の塊になった地球が、再び人間の住める土地になるには多くの時間が必要で、その間、何十億という人間が、少ない物資と食糧しかない異空間に押し込められる。
地球が冷えるまでに、どれほど時間がかかるか分からない。
餓死者や病死者も出るだろう。
その長い長い苦難の時期を耐えられる強さは今の人類にはない。
アルバートは今、世界を一つの国にしようとしているのだ。
そして、そのためにすでに多くの犠牲を払っている。
少数民族のいくつかは滅び、小さな自治はことごとく潰れ、地球からある種の「快適さ」が失われつつある。
恐らくアルバートは南半球を全て手中に収めるべく大戦争を始める用意をしているだろう。
そして、その後、中国、ロシア、フランス、イギリスをも手中に収めるのだろう。
そうしてアルバートという男が全世界を屈従させる魔王として君臨した時に、世界には魔王を倒して、自由を取り戻そうとする機運が生まれるはずなのだ。
その瞬間をマーリンは狙っているのだ。
しかし、その方法が正しいのか、他に良い方法はないのか誰にも分からない。

「・・・それは、正しいよ。」

樋口が毒が抜けたような顔で答えた。

「俺たちは腰抜けさ。犠牲を払う方法しか思いつかなかったんだ・・・」

しかし、それで変わる決心はなかった。
ロビは円卓の間の全員の顔を見回すと、机を手の平で思い切り殴りつけて部屋を飛び出していった。

「・・・腰抜けか・・・違ぇねえ・・・」

レンツォが鼻の頭を掻きながらそう呟いた。

064

ロビは走って城を飛び出し、志村宅を目指す。
若いロビには耐えがたい怒りに身を震わせながら、山を登ると外で洗濯物を干している志村七美に出会った。

「あ・・・」
「あら、おかえり・・・って言えばいいのかな?」

ロビはあまりにのどかな風景に拍子抜けして、自分の中で何かが失速するのを感じた。

「扉使うんでしょ?いいよ。・・・ちょっと待ってて。」
「あ・・・ありがとうございます。」

ロビは自分が今どんな顔をしているのか、凄く不安だった。
七美はロビの為に洗濯を干すのを急ぐ。

「手伝いましょうか?」
「いいよ、もう終わるから。」

干されているズボンを見て、ロビは複雑な気持ちだった。
神行太保の家だという事は分かっているが、右ひざから下がないズボンは、ロビの心の中の何かをかき乱した。

「ほら、終わった。・・・扉通って日本に行くんじゃないの?」
「あ・・・はい。」

ロビは家に入る前にもう一度、風に揺れるズボンを見た。
家の中に入るといい匂いがする。
きっと食事の支度がしてあるのだろう。
家のリビングを通ると、そこには神行太保が今までに貰った勲章が飾られている。
世界中の様々な人ととった写真や、結婚式の写真も、丁寧に写真たてに入れられて棚に並べられていた。
ロビは思わずそれらの前で立ち止まる。

「・・・。」

RSSSの牙は折れたのだろうか。
そんなことも思い始める。

「・・・ねぇ、何で今日ここに来たの?」

そう七美に話し掛けられてはっとした。

「ああ、すいません・・・すぐ行きます。」

そう言っていると、玄関の方で誰かが帰ってきた声がした。

「やっべぇ腹減った・・・」

神行太保だ。
ロビはなんだか申し訳ない気持ちになりながら俯く。
神行太保がロビと七美のいるリビングにやってきた。

「お・・・まだいたんだ!・・・なんかさっきごめんな。」

なぜか神行太保に謝られたロビは、泣きたいのをこらえて唇を噛んだ。

065

神行太保の家は非常に古風な欧州の家を解体して持ってきて建てたときいた事がある。
趣があって落ち着いた木と、石と、土で出来た家だ。
結局、ロビは食事を食べてから帰る事になった。
七美に丸め込まれたのだ。
ロビは出されたものをひたすら口へ運びつづけた。
味なんて分からなかったが、せっかく出された物を無下にしてはいけない・・・そう思って、一心不乱に食べた。

「ロビには話してなかったな・・・って言うか、こうして話す機会もなかったな。」

神行太保は何か言いたそうなそぶりだ。
きっと、今日の僕もこんな風だったんだろう・・・とロビはそう思った。

「地球、滅びるんだ。」
「本当ですか!?」

台所の方で皿が割れる音がした。
神行太保は台所の方を見ている。
そして、しばらくしても細君が来なかったので話を続けた。

「近い将来、必ず、滅びる。その前にどうしてもやらなきゃいけないことをアルバート大統領はやってるんだ。」
「知り合いですか!?」

神行太保は複雑な顔をした。

「うーん・・・知り合いって言うか・・・知り合いだなぁ・・・それで、今、僕らは彼を邪魔しちゃいけないんだ。・・・少なくとも僕はそう思ってる。」
「あんな酷い奴をのさばらせておくほど大切な事ってあるんですか?」

神行太保は一層難しい顔をした。

「僕はそう思ってる・・・僕が考えたんじゃないけど、少なくとも僕はそう思ってるよ。」

ロビは黙りこくった。
目を上げると棚に置かれた勲章、そして長い戦いの間で撮られてきた写真が見える。
目を閉じれば庭に干してあった片足のないズボンや、ニュース映像で何度か見た神行太保の黒いドミノマスク姿が浮かんでくる。
そして、ある夏の夜、山道で恐るべき膝蹴りをロビに喰らわせたのも、この神行太保だった。
ロビはそのときの神行太保志村牧人の鬼神のような形相をかすかに覚えている。

「マイアー先生が言っていました。怒りに耐えろって・・・憤るなって・・・神行太保はそれが出来るんですか?」

神行太保は苦笑いをした。

「苦手だよ。樋口とはケンカするしね。・・・なんか、あいつとだけはケンカするね。」
「はぁ・・・」

志村は椅子に深く座りなおすと、言葉を選んだ。

「なんかね・・・本当にムカッと来た時にはまず冷静にならなきゃいけないな。臆病なのは良くないけど、冷静になると・・・一度冷静になったら、怒りで貯まったエネルギーみたいなものは本当に役に立つよね。」

ロビは理解できる部分とそうじゃない部分、両方を何とか飲み込もうとして聞き入った。

「昔、樋口と地元の不良に喧嘩売られてね・・・知らないかもしれないけど、普通のケンカだけなら樋口の方が俺より強いんだよ・・・二人でいい気になって大暴れしたんだ。」
「はい。」

神行太保は懐かしそうに笑顔を作りながら話している。

「それでね、あんまりヒドイ暴れ方をしたから、なんかスゴイ沢山敵が増えちゃったんだね。それでも、調子に乗って暴れてたんだけど、実はそのときその不良達はウチの奥さんを狙ってたんだよね。」

台所から再び何か割れる音が聞こえた。
神行太保とロビは二人で台所の方を見てみる。
姿は見えないが、細君がリビングに戻ってくる気配はない。

「それに俺の師匠が気付いて、そいつらを上手くあしらってくれたんだ。それで、俺と樋口でものすごい説教喰らったんだよね・・・怖いんだよね。フツーに怖いの。」

そういって照れくさそうに笑った。

「・・・なんか、ハナシずれちゃったな。怒りをどうこうってハナシじゃなくなっちゃったね。ごめんね。」
「いえ、ありがとうございました!」

ロビはそういって立ち上がると神行太保と七美に別れを告げて帰っていった。

「帰ったね・・・」
「牧人?」
「なに?・・・あ。」

神行太保が横を見ると、先ほどまでとはうって変わって鬼の形相の七美がいた。

「大人ぶってエラソーに話してるから黙ってたけど・・・色々、聞かせてもらおうかしら・・・神行太保様?」

志村の脳裏になぜか「俺と伝説のニーランチャー ~完~」という言葉が閃いたという。

066

ケットシーはカラバ王国を訪れていた。
エチオピアとカラバ王国がとうとうアメリカの標的になったのだ。
カラバ王国を解体する手伝いにきていたのだ。

「一人でできるぞ・・・城で待っていればよかろう?」
「お手伝いさせてください。せっかく、大王様が帰ってくるんですから。」
「・・・すまんな。」

そういって二人で箱に荷物を詰めていく。
アフリカ大陸はイスラエルを足がかりにして、恐ろしい速度で侵略されていった。
もはや紛争解決という建前の必要ないほど、アメリカは・・・アルバートは力を付けていた。
国際社会はアルバートを糾弾していた。
アメリカは国連を脱退し、新世界平和機構を設立してプレッシャーをかけていた。
アルバートは新しい戦略に出ていた。
イギリスとフランスがアメリカが国連を脱退した事で、金融不安が広がり経済的に不可逆なダメージを追ったのだ。
一方、アメリカはその時期を見越して有効な国策を用意周到整えてあった。
安保理が崩れて有名無実化した国連に、経済危機に陥った2つの大国を救う力はもはや残っていなかった。
イギリス・・・グレートブリテン島及び北部アイルランド連合王国はとうとうアイルランドの独立を阻める事が出来なくなり自壊、フランスはスペインに対する高圧的な外交のツケが回り、米軍に支援されたスペインに武力侵攻されていた。
そのような現状で強大な軍事力を蓄えたアメリカに、アフリカ連合が対抗できるはずもなく、今、カラバ王国は存亡の危機と言うわけだ。

「せっかくだから、綺麗に使ってほしいとは思わんか?」

カラバ大王が急に言う。

「何がですか?」

尋ねるケットシーにカラバ大王は微笑んだ。

「この建物だ。せっかく立てたんだから、アメリカがきれいに使ってくれるといいなと・・・そう思ったのだ。」
「ああ、なるほど・・・」

ケットシーは立ち上がって、改めて部屋を見回す。

「また、国なくなっちゃいましたね。」
「そうだな・・・こうやって後片付けできるだけ、今回はマシだったかな?」

古い友情で結ばれた一人と一匹は楽しそうに笑った。

067

「マーリン!どこだ!!マーリン!!」
「アルバート様!!ここにいます!!マーリンめはここでございます!!・・・ささ、お薬を・・・」

アルバートはマーリンが差し出す杯を掴もうとするが上手く掴めない。
目が見えていないのだ。
マーリンはすがりつくようにしてアルバートの手に杯を持たせると、アルバートは杯をあおった。

「くそ・・・何たる苦い杯!!・・・ああ・・・見えるようになってきた・・・取り乱してすまなかった・・・」
「アルバート様・・・」

マーリンは「お休みになられた方が」という言葉を飲み込んだ。
アルバートはマーリンの傀儡(かいらい)だった。
しかし、アルバートは生きた人間なのだ。
その生きた人形は、まるで本当に魂のない人形のように、文字通り不眠不休で世界を貪り食っていた。
いまや世界は加速し、アルバートは眠る事さえ出来ないのだ。
肉体はとっくに限界を迎えている。
マーリンは秘術と秘薬でその肉体を支えているが、薬が切れると目も見えないところまできている。
アルバートはもう長い間ゆっくりシャワーすら浴びていない。
食事もまともに食べていない。

「マーリン!世界地図を見せろ!!」
「・・・こちらでございます。」

アルバートはまだ霞む目を大きく見開いて世界地図を凝視した。

「ラテンアメリカを制圧できるだけの軍備はまだ整わんのか!?」
「もうしばらくお待ちください・・・もうしばらくでございます!」

マーリン自身もこの方法が果たして正しかったのか疑問を感じている。
しかし、アルバートに迷いはなかった。
まるで、燃え尽きる瞬間のろうそくのように、馬車馬のように働いている。
他の秘書がやってきて、大統領を次の場所へと引率していく。
アルバートはそこでぴたりと立ち止まった。

「マーリン・・・」
「はい!アルバート様!!」

アルバートは張り詰めた表情を崩して微笑んだ。

「俺は魔王に見えるか?」

マーリンは老いて薄くなった唇を真一文字にして頷いた。

「・・・立派でございます!!立派でございます!!アルバート様!!」

アルバートは満足そうに頷くと、秘書を追って歩き始めた。

「マーリン、薬を用意しておけ!遅れるな!!」

マーリンは頷いたままの表情でトイレに駆け込むと、人がいないのをみて声をあげて泣いた。

068

ロビは耐えていた。
イタリアから日本へきた留学生という立場で、ひたすら勉学に励んでいた。
マイアーの家に下宿し、日々のニュースを読み、精神と肉体を鍛える日々だった。
日本には今、秘密警察がはびこっている。
社会は自由民主主義社会から数年の間にすっかり様変わりしていた。
毎日、多くの思想化が逮捕されている。
メディアの検閲も始まった。
ほぼ全ての人民がアルバートに反感を募らせている。
そして、それを口に出すことは出来ない。

「耐えるんだ・・・!」

通学途中、電車に乗りながらそう声に出して言ってみた。
なぜか、見ず知らずの隣の乗客が頷いたように見えた。

069

カラバ城に正統な城主が戻ってきた。

「カラバ大王バンザーイ!!」
「わざとらしいからよせ。」

カラバ大王はケットシーのたっての希望で王冠をかぶらされていた。
今日はいつもの連中にマイアーとロビ、宮元さんと七美までが揃っている。

「やっぱり、大王がいてくれて、カラバ城です・・・」

ケットシーが感極まっている。
カラバ大王はなかなか使うことのない広間の王座に座らされて、微妙な顔をしている。
どちらかと言うとケットシーのための会合だった。

「まあよいわ、ケットシー少し話をさせてくれ。」
「はい、大王様!」

大王はため息を一つつくと王座から立ち上がって、他の連中のいるところまで降りてきた。

「マーリンからの使者がきた、世界征服はほぼ完成だそうだ。」

これには出席者全員が驚きの声をあげた。

「本当か!?」

そう誰かが言うと、広間の入り口から凛と通る声が聞こえる。

「本当よ。」

ハン・ヘレチだった。

「ハン!」

一同からそんな声が漏れる。
最近のチームジャスティスの衣装ではなく、宮元が仕立てた漆黒のドレスを着ている。
しばらく見ない間にぐっと女らしくなった。

「作戦は第二段階へ入ります。今日、それについて会議をしたいとチームジャスティスの代表としてきました。」

RSSSにいた頃はどこか子供っぽい仕草も残っていたハンが、いつしか大人らしくもなっていた。
美しい黒髪を肩の長さで切りそろえて、細く長く白い首が見え隠れしている。

「世界の終わりを・・・始めましょう。」

その一言に、今まで喜びと興奮で上を向いていたケットシーの尻尾が、力なく垂れ下がった。

     


ハンが厳しい表情で一同に計画を話す。
RSSSは全員その概要を把握していたが、ハンの言葉に無言で頷いて聞いている。
ハンが語る計画とは文字通り「地球を終わらせる」計画だ。
現在、アルバート政権によって世界中が征服されている状態だ。
言論は厳しく監視され、権利は奪われ閉塞感が世界を覆っている。
マーリンが「何人殺しても構わん」と言った通り、世界中でアルバートが裏から手を回して起こした紛争や、国連軍による平和維持活動で死んだ人数は数十億といわれている。
多くの民族や地域、時には国家が潰えた。
それは当然マーリンの強力な魔術の後ろ盾や、RSSSの不介入があってのことだ。
国連は今なお存続し、常任理事国や多くの国家が参加しているが、イギリス、中国、フランス、イギリスの全ての首脳は親アルバートを公言してはばからない人間が就いている。
長い苦しい道のりであったが、ここまでは恐らくマーリンの筋書き通りだろう。

「問題はアルバートを誰がいつどのように倒すかです。」

ハンは厳かに言った。
21世紀に君臨する魔王アルバート。
その魔王を打ち倒し、人類に再び自由と生きる権利を取り戻す人間が必要なのだ。

「・・・ですが、その前に、もう少々人類を締め付けます。」

ハンの言葉を聞いて、カラバ大王が眉間を掻いた。
痛ましい表情だ。
今、全世界は平和に近付きつつある。
地球上から戦争が消える日がすぐそこまできている。
だが、アルバートの恐怖政治が取り払われたら、人々は戦争する権利を主張して、手近な相手と戦いを再開するのが目に見えている。
人間はどこかで戦争が起きていないと不安になるものだ。
しかし、アルバートの恐怖が強ければ強いほど、人々は結束できるというものだ。
民族間の争いがあるのであれば、両方の民族を叩き潰すのが現在のアメリカのやり方だ。
もうちょっとアルバートが頑張れば、社会的な極限状態を経験する事によって、人々は戦争という手段を手放せるかも知れない。
それが、アルバートとマーリンの狙いだ。
恐怖を利用した人類の地球規模での一致団結という夢物語の中でアルバートは何を吸って、何を吐いて生きているのかは、きっと本人以外の誰にも分からない。
そして、人類はアルバートを倒し、一致団結した状態で惑星震という大破壊に相対するのだ。
ここカラバ城と赤月の居城ヴァルハラに全人類を避難させ次第、ハンが惑星震を強制的に発生させる。
地殻が全てマントルに没し、地球は赤熱した溶岩の惑星に変わる惑星震。
いつか必ず起こるのであれば、準備が整った瞬間に始まるのが望ましい。
そして人類は、地球が冷えて固まるのを待ち、全て終わった後、生まれ変わった地球へ還るのだ。
「そううまくいくかな?」という言葉を樋口はやっとの思いで飲み込んでいた。
上手く行かなければ人類は終わりだろう。

「皆さんごきげんよう。」

もう一人の女性が奥からやってきた。
クリムゾンフォースのノエミ・ローゼンだ。
真紅のパンツとシャツを着ている。

「ヴァルハラは現在10億人が1週間生きていけるだけの食糧を蓄えている。」

そう言うノエミ・ローゼンの言葉に一同は苦い顔をした。
全く足りないのだ。

「悪いけど、カラヴェラの能力を持ってしても、収穫するのが人間や機械である以上、無尽蔵の食糧を提供・・・というわけにはいかない。」
「分かってるわ・・・ありがとう。」

ハンが礼を言う。
避難民の飢餓状態は避けられないようだ。

「うん?・・・勘違いさせたようだな。食糧の問題はほぼ解決したといっているのだ。毎日、それぞれが自分で食べる分を自分で収穫すればよいのだ。その上さらに食糧に余裕があるということだ。」
「ああ、なるほどな。」

カラバ大王が納得したうに答えた。

「では、あれはどうだ・・・その・・・住居の件だ。」

ノエミは自らの足元に滴った血から赤い椅子を作り出して腰をかけると答えた。

「クリムゾンムーを忘れたのか?カラヴェラがいれば造作もないことだ。」

ヨーエルがおどけた顔で志村に何か小声で囁いた。
カラヴェラの能力の強力さに驚きを通り越して呆れているのだ。
カラバ大王はケットシーに何か耳打ちをしてから言葉を続けた。

「・・・であれば、ひとまずは安心と言ったところか。」
「いや、それは違う。まだ、いくつか根本的な問題が残っているのだ。それについて樋口一葉流氏の力を借りたい。一緒にきてくれないか?」

ノエミにそう名前を呼ばれて、樋口は憮然とした顔をしている。

「俺か。」

ノエミは頷く。

「そうだ。」

樋口は不満なのか、そうではないのかわからない顔をしながら答えた。

「分かった。行くよ。」

志村が樋口の顔を見た。
樋口もチラッと志村の顔を見た。
志村は何か言おうとして口を閉じた。

「・・・なら、行ってくるわ。・・・相棒。」

そういって、ノエミと樋口は足早に広間を後にした。
そこへケットシーが台車にパイプ椅子を積み上げて帰ってきた。

071

ノエミと樋口が消えた後、卞喜とデビョルワン、不死身のコシチェイが広間にやってきた。

「トリックスターは?」

ケットシーの問いかけに卞喜は空いている椅子に腰をかけながら首を振った。

「あの男は雷神が去った後、行方をくらませた。」
「そうですか・・・。」

椅子がないのをみてクレオとロビがパイプ椅子を持ってきた。

「おう、すまねぇな。」

コシチェイがロビに礼を言う。
ロビはクマのような図体のコシチェイにビビりながらも軽く頭を下げた。

「アルバートは・・・いつまで持つ?」
「持たせる必要があるならいつまでも。」

ヨーエルの問いにハンが答えた。

「いつ倒すべきだ?」
「それを決めるのは私達じゃないわね。」

卞喜が口を挟んだ。

「民による革命が起きなければ、もはや人類に先はない。しかも、地球規模の大革命が起きなければいけないな。」

カラバが床の一点をみながら言った。

「言論統制が厳しくて、そんな余力残ってないのではないか?」

デビョルワンが答える。

「もはや、安保理は秘密警察からも言論統制からも手を引いています。どちらも野放しにしてある状態で、いつ打ち倒されてもよいようにしてあります。」
「そうは見えないでござるが?」

