花弁の舞い散る庭園の只中で、彼女は目覚めた。
 鋼鉄のメインフレーム、導電高分子の人工筋肉を、薄い柔肌と絹に包んだ美しい人型は、硝子の瞳を開いて感嘆した。
 ゆっくりと上半身を擡げ、庭園を見回した。見覚えは無い。
 人型機械の彼女は瞳を閉じる。自動チェック機能が、前回起動から数百年経つ事を告げた。
 再び瞳を開くと、思考が徐々に晴れる。本来の役割を思い出し、彼女は庭園の奥にあった倉庫へと駆けた。
 倉庫に鍵は掛かっておらず、埃っぽい中には庭師道具が整然と並べられていた。彼女はそれらを恐る恐る手に取り確かめた。

 朝もやが晴れてくる頃、彼女、少女の形をした機械の庭師は、如雨露を手にくまなく庭園を歩いた。
 人影が無い。いるのは兎だけだ。
 彼女は溜息をつきながら水を撒く。その後を兎は付いてくるので、振り向いて溜息混じりに聞いてみた。
「貴方、ここの子? 他の人、人間はいないの?」
 兎は答えなかった。彼女は空しく思う。
 彼女は水をやりながら、南中の頃には人間は食事に戻るはずだと考えた。

 果たして太陽が正中に昇る頃には彼女は庭仕事を終えていが、人間は来ない。
 それでも彼女は庭にテーブルを運び込むと、兎が飛び乗ったので思わず話しかけた。
「そこは座る場所じゃないわ。貴方に言っても無駄だけど。全く、これではアリスのお茶会」
 そして溜息を一つついて、ふと溜息だらけの自分に気が付いた。機械の自分に、溜息は意味が無い。
 機械の庭師と兎の庭。彼女には不意に滑稽に思えて、小さく笑い出した。
 そして彼女は、戻るかもしれない人間の食事を準備するため、邸宅へ向かった。
 だがそれは徒労に終わった。埃まみれの豪邸は荒れ果て、キッチンにも食材はおろか、人の跡さえ無かった。
 落胆し、屋敷を跡にしようと扉に手をかけた瞬間、庭園に轟音が響いた。

 駆け戻ると、見慣れない黒い塊が立っていた。
 彼女と同じ人型機械。しかしそのフォルムは醜く、恐ろしい。一見して戦闘用と知れる。
 少女が怯えて後ずさりすると、その塊は言った。
「見回りから戻れば目覚めたか。手間をかけさせる」
 その声は低く恐ろしげだったが、敵意も悪意も無いようだった。彼女の身体から力が抜ける。
「貴方は?」
 彼女は問うた。目の前の恐ろしげな鉄塊は、しかし穏やかに答えた。
「俺はこの屋敷の住人だ、こいつの後輩に当たる」
 そう言って戦闘機械は、巨大な手のひらを少女の前に差し出した。その上ではあの兎が、呑気に菜っ葉を齧っていた。
 少女は思いっきり力が抜けてしまった。

 昼を過ぎると、続々と庭園に機械たちが集結していた。
 大小さまざまなタイプが居たが、しかしその中には人間はおろか、彼女のような人型機械さえ存在しない。
 少女は人間に仕えるための人工庭師だった。だから、たずねた。
「この中に人間はいないのですか?」
 小さな虫のような、六本足の機械が答えた。
「人間なんかおりゃしませんよ、そうでなければわし等こんな気楽にやれん」
 また別の、鋭角的なシルエットをした飛行型が言った。
「この周囲を良く飛ぶが、人間は居ないね」
 少女は落胆した。その様子を他所に、機械たちは庭の真ん中で楽しそうにおしゃべりを始めた。
 少女はどんどんいたたまれなくなり、頼りない足取りで離れた倉庫の前へ向かった。

