Neetel Inside 文芸新都
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美少女70万人vsタクヤ
第七話@反転世界(リバース)

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 第七話「リバース」

 気がついたのは部屋のベッドでのことだった。
 何か悪い夢を見ていた気がする。そんな意味もなく気怠い日曜日。
 リビングには誰も居ない。ナミも結衣も高級ホテルさながらの地下生活だ。
 ニュースを見るためにテレビを付けると何故かニュースキャスターに男が出てきた。
「ふぁぁあ~あ?」
 あくびの途中だったが、僕、いや、俺はこの喉元から出るふざけた声色に息を呑んだ。
「あいうえお!」
 相当綺麗な声になっている。いや、女の声だ……? 俺はぞくりとした背筋に追われるように洗面所へ駆け込んだ。
「な、ななな――」
 そこに映っていたのは見たこともない美少女の姿。
 俺は呑む息もないまま、口をぱくぱくとさせて立ちすくんだ。
「なんじゃこらぁあああ!」

 続いた驚きはそれだけではなかった。
 ついた胸は豊富で下の逸物は消え失せていた。
「マテ、まてまてまてぇい」
 恐る恐るパンツの中に手を入れてみる。
「ほ、本物……だと?」
 嬉しいやら悲しいやら死にたいやらで俺は椅子の上で悶えるしかなかった。

「お……おはようございます」
「ナミ!」
 これは僥倖と言わざるを得ない。ナミは寸分狂わずいつものままだったのだ!
 長い髪に整った風貌。小さい肩にちょっとしまったお腹に――うぇえええ?!
「お、おい。なんで●●ポぶら下げて立ってんだ……?」
「いえ、しっかり私の体の状態を確認して貰おうと思いまして……」
 確かにいつもの制服姿で来られては気がつかない。声は少し変わったかもしれないが中性的だ。
「ふわ~ん!」
 遅れて結衣と思われる何かが地下に続く道から走ってきた。
「ちょ、おま、何だその格好!」
 びっちびちに収まった男の体に密着する女の衣装。
「女装してんじゃねえ!」
 思わず突っ込みを入れざるを得なかった。

     


 かくして、三人は性転換――ではなく、謎の性反転が起きた事実を受け止めようと努力した。
 唯一変わりようが少ないのはナミだった。いつもの制服、スカート姿になっても全然わからない。
 立派な女の子の姿だ。
「タマゴが豆腐のように潰れてしまうんですが……」
「お前のどこにそんな力が?」
 結衣の方はよほどショックだったのか、良い具合に美男子化した体を持て余しているようだ。
「私、地下で永眠します――」
「待て、服を交換してから永眠してくれ」
「っはいはい、上げますよ! どうせ着れないし!」
 その時、結衣のスカートが破れた。
「アーッ!」
 ぽこりと女の下着に膨らみが見える。
「――死にたいと思ったのはこれで二回目……」

 状況が全く飲み込めないまま、殻だらけの目玉焼きを朝食に据えて考察を始めた。
「ナミ、この現状をどう見てる」
「衛星とのコンタクトが取れません。恐らくは最悪の事態です」
「どう最悪なの?」
 結衣は一度に食べられる量が増えたのを良いことに目玉焼きをそのまま口に入れてじゃりじゃりと租借する。
「サテライトに接続できないということは私がただの人間になっているのと同義で、
 さらにはこの世界そのものが現実とは切り離された世界である可能性を示唆しているんです」
「結衣、昨日の出来事を覚えているか?」
「曖昧かも……」

 何かがすっぽりと抜け落ちた感覚。それは三人にとって共通する『穴』だった。
「だいたい、ある日突然性転換してるなんて、話しが可笑しすぎる。何がなんだが……」
 三人は途方に暮れた。
 ところが、ニュースはそれに反転した方向に進んでいた。
『今日から一斉に入学式です。御剣市は今年も男子学生ばかりなので、力強い催しが期待できそうです――』
「え?」
「……状況はもっと深刻なようですね」
 三人は呆けた顔でテレビを見つめた。

     