マイアーが真意の読み取れない薄ら笑いでそう言った。
デビョルワンは続けた。

「人間は好きなんですよ・・・根本的にそう言うのが。思想の自由がない状態で、心の底では政府に不満を抱えてる状態が多くの人間にとって楽なんですよ。」
「バカらしい。」

横にいた卞喜がそういって口をゆがめた。
そう言いながらもデビョルワンの言葉を否定しできない卞喜を横目に、ヨーエルが帽子を真っ直ぐに被りなおしながらいった。

「しかし、誰かが立ち上がるだろうな。」
「その誰かに力を貸せばいいんだろうな・・・俺たちは。」

志村が言う。
卞喜が頷いた。

「その通りだ。そのときには決着をつけねばなるまいな・・・神行太保。」
「・・・そういうことになるのかな・・・そうだね。」

エチオピアの砂漠のど真ん中で戦ったとき、二人は一度引き分けている。

「人類の存亡がかかっているときに悠長だな・・・まあ、そう言う人種なのは知っていたがな。」

そう言うとカラバ大王は、妙に安心したようにため息をついて笑った。

072

革命は起きなかった。
アルバートの世界統一はもはや磐石だった。

「これはこれで世界平和なのか?」

カラバ大王が呟く。
アルバートの起こした世界戦争で世界人口は数十億単位で減少している。
元々、貧困だった地域には物資が届かなくなり、慢性的な飢餓で、南半球の一部地域では人口0(ゼロ)の地域が増え始めていた。
カラバ大王は日増しにイライラを募らせていた。

「どうなんでしょうね。」

大王とケットシーしかいない円卓の間、ケットシーはそう呟くと、円卓から飛び降りた。

「どうすればいい、ケットシー?」

円卓の間を出ようとしたところを呼び止められたケットシーが振り返る。

「・・・それは『分かる』ことじゃなく『決める』ことじゃないですか?」

カラバ大王は黙りこくった。
それをみてケットシーは部屋を出た。
そこへ入れ違いにハンが入ってくる。

「お久しぶりです、大王様。」
「・・・この前、あったばかりだと思うが・・・どうした?」

ハンは円卓の元々自分が座っていた場所に腰をかけた。

「マーリンから伝言です。是非一度、直接お会いしたいと。」

カラバ大王は目を閉じて何かを考えている。
そして、口を開いた。

「マーリンのところへ私から赴けばいいのだな?」
「その通りです、大王。」

カラバ大王はゆっくりと椅子から立ち上がった。

「アルバートとかの調子はどうだ?」

ハンは首を横に振る・

「もはや、マーリンの術とデビョルワンの力で何とか持っている状態です。」
「デビョルワンの力?・・・どういうことだ?」
「デビョルワンは魂魄を扱います。アルバートの魂魄を肉体に留めているのはデビョルワンの力です。肉体はマーリンが『もたせて』います。」

大王は深く長いため息をついた。

「もはや生きていると呼ぶのには抵抗があるな。そこまで行くと本物の魔王だ。そこまでするならイモータルにしたほうがよさそうなものだが・・・」
「それも含めて、マーリンが待っています。」

カラバ大王は頷いた。

「まあ、いい、今すぐ行こう。ケットシーがその辺にいると思うから呼んでくれないか?」
「分かりました。」

ハンが部屋を立ち去る。
カラバ大王はその背中に声をかけなかった。
ハンは何か優しい声でもかけてもらえるのではないかという小さな期待を裏切られたが、もはやそれにくよくよするほど若くもなければ弱くもなかった。
ケットシーが城の中にいないことが分かると、城の外を探した。
ケットシーはレンツォと湖のほとりで釣りをしていた。
持ち込んだソウギョが良い大きさに育ったのだ。

「ケットシー、大王がお呼びです。」
「・・・そうですか。レンツォ、釣りをやめて一緒に行きましょうよ。」
「ああ、いいぜ。」

竿を置いた二人は城の中へと入っていく。
ハンはその後を追って城の中へ戻っていった。

073

正装した大王とケットシー、そしてレンツォ・シモネッテがアルバートの居城とも言えるホワイトハウスにやってきた。

「こんなに早く来るとは思わなかったよ。」

彷徨のアハスヴェールがカラバ大王に声をかける。

「そうかな?火急の用だと思って早く着たんだが。」

地球の元首アルバートの側近としてスーツ姿が板についたマーリンが口を開く。

「いや、その通りじゃ。早い到着はこの上なくありがたい。」

カラバの予想した通り、マーリンは全てのイモータルを集めるつもりのようだ。
但し、トリックスターだけはいおんの戦死以来、一度も姿を見せていない。

「犬は?」

ケットシーがそう言うとアハスヴェールが答えた。

「ともすれば消滅したのかもしれません。」

長身のユダヤ人がそう言うと、ケットシーは黙りこくった。

「まあいい、赤月を待つとするかのう。」

「人間のカラバ」、「理性のケットシー」、「秘術のマーリン」、「彷徨のアハスヴェール」、「冥府のデビョルワン」の五名がホワイトハウスのマップルームで、思い思いの場所に座っている。
そして、そこには枯れ枝のように衰えたアルバートとなぜかついてきたレンツォの姿もあった。

「カラバよ・・・なぜその弓使いを連れてきた?」
「私ではない、ケットシーがつれてきたのだ。」

ケットシーが悪びれもせず弁明する。

「・・・今さっきまで二人で釣りをしていたのです。そして、これが終わったらまた釣りをするんですよ。」

マーリンが胸糞悪そうに言う。

「では、なぜその弓を持ってきた。ここがどこだと思っとるんじゃ。」

レンツォが大げさに伸びをしながら答える。

「だって、爺さんもコレがねぇと、俺が誰だかわかんねぇだろ?」

そう話しているところへ、誰かが飛び込んできた。

「大統領!!ホワイトハウスにミサイルが飛んできます!!」

マーリンは大統領を一瞥すると、アルバートは使い物にならないと判断したようだ。

「シェルターに移動しよう。おまえはさがれ。」
「し・・・しかし!」

マーリンが激昂した。

「良いからさがれ!!」

アハスヴェールがその官僚と見られる男を追い出して扉を閉めると「赤月を待っている余裕はないようですね。」と言った。

急いでアルバートをイモータルに昇華する儀式が行なわれる。

「レンツォ、少し外の様子を見てくださいませんか?」
「ああ、いい・・・けどよ、俺がここにいるとバレるのはまずいんじゃねぇか?」
「やかましいわい!!これでええじゃろ!?」

マーリンは口元で何か唱えると、レンツォは急に白人の小がらな男に変身した。

「うわ!何する爺さん!!」

そう言いながら扉の外へ駆け出していく。
扉の外には先ほどの官僚が立っていた。
禿げかけた七三分けのその男は泣きそうな顔をしている。

「様子を詳しく教えてくれ。」

官僚は驚いた様子だ。

「だ・・・誰ですかあなた!?」

レンツォは「ガードマンみてぇなもんだ」と適当に誤魔化す。

「ミサイルとかって言うのはどっからきてるんだ?」
「分かりません、衛星高度でやっと発見しました。正確な着弾点がどこかは分かりませんが、このあたりを狙っている事は・・・って、あなたと話してる余裕はありませんよ!大統領を出してください!!」
「うるさい、ガードマンの俺がなんとかしてやる。チームジャスティスの連中はどこだ?」
「全員、見当たりません・・・ってミサイルなんて何とかなるものじゃないでしょう!?」
「やかましい!この俺様がなんとかするって言ってるんだから、何とかなるんだよ。」

レンツォは官僚の頭を張り手で叩くと。
そいつを引きずって、ホワイトハウスの庭に出た。

「どっから来るんだ?」
「・・・だから上からですよ!!って、そんな事知って・・・あ痛い!!」

再びレンツォに殴られる。
レンツォは背中に背負った弓を取ると、矢を一本選んで番えた(つがえた)。

「もしかして、それでミサイルを落とすつもりですか!?あなた、バカじゃないですか!?バカですよね!?絶対にバカですよね!?」
「よくそう言われるよ・・・ってか、ちったぁ黙れ。」

白人の小男に変貌したレンツォは、空の一点を凝視して目を細める。

「よく晴れてて助かったぜ。あいつか・・・真っ直ぐ飛んできやがる。芸がねぇな。」

そして、レンツォは真っ直ぐ真上に向かって思い切り弓を引いた。

「本当にやるんですか?」
「大丈夫だ、こいつを外しても、落ちてくるまでにまだもう何回かチャンスがある。」

呆れて物も言えない堅物の七三分けは、レンツォが矢で狙っていると思われる空の一点を見上げてみた。

「・・・何にも見えませんが。」

そう呟いたが、言い終わる前にレンツォは矢を放っていた。

「心配すんな。俺は今まで矢を外した事がねぇんだ。・・・・・・・・ほら当たった。」

空のはるか高いところに小さく白い煙が浮かんだ。

「え?あれだって言うんですか?」
「一発だけだろ?」

レンツォは悠々とホワイトハウスに戻っていく。
七三分けがとりあえず大統領のいるマップルームに行こうと駆け出した瞬間、上空から小さく爆発音が聞こえてきた。
音が遅れてやってきたのだ。
レンツォはミサイルの迎撃に成功していた。

074

「アルバート様、お加減はいかがですか?」
「すごくいいぞ・・・これまでにないぐらいだ。」

その間にアルバートは不死の肉体を手に入れていた。
世界政府の長として、この上ない力を手に入れた。

「こんな事マスターが知ったらなんというかな。」

アルバートはそう言うと、ふふと小さく笑った。
マスターとはアルバートに神行法を教えた吉田翁のことだ。
マップルームの扉が派手に開いた。

「大統領!!ミ・・・ミサイルが消滅しました。・・・って大統領?」

見違えるほど元気になったアルバートの姿をみて、報告に飛び込んだSPの一人が思わず部屋の中を見回した。

「うむ、ご苦労。恐らくレーダーの故障だろう。点検しておけ。」

そういって立ち上がると、部屋の外の床に座っている変身したレンツォの姿をみて笑った。

「素晴らしい、健康であると何もかもが楽しく思える。」
「あら、一通り終わったのね。」

扉の外の声は赤月だった。
変装している。
縁の厚いメガネに、結い上げた髪型でスーツを着た姿は、世界を騒がせたクリムゾンムーの元首とは程遠い姿だ。

「いい知らせと悪い知らせが有るわ。」
「良い知らせから聞こうか。」

アルバートがそう言うと、赤月は良く通る声で言った。

「ヴァルハラの収容量は50億を突破しました。もう既に全人類を詰め込むことが可能よ。」

アルバートは満足げに頷いた。

「地球の総人口が今45億ほどだから、かなりの余裕だな。じゃあ、悪い知らせは?」

赤月はなんともいえない冷めた表情で言った。

「通商連合の奴隷貿易船が地球へ来るそうよ。惑星震が起こる前に、地球人類を奴隷として掻っ攫う(かっさらう)つもりみたいね。」
「マジでか!!」

ケットシーとカラバ大王が同時にそう言った。
赤月はやれやれといった表情でその二人をみている。

「ちょっと見ない間に、だいぶ品がなくなったわね。」

そう言って赤月はマップルームに入ると後ろ手に扉を閉めた。

075

「ちょっと待って下さい。話が見えませんが。」

デビョルワンが口を開く。
アハスヴェールは目を閉じて壁際の椅子に座っている。
カラバ大王は居心地悪そうに立ち上がると、結局、具合のいい椅子を見つけられずにビリヤード台に軽く腰をかけた。

「通商連合は・・・恒星間貿易を取り仕切っている連中の事だ。事実上の宇宙の覇者さ。」

カラバ大王の言葉にアルバートはピンと来ないばかりか少し苛立っている。

「言っている意味がよく分からないな。」

ケットシーが首を振りながら助け舟を出した。

「宇宙には既に数え切れないほどの文明が存在して、宇宙船で貿易を行なっています。当然その元締めになる組織もあります。それが通商連合です。」
「きいとらんぞそんな話は。」

マーリンが責めるように言った。
ケットシーは怒気を軽く受け流して説明を試みる。

「私やトリックスターがそもそもどこからきたと思っているんですか。地球には二足歩行する猫なんて私以外にいないでしょう?元を正せばトリックスターも私も宇宙人ですよ。」
「当然だが、私もそうだ。赤月もそうだな。」

カラバ大王がそう言う。

「違う、ワシが言っておるのは、『そんな組織が宇宙にあること』をきいとらんかったということじゃ。」

アハスヴェールが目を閉じたまま口を開いた。

「まあ、あったとしても不思議はありませんね。」

マーリンは不思議そうにアハスヴェールを見た。

「そういうお主は知らんかったのか?この中で一番古くから地球にいたのはお主じゃなかったかい?」

アハスヴェールは顔の前で手をヒラヒラさせてその言葉を打ち消しながら言った。

「親愛なるマーリン。あなたに私の出自を知る術はないよ。私だっていまいちあやふやなんだ。辛うじて父と母の顔を覚えている程度さ。第一、今はそんなことを話しているひまはないんだろう。」

マーリンはアハスヴェールの顔を覗き込む。
「彷徨えるユダヤ人」の名前にふさわしくユダヤ人らしい顔をしているが、マーリンには何かがひっかかった。

「マーリン、アハスヴェールに食いついたところで今は何も解決しない。」

カラバ大王がそう言うと、マーリンは床にどっかりと座り込んだ。

「・・・なんという事じゃ・・・全てが予定と違う・・・。何一つ計画を成功出来なかった・・・。」

デビョルワンが言う。

「マーリン、それは違う。私達の究極の目的は人類を救い、新しい地球に還す事だ。」
「そう上手く行くかしら・・・奴隷船が来たという事は、連中は地球人類を根こそぎ連れて行くつもりだと思うわ。・・・そして、既に外銀河である太陽系までやってくるのに莫大なエネルギーを使っているでしょう?手ぶらで帰ることはないと思っていいわね。」

赤月がそう冷たく言い放つ。
カラバ大王は「この数万年、宇宙は何も変わってないのだな・・・」と独り言のように言うと、人目を気にせず、ビリヤード台に仰向けに寝転がった。

076

ホワイトハウスに大統領の娯楽室として作られているマップルーム。
その中で人類の命運についての話し合いがされていた。

「しかし、奴隷として拿捕していいのはあくまでも『自力で惑星震』を切り抜ける力がない知的生命体に限られているはずですよね?地球人類は既に救済へと向かっているはずです。奴隷船がきたところで何の権利もないはずです。」

赤月は首を横に振る。

「そんなことをいちいち気にしている奴ばかりではないわ。私達の避難計画を潰してでも50億人を奴隷にして連れて行くつもりでしょうね。」
「45億人だ。俺が減らした。」

アルバートが忌々しそうに言った。
しかし、後悔するような素振りは全く見せない。
既に何かを乗り越えた後のようだ。

「笑えないわね・・・相手は通商連合よ。どうする、カラバ大王?また、違う惑星を探す?」
「バカ言うな!私は何が会っても地球を守り抜くぞ!!惨めな思いは二度とゴメンだ!!」

カラバ大王が天井を睨みながら吐き捨てた。

「あー、お取り込みのところ悪いが・・・ちょっといいか?」

レンツォだった。

「だれ?」

赤月は戸惑っている。
無理もない、レンツォは白人の小男の姿のままだ。

「おお、そうじゃ・・・すまんのう。」

マーリンが手をかざすとレンツォは元の黒髪のやさぐれ親父の姿に戻った。

「ああ・・・そういや忘れてたな。まあ、そんなことはいいんだ。俺の意見をいっていいか?」

誰も何も言わない。
レンツォはそれを「合意」とみて話を続けた。

「気にくわねぇ奴は潰しちまうのがいいんじゃねぇか?」

再び沈黙が訪れた。

「つべこべ言わずに黙らせたほうがいい事だってあるぜ・・・例えば」
「待て。」

カラバ大王がレンツォの言葉を遮った。

「事態は複雑なんだ。」

レンツォはそれを聞いて「やれやれ」と言った顔をして、壁にもたれかかった。
その様子をみながらカラバ大王は続けた。

「だが、今回はレンツォの意見に私も賛成だ。通商連合を潰そう。」

077

赤月が目をむいた。

「正気?」

カラバ大王は寝そべっていたビリヤード台から起き上がると、晴れやかな顔で一同を見回した。

「正気だとも。通商連合の奴隷船とはいっても、そんな無茶をやってくる連中だ、中央に隠れて悪さしてるに違いない。通商連合全体をどうにかする事は無理でも、奴隷船ごときなんとでもしてやろうじゃないか。」

ケットシーの表情はいつしか明るくなり、目はらんらんと輝き、尾はピンと上を向いて立っていた。

「そうですよ!大王!!」
「しかし、中央が手を出してこない保証を取り付けなくてはいけないな。ケットシー、銀河の中心へ向かい通商連合の公正取引委員会にいって外銀河の奴隷船貿易に関する条例を調べて来い。ついでになんとかして中央にこの惑星と奴隷船の間の紛争に手を出さないという言質を取り付けて来い、カラバ城の残りの全エネルギーを使っていい。今すぐにだ!」

ケットシーが多少バツが悪そうな顔をした。

「神行太保の奥方が領地の中にお住まいですが・・・」
「すぐに追い出せ。カラバ城に住んでいる連中も全員放り出せ。重い山林も全て切り離していい。」

赤月がため息をつく。

「いいわ、カラバ城の城そのもの以外はヴァルハラに連結しましょう。」
「頼んだ。すぐ取り掛かれ。」

赤月とケットシーは足早に部屋を飛び出した。

「もう一つ、俺の意見を言っていいか?」

レンツォの声に部屋に残った全員が頷いた。

「さっき俺が落としたミサイルなんだけどな・・・そいつらの先制攻撃じゃないかと思うんだが?」

そう言い終わるまえに、部屋に先ほどの禿げかけた七三分けが飛び込んできた。

「大統領閣下!!先ほどのミサイルですが・・・あーーーー!おまえはRSSSの!!」
「うるせぇよ、先を続けろ。」

レンツォにそう言われて、七三分けは戸惑いながらもアルバート大統領に向きなおした。

「大統領!!先ほどのミサイルですが、地球上のどこかではなく大気圏外のどこかから発射されたものだと判明しました!!」
「ほら、見たことか。俺の言う通りだったろ?」

アルバートが驚きの目でレンツォを見る。
カラバ大王がくつくつと笑った。

「流石だなレンツォ・・・野生のカンか?」

レンツォはそう言われて多少心外だったようだ。

「カンじゃねぇ。空のべらぼう遠くに馬鹿でかい船が見えたんだ。」
「せ・・・千里眼か!?」

マーリンが驚く。
アルバートはこめかみを押さえて頭を振った。

「レンツォ・シモネッテ・・・我々はお前みたいなのを敵に戦ってたのか・・・」

078

RSSSはすっかり全員居城を追い出されて、志村の実家の庭で突っ立っていた。
志村宅やその他もろもろはヴァルハラにあるのだが、なんとなく志村の実家で出前の寿司を食べていた。

「アレだって、あれ!」
「どこだよ!?みえねぇぞ!!」

レンツォが指差す空の一点を樋口が凝視するが、何も見えないようだ。
その横でマイアーが天体望遠鏡をだして同じ場所をみている。

「いやー・・・敵も天晴れでござるな・・・肉眼では見えるのでござるが、レーダーの類いにはひっかからないようでござる。その肉眼で見るのもかなりつらいでござるよ。」

今となってはアメリカ合衆国日本州とでも言うべきこの場所は、ちょうど夜の8時だ。

「ねえ、そろそろテレビ見たほうがいいんじゃないの?」

七美が庭のテロリスト達に声をかける。

「忘れてた。」

テレビでは臨時ニュースが始まっていた。
アルバートの記者会見が全世界に同時に中継されている。

「平和を愛する地球の皆さん。今日は皆さんに重大な発表があります。」

アレクサンダー、ナポレオン・・・多くの英雄の名前が歴史に刻まれている。
そして、あと十年もすればこの男、アルバートの名前も歴史に残るだろう。
人類史上初めて世界を征服し、歴史上最も多くの人間を殺した男がこのアルバートだ。
一時期は体調不良で人前に姿を見せなかったアルバートだが、すっかり血色が良くなって両足でしっかりと立っている。