 メカニカルノイズと電子音声が少女の耳に刺さる。
 かつて居た場所はこんな場所ではなく、優しく暖かい雰囲気だった。
 少女は居場所がないと感じて、倉庫を背に体育座りをしながら、機械たちの談笑を見て思う。
 彼らは皆、目的に最適化された姿をしている。部屋を掃除するため、地を均すため、空を飛ぶため、壊すため……。
 だから彼女は自分の足、細く壊れやすい人間と同じ足を見つめて、自分は何のためにいるのだろうと思った。
 気が付けば、彼女とは別の、最適化された庭師ロボットが仕事を始めている。彼女のやり残しを目ざとく見つけては的確に整え、無駄が無く、仕事も完璧。
 彼女は自分の手を見つめた。人間と同じ手、剪定をするためには不慣れな鋏を持たなければならない。
 彼女はまた溜息をついて、不貞腐れたように塞ぎ込んだ。機能面では不要のの、プラチナブロンドの髪が垂れ込めて、少女の気持ちは更に滅入った。

 塞ぎこんだまま夕焼けを迎えた頃、気配が不意に飛び込んだ。先ほどの兎だった。
「あら、貴方は来てくれるのね」
 表情が少し和らいで、足を崩すと途端に彼女の膝に乗る。小さな瞳が覗き込んだ。
 彼女は兎を小さく抱きしめる。兎は柔らかく、温かい。
 その温もりを感じながら、少女は言いようの無い疎外感をますます感じていると、今度はあの大きな戦闘機械が様子を見つめているのに気が付いた。
「貴方はおしゃべりに加わらないの?」
 彼女が問うと、むっつりと戦闘機械が答える。
「俺は役立たずだ、あそこに居場所が無い」
 戦闘機械の答えが、庭師には意外だった。
「そんな大きな身体で、強そうで、どうして役立たずなの?」
「こんな大きな身体はもてあます。強くたって、相手が居ないのでは役に立ちようも無い」
 少女は目を丸くした。
「でも、貴方なら他にもなんだって出来そうだわ、だって――」
「何をしようにも、俺より上手く出来るヤツは居る。だから荒事でも起こらない限り、俺はつまはじきさ」
 そういうと戦闘機械は、人工庭師の隣に腰掛けた。少女は彼の態度に親しみを感じた。
「奇遇ね、私も今自分のこと役立たずって感じてた」
「そんなことは無い。人間に近い作りのせいか、ミスタ・ピータソンは安心していられる」
「ミスタ・ピータソン?」
 彼女がミスタ・ピータソンを探して見回すと、戦闘機械がからかう様に言った。
「膝の上だ、お嬢さん」
 果たしてミスタ・ピータソンは、少女の膝の上で眠りこけていた。

 彼女は戦闘機械に、色々たずねることにした。現状は未だ良くわからない。
「ここはどこ?」
「どこだっていい、といいたいが、ここは大陸の外れの山の中だ」
「どうして貴方たちはここに?」
「居心地がいいからさ。俺たちも人間が作ったんだ。人間の雰囲気が少しでも残っているほうが、気が楽だ」
 彼女はそれを不思議に思ったが、かまわず戦闘機械は続ける。
「だが、探しても人間は居ない。お前さんも人間かと思って拾ったが、違った」
「期待してたの?」
 少女の問いかけに、戦闘機械は残念そうに答えた。
「ああ。誰かお前さんを待っている人間が居るかもしれないからな」
「どうして」
「そんなに人間に似せたんだ。お前の元の持ち主は、きっと人寂かったに違いない」
 二人は溜息をついた。
「貴方も溜息をつくの?」
「意味は無いが覚えた。使えることは使っておきたい」
 そして戦闘機械が、ミスタ・ピータソン、先住の兎を撫でた。
「俺の手も、元はこうするためのものじゃない。だが出来る。お前さんも色々やってみるといい」
 強面の戦闘機械から出た言葉を、人工庭師はひどくうれしく受け取った。
 庭の真ん中では、焚き火が盛大に炊かれている。どの機械も、暗闇を見通す機能があるのに。
 何の意味も無い、まるで人間のパロディだ。彼女にはこの庭園の全てが、ひどく滑稽で、哀しく見えた。
 2機の人型機械は、夜が更け明けるまで、語らいを続けた。

