Neetel Inside 文芸新都
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美少女70万人vsタクヤ
第九話@帰還過程(リターン)

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 第九話「リターン」

 意識が目の裏へと入り込むような感覚にはっとなる。
「タクヤ?」
「ナミ……」
 ベッドの上で横になっている自分の体を確認する。
 心配そうにナミと結衣が俺を覗き見ていた。
 邪魔臭い乳房がお腹の辺りに隙間を作っている。
「もう天水萌々子が黒なんだろ。早く萌々子を叩こう」
 結衣の言葉にナミが続いた。
「萌々子が死んだからといって戻れるわけじゃない」
 俺はそのままベッドに腰掛ける。
「なんで俺……」
「萌々子が私の横を通り過ぎてから気を失われたからです。
 私が気づいた時には――申し訳ありません」
 恐らくはそれが萌々子の力。消したいものを目の前から消す力。
 頭の中の命令すら無かったことにするのが可能ということ。
 そして俺は一つの結論を出した。
「ナミが予測したこの世界はやはり現実と反転した空間だ。それも多分、俺の力が原因だろう」

 萌々子の映し身の回想によって考えられることはあの瞬間に萌々子が得た能力は消し去る力『性状消却(ネバーステイト)』そして――。
「俺たちはこっちに来る前に同じような能力者と戦っている……」
 ネストに巣くう能力者たちを倒したところまでは覚えている、
 その後全滅させたのか、どうかは不明だ。
 しかし、第三の少女によってこの反転世界へは飛ばされたということになる。

 そして、萌々子は現実世界で消えている。即ち、反転世界へ自ら飛んだということになる。
「では……やはり、戻るには萌々子の力が鍵なのでは――」
「それで当たりだ」
 タクヤの力の最大の制限は無に回帰することが絶対に許されない。
 死ねと念じて人を殺せる力ではないのだ。
 当然それはタクヤによって力を得た側(イレギュラー)にも適用されるルールだということを意味していた。
「待って――その理屈だと、タクヤの力でも戻れることにならない?」

     

「……いや、今ここで帰るわけにはいかない」
「え?」
「今もどってまた萌々子と同じような力を持った奴にあったらどうする?
 そしたら結局同じ結果になるだけだ」
「それはそうだけど――」
「だから俺はどうやっても強くなる必要があるんだ」
 タクヤの想像創造(イマジンクリエイト)には一定のタイムラグが存在する。
 不意の攻撃や予想だに出来なかった攻撃に対する三秒という長き一手。
 事実この三秒は常人の頭で三秒であり、タクヤは高度な妄想力によってこれを二秒まで縮めている。
 しかし、この二秒は戦闘において途方に暮れるほどに長いものだった。
『想像心読――イマジンリード』。もしこの力が向こうの世界でもあったらどうだろう。
 相手の思考を先に知ることができれば、行動に入る前にこちらで対抗することができる。

 空は薄暗い雲で覆われていた。
 萌々子の自宅はあまり遠くではなく、簡素な人通りの土地にあった。
「萌々子って子の自宅を抑えてるとか、あんたどれだけ変態なの?」
 結衣はタクヤに毒づいた。
「一応、顔だけはいいからリストした感じかな。
 それに俺、元生徒会長でそういうのは余裕で手に入ったし」
「職権乱用」
 風体の良い家が建ち並ぶ中にその家はあった。
「意外と普通の家じゃない」
 タクヤの調べた情報の中で、訪問した教師の手帳には両親が不仲であると記されていた。
「考えてみれば、一番手短に狙えたのはこいつだったな」
「どういうこと?」
 両親の仲が悪いということは、つまりは子供への関心も薄いことが多い。
 ケースではネグレクト(無視・否定)に属する場合もある。
「じゃあ、萌々子って子自身に何かがあっても親は干渉しないかもってこと?」
「少なくても事を大きくするような動きはしないだろうな」
「不可解ですね」
 ナミは玄関のチャイムを押して一考していた。
「誰も出てこないか」
 困るケースは萌々子が一人で元の世界へ戻ることだが、それは今はあまりない可能性だった。
「入ってみよう」
 石の升目を行くと茶の色をした絢爛な扉を引いた。