「地球は近い将来、滅亡します。大規模な地殻変動があり、世界中の多くの大都市が津波の被害を受ける事が判明しています。」

それを聞いてヨーエルが「さすがに溶岩のカタマリになるとはいえなかったか」と呟いた。

「合衆国は危険な区域を早急に割り出すと共に、大規模な避難計画を実施する事に決定いたしました。被害を受ける地域が割り出される前に地殻変動が起きないとは限らないからです。それは早急に行なわれなければいけません。津波の心配がない地域でも、それに伴う地震への警戒が必要です。」
「なるほどな。」

樋口が言った。

「なにがだ?」
「全世界の人類が危険だって言うと、パニックが起こるから、段階的に避難をさせようってハラだろう。」

樋口の説明に志村は納得したようだ。

「世界の皆さん。これは、『起こるかもしれない可能性』ではなく『必ず起こる現実』です!政府の指示に従い速やかに行動してください。」

アルバートはそう締めくくると画面は唐突に中継から国内放送に切り替わった。
そして、日本国内で避難が必要な地域と、避難に際して持って行って良い手荷物の量が指示されている。

「お父さん、長野のお婆ちゃん家に行きましょうか?」

志村の母がそんなことを言っている。

「母さん、ダメだ。長野のおばあちゃんも一緒に避難するんだ。俺と七美の家が避難先にあるから、そこに来ればいい。・・・いいところだよ。父さんも、仕事やめておいでよ。」
「・・・そ、そうか?」

仕事をやめるにしろ続けるにしろ、志村の父の会社も避難しなくてはいけない区域に収まっている。
アルバートの事実上の独裁政権が長く続いたせいで、無茶には有る程度馴れっこになっているようだ。
志村一家はその日の夜のうちに荷物をまとめ始めた。
志村の妻の実家である瀬田家も荷物をまとめ始めたそうだ。
反面、どの段階でもなんとでもなるロビとマイアーはしばらく日本に居座るらしい。
樋口家は最後に家族でインド旅行をするそうだ。

「俺たちは・・・最後までここにいねぇとな。」

レンツォが志村家の庭でそう呟いた。
レンツォの生家の人間は既にヴァルハラに避難済みだそうだ。
地球最後の日々が始まった。

079

翌日、朝早くに神行太保が結婚前に自室に使っていた扉から志村家はヴァルハラに有る「志村家」に旅立った。
旧志村家にいるのは神行太保、ヨーエル、レンツォ、ブルーだ。

「お邪魔していいかしら?」

その志村家に来客があった。
ノエミ・ローゼンだ。

「ああ、どうぞ・・・」

一同、呆気に取られて私服のノエミを迎える。
あらかたの荷物が消え、閑散とした男だらけのリビングに座るノエミ・ローゼンは荒野に咲く一輪の花のようだった。

「む・・・麦茶しかないけど・・・」
「日本で育ったので、日本のものならなんでも大丈夫。」

なんとなくリビングに大の男が4人突っ立っている。

「ねぇ、座れば?」
「あ・・・はい!」

普段、うろたえないブルーまでもがなんだか挙動不審だ。
戦場で真赤な血を流しているところと、陰鬱な会議室に赤月の護衛として現れたところ以外見たことがないノエミの私服姿は強烈だった。
まるで、普通の女子大生のように見える。
両手首に大きなリストバンドをしている所以外は普通の女子大生だ。
女子高生といっても過言ではない。
日本人と外国人のハーフだろうか。
とにかく、いつものような真赤な戦闘服ではない彼女は、恐ろしく隙が合って、美人で、男をどぎまぎさせる。
その彼女が麦茶を一口飲むと口を開いた。

「RSSSの仲間に入れてほしいの。」
「はぁ?」

寝耳に水だった。

     


ブルーが戸惑いながらも答える。

「RSSSって・・・我々ですか?」
「他にいないじゃない?」

レンツォが言う。

「お・・・俺たちはノンケでも・・・」
「黙ってろ、イタリア人!!」

ヨーエルが留める。
志村が尋ねる。

「赤月さんのところは?」
「だって、赤月はもうヴァルハラから身動き取れないもの。あっちには許(シュー)がいれば十分よ。」

ノエミはそう答えた。
しばしの沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのはノエミだった。

「なんか、お邪魔みたいだし、私やっぱり・・・」
「あーーーーー!!是非、仲間に入ってください!!」

大の大人四人が前のめりになる。
これにはさすがのノエミも何か女性として特別な感情をもたれていると悟ったらしく、軽く頬を赤らめた。

「じゃ・・・じゃあ、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします!!」

口々にそう言っていると、引越しを終えて七美とクレオが帰ってきた。

「なにやってんの?」

そう言われてみると、クレオも七美も充分に美人だった。
それぞれ、人種が違う為、ベクトルは異なるが、普段見慣れているせいか、気にしなくなってきていたのだ。
しかし、こうしてノエミ・ローゼンの瑞々しい色気を目の前にしたところで二人が現れると、世界は光り輝いて見えた。
・・・と男性一同がそこまで考えたところで、七美が神行太保の耳を引っ張ってどこかへ言った。
七美が人妻で神行太保がその尻にしかれていることを、神行太保を含めて一同失念していたのだ。

081

「神行太保、少し付き合って。」
「え・・・俺!?」

ノエミに鼻の下を伸ばしていたところを妻に叱責された直後の出来事だった。

「ノエミさん、私じゃダメですか?」

ブルーが気を利かせて声をかける。

「神行太保にお願いしてるんです。」

神行太保は殺気を感じて後ろを振り向くと、案の定、七美が立っていた。

「な・・・七美さん・・・これには訳が・・・って言うか向こうから・・・」
「いいじゃない?行ってきたら?」

そう冷たく言う七美にノエミが頭を下げた。

「ごめんなさい。どうしても試しておきたい事があるんです。」

七美は自分が頭を下げられたことに驚いて、思わず殺気が消えた。

「え?・・・そ・・・そうなの?ごめんなさい、いつでもいいよ。こんな奴でよかったら、いつでも使って。」

ノエミは頭を上げると、とんでもない事を言った。

「私、神行太保の弱点を見つけたんです。」
「え・・・俺の弱点?」

驚く神行太保、その横で七美がおもわず「女子大生?」と呟いたところをクレオに羽交い絞めにされて連れて行かれた。

082

場所はいつかの河原だった。
ノエミが「暴れても迷惑にならないところ」と指定したのだ。
鉄の義足のニーランチャーは世界的には名前を知られているが、基本的に平和でボケている日本ではメジャーではない。
特に気にすることもなく河原に行ったら近所の子供に「にーらんたーだ!!」と指をさされた。

「あんた!バカなこと言うんじゃありません!!」

母親が子供を抱えて姿を消す。
どうやら、志村がニーランチャーだということはバレバレだったようだ。

「もしや・・・俺って怖がられてる?」

志村は苦笑いしながら川の堤防から河原へ降りた。

「神行太保、私と戦ってみませんか?」
「え!?」

ノエミが河原でリストバンドに手をかけてそう言った。
実は志村家にいた連中は七美まで全員その様子を見に来ている。

「い・・・いいけど・・・怪我しない?俺の蹴り痛いよ?」
「忘れたんですか?先代の神行太保を倒したのは私ですよ。」

志村はそう言われて思い出した。
吉田はノエミに破れて戦死したのだ。
しかし、それもこれも吉田翁がRSSSの作戦の妨害をしたせいで、どちらかと言うと吉田の自業自得だノエミを責める必要はない。
神行太保もそのことでノエミを恨む気にはなれなかった。

「分かったよ、いくよ?」

神行太保は真っ直ぐノエミに突っ込んだ。
亜音速の弾丸となってノエミに襲い掛かる。
ノエミは両手首から消防車の放水のような尋常ではない鮮血を噴出しながら、その突進を避けた。
神行太保も、初撃を避けられる事は読んでいた。
急角度で方向転換しノエミに再度・・・

「・・・て、あれ?」

神行太保は鮮血のプールに腰まで浸かっていた。
必死に両足を振り回すが、みっともない犬かき以外の何物でもない。

「あー、地面に足がつかない。」

ノエミは複雑な残念そうな表情で神行太保に近付いた。

「やっぱり、思った通りでした。神行太保・・・神行太保は私に勝てません。」

神行太保もうな垂れていた。

「うん、分かるよ。蹴る地面がなきゃ・・・」

堤防の上でその様子を眺めていた七美が言った。

「走れないとなると、アイツただのゴクツブシね。」

そういって呆れたように堤防の上から神行太保を見下げる。

「ひでぇけど、確かにそうだわ。」

といったのはレンッツォ。

「奥方が言うのでは仕方がないですね。」

というのはブルー。

「神行太保もこうなるとザマないな。」

ヨーエルが続く。

「お前ら!!」

神行太保はそれに反論しようとしたが、その先何もいえなかった。

083

「いただきます!」

志村家の夕食が始まった。
本来、志村一家が避難して空家になるはずの志村家だったが、RSSSの事実上の本拠地になってしまった。
カラバ大王までいる。

「うまいなこれ・・・誰が作ったの?」
「私です。」

ノエミが手をあげた。

「マジデ?」
「その『マジデ』っていうのどこで覚えたんですか?ものすごい違和感ですよ。」

ブルーが苦言を呈する。

「ねぇ・・・なんでこんなに料理上手なの?」

七美が思わずそう聞いた。

「実家がレストランなんです。」
「別嬪で料理もうまい・・・言う事ねぇな・・・」

レンツォがそう言いながらまじまじとシチューを眺めた。

「ありがとうございます。」

そういって恐縮するノエミはますます可愛らしい。

「レストランってどちらにあるの?」

七美がそう尋ねる。

「結構近くです。」
「帰らなくていいの?」

ノエミは七美にそう言われて返答に詰まった。

「・・・もう何年も帰ってないんです。私、世界中の人に嫌われてるし・・・。」
「帰ってあげなよ。きっと家族心配してるよ?」

ノエミはそう言われて小さくなった。

「きっと、迷惑だと思います・・・私、テロリストだし・・・」

そう言われて一同黙り込んだ。
七美を除くここにいる全員がテロリストだ。

「私が様子みてきてあげようか?」

七美がノエミにそう言うと、次の瞬間、ノエミの両眼から涙が溢れた。

「ご・・・ごめんなさい・・・泣くつもりなかっ・・・あれ?おかしいな・・・涙が・・・」

一同、手を止めてノエミを見守る。
思えばクリムゾンムーが誕生し、崩壊するまでノエミは世界中を相手に戦いつづけ、その後は世界の敵として赤月と共にいたのだ。

「明日、行ってみよう?・・・ね?」

七美にそう言われて、こくりと頷くノエミ。
その様子をみながら神行太保は「奥さんって便利だな」と見当違いのことを考えていた。
七美はノエミを志村姉が住んでいた部屋に連れて行って寝かせるようだ。

「・・・そうですよね、まだ若いんですもんね。」

ブルーがそう言うとRSSSの一同からため息が漏れる。
志村はため息をつきながら食卓を見渡すとヨーエルが何かにイラついているようだ。

「どうした、ヨーエル?」

ヨーエルは忌々しそうにクレオを指した。

「この女が、さっきノエミが泣いてる間、ずっと無言で飯くいつづけてたんだよ!!そして、今もだ!!」
「え?アタシ?・・・だって美味しいんだもん。」
「お前、その内食べすぎで、ニワトリみたいに飛べなくなっちまうぞ!!」
「失礼ね・・・多分大丈夫よ。」

レンツォがその様子をみながら立ち上がった。

「そのニワトリ女放っといて皿洗っちまおうぜ。」

ブルーとカラバ大王は無言でそれに従った。

084

志村家の電話が鳴った。

「はい、志村。」

声はマーリンの声だった。

「悪いが、RSSS全員でホワイトハウスに来てくれんか。」
「樋口はインドにいるんだ。」

志村は樋口の家族旅行のことを思いだしてそう言った。

「・・・心配ない、もうそちらは連絡が取れておる。今そちらにいる面子できてくれ。」
「・・・分かった。できるだけ早くそちらへ向かう。」

志村はそういって電話を切った。

「ブルー、ホワイトハウスにきてほしいそうだ。俺たち全員だ。」
「ノエミと七美さんが出かけている。」
「・・・そうか。」

志村は携帯電話を取り出して、七美に電話をかけた。

「七美、今どうしてる?」
「ノエミさんのご両親、もう避難しちゃったって。彼女、ヴァルハラにいたのにご両親と入れ違いになったみたい。」
「そうか・・・悪いけど、ノエミと一緒にヴァルハラまで行ってくれないか。俺たち、もう行かなきゃいけない。」
「すぐに行く?」

志村はちょっと迷った。

「・・・いや、帰ってくるまで待ってるよ。」

そういって電話を切った。

「ノエミは連れて行かないのか?」

ヨーエルがそう言う。

「神行太保の判断が正しいと思う。」

カラバ大王がそう言った。

「ありがとう。」
「思ったままを言ったまでだ。」

七美とノエミは家に帰るなり急いで扉からヴァルハラへ向かった。

「七美、頼んだ。」
「帰ってきてね、牧人。」

ノエミにはRSSSの招集の事は知らされていない。
すぐにばれるだろうが、そんなことはどうってことはない。

「これでいい、彼女に今必要なのは戦場ではなく家族だ。」

カラバ大王がそう言った。
ヨーエルが頷く。

「だが、俺たちに必要なのはむしろ戦場だな!!」

レンツォがそう言うと、ブルーは鉄の入った軍靴で志村家とヴァルハラの志村宅を結ぶ扉を蹴り壊した。

「もうこの家は要らないからな。」

志村はそう言うと、自らが生まれて育った家を見渡した。
廊下にはところどころ義足でつけた傷がある。

「行こう。」

そう言うとRSSSは夕暮れに赤く染まる志村家を発った。

085

空港はがらんとしていた。
避難は船で行なわれる。
世界の海がヴァルハラの海岸につながっているのだ。
その仕組みについてはRSSSには良く分かっていない。
とりあえず、RSSS一同で旅客機に乗り込みワシントンDCを目指す。
本来なら入管のチェックなどがあるはずだが、マーリンが手回ししたらしく空港につくなりジェット機に乗せられた。

「日本列島もこれで見納めかもしれないな。」

途中で合流したロビとマイアーも乗せて飛行機は飛び立った。
直後にヨーエルがごねた。

「っていうか何でスチュワーデスがハンなんだよ!!」
「キャビンアテンダントって言いなさいよ!!」
「それを言うならフライトアテンダントです。」

最後はブルーが訂正した。

「それで、なんで操縦席に樋口がいるんだ!?」
「なんか、インドにいたら急にアルバートの使いって言うのが来て、ジェット機の操縦マニュアル渡されたんだよ。」

神行太保の問いには樋口本人が答えた。

「初フライト?」
「初フライト。」

妙にテンションの高いハンと寝不足で目が真赤な樋口に運ばれて一同はぐったりとした。

「ハン、何か飲み物。」
「買い忘れたの。水とお湯と氷しかないけどいる?」
「ハン、そろそろおなかがすいた。」
「お弁当作ってきたの。食べる?」
「ハン、何か読むものないの?」
「今、私が読んでるから待って。」

もう、何を言っても無駄だと悟った一同は、毛布を貰って眠りについた。

086

「樋口・・・大丈夫か?しっかりしろ?」
「うえぇ・・・気持ち悪い・・・」

樋口は寝不足にカフェイン錠剤をがぶ飲みして俺たちをワシントンDCまで運んだ。
その結果、胃が荒れてこの状態だ。
空港からハイヤーに詰め込まれてホワイトハウスを目指す。
RSSSの面々は自分達の荷物をボストンバッグや旅行カバンに思い思いにつめていた。
青い芝生と自然に囲まれたホワイトハウス。
志村は真正面からその威容を見上げながら、心の中で今は亡き師匠に呼びかけた。

--師匠、見てますか・・・こんなとこまで来ましたよ。

「行くぞ。」

カラバ大王がそう言うと、RSSS一同は無言で頷いて、建物へ近付いた。

「よく来てくれました。」

デビョルワンが中から出てきて出迎える。

「二階を使えるようにしてあります。荷物を置いたら、すぐに一階に下りてきてください。」

ハンとデビョルワンの先導で荷物を置くと、一回の緑色の壁の部屋に通された。

「よく来てくれた。始めよう。」

大きな円卓が用意されていた。
アルバートはRSSSの到着を見るや否や、そういって大きな紙を広げた。

「それぞれ現在の状況は聴いていると思うが、軽く流す。質問は後回しにしてくれ。現在、地球人類を狙っている奴隷貿易船は我々で言うところのおおいぬ座シリウス近縁に補給基地を持つ商社の船だそうだ。ケットシーが調べてくれた。現在、銀河系を統括する通商連合の銀河統括部とでも言うところと、奴隷貿易に関する法令違反ではないかと折衝中だそうだ。とりあえず、現段階で我々は先制攻撃を受けている為、こちらから攻撃を仕掛けても我々に非は無い状態だが、どんな難癖でもつけてくると予想される。」

ここまでを一息に言うとアルバートはコップの水をあおった。

「とりあえず、敵が我々に攻撃受けたときに、通商連合が援軍を出す事態になると我々はそこで負けだ。しかし、もしそうなったとしても我々人類が避難を終えていた場合は奴隷貿易に関する法令で、我々人類は守られる。現在、通商連合は惑星震を自力で解決できない知的生命体のみ、惑星震前に捕獲して、奴隷として良いと取り決めている。」

ここでカラバ大王が手を挙げた。
アルバートが発言を許可する。

「・・・一点だけ。彼らの言う奴隷だが、人類が思っているものとは根本的に違う。下手をすると今の生活よりももっと良い生活を送ることができる。しかし、選挙権がなく、そして雇用主が許可した教育しか受けられず、産児制限を設けられる。しかし、義務教育すら受けられない一部の地球人類にとっては、今の暮らしよりもはるかに良い暮らしが待っている。しかも、雇用主が許可すれば自由な銀河市民にもなれる。」

ブルーが言った。

「それでも、自由は勝ち取るべきだと。」
「勿論そうだ。」

カラバがそう答えたのをみてから、アルバートが口を開いた。

「先を続けるぞ・・・したがって、2つのことを同時にしなければならない。まず、奴隷船をぶちのめす事と、人類をヴァルハラに避難させる事だ。しかし、恐らく宇宙で奴らに勝つことは出来ない。奴らの宇宙船がどんな技術を持っているのか見当もつかないからな。しかし、地上に引きずり降ろせるなら話は別だ。奴らがきた理由は奴隷を連れて帰るためだ。人類の避難が終わる前か惑星震前には必ずやってくる。そのタイミングで叩き潰す。マーリン頼む。」

マーリンが進み出た。

「まずは、比較的楽に避難が終われそうな島国、日本かイギリスを地殻変動で沈める。そして、あせった連中を地球へおびき寄せる。」

ヨーエルが口を挟む。

「アイスランドのほうがいいだろう。人口も少ない。火山活動も活発で、地殻変動も起こしやすいんじゃないか?どちらにせよ世界中が溶岩の海になるんだ。一番乗りはアイスランドにしてはどうだ?」

マーリンが目を見開いた。

「・・・やはり、人が集まると何でもうまくいくものよのう。その通りじゃ。アイスランドを沈めるべきじゃ。」

マーリンは目を細めると、円卓に広げられた紙に何かメモをした。

「一つ確認させてくれ。今回の作戦、当然、ヨーエルとハンは外すんだろうな?」

突然、樋口がそう言うと、ヨーエルとハンは不思議な顔をして樋口を見た。

「・・・そうじゃな・・・そうするべきじゃ。」

ヨーエルとハンはそう答えたマーリンを驚いた顔で見た。

「・・・二人には地球をぶっ壊す仕事と、ぶっ壊れた地球を冷やす仕事があるだろう。」
「・・・そ、そうか。」

ヨーエルは納得したようだ。
しかし、寂しそうな顔もしている。

「もう一つ、提案なんだが・・・いいか?」

レンツォが手を挙げた。

「なんじゃ?言ってみろ。」

レンツォが不適に笑った。

「俺だったらあの船を攻撃できるかもしれねぇぜ。」

その一言を聞いたカラバ大王はしばらく笑いが止まらなかった。

087

「今ならまだ見えるだろ。」

サウスローンと呼ばれるホワイトハウスの前庭にレンツォが立った。

「おお・・・見える見える。」

そして、ほぼ真上に矢を引き絞る。
矢筒は足元の地面に置いている。

「本当かの?本当かの?」

マーリンが妙にそわそわしている。

「誰かストップウォッチか時計持ってねぇか?」

アルバートが腕時計を見る。

「1分間、測ってくれねぇか?スタートって言ってくれ。」
「・・・スタート!」

レンツォは真上に向かって次々と矢を射り始めた。
アルバートは腕時計の文字盤を凝視している。

「・・・そこまで!」

レンツォはガッツポーズをする。

「いよぅ!!さすが俺様だぜ!!」

マーリンが両手を震わせながらレンツォを見る。

「何たる豪腕・・・1分間に15本も矢を放ちおった・・・このマーリンめも始めて見るわい・・・。しかも、全ての矢が一点に吸い込まれていきおった・・・。」

マイアーが空を見上げたまま冷や汗をかいている。

「・・・こ、ここまでとは。恐れ入ったでござる。」

レンツォは悠々とホワイトハウスに戻っていく。
夜中になってNASAから極秘に「攻撃が成功した」と連絡が入った。
レンツォの15本の矢は奴隷船に見事に命中し、大規模な被害を与えたそうだ。