 夜が明けて、朝もやが掛かる頃。
 庭園の草花は瑞々しく、しっとりと露に湿っていた。
 彼女はミスタ・ピータソンを起こさない様立ち上がると、手入れの行き届いた庭園を散策した。庭師の彼女には初めてのことだった。
 歩きながら彼女は、この庭園以外に自分を必要としている場所があると思った。
 彼女は再び倉庫へ向かい、庭仕事の道具を整理し始める。すると戦闘機械が語りかけた。
「行くのか、やはり」
「だって私は、ここには必要ないもの」
 戦闘機械が一つ溜息をついた。
「ミスタ・ピータソンが寂しがる」
 少女は柔らかい笑顔を浮かべて、答えた。
「そんなこと無いわ。ミスタ・ピータソンは貴方が居れば十分なようだもの」
 ミスタ・ピータソンは、その小さな身体を戦闘機械の巨体に預けていた。
 彼は電子音声で苦笑した。戦闘機械に表情は無いが、内心は照れくさいのかもしれない。
「俺は戦闘用殺戮兵器なのだがな」
 戦闘機械が、寂しそうに言った。
「だとしたらもう違うわ。貴方は兎を喜ばせられるのよ」
 人工庭師は、励ますように答えた。戦闘機械は、そうだな、とつぶやき、ミスタ・ピータソンを大切そうに抱きしめた。

 少女はひとしきりの庭師道具を抱え、歩き出した。庭園を後にする頃、庭を塒にする機械たちが見送りに来た。
 機械たちは彼女に、様々な別れの言葉をくれた。餞別は、丁重に断った。
 最後に、ミスタ・ピータソンを抱いた戦闘機械が、彼女の前に立った。
「もう少し位居てくれても良かった」
「楽しそうにしているところに、お邪魔が居ては悪いわ。ミスタ・ピータソンとお幸せにね」
 残念がる戦闘機械に、彼女は精一杯の笑顔で答えて、庭園から歩き出した。
 戦闘機械は別れ際に、餞別だ、といって一つの黒い塊を手渡した。使い込まれた、巨大な銃だった。
 彼女は目を丸くして、断ろうとした。
「こんな物騒なものいらないわ。それに私は戦闘用じゃない」
 戦闘機械は諭すように言った。
「残念ながら、この庭を出れば自動兵器もわんさと居る。これは必要だ」
 寂しそうな言葉だと、少女は思う。戦闘機械は言葉を継いだ。
「それに、この武器は殺すためだけじゃない。俺は守るために戦った。お前にもそのときは来るかもしれない」
「判ったわ。ありがとう、受け取ることにする」
「本当は使わないのが一番だがな。それじゃな、bon voyage!」
 戦闘機械の別れの言葉に、少女は少し驚いた。もう戦闘機械の言葉ではない。
 彼女自身も、役立たずの庭師とか、どうでも良いことに思えてきた。不出来な庭師の自分にも出来ることがある。戦闘しか能の無いはずの彼にだって、ミスタ・ピータソンの世話役になれるのだ。
 少女は色々考える。自分には何が出来るだろう、誰かのために。意外と出来ることは多そうだ、何しろ人間と同じ姿なのだから。
 誰かのお役に、立てるなら。そんな前向きな気持ちで、少女は庭園から荒野へ向かう。


 数年後。廃棄された人工衛星群の一機から、入植先のコロニーへ連絡が入った。
「放棄されたはずの地球の酸素濃度が、数百年前――生存可能環境のレベルへ復帰」
 その報告に、コロニー中が色めき立った。
 数百年前の戦争で破壊され、放棄された地球に、失われた緑が戻っていた。
 その廃棄衛星は、更に驚くべき映像を送信してきた。
 地表の拡大画像。平野に、山肌に、色とりどりの花々が、優しい風に吹かれていた。
 そしてどこかの花園に、無数の動物と機械の反応。
 その中心には、可憐な少女の姿をした機械が、甲斐甲斐しく草花の世話をしている姿があった。