     

「普通に空いてるって……これ空き巣じゃん」
「むしろ、好都合だな」
 タクヤとナミはずかずかと敷居をまたいだ。

「あ、ちょっと!」
 しかし意外なことに萌々子はリビングに横たわっていた。
「死んでる……?」
「寝てるだけですね」
 ナミは長い髪を片方に流すと萌々子の前へしゃがみこんだ。
「起きて下さい」
 萌々子の方を揺さぶるナミを見て結衣はたじろいだ。
「ねえ、そいつ起こさないでやっちゃわないの?」
「あのなあ――」
 家で殺す、倒すの選択肢はないとあれだけ話したのに結衣は萌々子を倒したくて仕方がない素振りを見せる。
「ん、んぅ……」
 それは仔猫のような仕草でゆっくりと起き上がった。ナミの顔はスルーしてぐるりと辺りを見回した。
「た、タクヤ君っ?」
「や、やあ」
 跳ねるように起き上がると萌々子はショートの髪を逆立てて紅潮した。
「やだ、なんで?」
「なんでって、ちょっと話しをしにな」
 
 ――――。
「つまり、ここは現実世界じゃないの?」
「そういうことになる。だいたいこんなに男だらけなのはおかしいだろ?」
 ああ、と言った調子で萌々子はおどけて見せた。
「そしてお前の力は萌々子、みんなを元の世界に帰すことができるんだ」
 ところが萌々子はそれを聞いても何も反応しない。むしろ、冷静だった。
「そっか……」
 遠くをみるような目で萌々子は窓の外を見やった。
「頼む」
「じゃあ、後ろの二人を帰せばいいんだね」
「「え?」」
 ナミと結衣は唖然とした。
「いや、俺も頼みたいんだが――」

     


「駄目」
「――お前ッ」
 結衣が萌々子に襲いかかった。
 しかし、その腕は萌々子を捉えることなくゆっくりと存在を薄くしていく。
「そんな……」
「申し訳ありません、タクヤ」
 二人の姿が徐々に景色に溶けていった。
「どういうことだ? 天水萌々子」
「ふふ」
 萌々子は一笑すると、タクヤを指して言った。
「言ったでしょう、恨んでるって。償って」
「俺を恨むのならお門違いだ」
「違う……そうじゃない。
 タクヤ君は結局、現実と向き合おうとしていないだけでしょ。
 だから、私が今どんな事になっているか知っておいてもらうの」
「……」
 
 それから萌々子はタクヤを連れて家から農屋のようなところまで、それらを転々と渡り歩いた。
 全てはこの反転世界における矛盾の代償だ。
 男たちはその閉塞的な空間でやせ細り、気力をなくし、ただ家畜のように萌々子の施しを受けていた。
「バランスが取れないということは、衰えるということ」
「うん……」
 一体何が萌々子をそこまでの使命感に駆り立てたのかはわからない。
 萌々子は男たちのために時には食事を時には身の世話をする。
 しかし、世界はもう元には戻らない。それがタクヤの力。
 逆行しない、生み出し続けるだけの異能である。
 そしてこの時、萌々子は確かに女性としての美しさを備えていた。
「萌々子は……残るんだな」
「ええ、この世界は私を必要としてくれるもの」
 タクヤは自身が薄れていく中で、確かに萌々子の笑顔をみた。
「ねえ、タクヤ君?」
「ん……」
 夕陽に溶け込んだタクヤの姿は曖昧だった。
「幸せって、なんだろうね」
 タクヤは見失っていた何かをもう一度はっきりと自分に言い聞かせる。

     



「俺の幸せは美少女を孕ませることだよ」と。


       

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