Neetel Inside 文芸新都
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「この子が怒ってその子を蹴った」
「――は?」
「ぇ……」
 先生が来た頃には、たくやはみつきの後ろにいたので、何も裏をとる方法がない。
「みつきちゃん、そうなの?」
 先生はみつきの顔を真摯に見つめて言った。
「(うんって言わないと、あの男の子にまた嫌なことされるよ?)」
 みつきは後ろで聞こえた声に戸惑いながらも頷いた。
「まあ――!」
 先生は意外というか、まさかといった面持ちで呆気なく信じた。
 それは恐らくみつきの泣きはらした顔と、
 たくやの傍観者のような悠長な態度が、大人の邪推を裏付けたためだろう。
『髪留めを守るためだもん……仕方ないよね』
 この時、みつきはたくやが一体何者で、どんな人物であったかは覚えていない。
 何しろ、突然背中姿で現れて、次に気づいた時には後ろから囁いただけなのだから。
「よくやった! みつき!」
 男の子は結局、肋が数本折れているとのことで絶対安静の為、入院。
 そのことは両親の間で一応の解決を見たようだったが、男の子側が、女の子をいじめていたということもあって、みつき自身が誰かから責められるということはなかった。
 また、父がしきりに関係者へ謝罪していたのを見ていた。
 みつきはてっきり怒号でも浴びせられるかと思っていただけに意外であった。
「あー、父さん、みつきのように強い子を持って幸せだよ」
 初めての父の抱擁にみつきはわけがわからずとも、頬が弛む。
 それと同時に、みつきの中で父親が求めていたものを正確に見出だすことができたのだった。
『そっか、強ければいいんだ』
 みつきはそれから徹底的に己の強さに固執し始める。
 転園した子が二人いると聞いたが、
 柔道や空手といったものを習い始めていたみつきがそのことを知るのはずっと後のことだった。

「なるほどねえ……」
 深夜、マンションの一室でみつきのおでこに手を当てていた女は頷きながら首を傾けた。
 みつきは皮肉にも自分に強さを求める契機を与えた人間と敵対していたということになる。
 しかし、女が納得したのは別のことだった。
「新しく男の子を登場させて、その後にこの蝶の髪留めを破壊されたという設定(じかん)を作りましょうか。
 もちろん、タクヤが男の子……」

       

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