088

翌朝、アルバートは円卓に一番乗りをしていた。

「早いな。」
「眠らないのさ。」

カラバ大王にそう答える。
そしてやってきたレンツォに声をかけた。

「レンツォ・シモネッテ。一つ聞いていいか?」
「朝っぱらからなんだ?サインだったらやらねぇぞ?」

アルバートは面白くないジョークを聞き流して続けた。

「その弓矢の威力が知りたい。」
「マンハッタン島が要らなくなったら、いつでもこの俺様に言いな。一瞬で塵にしてやるからよ。」
「それは本当か?」
「わからねぇよ。やったことねぇからな。」

マーリンが現れた。

「アルバート様、この弓矢の持つ力は侮れませぬ。なにしろこれこそがギリシャ神話のヘラクレスの弓矢ですからな。」
「はぁ?」

レンツォが背中に背負っている薄汚れた弓矢がギリシャ神話時代のものだなどと誰が信じるだろうか。

「爺さん、デタラメ言っちゃいけねぇ。こいつはポイアスの弓矢って言って・・・」
「ポイアスのもっと前の持ち主はヘラクレスって言うんじゃ、馬鹿はだまっとれ。」

しばらく部屋に沈黙が続いた。

「レンツォ・・・そこで黙るとバカだと認めたことになるぞ。」

カラバ大王がそう言うと、レンツォは「そうなのか!?」と憤慨した。
アルバートは面子が揃ったのを見ると話を始める。
今日は昨日にも増してすごい人数だった。
アルバート大統領、秘術のマーリン、人間のカラバ大王、神行太保である志村、人間計算機の樋口、氷の魔術師ヨーエル、忍者皆伝マイアー、弓使いレンツォ、ブルー隊長、エル・コンドルのクレオ、人狼ロビ、怪鳥ハン、冥府のデビョルワン、不死身のコシチェイ、武将である卞喜、彷徨のアハスヴェール、そしてなぜかノエミ・ローゼンがいた。

「奥様がよろしくって。」

神行太保にノエミが声をかける。
神行太保は「ああ」とだけ返事すると、そのままアルバートをみた。
ちらと見たノエミの爪は真赤な彼女の戦闘服にあわせて真赤に塗られていた。
凝った造形は七美の手によるものに違いなかった。

「レンツォの攻撃が成功し、奴隷船は動き始めた。恐らく月か地球に降りるのではないかと考えられている。」
「世界のみんなの避難を急がないと!」

ロビが思わずそう口に出した。
アルバートは頷いた。

「その通りだ少年。全くその通りだ。この話し合いが終わったら、私はそのためにテレビとネットを通じて世界へ向けて臨時放送をする。奴隷船の迎撃にあまり関わっていられなくなるかもしれない。奴隷船迎撃に関してはマーリンに一任するつもりだ。樋口一葉流、かわりに私の補佐役に回ってくれ。君にとってはたいした仕事ではないかもしれないが、マーリンが用意した書類全部に目を通してくれないか?」

樋口は真赤な目をして答えた。

「もう全部読んだよ。任せときな。魔法使いより計算機の方が優秀だって事を証明してやるぜ。」

マーリンは愉快そうに笑った。

「頼んだぞ、若僧!」
「耄碌(もうろく)すんなよ爺さん。」

そういって、アルバートと部屋を出て行った。
新しくこの部屋の主になったマーリンが円卓を見回す。

「さてと、ワシのやり方でやらせてもらうかな。」

そう言うと真鍮のコンパスと定規を取り出した。
円卓の上に一枚の羊皮紙を置くとその上に何か書きはじめる。

「魔方陣・・・でござるか?」
「左様、秘術のマーリンたる所以を見せてやろう。」

懐から奇怪なゴミともモノともつかないものを次々と出すと、最後に水晶球を取り出した。

「これは便利だぞい・・・いつか誰か教えてやろうかの?」
「結構でござる。」

マイアーが断る。
マーリンは口をへの字に曲げると、目を見開いた。
水晶球の中を覗きこむ。

「・・・むぅ、地球に下りるというところまでしか分からなかったのう・・・。」

不服そうにそう言うと、水晶球を懐にしまった。

089

その日の昼過ぎ、ケットシーがカラバ大王に連絡をよこした。
時差ぼけのせいでゲストルームで昼寝していた者まで叩き起こされる。
ホワイトハウス、グリーンルーム。
部屋の中には真新しい木製の円卓が運び込まれている。
その円卓の中心にはカラバ大王が持ってきたと思われる銀色の水盆に水が張られている。
水面にケットシーの姿が浮かび上がっている。

「大王、地球侵攻は止められません。」

カラバ大王は円卓に両肘を着いて、両拳を両頬に当てた状態で憮然として聞いた。

「どういうことだ。」

ケットシーは答える。

「人類には惑星震を観測して予知する能力が無いと断定されています。また、私を含め幾らかの異世界人が人類に関与していることが問題視されているようです。また、人類の通商連合内での評価が低く、一万年近くの歴史がありながらいまだに選挙議会制度と資本主義が大多数で採用されている為、どちらかと言うと野蛮人とみなされていますね。共産主義が成功していれば多少は大目に見て貰えたかもしれませんが・・・。また、人類が深々度地殻調査を行なっていない事も一因のようです。マントルまで届く深さの縦穴を掘って調査する技術は人類には無いですからね。」

それを聞いてマーリンが「やはりあいつは殺しておくべきじゃった」とぼそっと呟いた。

「通商連合的には、これ以上、地球上の民族や生物が絶滅する前に、とっとと目の届くところに引き揚げたいと考えているようです。」

ケットシーがそう言うと、カラバ大王が言った。

「・・・だったらなぜそうしない?」

ケットシーはあっけらかんと答える。

「そのためには独裁者であるアルバートと接触するか、殺すかどちらかを考えていたようですが、殺そうと大統領府にミサイルを打ち込んだところ、迎撃された上に、母艦に攻撃を喰らったことで戸惑っているようです。彼らにも攻撃の正体が分からず、高価な小惑星級奴隷貨物船を破壊されては元も子もないと考えているようですね。とりあえず小型の着陸船で地球へ降り、詳しく調査を行なうそうです。」
「なるほどな。その調査艇を迎撃すればいいのか?」

カラバ大王がそう言うと、ケットシーは横に首を振る。

「そう簡単には行きません。私が奴隷船に攻撃があったことを知っていると言う事は、通商連合は地球人が奴隷船に気付いて攻撃をしたことを知っています。」
「援軍がくるということか?」
「まだ、そこまでではないでしょうが、惑星級の船を護る為ならば、当然そうするでしょう。」

カラバ大王は頬杖をついた姿勢を崩さずに、考え込んだ。

「・・・ケットシー、仮にだな。」
「はい?」

ケットシーが返事をする。

「奴隷船をぶち落としたら、どうなると思う?」

ケットシーは声を潜めて言った。

「通商連合は大損害をこうむります。今回の奴隷船派遣は、地球人類と文化、生物学的価値のある生態系の保護の為に実施された事です。人類は奴隷船で収容された後、二千年間の参政権を停止された後、保護条約に乗っ取って文化民族単位で労働力として売買されます。そもそも、収益が見込めていない事業ですから、当然、奴隷船が落ちたとなれば、しばらくはそんな知的生命体に温情をかけようなどとは思わないでしょうね。滅びるに任せるはずです。」

カラバ大王はにやりと笑った。

「連中が野蛮な『チキュウジン』じゃなくてよかった。経済性に乏しい報復と言う思想はもうすでに消えうせていたようだ。あいつを落とそう。それで今の地球に幕を下ろせるというものだ。」

そういって笑った。

     


NASAから連絡が入った。
奴隷船は月の裏側に入ったそうだ。

「ただし、位置取りとしてはラグランジュ点を外れていますので、彼らがどのような推進技術を使っているか分かりませんが、そう長い間は隠れていない可能性が強いです。」

NASAから派遣されたスーツの男が円卓の前でそう述べた。

「よし、ご苦労だった。もし、希望するならば今すぐ避難してもいいぞ。」

アルバートは惑星震について正解に公表した。
そして、避難先は惑星震から逃れられる南極大陸の一角だと世界に大嘘をこいた。
世界中の知識人には極秘に真実が告げられている。
しかし、地球に異星人の手が迫っている事はホワイトハウスに近い一部の人間にしか知らされていない。
そのスーツの職員はにやりと笑った。

「妻と子供と実家の両親は既に避難済みです。私も必要があればいつでもトンズラしますよ。それまでは一緒に戦います。」
「・・・ってえと、俺たちは仲間って事になるな?」

レンツォがスーツの肩を拳でかなり強く突いた。
見るからに荒っぽいことが得意ではなさそうなその男性は面食らったようにふらついた。

「そ・・・そういうことになりますね・・・」
「お前とはうまくやれそうな気がするぜ、名前を聞かせろよ。」

スーツの男は時代錯誤の超人レンツォ・シモネッテに気圧されながらも、名前を言った。

「レイです。」
「覚えたぞ。よろしくな。」

一同がその様子を眺めていた。
なにかを奇妙に感じたからだが、その何かはわからないといった表情だった。

「・・・まあ、よい。作戦を立てようかのう。カラバ、頼むぞい。」

マーリンに言われてカラバ大王が口を開いた。

「着陸船が地球へやってくることは分かっている。出来る限り素早く叩く。奴隷船の連中を震え上がらせることが大切だ。ただし、もし万が一・・・万が一、可能であれば乗組員は捕縛して奴隷船につき返す。」
「なるほどな。戦力の予想は?」

ヨーエルが質問すると、カラバ大王がなぜか妙に楽しそうに手を振った。

「全く分からん。全力だ、全力を出し切る。RSSSの力を思う存分見せ付けろ。手加減はいらん。そういう余裕があるとは思えん。」
「了解でござる。」

マイアーがそう言うと、マイアーの眼の色が変わった。
普段は理性に溢れたその双眸が蛮性と暴性に満たされていく。
その様子をみながらブルーは「そういえばマイアーの本気を見たことがない」と妙に納得した。
カラバ大王もその様子をみて、少し驚いたようだが、手を挙げながら言った。

「誰か指揮したいもの、挙手。」

ブルーが手を挙げた。

「大丈夫か?・・・お前?」

ヨーエルがそう言うとブルーは

「どの道、この先いつ死んでもおかしくありませんからね」

と涼しい顔をしている。
そして、「これ以外で私が役に立てる事もないでしょうし」と自嘲気味に言った。

「では、ブルー頼む。次は志願者だ。戦闘に参加したいものは?」

素早く卞喜とレンツォとマイアーが手を挙げる。
遅れて神行太保とノエミが挙手をする。

「さすがに考えたようじゃの。」

手を挙げないヨーエルを見てマーリンが言った。

「俺の出番はもっと後だ・・・なあ、ハン?」

ハンは無言で頷いた。
そのとき、それまで無言だったコシチェイが口を開いた。

「オレはどうするかな?ブルーとか言う名前のお前が決めろ。」
「私も同感です。ブルーさんが決めてください。」

デビョルワンがそれに続く。
二人は長い間RSSSの敵だった事を気にしているようだ。

「・・・是非来てください。昨日の味方が今日の敵ならば、その逆もあるでしょう。・・・あと、レンツォ・シモネッテは今回は辞退してください。」
「なにぃ!?・・・やっぱりか・・・。」

レンツォはとてもガッカリした様子だ。

「私たちの中で唯一、対空攻撃が出来る人間を未知の脅威にさらすことは出来ません。分かってますよね?」

マーリンが頷いた。

「同感じゃ。レンツォ・シモネッテを恐れて連中は月の裏側に隠れたのじゃ。切り札はお前じゃ、弓使い。」

レンツォはいかにも渋い顔をした。

「ぼ・・・僕が行きます!!」

そこで急に手を上げたのはロビだった。

「ダメだよ。死ぬよ。」

神行太保が即答した。

「それは皆さんだって同じです!」

ロビは退かない。

「足手まといを庇える余裕はないわよ。無駄死にしたいの?」

ノエミがそう突き放す。

「足手まといにはなりません!!死ぬなら死ぬで結構です!!」

誰かが何か言おうとしたが、実際問題、ここにいる人間のほとんどが「死ぬなら死ぬで結構」な奴ばかりなのだ。

「これは・・・連れて行くしかないようですね。」

ブルーが言った。

「なら、私も行く。」

クレオがそう言った。

「え・・・クレオさんは残った方が・・・」

驚いた声でロビがそう言うと、ブルーが遮った。

「まあ、狼人間が良くて鳥人間がダメって理屈はないですね。着陸船は私とマイアー、卞喜、神行太保、クレオ、ローゼンとデビョルワンと・・・コシチェイさんですね?あとロビで迎え撃ちましょう。」

レンツォは寂しそうに「俺はその間、何してればいいんだよ・・・」と呟いた。

「寝とれ。」

マーリンがそう言った。

091

「こればかりは仕方がないのう・・・骨が折れるわい。」

マーリンは細い杖で、砂地に巨大な魔方陣を描きながら、反対の拳で自分の腰を叩いた。
ホワイトハウスの地下の一室に大量の砂が持ち込まれ、砂場が作られている。

「イモータルなんでしょ?なんで老人の姿をしてるんですか?」

神行太保がそう言うとマーリンは「説明するのが面倒じゃ!」と説明を断った。
コシチェイがそれをみて笑う。

「どうせ、魔術に必要な契約の関係だろうよ。」

マーリンはコシチェイを恨めしそうにみながら作業を続けた。
なぜこんな事をしているかと言うと、着陸船の降りてくるポイントが分かっていないからだ。
降りてきた場所が分かり次第、瞬間移動でそこへ向かおうと言う寸法だ。
そのためにマーリンが魔法陣を作っているのだった。
その横ではダウジングの専門家が中国から呼ばれてきて、世界地図とにらめっこしている。
デビョルワンの話だと、もともと安保理にいた、中国の超能力特殊部隊「野人(イエレン)」の1人、「林」だそうだ。
その作業をみながら今回、派遣される面々がぼうっとしている。
唯一、ロビだけが熱心にその様子をみていた。

「すごいですね!魔法って本当にあるんですね!!」
「お主の腕時計はわしが作ったんじゃが覚えてなかったかの?」

マーリンがそう言う。
マーリンはロビが自在に変身出来るように魔法をかけた腕時計を作って、だいぶ前にロビに渡していたのだ。

「・・・ダウジングって本当に当たるの?」

神行太保が小声でそう言うと、ダウジングしていた本人に聞こえたようだ。

「・・・失礼ですねあなた。そうじゃなかったらこんな所に呼ばれませんよ。」
「・・・あ、すんません。」

神行太保が謝る。
結局、魔法陣が完成してもダウジングの結果が出ずに、一同はマーリンと林を残して、ゲストルームに帰った。

092

その夜、ケットシーによって幾つかの情報がもたらされた。
今回、地球に派遣された異星人たちがどんな連中か多少分かってきたのだ。

「そして、私はそろそろ、地球に戻ります。」
「なぜだ?」

ケットシーが帰ると言い出してカラバ大王が尋ねた。

「そろそろ、スパイ活動が疑われそうなんです。」

そうしてケットシーは帰ってくることになった。
ケットシーの帰還が決定するとヴァルハラにいたはずのワルキューレ達が数人、ホワイトハウスをうろつくようになった。
カラバ大王は、カラバ城とヴァルハラ、そしてホワイトハウスのどこかを連結する下見をしに来たのだと一同に告げた。
アルバートは昼夜を問わず、世界中の人間に避難を呼びかけている。
それと並行して世界中の動植物をカラバ城下に避難させる計画がスタートしたようだ。
神行太保とロビが廊下を歩いていると、樋口が早足で反対方向から歩いてきた。

「がんばれよ。」
「おまえもな。」

どちらが先に言ったのかは分からない。
ただ、短くお互いを励ました。

「神行太保、ヴァルハラはどうなってるんでしょうね?」
「わかんないね。まあ、赤月さんがいるから、何とかなってるんじゃないの?」

ヴァルハラには世界中の人間が次々と押し込められている。
何が起こっても不思議ではない。
恐らく食糧は足りているということしか分からない。
そこにヨーエルが白衣の一団とやってきた。
そして、おもむろに右手を突き出す。
握手を求めているようだ。

「神行太保、お別れだ。」
「・・・そうか。」

続いてヨーエルはロビとも握手をした。
この帽子の小男が神行太保志村牧人をこの世界に引きずり込んだ。
志村との出会いはアルノールの息子ヨーエルの人生を変えた。

「どこかへいかれるんですか?」

ロビがたまらず訊いた。

「うん、まあ、惑星震の後に溶岩の塊になった地球を冷やすのが俺の仕事になるんだが、ただ冷やせば良いってものじゃないらしいからな。どこからどう冷やし始めれば良いのか考えるんだ。そのためにこいつら専門家が集まってくれたんだ。」

神行太保とロビは白衣の一団と一通り握手をした。

「これでお別れだ。じゃあな片足男。またいつか世界をまたにかけようぜ。」

それを聞いて神行太保はにやりと笑った。

「じゃあな帽子男。」

そうして、ヨーエルは白衣の一団とともに去った。

093

ホワイトハウスの地下室の砂の上に描かれた魔法陣の上に、青い服を着た一団が立っている。
薄暗い地下室には怪しげな匂いの香が焚かれ、蝋燭で照らされた壁はゆらゆらと複雑な影を映している。

「僕も宮元さんの黒が良かったな。」

ロビがそう呟く。
クレオ一人だけは服が黒いのだ。
服を青くしたところで翼が黒いので仕方がない。
その、クレオは既に兜をかぶって大きな翼を広げていた。

「・・・神行太保。全部終わったら、またケンカしようか。」
「・・・全部終わったらな。」

卞喜と神行太保が視線を合わせずに言葉を交わした。
魔方陣の外ではダウジングの林が地球儀上の一点を見つめている。
場所はキリマンジャロ近くの高地だそうだ。
しかし、ホワイトハウスからキリマンジャロに瞬間移動すると急激な気圧の変化でチームが全滅する恐れがある為、低地を目標に瞬間移動をすることが決定している。
そのためだいぶ前からマーリンが複雑な呪文の詠唱を始めていた。
その様子をみながらローゼンが呟いた。