「――なんだよ……これ……」
 タクヤの眼前。校門のそこには男、男、男だらけの掃き溜めだった。
 あまりのむさ苦しさに春だというのに変な汗を背中に感じた。
「男――だらけですね」
 ナミは女子の制服を着ているが、股にはナニがついている。結衣は生粋の男になったし、学校も違う。
 つまり、深刻な状況とはタクヤしか女がいないということだ!
「くっ……視線で犯されてるようだ」
 無論、そのような男の山に女が、しかもタクヤは美少女として顕現しているのだから、
 男子の視線は圧力となってタクヤを襲う。
「やぁやぁ、こんにちは」
 早速とは語弊があるかもしれない。
 しかし、見た目美少女二人が校門で立ちすくんでいれば、
 それは獣の巣に近づいた仔猫のようにしか映らないことだろう。
「行くぞ、ナミ」
 タクヤは挨拶にやってきた男子生徒を無視して一人歩き出した。

「お、ちょっ、待ってくれ」
 追い掛けてきた男子生徒をナミが捕まえる。
 男は胸ぐらを捕まれたその手を軽く払おうとした。
 ところが、男の腕はまるで鋼鉄に当たったかのように弾かれた。
「……ちょっと、離してくれないかな」
「追い掛けないと誓いなさい」
 男は気迫に負けてなりふり構っていられなくなった。ナミの腕を両手で掴んで引き離そうとする。
「な、なんだよ! 離せよ」
 離れない。それどころか、男の両足は地面から離れた。
「わかった! 誓う誓う!」
 ナミの片腕から力が抜かれると男は途端に地面へ落ちた。
 そのまま尻餅をついた男子生徒は登校中の男達に嗤われる羽目となる。

「ナミ」
 タクヤがドスを利かせようと思ってもその声は鈴の音のように美しかった。
「すみません。男に対する応対はマニュアルしか知らないので……」
「どんなマニュアルだよ……」
 確かにナミが出来てからはこれが自分以外の男との接触になる。
 ナンパの躱し方も教えないとだめなのだろうか。
「はぁ……」
 タクヤはナミを連れて今度こそ昇降口へと向かった。

     


 クラスを確認すると、ナミとタクヤはどうやら同じクラスらしかった。
 昇降口まで来て、ナミとタクヤは違和感に気がつく。
「下駄箱からゴミが溢れている?」
 見方によってはラブレターだろう。
 しかし、一人分の下駄箱サイズは決まっており、
 その容量を超え、まき散らされた手紙はゴミ箱をひっくり返したように山になっていた。
「誰の下駄箱だよ……」
 自分で言ってからすーっと冷たい空気が背中に降りるのがわかった。
 間違うことなく、その下駄箱の元凶はタクヤのところだった。
 幸い登校初日で上履きは持参してきていたが、こんな状態の中に靴があったらと思うとぞっとする。
「ナミ!」
 タクヤはナミの下駄箱を見に行った。しかし、そこには既にゴミ袋三つが積まれている。
「なんでしょうか」
「あ、え、いや――俺の方も片付けてくれると助かる」
「わかりました」
 若干体積で負けたタクヤは無意味に悔しいと感じてしまった。

 それからというもの教室に向かう途中で声をかけられた数はおよそ32回。
 正直これは生徒会長を務めていた時よりも多い。はっきり言ってシャレにならない。
 野郎が野郎に愛想を持たれるなど、吐き気以外の何ものでもないだろう。
 幸い朝の一件が牽制球となったのか、ナミと同じクラスのおかげで、男子の意識も遠慮があった。

 もしこれが違うクラスだとすればその日のうちにタクヤは視線だけで孕まされること請け合いだ。
 ホームルームが終わり、男子のなめ回すような視線において萎縮しているタクヤに、誰かが話しかけてきた。
「タ~クヤ君」
 それはかつて、まだ『普通の世界』で同じクラスにいた性的対象外、天水萌々子であった。
「な、なんでおま――」
 女の姿で『タクヤ君』などと呼ばれるのもむかつくが、萌々子はあの時と全く変わらず女の姿でそこにいた。
「お前、なんでここにいるんだ!」
 思わず上げた叫声は嬌声のように艶めかしかった。
「ひっどいなあ。私は学生をやめたつもりはないよ~」
「違う、もっと言えば、何でお前は『女』なんだ?」

     


