「ある街で一人だけ男がいるって話し、知ってる?」
ある日、姉はテラスで突然わけのわからないことを言い出した。
「一人かどうかはわからないけど、私のクラスに一人だけ男子生徒がいます」
この台詞に姉の雰囲気は一変した。
「名前は?」
「確か、タクヤって――」
「そいつは何処にいるの?」
「わかりません。まだ登校すらしてきていないので……」
凜々は今まで以上に別人と感じて取れる。
「あ、あの……?」
「――――」
タクヤが学園へ通うようになってからは、このことを姉に話すのはいけない気がした。
「それからどうしたんだ?」
綾女は口を開かない。
家の前まで来ると、ナミが扉を開けた。
「おかえり、早かったな」
亜夕花がキッチンの方から白衣姿で答えた。
「何してたんだ?」
「なに、ちょっとした実験をね」
一行はリビングへと進んだ。
亜夕花が気を利かせて皿にケーキを盛って運んできた。
「なんだ。新しい許嫁か? 登校二日で自宅に招くとは、流石ワシの――」
亜夕花は綾女を見て頬を弛ませる。
「そんなんじゃないよ」
綾女が恭しく礼をすると、タクヤに着いてきた経緯を話し始める。
「なるほど、事情はだいたいわかった。それで?」
「家に帰るのが怖くて仕方ないんです。次に会ったら何をされるか
……それで、一週間ほど前からホテルに泊まったりしてたんですが……」
綾女の手は固く握られ、俯いた頭から表情は読み取れなかった。