「・・・どのタイミングで呪文が終わるのか、全くわからないわね。」
「もうすぐだ。どこ飛ばされるかわからねぇから、口閉じとけ・・・舌かむぞ。」

コシチェイが諌める。
全員がそれに従って口を閉じる。
すると魔法陣が輝き始めた。

「俺はしなねぇが・・・お前ら、つまらないところで死んじゃねぇぞ。」

コシチェイがそう言い終わった次の瞬間、瞬間移動は起こった。
ついた場所は空港だった。

「おえぇぇぇぇぇ!!」

間髪いれずにロビが嘔吐した。
瞬間移動の感覚が不快だったのだ。

「・・・無理もないな。」

そう言うと、ブルーも吐き気を強引に飲み込んだ。
見るとデビョウルワンも吐いている。

「君たちは大丈夫なのか?・・・おえぇぇ・・・」

デビョルワンがそう言うと、神行太保とクレオ、卞喜やコシチェイは涼しい顔をしている。

「なんでだろうね。平気だね。」

滑走路にひとしきりゲロをぶちまけると、そこに一機のジェット輸送機がやってきた。

「こいつに乗ってください!」

ブルーの先導で神行太保以外の全員が機に乗り込む。

「私、一番後ろの席!!」
「マイアー!そろそろ姿を見せろ!!」

ジェット機の中から思い思いの声が聞こえてくる。
神行太保はその様子を見ると「なんだ、大丈夫じゃん」と呟いた。
ブルーが機から顔を出す。

「すぐ追いつく!・・・勝手な行動は慎め・・・と言いたいところだが、チャンスだと思ったら徹底的にやってくれ!!」

そう神行太保に提言する。

「大丈夫さ。俺は神行太保様だぞ。」

志村はそう言って窓から覗く機の中の人間に手を振ると、文字通り一目散にキリマンジャロを目指して駆け出した。

094

志村は無音の世界を疾走していた。
聞こえる音は、骨を通して伝わる音のみ。
自分の筋肉が軋む音、心臓の拍動・・・胸が高鳴っている。
左右に割れて飛び去る景色を見ながら超音速で大地を蹴る。
着陸船がどんな形をしているのかはマーリンに見せてもらったが、恐らく目に見えなくなるような仕掛けをしているだろうと聞いている。
志村は腰にに下げたGPSのモニターをちらりと確認すると、ダウジングで導き出された緯度経度に近付きつつあるのをみて気を引き締めた。
この調子だとあと1分もたたずにランデブーだろう。
そのとき、志村の第6感に閃くものがあった。
その場所に目を凝らすと、陽炎のように空気が揺れている。
志村は一瞬「こんな簡単でいいんだろうか」と考えもしたが、何かを考えて行動するのが苦手だった事を思い出して、思考を止めた。
これが罠だったら、これが最後になるかもしれない。

「だったら、思いっきりぶちかます!」

志村は大きく旋回して一旦引き返すと、体を回転させながら自らの比重を肥大させた。
更に地を蹴る。
空気を切り裂き、触れる物をプラズマ化させながら、力学界の頂点を極めた男がその必殺の膝を構えた。

「ニィィィィィィランチャァァァアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

神行太保はその鉄の膝に確かな感触を認める。
何らかの光学迷彩をぶち破って蹴り飛ばしたそれは、着陸船ではなく、間違いなく何かの罠だったようだ。
神行太保は「あー、ひっかかった」と思いながらも、懇親の右ひざの出来のよさに満足していた。
罠として設置された「それ」は見事に全壊した揚げ句、その爆風すら神行太保に追いつけなかったのだ。
多少、背中に熱いものを感じながらも、神行太保は再度目標を探した。

「下か?」

今、罠らしきものが設置されていた地面の下が怪しい。
神行太保はそこを中心に旋回を始めた。
昔、カラバ王国の堀を掘った時と同じ要領で、目標物を掘り出すつもりだ。
超音速の義足の男はキリマンジャロの地面を削りながら、割と冷静に周りの景色をみていた。

「でけー花。」

その花に巻き上げた土砂をかけながら、目標の着陸船らしきものが剥き出しになっていく。
さすがに大気圏に突入できる船だけあって、神行太保が巻き起こすソニックブームにはびくともしないようだが、身動きが取れないのも間違いないようだ。
神行太保は一通り着陸船を剥き出しにすると、再度大きく離れて、本日二回目の膝を叩き込む用意をする。

「でけーな、おい!!」

着陸船は、どうやって推進しているのか分からないが、神行太保の膝を逃れるべく、急発進した。

「逃がすかよ!!」

着陸船は神行太保が掘った穴を飛び出して発進しかけた。
そこに膝が命中し、5階建てのビルほどはあろうかという巨大な紡錘型の着陸船はキリマンジャロ高地を派手に転がった。
ジェット機が降りてきた。
着陸を待たずに人がバラバラととび降りる。

「遅かったな。」

神行太保が言うと、ブルーが不服そうに言った。

「神行太保が起こした乱気流で近づけなかったんですよ。」

ノエミ・ローゼンが全身から大量に出血を始めた。
高地の黒ずんだ山肌が真赤に染まる。
秒間数トンの鮮血が着陸船を覆い尽くそうと襲い掛かる。
着陸船は体勢を立て直すと、その赤い魔の手から逃れるべく青い光を撒き散らしながら離陸を開始した。

「させぬわ!!」

卞喜が両手から二条の流星鎚を繰り出すと、鎖は命を吹き込まれたように着陸船に絡みつく。
クレオは地面を一蹴りして、高く舞い上がると、着陸船の上空で翼を羽ばたき突風を起こすと、上昇しようとする着陸船をジリジリと押し返した。

「マイアー、悪いが突入できるか?」
「御意でござる!!」

マイアーは分身しながら、ノエミと卞喜とクレオによってからめとられつつある着陸船に駆け寄る。

「ブルー隊長僕も!・・・」

ロビがそう言ったのをブルーが手で制止する。
神行太保が腕組みしてその様子を眺めながら言った。

「マイアーに任せろ。」

デビョルワンが頷く。

「その通りだ。」

ロビは押し黙った。
何人もの青い忍び装束が着陸船に張り付いている。
その様子はアリが獲物にたかるようだ。
外壁の継ぎ目のような部分を見つけたらしく、そこをぶち破って、青い兵隊アリが内部に突入する。
着陸船は推進を止めて、地面に墜落した。
分身したマイアーはなおも着陸船の中へなだれ込んでいく。

「中には10名ほどいるようでござるな。」

その光景を眺めるチームの傍らにいつしかマイアーも立っていた。
ブルーから突入命令を受けたときのままの立ち位置で、胸の前で両手を絡ませた印を作っている。
ブルーは努めて平静を保ちながら、マイアーに言った。

「誰かとらえる事は出来るか?」
「やってみるでござる。」

マイアーの分身たちは着陸船になだれ込むのを止めると、逆に着陸船から溢れ出すように飛び出してきた。
そして、白い防護服のようなものを着た宇宙人と思われる、一体の人型の生き物を引きずり出してきた。
その後ろでマイアーの分身が次々と倒れていく。

「未知の兵器・・・危険でござる。」

ブルーは白い人型が着陸船の外に運び出されたのを確認して、「退けマイアー!」と鋭く言った。
その声を合図に一瞬で分身が消えうせ、宇宙人らしき白い防護服を抱きかかえているマイアーだけが残った。
どうやら、それが本体だったようだ。
肩の所に怪我をしたようで、地面に血が滴っている。

「叩け!デビョルワン!!」

鋭いブルーの声に、デビョルワンは躊躇した。
デビョルワンはイモータルになることで「魂を吸い取る能力者」ではないことが分かった。
本来は「魂の所在を操る能力者」であったデビョルワンだが、生来、彼には自分自身の魂が存在しなかった。
恐らくはあったのだろうが、その強すぎる能力に朽ちてしまったのだろう。
代わりに「魂の所在を操作する能力」の中の一つで「魂を吸収する能力」を用い、他人の魂を吸い取りながら生きていた。
それは、生まれた瞬間から無意識に行なわれ、結果、その最初の犠牲者は彼自身の母親となった。
しかし、イモータルとなることで、彼は生きるために他人の命を奪う業から開放され、自分自身を見つめなおす事が出来た。
その中で、ただ漠然と「魂」だと感じていたものが、実際何なのか考えさえした。
その結果、デビョルワン自身、魂というものが存在しているのかどうか疑わしいと感じている。
ただ、生命が生きるためには物質界と微かに違う世界のエネルギーのようなものが定量必要であり、それが無ければ生命は維持できないことが、デビョルワンには知覚できた。
そして、それを表す妥当な言葉を「魂」以外に知らないため、便宜上、魂と呼んでいただけだった。
『冥府の王』であるはずのデビョルワンの中には、生命、魂、エネルギーと言ったものについてのいくつもの疑問が蓄積していて、それは生命の根源に近すぎる能力を持った彼が自分自身で解決するべき問題であった。
間違いないのは、現在のデビョルワンは、他人の生命を奪う事でしか今日明日を生き延びられない自虐的だった頃のデビョルワンとは違い、思慮深く、生命の価値と意味を重く受け止める人物だという事だ。
そして、自らのこれまでの人生で日常的に行なわれた「殺人」という行為を忘れるのでもなく、華燭するのでもなく、人が生きるために麦を詰んで食べるといったある意味「正常な」行為と幾度となく比較して、デビョルワンという人間の人生を哀れまないように生きていた。

「了解した!」

しかし、彼にとって生命吸収はタブーだった。
それは彼が逃れ得ぬ殺人と孤独の中で生きていた時代の出来事で、それをすれば感情的にならざるを得ない。
彼は理知的になることで、どうにか人間として生きている。
全てが理詰めではないのだ。
デビョルワンという人間はデビョルワンという悪魔の如き存在を抱えて、互いにいくつもの嘘をつきながら生きているのだ。

「・・・。」

右手を前に突き出し、顔をゆがめる。
全人類の命運がかかっている。
敵はマイアーに傷を負わせるほどの未知の攻撃手段を持っている。
右手を前に突き出し、黒い魔の手を伸ばせば、あらゆる生命体を嘗め尽くす事が出来る。
そして、きっと未知の兵器を持つ敵をも一瞬で葬る事が出来る。

「うおおおおお!!デビョルワン!!」

コシチェイが雄たけびを上げて着陸船に向かって走り出した。
そして、猛獣のようにつめを立てて、光沢のある外壁をよじ登ると、マイアーが作った裂け目に辿り着く。
そのまま、着陸船の中に転がり込むようにして飛び込む。
中からコシチェイの雄たけびとも悲鳴ともつかない声が聞こえる。
コシチェイは不死身だ。
しかし、コシチェイが誰かに完全に負けるということは、死の苦しみが永遠に続くという事に他ならない。
デビョルワンはいつかコシチェイ自身がそう言っていたのを思い出した。

「許せ!異星人、運が悪かったな・・・。」

デビョルワンの右手の先からどす黒い影が伸びていく。
そのまま着陸船の中へ侵入していく。
デビョルワンはゆっくりと着陸船に歩み寄っていく。
卞喜が顔をしかめて鎖を引っ込めた。
着陸船に絡み付いていた鎖を通して、デビョルワンの禍々しい気のようなものを肌で感じてしまったのだろう。
同じく鮮血を固体化させて着陸船を捕縛しているノエミも、そのどす黒い気に触れてしまったらしく、顔をゆがめている。
しかし、着陸船を放すつもりはないらしい。
やせ我慢しているようだ。

「ノエミ、下がれ。」

ブルーがノエミにそう命令すると、鮮血はノエミの手首の中へ戻っていった。

「誰も近寄るな。クレオ、危険だ。注意して戻って来い。」

ブルーがそう言うと、クレオも大きく迂回して戻ってきた。
一同、しばらくその様子を見守る。
マイアーに羽交い絞めに去れている捕虜の異星人は分厚い白い防護服を着ていても分かるほどガタガタ震えている。

「終わったよ。」

デビョルワンがそう言うと、立ち込めていた霧のような不快感が消えうせた。
着陸船からはコシチェイが自分のちぎれた腕を、残った反対の脇にはさみながら顔を出した。

「ブルー隊長、俺たちの勝ちって事だよな!?」

ブルーが頷いた。

「上出来だ。」

こうしてファーストコンタクトが終わった。

095

鉄格子のはまったコンクリートの部屋の中に、ブルーとケットシーがいた。
ホワイトハウスまで戻るのが面倒だったようで、ナイロビの軍事施設の一室を借りて尋問しようというのだ。
引き裂いた白い防護服の中から出てきたのは驚くほど人間に近いものだった。

「彼らは生物学的には人類と何も変わりませんよ。カラバ大王がそうであるように、人間といってしまっても過言ではありません。」

ケットシーが説明する。
白い長髪で女性のようだ。
地球で言うところの30歳ほどであろうか。
唇は青ざめて、恐怖に震えている。

「彼らにとって誤算だったのは、技術的にも文化的にも遅れている地球人が、まさかこんなケンカが強いだなんて思っていなかったことでしょうね。皆さんの戦闘力は兵器を開発する技術水準とは全く別のところにありますからね。どうせ、技術力だけみて、輸送船でも容易に勝てると踏んだんでしょう。違いますか?」

異星から着た奴隷商人と見られる女性は、ケットシーにそう言われて激しく頷いた。

「彼らの名前はナブルカ人です。彼らの言語で彼らの母星を表すため、直訳すると『地球人』になってしまいますが、月の裏側に隠れているのはナブルカから来た奴隷船です。」

ブルーはパイプ椅子に座って黙って頷きながら聞いている。
そこに、マーリンから連絡が入った。

「ブルーだ。」

電話に出たのはブルーだった。
しばらく話し込む。
電話が終わるとケットシーが尋ねた。

「何ていってました?」

ブルーが答える。

「母船が月の裏側から出てきたようだ。恐らく、攻撃してくるらしい。」

ケットシーが捕虜に尋ねる。

「母船に着陸能力はあるんですか?あと、兵装は?」

捕虜は答えようとしない。
ケットシーは首をすくめた。

「ならばぶち落とすしかないな。」

ブルーがそう言うと、捕虜の女性は唇を噛んだ。
ケットシーはいまいち気乗りがしなさそうに話を続けた。

「恐らくあなた方は、以前母船に加えられた攻撃の正体が掴めていませんよね?そして、その防護策も確立していない。違いますか?・・・答えないなら前回と同じ方法で思う存分攻撃させてもらうだけです。」
「・・・分かっている・・・防護策だってもう出来ている。」

ケットシーにそう答えると、明らかに挙動が怪しい。

「・・・試してもよろしいですか?今度は前回の10倍のの威力で。」

捕虜の女性の瞳に絶望的な光が宿った。

「手をひいてはもらえませんか・・・もらえませんね。」

ケットシーの言葉にブルーが妙な顔をした。
ケットシーに小声で囁く。

「なぜ、決め付けた?」

ケットシーが半ば膨れ面で答える。

「彼らの星は危機的状況にあります。他の文明から搾取され、経済的に破綻しかけています。今回の地球侵略は彼らの母星にとっては、いちかばちかのプロジェクトで、これに成功しなければ奴隷になるのは彼らです。地球は銀河全体でみても野蛮で遅れた文明です。そんな地球が彼らの輸送船を破壊するほどの攻撃力を持っていたのは彼らにとって誤算でした。彼らは大国の軍事力に目を奪われていて、一介のテロリストたちのマンパワーまで頭が回っていなかったんです。そうですよね?ちなみに、あなたが黙っていた間に、あなたの持っていた情報は全て頂いております。」
「・・・え?何?」

捕虜の女性は驚いたように顔を上げた。
部屋の外から一人の老人が入ってきた。
黒檀のような肌に良く層もの皺を刻み込んだ思慮深い顔つきには、哀れみを帯びた光を称えた双眸が鈍く光っている。
元クリムゾンムーのテレパシスト、ムブレイニ・グメダだった。

「おまえたちの国にはテレパシストはいないのか?残念だな。」
「もうあなたにようはありません、気が向いたらその内仲間の元に返してあげます・・・ただし、お仲間が生きていれば・・・ですが。」

特に拘束もされていない捕虜の女性は白い長髪を振り乱しながら、ケットシーの小さな体にすがりついた。

「お願い!見逃して!!」

ケットシーは軽くため息をついた。

「見逃したらあなたはどうするのですか?・・・もとい、あなた達ナブルカ人たちはどうするのですか?母性の経済破綻と銀河市民権剥奪を甘んじて受けいれるのですか?この星までやって来た往復の運賃だって回収できませんよ?どうやら輸送船は通商連合からレンタルしたようですが、レンタル料や修理費は?」

女性は首を横に振った。

「現実を直視しなさい。あなた達はチキュウジンを根こそぎ掻っ攫って奴隷として連れて帰る方法以外で生き延びる術はありません。そして、我々もそれに甘んじるつもりは毛頭ありませんよ。」
「・・・だって、そうすればナブルカは助かると・・・」

ブルーは大きく頷いた。

「正論だな。対極的な平和とか安定というのは何かを犠牲にして得るものだ。私達もそうさせてもらうよ。地球へきたのがあなた達で本当に良かった。」

その言葉を聞いて女性は泣き崩れた。
尋問していた部屋をでて、扉を施錠すると、ブルーはポツリと

「異星人でも泣くんだな。」

と言った。
ケットシーは

「だから、地球人と変わらないって言ったじゃないですか。」

と答える。
そうして、ブルーとケットシー、グメダの三人は人気のないコンクリートの廊下を歩きだした。

096

マーリンが哄笑した。

「ざまぁみろじゃ!!よくやってくれたのう!!」

着陸船迎撃から戻った一同をホワイトハウスで出迎える。

「怪我人が出ましたよ。」

マーリンが頷く。

「感謝しておる。しかし、ワシの感想を言われてもらうとのう・・・『怪我人しか出なかった』が正しい表現じゃ。」
「その通りでござる。」

マイアーが車椅子で現れた。
車椅子に乗るほどではないのだが、治癒に専念する為に本人がそうしているのだ。
そこにアハスヴェールが現れる。

「連中は再度揚陸作戦を決行するつもりらしい。今度は調査ではなく、武装した兵隊達だ。」

さらっとそう言った。
マーリンが目を見開く。

「・・・充分に考えられる事じゃが・・・おぬしどうやってその情報を得た?」

一同がマーリンとアハスヴェールを見比べる。
アハスヴェールはユダヤ人の特徴的な風貌にどこか異国の景色が混じったその神秘的な顔に、人を安心させる類いの笑みをうっすらと浮かべたまま答えた。

「・・・まあ、俺の能力とだけ言っておこう。こう見えても何かを見守ることにかけては誰よりも長けているつもりなんだ。」

実はマーリンですらアハスヴェールについては知らない。
マーリンがイモータルであるずっと以前からこの「さまよえるユダヤ人」は彷徨っていたのだ。
しかも、何の目的かすら分からない。

「信じて良いだろ。俺は信じるぜ。」

レンツォがそっけなくそう言った。
マーリンが顔をしかめてアハスヴェールに尋ねる。

「・・・時間と場所は?」

アハスヴェールは半ば楽しそうに答えた。

「それは・・・まじない師のやるべき事だろ?」

マーリンは更に渋い顔をすると、何か悪態をつきながら儀式の為に地下室へと向かった。

097

「ちかいぞい!!」

マーリンが素っ頓狂な声を出す。

「・・・いないよ。皆、部屋で寝てるんだ。」

ロビが答えた。
一同、自分がするべき事は分かっている。
来るべき時に備えて力を蓄えているのだ。
世界では現在、銃の力による強制避難が行なわれている。
国連軍が民衆を追い込むようにしてヴァルハラへと避難させている。
避難させている側の国連軍ですら、いまいち理屈は飲み込めていない。
ヴァルハラの入り口は、例えば旅客機の搭乗口のような所に巧妙に作られていて、飛行機で輸送しているふりをしながらもヴァルハラへワープさせているというような仕組みだ。
輸送機だけではなく仕掛けを施された貨物船や、大型のバスも世界中に配備されている。
それだけ大規模にやっていれば色々バレて問題になりそうなものだが、アルバートの独裁国家と化した地球で、もはやそんな「小事」に異論を唱えている奴はいない。
一度、強制避難に反抗した農場主が国連軍によって射殺されたとニュースが流れた。
そのニュースをホワイトハウスの会見室で記者から聞かされたアルバートは、目を丸くして「たった一人しか反体制的な人間が出ていないんだって!?祝杯をあげようじゃないか!!」といった。
ロビはホワイトハウスにいながらも、それをテレビでみて衝撃を受け、誰かと話をしたくてマーリンのところへやってきた。
しかし、マーリンはダウジングの林と忙しそうにしている為、何もすることがなくその景色をみていたのだ。

「今すぐに連中を叩き起こせ!恐らく連中はメキシコに着陸する!」

林もそれを聞いて頷く。
マーリンは懐から携帯電話を取り出すと、どこかへ連絡をとっている。
そこへ神行太保がブルーのスーツに鉄の義足をにぶく光らせて入ってきた。

「マーリン、場所は?」

神行太保はそうは言ってみたものの、マーリンが電話している事に気付いて部屋の中を見回した。
かわりに林が地球儀の横に広げた地図上の一点を指差す。
そして、神行太保の左手首に取り付けられたGPSを覗き込んで二人で何かを話している。

「危険ですがお願いします。」

林は心底心配そうにそう言った。
神行太保は無言で頷くと、部屋を飛び出した。
他の連中もどやどやと部屋に入ってくる。
その中には車椅子から立ち上がったマイアーも混じっていた。
マーリンは電話を終えると、全員に言った。