「へ? やだな、そんなこと神様にでも聞いてよ~。それよりさぁ、150円おごってくれない?」
 タクヤは会話を続けるために必死にポケットをまさぐった。
 しかし、スカートになったタクヤのズボンに財布は収まらない。
「悪い、今日は始業式だけだし、財布は持ってきていないんだ。ナミならもってると思うから……」
 そう言ってナミの席へ目をやると彼女はいなかった。
「いいよ、いいよぉ。他の人におごってもらうからサ」
 萌々子はそう言って男子学生の一人へと向かっていった。
「ねえねえ、150円おごってよ~」
「ああ、いいぜ」
 二人は二、三言葉を交わして廊下へと出て行った。
 そうだ。萌々子が女だとすれば、他にも女がいるかもしれない。
 俺は後先考えず、教室を見て回ることにした。いざとなればイマジンクリエイトがあると信じて――。

 誤算だった。と言えば響きは良いだろう。
 しかし、それは誤算でもなんでもなく、ただの油断だった。
 結論からいうと、イマジンクリエイトは使えない。もう叫んでみても使えなかった。
 そして現状からいうと、校舎裏で亀甲縛りプラス手錠縛り。笑えない。全然笑えない。
「ふへへへ」
 何でこんなことになったのか。それは粗末な問題だろう。要は節操なしなのは俺だけじゃないってことだ。
「タクヤなんてそそる名前じゃねえかあ」
 その価値判断には同意しかねる。
 というか、女の名前ですらないぞ?

「こんな誘ってる体しておいて、こいつ校舎裏にいたんすよ?
 もう犯ってくださいって言ってるようなもんですよ」
 そうだそうだと男達は笑い合った。
「ま、まあ待てよ。百歩譲って犯って下さいだったとしよう。だが、俺がしたいのは一人だけだ」
 というのも、もはやただの建前なのだが……。
「はぁ? 何言っちゃってんのコイツ。しかも女の癖に『俺』ってさあ」
「もし、その一人をお前ら全員でよってたかって倒せたら俺はお前らの玩具でも何にでもなってやるよ。
 性器具として扱えばいいさ。約束する。あいつを倒したら俺を獣のように犯し尽くしていいよ」

     


「おめえ、その状態で人に意見できる口かよ。気分わりぃな」
 抵抗できない女を抱くのもこいつらにとっては充分だろう。
 しかし、確実にそれは浸透する。玩具のように犯し尽くすことを良しとして一つの条件があがっている。
「お前達だって俺がことを終わらせた後に黙っていてほしいだろ?
 だったら俺の言った奴を倒せ。そうしたら俺はもう一生お前達のものだし、逆らうこともしない」

 揺さぶる。
 逆らわない女に男は弱い。
 くだらないプライドが高い糞みたいな男ほど、この手の女には五割増しで目がない。
「本当か?」
「ああ、俺はそいつを信頼してるし、もしそいつよりお前らが強いなら誓ってお前たちについていく」
「名前を言って見ろ」
「――ナミ」
 一瞬、沈黙が流れる。それもそのはずだ。
 今ここで俺は、否、タクヤという女性は『レズです』という宣言をしたようなものだ。
「ぶっははは! こいつは傑作だ」
「女が増えるだけじゃないっスか! ヤっちゃいましょう!」
 話しは纏まったらしかった。
 早朝に起きた出来事はこいつらのような下級不良生徒の耳には届かなかったらしい。
 俺はこみ上げる笑いを必死に堪えて携帯でナミを呼んだ。
「……」
 一分としないうちにナミが現れる。
「すみません。まさかこんなことになっているとは……」
「いや、いいんだ。どうせ俺がトイレで事に耽っているとか勘違いしてたんだろう……」
「…………」
 ナミは一斉に八人ほどの男達に囲まれる。
 タクヤの目的は達成された。ナミがこの場に来た時点で勝敗は見えている。

「――うっ」
 呆気なく最初の一人が地面に崩れた。誰一人としてナミは捉えられない。
「ぐわはぁ!」
 ナミの体の何倍もある男が膝蹴りで宙を舞う。
 鈍い音が聞こえた後には叫ぶ声、転がる音、
 そういったものが渾然一体となってタクヤに聞こえた頃には全てが終わっていた。

「お待たせしました」
 そう言ってナミがタクヤの姿を直視した時、恐ろしいことにナミは頬を染めた!
「お、おま……」
 視線を逸らすがもう遅い。ナミは、コイツは俺に欲情している!

       

表紙

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Neetsha