「駄目」
「――お前ッ」
結衣が萌々子に襲いかかった。
しかし、その腕は萌々子を捉えることなくゆっくりと存在を薄くしていく。
「そんな……」
「申し訳ありません、タクヤ」
二人の姿が徐々に景色に溶けていった。
「どういうことだ? 天水萌々子」
「ふふ」
萌々子は一笑すると、タクヤを指して言った。
「言ったでしょう、恨んでるって。償って」
「俺を恨むのならお門違いだ」
「違う……そうじゃない。
タクヤ君は結局、現実と向き合おうとしていないだけでしょ。
だから、私が今どんな事になっているか知っておいてもらうの」
「……」
それから萌々子はタクヤを連れて家から農屋のようなところまで、それらを転々と渡り歩いた。
全てはこの反転世界における矛盾の代償だ。
男たちはその閉塞的な空間でやせ細り、気力をなくし、ただ家畜のように萌々子の施しを受けていた。
「バランスが取れないということは、衰えるということ」
「うん……」
一体何が萌々子をそこまでの使命感に駆り立てたのかはわからない。
萌々子は男たちのために時には食事を時には身の世話をする。
しかし、世界はもう元には戻らない。それがタクヤの力。
逆行しない、生み出し続けるだけの異能である。
そしてこの時、萌々子は確かに女性としての美しさを備えていた。
「萌々子は……残るんだな」
「ええ、この世界は私を必要としてくれるもの」
タクヤは自身が薄れていく中で、確かに萌々子の笑顔をみた。
「ねえ、タクヤ君?」
「ん……」
夕陽に溶け込んだタクヤの姿は曖昧だった。
「幸せって、なんだろうね」
タクヤは見失っていた何かをもう一度はっきりと自分に言い聞かせる。