Neetel Inside ニートノベル
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BLUE RACCOON
反撃のはじまり

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――21世紀初頭、日本。

とても不愉快である。
暑い、という表現で正しかっただろうか。
私の顔面表皮からは、先ほどから絶え間なく小さな水滴が湧き続けている。
これをアセと呼ぶことは常識として知ってはいたが、この不快な感覚は実際に体験してみるまで思いもよらぬことだった。
予備知識すらなければ何かの病気であると勘違いしていたかもしれない。
動きにくいこのレトロな衣服も、肌に張り付いて気持ちが悪い。
だが、不快さの原因はそれだけではない。

「トモエのやつ、何が『本物の夏の太陽光線を浴びれるなんて、羨ましい』だ。他人事だと思って」

この時代の地球大気にオゾンが多く残留していることは頭で理解していても、太陽光線が無意識な恐怖の対象であることに代わりはない。
精神的なストレスは来る前に想像していたよりもはるかに酷い。

「本当に大丈夫なんだろうな……?」

ギラギラと輝く天頂の光点を左手で遮りながら、俺は暗澹たる気持ちで歩を進めた。
まあ、多少の感傷を除けば、私ひとりの命などさして重要ではない。
しかし、私に与えられた任務は絶対だ。
ターゲットを確実に捕獲するまでは、死ぬわけにはいかない。
多くの人間の命がこの肩に掛かっているのだから。

「重い荷物だな」

それにしても凄い雑踏だった。
データによれば、世界全体で60億余りの人口に過ぎないというから、もっと閑散としているものだと思っていたが。
地域的な偏りが大きいのか。
雑踏の中に機械の姿がまったく見られないというのは癒される光景ではあるのだが。
疲労した足を休めようとしたその時、行き先に月見台と書かれた停留所が目に入った。
思わず息を呑む。

――いよいよ目的地か。

全身が緊張に包まれる。
動悸を感じる。
奴が近い。
落ち着け……いま私はこの時代のごく普通の日本人としてここにいるのだ。
任務を確実に遂行するためには、決して目立たずターゲットに近づかなければならない。
落ち着かなければ。

少しでも気持ちに余裕を持たせようと、停留所の近くに配置された長椅子に腰を下ろしてバス(なんともクラシックな移動手段である)が来るまで待つことにした。
それに太陽光線を少しでも凌げるなら却って効率的というものだ。
バスが来るまで少し時間がある。
傍らにある販売機に金属のマネーを挿入して飲料を購入し、プルタブというやつを缶の中に押し込むと(不衛生きわまりないが、この際構っていられるか)、一気に喉に流し込んだ。
冷たい感触が身体に染み渡る。
お世辞にも美味いとはいえないが、過剰な糖分もエネルギーの補給にはありがたい。
ふう、と一息をついて、担ぐように持っていたバッグを無造作に地面に下ろすと、ガチャリ、と銃器同士の触れ合う音がした。

『ターゲットを非破壊で捕獲しろ、とは言わん。だが、心臓部には気をつけろ。原子炉が眠っている』

長官の言葉が脳裏に蘇る。
原子炉。
そうだ、それこそが、すべての元凶。

23世紀のアジア各国で起きた未曾有の大災害。
120億の人間の命を奪った連鎖的なメルトダウン。
そして生き残ったロボット達による世界の支配。

地獄のようなあの光景のなかで私達の世代は育ってきた。
かつて家庭用ロボットとして一般社会に潜り込み、人類を危機に陥れた奴らの「プロトタイプ」が、この21世紀の東京にいる。
本来人間のものであった歴史を、奴が、変えた。
奴が、過去を大きく狂わせたのだ。

『脱獄囚とはいえ、あのギガゾンビがあっさりと敗北した相手だ。油断するなよ』

いったい、この先どんな恐ろしい敵が私の前に立ちはだかると言うのか。
私は掌に先ほどとは違う汗を感じていた。
けれど、やらなくてはいけないのだ。
歴史を変えるために。
人類の歴史を取り戻すために。
恐れてはいけない。

待っていろ、プロトタイプ。
私がお前を倒す。
必ず。

       

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