「グメダが捕虜を連れて現地へ向かうそうじゃ。メキシコの砂漠の真っ只中じゃ。」

それに頷くブルーは突撃銃を背負っていた。

「VTOL(垂直離着陸)輸送攻撃機が完成しておる。そいつに乗って現地へ向かえ。ホワイトハウスの目の前にもう来る頃じゃ。」

一同は頷くと、部屋を飛び出した。

098

深夜。
北アメリカの広大な大地を疾走しながら神行太保は自分の命運について考えていた。
下手をすると敵とたった一人で鉢合わせすることになる。
相手は武装しているらしい。
誤算は多少あれど、そもそもが地球の文明よりもはるかに進んだ連中なのだ。
どんな攻撃をしてくるのか見当もつかない。
走りながら自分の鋼鉄の右ひざを見た。
膝に埋まった金属珠がにぶく光りながら回転している。
走行時の運動エネルギーの一部を電気に変換し、電磁式の衝撃吸収装置に供給しているのだ。
そして、この金属の膝は恐ろしい武器にもなる。
必殺の飛び膝蹴り「ニーランチャー」はこの膝から繰り出されるのだ。
しかし、神行太保は未知の文明に立ち向かう武器が膝蹴りだけというのは、我ながら情けないと考えていた。
GPSを見ると、もうすぐランデブーポイントに到着する。
神行太保は徐々に速度を緩め、そして停止した。
ランデブーポイントに到着したのだ。

「一番のりか・・・。」

そして、妙に清々しい気分で満天の星を見上げた。
志村は「この星空の下で死ねるなら本望かもな」と考えつつ、細君を思った。
青いボディスーツの胸元を探ると、細い鎖を通したロケットが出てくる。
開くと彼の妻である志村七美の写真が出てきた。

「いい時代に会ったな、俺たち・・・」

何の根拠もなくそう呟くと、ボディスーツの首元にねじ込むようにしてしまった。
上空に気配を察知したのだ。
彼の感覚は常人とは違う。
結局、彼自身にもそれが何なのかは分からないが、その鋭敏な感覚が敵の襲来を告げていた。
以前、友人で同志である樋口が彼にふと言った事がある。
それは「高く飛びすぎるな」という事だった。
高く飛びすぎれば、地球の重力を逃れて、地上に戻れなくなるというのだ。
高いジャンプにその危険があることは神行太保も重々承知していた。
しかし、人生でたった一度だけ、そのジャンプをすることがあるとしたら、それは今だった。
真っ直ぐ星空の一点を睨みつける。
その顔は晴れやかだった。
砂漠に大きな円を描くように神行太保は走り出した。
明らかにそれは速かった。
そしてそれ以上に重かった。
神行太保の技によって極めて深刻に肥大した比重・・・すなわち重さは、決して何かに対する攻撃に用いられてはいけないレベルの運動エネルギーだった。

「あばよ・・・地球・・・」

そう呟くとマッハの男は地を蹴った。
スペースシャトルの発射速度をはるかに上回る速度で、大気を切り裂きながら伝説のニーランチャーは空へ吸い込まれていった。

099

異変はジェット機の中にいる他の連中にも伝わっていた。

「前方に高エネルギー反応!!・・・神行太保です!!」

パイロットが計器の異常を告げる。
向かう先では空からの侵略者に対する攻撃の第一波が放たれていた。
神行太保のニーランチャーだ。
そして、機に乗るほとんどが、そのニーランチャーは夜空への片道切符であることを理解していた。

「うおおおおおおおおおおおおおお!!」

コシチェイが前の座席を両手でつかんで吼えた。
ヒグマのような体躯から搾り出された声は、戦いの雄たけびと哀しい鳴き声が入り混じった声だった。
静かな夜空に火花が飛び散った。
神行太保の膝が敵の宇宙船か何かをかすめたのだろう。
致命傷にはなっていないようだ。

「降ろせえ!!」

卞喜が吼える。

「静まれ!!神行太保の上昇速度には追いつけん!!」

ブルーが一喝する。
卞喜は神行太保を地球に引き戻したかったのだ。
しかし、地球上に神行太保よりも速い物体はそう多くない。
もうそろそろ、大気圏を突破する頃だとブルーは考えていた。
マイアーが体を支えるロビを払いのけるようにして窓際に寄った。

「光学迷彩を使っているでござる。・・・ブルー殿、拙者を降ろしてはくださらんか?」

傷ついた体でマイアーはそう言った。

「光学迷彩を解除できると?」
「御意!!」

何かを庇うような歩き方で機の後方へ向かう。

「機長、減速してくれ。一人降下する。」

ロビがそれを聞いて慌てた。

「だ!・・・ダメですよ師匠!!・・・そんな」

おそらく「そんな体では」とでも言うつもりだったのだろう。
しかし、マイアーに睨みつけられてロビは黙った。
その青い瞳はこれ以上なく激しい何かを孕んでいた。
マイアーは無言で機内を移動すると、メキシコの夜空へと飛び出した。

「機長、速度は上げるな。そのまま。」

ブルーがそう言うと操縦桿を握る機長が頷く。
しばらくすると、べコンという奇怪な音が聞こえてきた。

「窓の外をみてみろ。ロビ。」
「え?」

ブルーに言われてロビが窓の外を見ると、吸盤のようなものを使って機の外壁に張り付いたマイアーが移動していた。
そして、片方の翼の上に座り込むと、吸盤のようなものの取っ手と自分の体を縄で縛って固定する。
そのまま、両手を絡ませて複雑な印を切り始めた。

「・・・gehe・・・soldat・・・kampf・・・person・・・」

ロビは師匠であるマイアーの動きに合わせて、聞こえないはずの師匠の声を聞いていた。

「・・・meine front。」

おもむろに機の前方に巨大な塊が現れた。
火を噴きながら地表へ落下しているその塊は、とてつもなく巨大だった。
恐らく位階から来た戦艦なのだろう。
その戦艦には一条の爪あとのようなものが刻まれていて、そこから火を噴きながら地表へと落下していた。
爪あとは神行太保のニーランチャーが刻み込んだものに違いなかった。
深く抉れたその一撃は致命傷ではなかったようだが、かすった程度ではないのは一目瞭然だ。
落下するそれはとてもゆっくりとしていたが、その巨大さがそう見せているのだった。
翼の上でマイアーが崩れた。
体を縛った縄のおかげで落ちることはないようだが、その様子はあまりにも痛ましい。

「このまま、あのデカイのに突っ込めるか?」

ブルーが機長に尋ねる。

「コイツをぶっ壊す覚悟さえあればなんだって出来ます。」

コイツとはこのジェット機のことだ。
急造されたこの航空機は超音速で巡航し、垂直離着陸を行なう大型機で、人類が作った航空機の中でも最高傑作の代物だった。

「やってくれ。」
「了解!」

ブルーは気に乗り込む他の連中の方へ向き直った。

「この機とともにアイツに突っ込む人間のほかに、地上に降りて待ち構える人間が必要だ。クレオ、ノエミ、二人で機を降りろ。ノエミはありったけの血を撒いてあのデカブツを待ち構えろ。クレオはノエミをサポートしろ。その翼は突入には向かんからな。」

二人はその言葉を聞き終わる前に席を立った。
ノエミはパラシュートを作って機を飛び降りる事など造作もないし、クレオはそもそもいつでも飛べるのだ。
その様子をみてブルーは言葉を続けた。。

「・・・問題は残った俺たちでどうやって、あのデカイのに突入するかだな。」

残った面子はブルー、ロビ、デビョルワン、コシチェイ、卞喜だった。

「その仕事、任せてもらおうか。」

卞喜が立ち上がった。

     


卞喜が機内から放った鉄球は、機の前方を完全に破壊しながら、敵戦艦に突き刺さった。
機長を含め、全員が卞喜の後ろに下がっている。
その次の瞬間、卞喜はもう片方の鉄球で機の両翼を切り落とした。
マイアーも鎖でがんじがらめにされて回収される。
機の推進装置はもはや完全に沈黙し、数秒前までジェット機であったことすらわからないボロボロの金属片が一本の鎖で敵戦艦につながっている。

「さすが!!」
「まだまだこれからよ!!」

卞喜はそのまま鎖をたぐり、自分たちの乗っている機の残骸を敵戦艦に引き寄せた。
機長とブルーは突撃銃を構えている。

「機長!名前は!?」
「サワダです!!」

ブルーは機長の名前を尋ねた。
そうしておかなければいけないと感じたのだ。
ロビは腕時計の文字盤を回転させた。
彼の腕時計の針が夜12時を指す。
すると、ロビの体は見る見る巨大になり、膨れ上がった体長は3mをゆうに超えた。

「で・・・でけぇな!!」

自分も大男であるはずのコシチェイが唸った。
しかし、大柄な人間であるだけのコシチェイとはスケールが違う。
人狼ロビゾーメンが本性をあらわしたのだ。

「コノ姿ノ間ハ・・・理性効カナイ・・・気ヲツケテ・・・」

声も唸るような声で、かすかに人間の言葉が聞き取れる程、ゴロゴロという音が混じる異様さは全身の毛が逆立つほどの恐怖を感じさせる。
ここに残った男たちは全て世界でもトップクラスの怖いものしらずのはずなのに、全員が恐怖に身を堅くした。
鉄球が刺さった先はどうも戦艦のなんらかの通路に通じているようだ。
そこから乗り込めるとブルーは判断した。

「突入!!」

ブルーの声が響く。

「うおおおおおおおおおおお!!!」

先頭はコシチェイだった。
青装束の一団は雄たけびを上げながらなだれ込んだ。
コシチェイを盾にしてデビョルワンがどす黒いオーラを放つ。
敵の兵士は黒いオーラに身じろぎもせずにコシチェイに銃口を向け、コシチェイの胸を焦がした。

「魂がない!!アンドロイド兵・・・敵は機械だ!!」

デビョルワンはそう言うと一歩下がる。
その後ろから、機を完全に捨てた卞喜が青龍刀を抜き放って敵兵に切りかかる。

「魂があろうが無かろうが、斬り伏せるのみ!!」
「同感じゃ!!」

コシチェイが機械兵の一体をベアハッグで潰した。

「・・・生キ物ノ・・・匂イ・・・」

ロビは両拳で通路の天井を殴りつける。
金属製の隔壁をぶち破ると、中の配線らしきものが剥き出しになる。
それを両手で掻き分けるように引きちぎると、その向こう側の隔壁を更にぶち破った。

「あんたのところの若いのはメチャクチャだな。」
「私もちょうどそう思ってたところだ。」

機長のサワダが呟いた一言に、ブルーが答えた。
巨大な体をぶち破った天井の裂け目にねじ込んで、ロビは一つ上の階に行ってしまったようだ。

「隊長!どうするよ!!」

コシチェイがそう尋ねると、ブルーは

「どちらにせよ、徹底的に壊せるものを壊すしかないんだ。ロビの後についていっても問題はなかろう!」

と答えた。
一同は今度はコシチェイを殿(しんがり)にして、一転ロビの後を追い始めた。

101

「速い・・・待つんだ!!」

ロビは何の合金かも分からない戦艦の構造材を素手で引き裂きながらどんどん進む。
四肢を存分に使って敵戦艦の全く通路ではない場所を掘り進むロビに、普通の人間たちは追いつけなかった。
しかも、ロビは真っ直ぐ真上に進んでいる。
ロビが掻き分けたガレキが上から降ってくる。

「卞喜、戻って、外側からロビが目指すであろう場所に回りこめるか?」
「承知だ!」

ブルーの指示で卞喜は昇ってきた縦穴を飛び降りると、あっという間に消えた。
ブルーは

「コシチェイ!!ロビの追跡を任せて良いか!?このままだとロビが上から降らせるガレキにやられる!」
「おうよ!任せろ!!」

ブルーは追跡を断念した。
コシチェイに任せて、卞喜に続いてサワダ、ブルー、デビョルワンが穴を降りる。
登る時は必死だったが、降りる時はあっという間だ。
元の通路に降り立つと壁には卞喜の鉄球の跡が残っている。
一暴れしたようだ。
通路を見回しているとドーンと恐ろしい衝撃がそこにいた3人の全身を貫いた。
一葉にその場に転倒したが、デビョルワンは、最初に作った突入口から外へ放り出されそうになる。
ブルーもサワダも咄嗟に手も出せない。
まさに、外へ飛び出そうとしたところにくもの巣のようなものが張り巡らされて、デビョルワンはそれにかかった。

「間に合ったでござるな・・・」

どこからかマイアーがでてきた。
体は痛むようで動きがぎこちない。

- 捕らえた!

通信機からノエミの声が聞こえる。
今の衝撃は、ノエミが地上から戦艦を掴んだ事によるのだろう。

「よくやった、ノエミ。どうやってでもいい・・・このデカブツをぶっ壊せ。」

ブルーはそう言うと「指揮系統を発見、破壊するぞ」と言って、一度進むのをやめた通路の奥へ向かって歩き出した。

102

卞喜は苦戦していた。
ロビが目指したであろう場所の外壁を破ったところ、兵士の一団に出くわした。
一団はジェットのようなものを背負って空中に飛び出し、卞喜に銃で攻撃を仕掛けてきたのだ。
卞喜が操れる鎖鉄球は二振り。
その内、一振りは戦艦の外壁に突き刺して、自分の体を支えている。
もう一振りで戦うことになるが、結局のところ片手で相手しているようなものだ。

「多勢に無勢・・・!!」

卞喜自身も思わぬ苦戦に驚きを隠せない。
また、意外な弱点を最悪のタイミングでさらす羽目になった。
鎖で自身をグルグル巻きにして、防御に徹しようかとも考えるが、敵がそれを打ち破る方法を持っていたら一貫の終わりだ。

「・・・しかし、このままでは・・・」

卞喜は豪放なだけの人間ではない。
長い戦乱を戦い抜いた智将でもある。
そして、自らの最期を悟った。

「ならば、一兵でも多く敵を倒すまで!」

飛び回る的を必死で打ち落とす。
その視界に見慣れた影が入り込んだ。

「・・・クレオ!!」

漆黒の翼で風を打ち、クレオが急上昇してきた。
ジェットを背負いながらも風に煽られてふらついている敵兵とは根本的に飛行の質が違う。
獲物を掴む鷹のように卞喜を抱きかかえると、敵の包囲を一気に抜けた。

「・・・かたじけない!!」
「お互い様よ!!」

クレオは卞喜を抱えたまま戦艦から遠ざかっていたが、急に方向転換してきりもみしながら戦艦へ急接近した。

「中に入るんでしょ!?どこから入る!?」
「あの裂け目だ!!」

クレオは抱えた卞喜を目一杯加速した状態で戦艦の外壁の裂け目の中へ放り投げた。
卞喜は鉄の鎖をくねらせながら、そのまま頭から突っ込んだ。
上手く所定の場所に卞喜が収まったのを見るとクレオは満足そうに頷いた。

「なかなかナイスピッチングじゃない?」

そして、巨大な黒翼を波打たせてホバリングする。
振り返ると先ほどまで卞喜が苦戦していたジェット兵が包囲していた。

「地球の空へようこそ・・・誰がここで一番強いか決めましょう?」

そう言って翼を一打ちすると、その突風で数人がまとめてバランスを失って落下していった。

103

卞喜は全身をしたたかに打って哄笑していた。

「フハハ・・・あの女、無茶苦茶だな!!雑兵であれば今ので逝っておったわ!!」

武装する兵士が卞喜が立ち上がるのを待たずに発砲してきた。
卞喜は両手から素早く鉄球を繰り出す。
直径2mの鉄球は弾丸かビームか分からない敵弾を弾き返し、敵兵の真っ只中に突っ込んで、一瞬でその場を真っ赤に染め始めた。

「甘いわぁ!!」

敵兵は異世界の言葉で口々に何か叫んでいるが、卞喜の殺戮が止まらない。

「我が名は卞喜!!字は捨てた!!銀河系の端にあれども我らが地球、簡単にはくれてはやらぬわ!!」

中原の秋を思わせる黄色い装束で二条の流星鎚を舞うように振り回す。
その軌道は流麗で幻想的だが、その鉄球の物理エネルギーは敵にとっては避けがたい現実だった。

- 卞喜!敵の中枢らしきところを掘り当てたとコシチェイから連絡が入った!!コシチェイの救援に迎え!!

通信機からブルーの声が聞こえる。

「御意ィ!」

そう答えると、卞喜は鉄球の反動を利用して、再び軍艦の外へと身を躍らせた。

104

「・・・殺せぇ!!」

ロビは戦艦の司令部を見事に掘り当てていた。

「・・・甘いな・・・死なないんだよ!!」

銃弾を真正面から喰らい、皮膚を飛び散らせながら、コシチェイは次々と異星人を撲殺していく。
カラバ城で翻訳に使われていた護符が異星人の叫びを伝える。

「・・・地球人は・・・不死身か?」

コシチェイは残忍な笑みを浮かべて、おののく敵兵を別の敵兵のヘルメットで殴打した。
ロビはその渦中で獣の姿のまま右往左往している。

「若僧!!やらねぇとやられるぞ!!お前が守りたい地球や人類を守るためには、今ここでやっとかなきゃいけねぇんだ!!どれぐらいやれば良かったとかはあとで考える事で今考える事じゃねぇ!!徹底的にやるんだ!!」

コシチェイはなおもうろたえるロビをを一瞥すると、逃げようとする兵士をそいつが座っていた椅子に叩きつけながら言った。

「恐らく、こいつらの中に悪人はいねぇ。・・・しかし、戦争は悪人が起こすもんじゃねぇ、善人が起こすんだ。」

獣の瞳の中で何かが揺れた。

「・・・フタツノ・・・正義・・・」

コシチェイはロビの呟きには耳を貸さず逃げ惑う敵兵の一人の首をへし折る。

「司令官殿!!お逃げください!!」

その声のする方を見ると、見るからに身分の高そうな連中が、物陰から飛び出して、大きな扉に向かって走っているのが見える。

「隠れていやがった!!」

コシチェイがそう悪態をつく。
大きな咆哮をあげて、ロビがその扉へ突っ込んだ。
手当たり次第にそのへんを引っ掻き回す。
ひとかきするたびに、元が何だったか分からないような肉片が飛び散る。
叫び声が入り混じる。

「殲滅機雷を使うぞ!!」

そう敵陣から聞こえた瞬間、艦内にブザーが鳴り響いた。
そこにブルー達や卞喜も駆けつけた。

「殲滅機雷とはなんだ!?」

ブルーが言うとマイアーはその辺で傷を負って転がっている敵兵の耳の後ろを指で突いた。

「知っている事を吐くでござる。」

敵兵は虚ろな目で語り始める。

「この星の住人を全滅させる・・・もし全滅しなくとも、残った住人は無力化される。」

マイアーが指を抜くと、兵士は白目を向いて絶命した。

「地球人と構造が同じで助かったでござる。」

しかし、助かってなどいないことは一同、重々承知の上だった

「くそ!その殲滅ナントカっていうのは未知の攻撃ですよね!!」

サワダが機銃を乱射しながら叫んだ。
敵はどんな犠牲を払ってでもこの来訪者たちをこの場に足止めするつもりのようだ。

「・・・ここって一体どこなんでしょうかね?」

サワダが物陰でマガジンを交換しながらそう叫ぶ。

「こいつらの軍隊がどうやって統制されているかすら分からん!!考えても無駄だ!!」

ブルーが敵兵のノドをかかとで引き裂きながら言った。
逃げていった軍司令らしき連中が気になるが、敵の攻撃が熾烈で追えないのだ。
当初、銃だけで戦っていたはずの敵だが、オレンジ色の光で出来たサーフボードのようなものを構えた連中がやってきた。
恐らく「何でも切れる」的な刃物なんだろう。
コシチェイであっても胴体を両断されれば、戦闘力を失う。

「皆、私の後ろに隠れてくれ!!」

デビョルワンがそう言い終わらないうちにどす黒い瘴気をのような影を纏った。
生命を吸奪せしめる黒い影は這うように進み、敵兵の魂を貪り食う。
しかし、全包囲はカバーできないらしい。
デビョルワンの後ろから兵士が殺到し始める。
デビョルワン自身は遠距離から銃で狙われて、肩口をモロに撃たれた。

「あまり、名案ではなかったな・・・他の者が動けなかった分、逆に戦況が悪化したぞ!!クソッ!!」

ブルーが珍しく悪態をつく。

「ぐわぁ!!」

コシチェイの右腕が銃撃でとうとうちぎれ飛んだ。
敵兵の真っ只中に落ちる。

「将軍閣下万歳ィィィィィィ!!!」

ブルーはそう吼えると、一際高く跳躍した。
機銃を乱射しながら敵兵の頭を踏みつけ、その隣の肩を蹴り更に跳躍し、宙返りをしながら機銃の銃床で手近な頭を殴打する。
そして、コシチェイの腕が落ちた場所に着地すると、コシチェイの方へ蹴り飛ばした。

「ブルー!!」

ブルーは敵兵にもみくちゃにされて見えなくなった。
コシチェイは自分のちぎれた腕を掴むと、傷口に押し当て即座に再生した。

「くそったれがぁ!!」

そのまま雄たけびを上げてブルーが埋もれたあたりに突っ込む。
ロビも全く同じことを考えていたようだ。
腕の一振りで敵兵を一気になぎ倒し、真っ赤に染まりながら、ブルーのところへ駆け寄った。

「私は大丈夫だ!!」

ブルーは3人ほどの敵兵の屍の下から這い出てきた。

「クローンか・・・こいつらクローンの兵士だ!!」

デビョルワンがそう叫ぶ。
デビョルワンが彼らの魂から感じていた違和感に対する結論だ。

- ブルー!!艦から何か発射されたわ!!

通信機からノエミの声が聞こえる。

「恐らくやつらの兵器だ!!全力で止めろ!!」

途端に艦がぐらついた。
地上何mか分からない上空で、ノエミは島ほどもある戦艦を宙吊りにしていたのだろう。
その支えが消えて艦が再び降下(落下)し始めたようだ。

- 戦艦が再び動き始めた!!

次はクレオだ。
これだけ破壊してもこの艦は落ちないらしい。

「クローンの兵士をいくら潰したところでダメだ・・・!!」

サワダが悲鳴をあげる。
ブルーはいつしかこの部屋の中央でお互いの背中を守りながら戦うのが精一杯の一同を見回した。
マイアーはもう立てないらしく膝をついた状態で手裏剣を投げている。
近接戦に向かない鎖鉄球ではなく、剣を持って戦っている。
サワダは弾切れになったらしく銃をバット代わりにしてひたすらに殴りまわしている。
ロビは以前元気だが、巨体は傷だらけで、敵の攻撃から仲間の背中を守るのがやっと。
コシチェイに至っては殺しているのか殺されているのか分からない状況だ。
お互いが力を発揮できない状態だった。
味方を守れば敵は倒せず、敵を倒せば味方は守れず、味方が減ればそもそも勝てもしないだろう。
そして、悪い事に「殲滅機雷」とかいふざけた名前の兵器は既に発射されたらしく、ノエミがあたっているが、兵器が何かも分からなければ、ノエミに止められるのかも分からない状態だ。
そして、この戦艦は巨大すぎて落とせない。
このまま戦っていれば消耗する。
その時、ブルーの腹部に焼け付く痛みが襲った。
腹部を打たれたのだ。
ブルーは渾身のチャギを放ち、目の前の敵をまた一人倒した。
しかし、致命傷を受けたようだ。
出血が激しい。
もはや強がりはいえない状態だった。

「負傷した!!指揮を卞喜に譲る!!」

卞喜は即座に叫んだ。

「中央突破!!血路を開いてここを脱する!!体勢を立て直すぞ!!ロビ、かの扉のところまで突っ込め!!我らの守りは考えるな!!」

ロビは卞喜の言葉に従った。
それまで360度に神経を研ぎ澄ませて、仲間に襲い掛かる敵兵の攻撃を、その巨体で食い止めながら戦っていたのだ。
魂を枯らすような咆哮をあげて、扉まで突進した。
死屍累々、踏み砕きながら、背後に仲間がついてきてくれと願う。
コシチェイがマイアーとブルーを抱えてその後ろを走った。
マイアーは抱えられながら煙幕を張る。
サワダと卞喜は手探り状態でその後を追った。
扉の外がどうなっているか分からない。
サワダは誰かにつかまれそうになったが、持っていた弾切れの銃を投げつけて逃れた。

105

扉の外も兵士の群れが溢れていた。
しかし、天井が高い。

「天命我にありだ!!」

卞喜は高い天井に向かって鉄球を打ち込んだ。

そして、反対の鎖鉄球で味方を巻き取る。
そのまま、天井に刺さった鎖を縮めて、味方を全員巻き上げた。

「デビョルワン!!やれ!!」

卞喜の声に呼応して、デビョルワンは鎖に巻き取られぶら下がったまま、味方がいなくなった下方に向けて黒い瘴気を放つ。
殺虫剤で倒れる蚊のように、一気に敵が殲滅された。
しかし、部屋の外からは更に新手が迫る。
デビョルワンは瘴気で扉の入り口をふさいだ。
これで、時間が稼げる。

「マイアー!ブルー!大丈夫か!?」

コシチェイがそう言いながら二人を降ろす。
見ると、熊のような顔を涙でぐしゃぐしゃに濡らしていた。

「・・・大丈夫でござるよ・・・拙者は置いて・・・地球を救ってくだされ・・・」
「・・・俺は置いていけ・・・」

卞喜が一喝した。

「置いていったところでどうにかなるものではないわ!!この戦艦を破壊し、やつらが発射した兵器をつぶさねばならぬ!!」

卞喜の言葉にサワダがうな垂れた。

「外にいるノエミが両方ともなんとか・・・できませんかね?」

そこへクレオから通信が入った。

- ノエミに敵が殺到してる!!やられちゃうよ!!

ブルーは薄れる意識の中で「ヨーエルがいれば」「ハンがいれば」と考えた。
総力戦でなければいけなかった。
何かを温存して勝てる戦いではなかった。

- 俺を忘れてないか?

通信機から聞こえてきた声はレンツォだった。
その次の瞬間、凄まじい爆音が聞こえる。

- ホワイトハウスからお邪魔するぜ!!

ホワイトハウスの屋根の上に特別に足場を作って、その上にレンツォは弓を構えて立っていた。
地平線の先のメキシコに向けて矢を放っているのだ。
その傍らにはレイがいた。
敵戦艦の位置を解析し、レンツォに狙う角度を指示しているのだ。
レンツォはそのために作られた特別製のモノクルをはめていた。
水平線の彼方へ向かって放たれた矢は、矢を引いた強さに応じて地球の重力に引かれながら丸い地球の上を飛んでいく。

「レンツォ!!もっと弱めです!!」
「了解!!」

レンツォにとっては見えない相手を射る、初めての体験だった。
液晶のモノクルには仮想目標が表示されているが、1ドットのずれが数千km離れたメキシコでは数kmのずれになる。
そのうち一本がやっと命中したのだ。

- 貴殿はまこと凄まじい弓使いであるな!!

通信機越しに卞喜の声を聞くと、レンツォは「まあな」と笑った。

106

戦艦に異変が起きた。

- 止まったわ!!

クレオの声だ。
レンツォの矢が戦艦の推進期間を貫いたのだ。
止まった標的を射るのは容易い。
しかし、レンツォには別の戦いが待っていた。

「レンツォ!母船からの攻撃です!ミサイル・・・だと思います!すごい数だ!!」
「俺が全部落とす!!レイ、サポートしろ!!」

クレオが悲鳴のような声をあげる。

- ノエミがやられちゃう!!

卞喜は渾身の力で鉄球を繰り出した。
戦艦内から外へと続く新しい穴が穿たれる。

「突破するぞ!!ノエミとクレオを救援する!!」

満身創痍の男たちは出来たての新しい突破口に歩き出した。

107

優れた民を生み出そうとすれば、優れた人間を集めればよい。
そして、優れた子孫を残せばよいのだ。
地球を付け狙った文明は、過去にその方法を徹底した。
結果、優れたクローン技術を発達し優れた人間による、優れた国家を築いた。
成功には見えない副作用があった。
百年ほどの間に、莫大な遺伝子情報を失ったのだ。
民は優れていて、なおかつ均質だった。
自らを「選ばれた民」だと考えるに至った。
しかし、失われた遺伝子情報に彼らを生かす多くの情報が入っていた。
太古の時代から受け継いだ財産とも言うべき「劣った形質」を捨て去った彼らは、度重なる伝染病の脅威と、出生率の低下に苦しめられた。
遺伝学の罠に気付いた彼らは、救世主となりえる劣った人間を捜し始めた。
未開の地で彼らはついに自然婚で社会を形成している、小さな部落を見つけた。
「選ばれた民」達はうち捨てられた辺境の民の中に失われていた多くの遺伝情報を見つけ出した。
そして、小さな部落の民たちは「選ばれた民」によって、もっとも価値ある血統として保護された。
それは、彼らが惑星震によって通商連合の保護を受け、奴隷となった後も続いた。
奴隷の中でも、特に「劣った」人間達は特別だった。
そして、その内の一人は恐るべき力を秘めていた。
話は少し戻る。
地球人類は惑星震に対抗するべく、超人を生み出していた。
地球創世の時代、多くの亜神と呼ばれる存在が地球に溢れかえっていた頃とはわけが違う。
彼らの多くが別世界人であったり、分類の難しい人外であったりしたわけだが、今、地球で戦っている多くは地球人たちだ。
人類は地球の危機に怯え、その遺伝子の中に見えない警鐘を鳴らしていた。
その鐘の音に応えたのがヨーエルであったり、ハンであったりするわけだ。
そして、この鋼鉄の右ひざを持った男もその一人だった。
神行太保志村牧人。
この名の響きになにがしか感じずにはいられない。
神行太保志村牧人。
神行法行者の中でも最高位に君臨する存在にのみ許される称号だ。
神行太保の名前は一国の首長にも匹敵するべきであり、また全ての人民に称えられるべき至高の存在だった。
当然それには義務を伴う。
神行太保たる者、自らの責任を知り、果たさねばならない。
志村牧人は見えない敵艦の気配を察知し、大気圏を離脱するに充分な速度で跳躍した。
南米メキシコ、砂漠の環境を一変させるような恐ろしい速度で加速し、衝撃波を撒き散らし、砂煙を巻き上げ、樹齢数百年のサボテンを木っ端微塵にしながら跳躍した。
神行太保の名誉は守られなくてはいけない。
神行太保は戦艦の真芯を捕らえた。
少なくとも、その軌道で跳躍した。
しかし、戦艦は落ちなかった。

「させるかあああああ!!!」

神行太保の目に映ったのは火球だった。
そいつが、神行太保めがけて突っ込んできたのだ。

「何ぃ!!」

火の球に見えたものは人間だった。
戦艦から飛び出したということは宇宙人であろう事は、神行太保の目にも明らかだった。
下半身に炎を纏った屈強な男が、雄たけびを上げながら神行太保に抱きついた。
神行太保の軌道が変わる。
しかし、多少それた程度の事で、戦艦の外壁や装甲板を引き剥がしながら大きな裂け目を作った。

「誰だおまえ!!」

神行太保がそう叫ぶと、屈強な青年は神行太保を睨みつけた。

「アベデネゴだ!炎のアベデネゴ!!」

神行太保はニヤリと笑う。

「志村だ!神行太保志村牧人!!」

アベデネゴは下半身の火の球でジェットのように空を飛べるらしい。
神行太保はアベデネゴの手首を取りを羽交い絞めにした。

「なにをする!!」

神行太保は答える。

「おまえ、俺を置いて地球に戻るつもりだろう!?俺は一度飛んだら方向転換できないからな。どうせ帰るなら連れ戻してくれよ。」

神行太保がそう言うとアベデネゴはなぜか穏やかな声で答えた。

「それは無理だ。周りを見ろよ。もう大気の外だ。」
「うん?」

確かに青い地球が丸く見えるほど地上から離れたようだ。
アベデネゴは答えた。

「俺は真空で生きられるほどタフじゃない。あんたは何かしらのバリアーを張っているから気付いてないようだが、あんたから離れれば俺も死ぬよ。」

神行太保はそう言われて気がついた。
そもそも、神行太保はマッハを超えると空気の壁を切り裂くバリアーのようなものに守られるのだ。
どうも、その内側の空気は宇宙でも漏れ出さないらしい。
そうしている間にも地球はゆっくりと遠ざかる。

「あんたを連れ帰れば、俺たちの脅威になる。俺はあんたと心中さ。」

アベデネゴはそう言ってため息をついた。
神行太保はアベデネゴが深い傷を負っていることに気付いた。
ニーランチャーの軌道を体を張ってそらし、戦艦と膝の間に挟まれた状態で、戦艦の装甲をえぐったのだ。
ただで済むはずがない。
背中から大出血し下半身の炎も消えかかっていた。

「おい!しっかりしろよ!!先に死ぬなよ!!」
「・・・無茶言うな・・・」

志村は急に泣きそうになった。

「お前のパワー、もっと見せてくれよ!!ケンカしようぜ!!おまえはすげぇ奴だよ・・・この神行太保の膝を止めたんだぞ!!」
「・・・当たり前だ・・・俺も、おまえと同じくフィールドエナジーを使えるんだ・・・」

神行太保の全身の毛が逆立った。

「・・・おまえ今何ていった?」

アベデネゴはだんだん意識が朦朧とし始めていたが、神行太保の声に目覚めた。

「・・・フィールドエナジーだ。使えるんだろ?」

神行太保はその言葉にひどくひっかかるものを感じた。

「・・・どんなものなんだ・・・教えろよ!!」

アベデネゴは失血に目が眩みながらも、気圧されて(けおされて)答えた。

「空間をエネルギーに換えるんだよ・・・そうじゃなきゃ、俺もお前もこんなでかいエネルギーを使えるわけないだろ?」

その言葉を聞いて神行太保の全身が輝きだした。

「・・・てっきり・・・七美の作る飯が高カロリーなんだと思ってたぜ!!」

アベデネゴがその言葉を聞いて

「おまえアホか?」

と呟いた。
神行太保は空間を体内に取り込み始めた。
体の中でそのエネルギーが躍動するのを感じる。
そして、神行太保は深い眠りに落ちた。

108

牧人は神行法の歴史を逆向きに遡って眺めていた。
自らの歩みを眺め、若き日の吉田を眺める。
中国大陸で脈々と伝えられる神行法を更に遡ると、シルクロードを一夜で走り抜けるシリア人を見た。
片足の男が6人の男と愉快な旅をしている。
義人も悪人も神行法に関わった人の歴史をひたすら眺めた。
そして、ついに美しい石造りの円柱を持つ神殿が高い山の上にそびえている景色の中にいた。
翼の生えた帽子と靴を履いた若者が志村の前に立っている。

「ごきげんはいかがかな?」

歴史探訪ツアーの中で初めて志村は話し掛けられた。
驚いた。

「わ!ご・・・ごきげんは・・・まあまあです!!」

若者は爽やかに笑った。
金髪に碧眼で、真珠のように滑らかな肌にゆったりとした衣をまとって、不気味なほど美しい姿をしている。

「君がみているのは幻だ。いわば、神行法の遺伝子が見せている幻だ。神行法は私が選ばれた人間に教えたフィールドエナジーを操る技術の1つだ。誰でも使えるわけではない。選ばれた人間のみが手にする究極の力の1つだ。」
「は・・・はい。」

志村は緊張していた。
若者は続ける。

「フィールドエナジーは満ち溢れる空間子を取り込みエネルギーに換える事で得られる、無限のパワーだ。しかし、それは限られた者にしか出来ない。この惑星の人類が空間子を観測するのはもっとずっと後だ。そして、星の世界を駆けるこの力は人類にはまだ早すぎる。しかし、フィールドエナジーを知った君であれば、その全ての力を使いこなせるであろう。」

志村は全く偶然にその言葉を耳にしただけだったのだが、力は欲しいので黙って頷いておいた。

「君は銀河を駆け抜け、いつの日か特異点をまたいでタキオンとなり、次元の端から端までを理知の壁を越えて走りぬける力を手にするだろう。使い方を誤まるな。どんなに強い力であろうとも、悪であれば滅ぼされるのだ。君が守る正義は君が決めろ。そして、力を持つものとして義務を果たせ。正義の使者として、全宇宙を駆け抜けろ!」

そう言いながら若者は徐々にかすんで見えなくなった。
神行太保は両足に痛みを感じた。
目を開けば羽交い絞めにされているアベデネゴの後頭部が見える。
アベデネゴを抑える腕を緩めると、自らの両足を見た。

「・・・なんだ・・・死んだと思ったぞ!」

アベデネゴが驚いてそう言った。
神行符が光っている。
そして、自らの形を変化させている。

「神行太保死す!!」

そう叫ぶと宇宙空間で急停止した。
地球から離れるのが止まった。

「どういうことだ?なんだそりゃ!?」

アベデネゴが困惑した表情で神行太保を見ている。
神行太保は満足そうに上も下も分からない宇宙空間に仁王立ちしていた。

「『使者』と呼んでもらおうか・・・『使者』志村牧人と!」
「シンコウタイホウが何かは知らないが、だいぶ格下げしてないか?」

志村は少し迷ってこう付け加えた。

「・・・なら、こう呼ぼうぜ。『宇宙の使者』志村牧人でどうよ?」

そう言うとアベデネゴを小脇に抱えて、宇宙空間を疾走し始めた。
彼は空間という概念を理解したのだ。
そして、彼は空間を蹴る事が出来た。
それは当然の事であり、神々の使者と呼ばれたメルクリウスの再来だった。
メルクリウスで分からなければヘルメスでもアポロンでも、過去の事はどうだっていい。
人類最強の男は、今、地球を目指して走り出した。

109

地球では異星人の総攻撃に卞喜率いる愚連隊が苦戦していた。
戦艦の中ではクローン兵が大量生産されている。
ノエミは「殲滅機雷」なる大量破壊兵器としか思えない物騒なブツをありったけの力で封じ、その周りを他の面子が守っているような状態だ。

「古の契約を思い起こせ!汝が主(あるじ)マーリンに応えよ!!」

マーリンが瞬間移動してくるや否や、特大の雷を放射した。

「・・・マーリン!!きたのか!!」

マーリンは真紅のローブを着て、何で出来ているのかも分からない白い杖を持っている。
懐に手を入れると、葡萄の樹木の模様に彫刻が施された、ガラスの瓶を取り出す。

「傷は癒えぬが、これで動けるようにはなるぞい!!」

ブルーとマイアーにふりかけると気を失って倒れていた二人は立ち上がった。

「感謝する!!」
「かたじけないでござる!!」

そう言って、戦列に加わった。
マイアーの戦線復帰で、一気に形勢が傾いた。
それほどまでにマイアーは強力だった。
マイアーの分身が押し寄せるクローン兵を掻き分けて、戦艦へなだれ込む。
どれが本体なのか、全部本体なのかは分からない。
敵勢力は大混乱に陥った。

「敵の攻め手が緩んだ今こそ好機ぞ!ノエミ!その物騒なものを地球の外へ弾き飛ばす!!」

卞喜は猛然と鎖鉄球を振り回し始めた。

「どりゃあああああ!!!!」

ノエミは殲滅機雷なる巨大な黒の球体を血の檻の中に閉じ込めていた。
その檻を目掛けて鉄球が命中した。
檻ごと殲滅機雷は弾かれて飛び上がった。
それに引っ張られてノエミの体も持ち上がる。

「クレオ頼んだぞ!!」
「分かってる!!」

卞喜に吹っ飛ばされた殲滅機雷とそれにつながったノエミをクレオが追いかけて飛翔した。
直後に、いつしか着陸していた戦艦で新たな爆発が起きる。
レンツォの矢が命中したのだろう。

「勝てるぞ!!」

ブルーが叫んだ。
クローン兵の攻撃が止んだ。

「・・・何が起きた?」

コシチェイがいぶかしげにそう言った。
そして、呆然と立ち尽くしているクローン兵の一人の首根っこをつかんで詰問する。

「・・・どうした!?何があった!?」

クローン兵はヘルメットを脱ぎ捨てて答えた。

「・・・我々の負けだ。母船は通商連合に援軍を要請する。俺たちもお前たちも・・・終わりだ。」

そう言って急に泣き始めた。

     


「なんで、俺たちの星を攻めたんだ?」

神行太保はアベデネゴに尋ねる。

「自由になるためだ。俺たちは産まれた時から奴隷の身分だった。お前らの星の惑星震は自由を手にできるチャンスだったんだ。お前ら地球人を奴隷として売れば、俺たちは大きな金を手に入れることが出来る。俺たちの民族は、奴隷から開放されて銀河市民になれるんだ。俺たちはもう野蛮人じゃない、文明を持った市民だ・・・そう胸を張りたかったんだ。・・・きっとな。」

志村はため息をついた。

「無理だな。俺たちがさせないよ。」

アベデネゴは頷いた。

「俺の力があれば何とかなると思ってたんだ。でも、お前らの星にはもっとすごい人数の超人がいやがった。きっと、通商連合に援軍を要請するだろうな。そうなったら、俺たちはまた何十世代も奴隷の身分だ。おまえたちもそうだろうな。」
「なんだって?」

志村が聞き返した。

「通商連合の援軍がきちまったら、俺たちもお前らもひとたまりもないんだよ。奴らにとっては惑星1つケシ炭にすることなんて造作もないんだ。」

地球の大気圏内を目指しながら二人がそんな話をしている。
ちょうどその頃、地球ではケットシーも通信機越しに同じ事を言っていた。

- 援軍を呼ばれるのは誤算ですが、通商連合にとっては地球を立方体に整形する事ですら造作もないことなんですよ。逃げましょう。赤月のヴァルハラだって多少てこずる程度で、結局連中に占拠されるでしょう。

ケットシーは真剣だった。

「何とかならねぇのか!?」

コシチェイが吼える。
ケットシーは無言だった。

111

月の裏側に隠れた母船の中では、通商連合へ援軍要請する決議が採択された。
数万人はいるだろうか、野球場のような規模の建物は議事堂のようだ。

「悲願・・・ならず・・・」

議長らしき人物がそう漏らす。
苦渋の選択だった。
彼らは地球侵略のために惑星級貨物船と揚陸戦艦などを通商連合から借りていた。
その他、銀河の中心から辺境の地球に進軍する経費もそうだった。
そして、今、揚陸戦艦が完全破壊されようとしている。
仮に母船を落とされれば、通商連合への借金はもはや有史中には払いきれないほどになるであろう。
それならば、今回の借金を一旦返し、次のチャンスを待ったほうが良いと考えたのだ。
しかし、それは数百年後になるかもしれない。

「悲願ならず・・・」

また同じ事を誰かが呟いた。
地球戦力への見通しが甘かったのだ。
地球を滅ぼす事は可能でも、それはできない。
しかも、大打撃を与えようと投入されたはずの殲滅機雷が無力化された。
予想外の白兵戦で司令系統はズタズタで、戦闘が続いているという事しか分からない。

「タキオン通信を開け。援軍要請を行なう。」

通信手が通商連合への通信を開始する。
議長はそれを黙って待った。
長い時間が立つ。
静粛だった議会場が次第に騒然とし始めた。
苛立つ議長に通信手が口を開く。

「議長、通信が行なえません。」

議長は平静を装いつつ答える。

「どういうことだ?」

しばらくすると議事堂に技術者達が集まり始めた。
通信機のトラブルだと判断したのだ。

「議長、ここのはダメです。中央通信室へおいでください。」

議長は目を閉じて頷いた。
議長と議会の重要なポスト達が議事堂を後にする。
惑星級貨物船は名前の通り惑星級の規模の宇宙船だ。
内部を移動するにもかなりの時間がかかる。
この深刻なトラブルに議会は揺れていた。

112

神行太保志村牧人は宇宙空間で異変を感じ取った。

「アベデネゴ・・・感じるか?」

アベデネゴが答える。

「なんか、大きな力が働いてるな・・・」

しかし、そう言ってアベデネゴはぐったりとした。
そもそも志村に抱えられているのだが、そのうえ力なくぐったりとした。

「・・・このままだとこいつは死ぬな・・・」

志村も宇宙空間を走るきっかけをつかんだに過ぎない。
地上のようにどこまででもあっという間というわけではない。

「・・・月の裏に母船があるって言ってたな。」

志村は月の裏に目標を定めて再び走り出した。

113

「くっくっく・・・かっかっかぁあ!!!」

マーリンの哄笑が響き渡る。
マーリンが出陣したのにはもう1つ理由があった。
キリマンジャロでの交戦で鹵獲した捕虜からマーリンが得た情報は、単に敵戦力についてだけではなかった。
マーリンはテレパシストのムブレイニ・グメダの力を借りて、彼ら異星人らの精神構造を解析し、彼らのための催眠術の開発に着手していたのだ。
秘術のマーリンはやり遂げた。
敵、異星人をまとめて操る強力な術を完成したのだ。
確かな勝算があってでしゃばってきたのだった。
そして、今まさにそれが「キマった」。
高らかな詠唱と充満する秘薬の香りで異星人たちの判断力を根こそぎ奪い取ると、戦艦のブリッジを占拠し、すでに度重なる攻撃でくず鉄寸前になっていた戦艦を我が物とした。

「こいつは動かせるのか?」

貧血で青ざめたブルーがつぶやく。
地球の彼らもまた母船を目指そうとしていた。

114

敵の母船は騒然としていた。
恒星間通信が使えないばかりか、一人の地球人が母船目掛けて走ってくるのが見えたのだ。
そいつは宇宙空間を軽やかに走り、分厚い隔壁を蹴り破って母船に潜入した。

「使者志村牧人・・・参上!!」

小脇に抱えたアベデネゴをその辺の安全なところに転がす。
志村は知らないのだが、この隔壁を蹴破った事で減圧が発生し多くの尊い命が危険に晒された。
気圧の異常を検知して幾重にも安全装置が働く。
けたたましく警報音が鳴り響く。
そもそも、音速を破って走る志村には突風とか異常減圧の類いは害を成さないらしく、平気な顔をしているが、志村が作った隔壁の穴に向かって空気が吸い出される。
安全装置が働いて、空気の漏れが止まり、再度、加圧され、警報音が止んだ頃になって、やっと敵に動きが見られた。
志村とアベデネゴを軽装の警備兵達が取り囲んだ。

「地球からはるばる来たぜ!!・・・こいつはお前らの仲間なんだろう?手当てしてやれ。俺のヒザくらったんだ。」

志村はそういってアベデネゴを指さす。
異星人たちの顔は地球人と相違ないように見えるが、男性は男性ですべてある1つのタイプ、女性は女性である1つのタイプの顔立ちしか見受けられない。
これは、ヘルメットをかぶって武装した兵しかみていない地球の連中にとっては未知の違和感だった。
神行太保・・・もとい使者志村牧人は、転がしたアベデネゴの顔をみる。
アベデネゴは目の前に居並ぶ異星人たちとはいまいち違う顔をしている。
志村は不安になって、アベデネゴにふと尋ねた。

「おまえ本当に同じ星の人間か?」

アベデネゴは苦しそうに息を吐きながら答えた。

「俺は・・・少数派なんだ。やつらは”ほぼ”クローンさ。」

志村はあごに手を当てて首をひねる。

「言ってる事がよく分からねぇな・・・まあいいか。でも、お前の仲間に間違いないんだな?」

アベデネゴは無言で頷く。
その間も異星人たちは志村の隙を狙っていた。
異星人の一人が志村の死角から銃を構える。
志村は衝撃波を撒き散らしながら射線を逃れた。
その衝撃波で地面に転がっていたアベデネゴを含む数名が吹っ飛ぶ。
先ほどの減圧と、今の衝撃波でこの部屋化ホールか分からない場所の物というものがひどい損傷を受け、元が何の部屋だったのかすら分からない有り様になっている。

「・・・バ・・・カヤロウ・・・。」

アベデネゴが恨み言を言った。

「だ・・・誰か俺の事狙った?」

志村はそう言って周りを見回すが、近くに立っているものはほとんどいない。
志村はビクついているが、敵はもっと萎縮している。

「・・・こいつは一瞬で音速を超えるんだ!!こいつが本気になればこの船だってひとたまりもないぞ!!援軍がくるまでおとなしくしてろ!!」

志村は激昂するアベデネゴの言葉を聞きながら、つい先日、若く美しいノエミ・ローゼンになす術もなかったことを思い出して苦笑いした。
しかし、一瞬でマッハを超えたのは志村自身驚いた。
「何もない」宇宙空間を走るのはまだまだ慣れずに一苦労だったが、自分の能力は飛躍的に上がっている。
志村がそう考えていると、敵兵の一人がうな垂れて呟いた。

「こんなこと敵の前で言って良いか分からないが・・・援軍が呼べないんだ。恒星間タキオン通信がダメなんだよ。」
「なんだと?」

アベデネゴはそう言って本当に意識を失った。

115

敵母船にチーム全員が集結するのにそうたいした時間はかからなかった。
地球が敵のナブルカ人勢力から全面降伏を勝ち取ったのだ。
タキオン通信は回復しなかった。
特別な地球人たちは輸送船の中に作られた議事堂の中心にいた。
全面降伏の文書を地球語の主要五ヶ国語とナブルカの主要な言語で書き締結する。
現在、この通商連合から借り受けた母船以外に領土も人権も持たないナブルカとの、講和ではなく全面降伏だった。

「ワシらにとっては得がたい幸運じゃった・・・。」

沈鬱な空気に包まれる議事堂でマーリンはそう呟いた。

「それはちがいますね秘術のマーリン。」

その空気を破るように議事堂に入ってきた男がいた。
彷徨のアハスヴェールだった。

「おぬし、こんなところまで!」
「久しぶりですね。皆々様もお元気そうで何より。」

実際、ブルーとマイアーは危険なので地球に置いてきたのだが、特に戦艦に突入した面々はズタボロの姿だった。
マーリンは抜け目のない目でアハスヴェールをみた。

「どうやってここに着たんじゃ・・・また『それはちがう』とはどういうことじゃ!?」

アハスヴェールはなにかとてつもなくイタズラそうな表情をした。

「まだ分かりませんか?私ですよ。通信をジャミングしてるのは私です。太陽系をスッポリ、タキオンを通さない電磁場の雲で覆っています。」

議事堂が騒然とした。

「・・・なんだと!?」

ナブルカの議長が怒りにも似た感情を含んだ声でそう言った。

「太陽系の外へ逃げればあるいは良かったんでしょうがね・・・太陽系は今、光速を越える粒子を遮断しています。残念ですが。」

議長は声を荒げた。

「地球にはそんな技術はない!!タキオン通信のジャミングができる技術があれば、地球は通商連合の・・・いや、銀河団でも屈指の文明ではないか!!」

アハスヴェールは「イッヒッヒ」と笑った。
笑い声は収まらない。
なにかの精神のタガが外れたように笑っている。

「・・・不愉快だな!!全面降伏したとはいえ、そのように笑われる謂れはない。」

その様子をみてノエミは口元を押さえた。

「あなた、もしかして!!」

アハスヴェールは手の平でノエミの言葉を遮る。

「・・・もうちょっと黙っててよ。この瞬間を人類誕生の前からずっと待ってたんだから・・・イヒヒヒヒヒヒ!!」

そして、議事堂の最上段へ駆け上がると、アハスヴェールは叫んだ。

「電磁の帝王アハスヴェール・ゴールドバーグが私の本名だ!!母さん!!父さん!!やったよ!!私は地球を救ったよ!!ナブルカからも!!通商連合からも!!」

その傍らに久しく姿を消していたコヨーテの姿が現れた・・・がその輪郭はひどくぼやけていて、一瞬で霊体の類いだとわかった。
デビョルワンが手をかざすと、コヨーテは実体を得た。
コヨーテはアハスヴェールを尻目にマーリンのところへ歩み寄ると、あのいつものイタズラそうな笑みを浮かべた

「どうだ?トリックスターの名に恥じぬ働きだろ?」

マーリンは驚きに息を弾ませながら尋ねた。

「・・・おまえ何をした?」

トリックスターはマーリンの肩に親しげに腕をかけると、小声で話をはじめた。

「吉田っていたよな?あいつと結託して雷神いおんとアハド・ゴールドバーグを相打ちさせたのさ。前回の地球の歴史であいつらが相打ちになる直前で横ヤリが入るのはわかってた。だから、相打ちさせるところまで試合を引き伸ばしたんだ。・・・結果、吉田は死んだけどな。」

志村はその話を聞いて怒るどころかニヤニヤと笑い始めた。
コヨーテの話をまだ続く。

「・・・それでな、相打ちになって死ぬ瞬間・・・そう例えば1かける10のマイナス24乗ぐらい手前で、俺様が鋭い技で二人を攫った(さらった)ってワケだ。そのあと、恋に落ちた二人には誰にも邪魔されず原始の地球で暮らして頂いたんだよ。俺って良い奴だろ?」

マーリンは「はあ・・・はあ・・・」と意識も絶え絶えに頷くだけだった。

「・・・でな、人類発祥前だったわけだから、地球と契約したイモータルは俺しかいないわけだから、その特権を利用して、二人の力を受け継いだ息子のアハスヴェールをイモータルにしたって訳よ!」

それだけ話して、コヨーテは急に寂しそうな顔つきになった。

「だから、俺は本当は俺が救えなかったもう1つの地球の未来と一緒に消えてんのさ・・・でも、楽しかったろ?・・・デビョルワン・・・もう良いぜ、還るよ。」

トリックスターがどうやってタイムスリップを行なったのか、また並行世界を股にかけたのかは誰にも分からない・・・とマーリンは考えた。
今のトリックスターの説明で、その顛末を理解できた者はあまり多くなかったが、アハスヴェールなる人物が太古の世界から地球上を彷徨っていたアハド・ゴールドバーグと石井いおんの息子だという事は理解できた。
デビョルワンが何かする前に、地球の歴史という歴史を引っ掻き回し放題引っ掻き回したトリックスターは帰っていった。

「いけすかん奴じゃ!!」

マーリンは誰にも顔を見られないようにローブのフードで深く顔を隠して言った。


     


「惑星震・・・すごかったな・・・」

そう樋口が呟く。

「・・・もう、その話は聞き飽きたよ。」

惑星震をハンが引き起こし、ヨーエルが急冷却を行なった。
惑星という規模で行なわれた巨大な大実験を、樋口は安全距離からみていたのだ。

「・・・あのときにさ・・・急激な温度変化で弾けてとんだ巨大な塊・・・あれぜったいデカン高原だったと思うんだよな・・・」

うっとりしながら語る樋口を志村は小突いた。
志村の両足が銀色に光っている。
ナブルカの高度なクローン医術は志村の足を再生する事など造作もなかったのだが、志村はあえて両足を金属製にした。
しかし、それは遺伝子技術によって細胞レベルで同化しており、生きた金属と呼べる状態だった。
その足で志村は空間そのものを蹴り、超光速で宇宙空間を走破する。
唯一の弱点は光と同じ速さでだけは走れないということだ。

「準備ができたぜ。」

ヨーエルがアベデネゴとともに志村と樋口の元へやってきた。
見ればロビ、アハスヴェール、カラヴェラ、ハン、卞喜、レンツォもいる。
マイアーはロビに全ての技を伝えて引退した。
ノエミは契約した眷属が地球で全滅した為に戦闘力を失い、別の幸福な人生を捜している。
クエオはそもそも、戦いに向いた人間ではなかったらしく、やはり黒い兜を置いた。
コシチェイは地球が一度滅びた時に絶命した。
彼の心臓は秘術によって彼の肉体から引き離され、郷里であるシベリアの大樹の上に隠されていたのだが、惑星震でマントルに飲まれた。
コシチェイは故郷とともに滅びる運命を選んだのだった。
地球と不死の契約をしているイモータルはアハスヴェールを除いて、全て地球に残った。
唯一、アハスヴェールだけが定命に戻り、地球を離れる事を決意した。

「ここから先は、私の知らない未来です。」

アハスヴェールはそう言って笑った。

「発進準備ができました!」

小型の快速艇を入手した彼らは新生RSSSとして、宇宙へ旅立つのだ。

「将軍閣下のお許しが出ました!!私も行きます!!」

ブルーが駆け込んできた。
他にも、何人かの志願兵がナブルカと地球から集められている。
ナブルカ人は降伏後、地球に降りた。
民族融和問題が勃発しているらしいが、そんな些細なことは地球に残った連中に任せればいい。
RSSSには使命があるのだ。
民族自決の原則を、広い宇宙にしらしめなければいけない。
それが正義であろうが悪であろうが、力無く屈するマイノリティーの為に戦うのだ。

「発進!!」

小さな図体にとてつもない出力のジェネレーターを載せた宇宙船が生まれ変わった地球から栓の抜けた風船のように飛び立った。
あっというまに青い空の一点に吸い込まれて消えた。
彼らの行方は誰も知らない。

*****

「すいません、国勢調査にご協力お願いします。」

ネオ東京志村宅に地球連邦の役人がきた。

「はい、はーい。」

七美が突っ掛けを履いて玄関を空ける。

「恐縮です。一応、全国で調査することになっておりますので、志村様にもご協力いただきたく・・・」

七美はあっけらかんと答えた。

「気を使わなくて良いわよ。仕事なんでしょ?」

志村牧人は地球を救った英雄だ。
当然、その妻の七美も有名人で、この界隈で知らない人はいない。

「まず、失礼ですが、お名前と年齢、ご職業からお聞かせください。世帯主様からで・・・」

家の奥から志村家の子供たちが飛び出してくる。
国勢調査だろうが何だろうが来客があれば興味深々だ。

「・・・あんたたち役人さんのお仕事なんだから引っ込んでなさい!!えっとねえ、志村牧人。年齢は・・・あら?分かるの?ありがとう。うん、そうねそんなモンね。もう長らく帰って来てないから、良くわかんないの。あと、職業は・・・」

七美はそこまで言うとなにやら誇らしげな、それでいて何かが愉快でたまらないような顔をした。

「職業はねぇ・・・テロリスト!!」

     


長らくお付き合いいただいてありがとうございました。
「俺と伝説のニーランチャー」を書き始めたとき、描写を減らすのが課題でした。
「コスモス」のときに活字慣れしてない方から「字が多くて読みにくい」とか、活字になれた方でも「横書きでボリュームがある文章は疲れる」とご指摘を受けました。そのために、幾つかの作品を踏み台にして描写とストーリーのバランスを考え直してみたつもりです。なかには「軽薄だ」と感じられる方もおられるかもしれませんが、元を辿ればそもそもが重厚な人間ではないのでご容赦ください。

 志村牧人が大好きでした。私が今までに心の中で思い描いたキャラクターの中でも飛び切りに良い奴です。「俺と伝説のニーランチャー」で、弱さや脆さを隠し切れない「僕」だった志村牧人は「ブルーピーコック」では、図太さと強靭さをもった人間になります。志村が僕の中で生まれた時から、最期は宇宙を駆けると決まっていました。「俺と伝説のニーランチャー」を書き終えたときに、そこまで辿り着けずに筆をおきましたが、どうしても志村牧人が最期にどうなるのか皆さんにお見せしたかった。「ブルーピーコック」というタイトルの意味は最期まで触れませんでしたが、タイトルにこめた意味は「犠牲」です。そもそも、英国がフランスを攻撃する為に考案した幻の兵器、核地雷の名前なんですが、その中にはニワトリが飼育されるという奇想天外な構造をしていて、ニワトリが核の炎の最初の犠牲になるという兵器です。その兵器の話を聞いて思ったのは、ニワトリが可哀相とかじゃなくて、ニワトリが「俺はイギリスを救った英雄だ!」と誇ればいいんじゃないかな・・・とそういうことでした。そう考えると、なぜその兵器に「ブルーピーコック(=青い孔雀)」と名前を付けたのか、なんとなく僕なりの結論が出ました。ニワトリを焼く兵器が「ベイクドチキン」じゃあまりにも可哀相じゃないかとwせめて華々しく孔雀にしてやろうと・・・そういうことじゃないかなと考えたんですが、今考えるとニワトリに失礼ですねw

 mixiにはこの作品のスピンオフがいくつかあります。新都社は書き下ろし作品以外掲載できないらしいので、スピンオフまでどうこうするのは避けますが、下のコミュで見れます。新都社に来たのは単に、曲がりなりにもVIPの固定なんだから、恥は全部晒しておこうという邪な動機からですが、当然、漫画化してくださる方、おられましたら是非お願いします。途中で更新が難しくなった時期もありましたが、ほとぼりが冷める前に何かを書こうと思っておりますのでよろしくお願いいたします。文章書くにあたってWikiを含むかなりのサイトのお世話になりました。インターネットの世界の情報量に救われ続けた執筆作業でした、ありがとうございます。最後に、読んでくださった全ての方に心から感謝いたします。ありがとうございました。

・俺と伝説のニーランチャー(mixi内)
http://mixi.jp/view_community.pl?id=3641323

       

表紙

スナ惡 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha